ナイトハント・アンド・ペネトレイト・ハート(14)
「――オイオイオイ屋敷が吹っ飛んだぞ、どうなってやがる!」
大通り、スカウンドレルが塀の向こうで崩落する『無光夜』を見て叫ぶ。
フラッフィーベアを封殺していた4人がかりの包囲は、ヒドゥンダガーを仕留めた弓使いの加勢によって崩壊していた。包囲を形成していた4人のうち、バウンサーとスカウンドレルは反転してフォーキャストへの対応せざるを得なかった。
入口側の獣人は今のところアンフィスバエナとブルームスターが抑えているが、戦況はよくない。イグニッションは既に離脱し、さらなる増援を呼びに出ている。バックドラフトは砲台代わりにはなるが、それ以上は期待できぬ。
「ノスフェラトゥは生きてはいまい……まったく空恐ろしいガキ、だッ!」
KRASH! バウンサーは無数の矢が刺さった防弾盾を掲げ、振り下ろされた長巻を受けた。
「――堅いね。盾ごと斬るつもりだったのに」
凄まじい力で刃を盾に押し付けながら、フォーキャストが囁くように言った。
バウンサーは全身に魔力を漲らせ、魔導プレス切断機じみた圧力に耐える。
凄まじい大業物だ。形態こそ刀に似ているが、刃幅と厚みはまるで斧か鉈。重量は大人ひとり分はあろう。そこに風の魔法まで付与されている。
そして真に恐るべきは、それを軽々と振り回すフォーキャストの膂力。これほどの強化魔法を維持できる使い手はヒュドラ・クラン内でも限られる。レッキングボール、リバーウェイブ、エクスキューショナー……。
(スパニエルからの情報には、『フォーキャスト』は魔物狩り専門とあったが)
バウンサーは目の前の弓使いを観察し、眉をひそめた。
敵の身を包むのは魔力から織り上げた白装束。手には大長巻、魔剣ブレード・オブ・アナイアレイション。右袖に打根。傍には電磁力と風で浮遊する大弓。
長巻と大弓は同時に持てない。ならば手で持たなければよい。シンプルな回答だ。風と雷で念動魔法を模倣する難易度を考えなければ、だが。
「またぞろ勇者気取りの仮装かと思えば、随分と堂に入っているものだ」
「あげようか? サイン」
「戯言を!」
PAM! PAM! PAM! バウンサーは大盾をかざして敵の視界を遮り、陰から45口径拳銃で足の甲を狙った。サプレッサーに低減された発砲音が響く。
フォーキャストは軽やかにバックジャンプ回避しながら下段斬撃を放った。
バウンサーは腰を落とし、盾を接地して斬撃を防いだ。そのまま装甲モジュールが並んだ前面を敵に向け、左手で持ち手に隠されたスイッチを操作する。
「死ね!」
KBBBBAM! 大盾前面、装甲モジュールのひとつに偽装されていた魔導指向性地雷が炸裂し、前方扇状に数百個のベアリング弾をバラ撒いた。
だが起爆の一瞬前、フォーキャストは長巻の切っ先を荒々しく路面に突き立て、棒高跳びめいて散弾範囲の上へ逃れていた。その右袖から打根が電磁射出され、蛇行する軌道でバウンサーを襲う。
「ちッ!」
奥の手の近接散弾を躱されてもなお、バウンサーは冷静だった。
飛来した投げ矢を拳銃で撃って弾き、大盾の魔導ライトを点灯。視界を遮りながらシールド・チャージを仕掛け、猛然と着地際を刈りに行く。
弓使いは迫る大盾を両脚で踏みしめ、その勢いで再び後方に跳んだ。風に吹かれた木の葉めいて舞いながら長巻を手放し、大弓に持ち替え、一瞬で空中から矢を射掛けた。KRA-TOOOOOOM! 落雷じみた矢撃がバウンサーの足を止める!
フォーキャストは再び長巻に持ち替え、気流魔法の風に乗って空中突進。螺旋風をまとった突きを繰り出した。
真正面からは受けられぬ。バウンサーは盾を斜めの角度で構え、刺突を逸らしつつ拳銃を撃ち返す。フォーキャストは刀身を引いて銃弾を防ぐと、そのまま柄頭でバウンサーの横面を殴りつけた。フルフェイスの防弾ヘルメットがへし曲がる!
「ぐうッ……!」
「ナメんじゃねェーッ!」
後ろからスカウンドレルが強襲を仕掛けた。連続スウェーから魔導赤熱トレンチ・ダガーを突き出し、捻りを加えて腎臓に突き込む。
だが次の瞬間、ダガーの刃が鋼鉄を突いたような感触とともに弾き返された。
フォーキャストがまとう白い鈴懸装束はその実、質量を持つほどに凝集した雷であって、並の強化魔法強度では傷ひとつつかぬ。逆に過負荷を受けたダガーの赤熱機構が煙を噴く始末だ。
「ちィーッ! 安モンが!」
スカウンドレルはダガーを捨て、フォーキャストの横薙ぎ斬撃をブリッジで回避。ギャングスーツの下から拳銃と爆炎手榴弾を抜きながら叫ぶ。
「テメェらボサッとしてんじゃねぇぞッコラーッ! 援護よこせ!」
「「「「「「「「死ねッオラーッ!」」」」」」」」
BRATATATATATATATA! 大通りに展開していたレッサーギャング部隊が覚醒ポーションで血走った目を見開き、サブマシンガンの十字砲火を浴びせた。
通称『がらくた銃』。あり合わせの鉄管と針金から組み上げたような簡素なつくりだが、東区でもっとも人を殺している銃だ。600発/分で発射される9ミリ弾は強化魔法を貫き、常人も勇者も区別なく殺す……当たれば。
フォーキャストは鋭く連続側転を打ちながら矢を4本扇状に放ち、低いステップを挟んでさらに4本放った。1発の銃弾も受けずに8人を倒し、敵の銃口を減らす。
「――OOOOOOORAH!」
その背後から巨大な火炎放射が枝分かれしながら襲い来た。バックドラフトのフラクタル・ファイアだ。
フォーキャストは長巻で虚空を突き、あえて集束を弱めた衝撃波を放った。
風の棍棒じみた大気の塊が炎を散らし、バックドラフトの右腕火炎放射器を破壊。そのまま大通りの端まで弾き飛ばした。
「畜生、貧乏クジ引いたぜ! やってらんねえ!」
「ならどうする、サイン貰って帰るか?」
「馬鹿言いやがれ!」
そこに復帰したバウンサーとスカウンドレルが挑みかかる。その間にも新手のレッサーギャングが次々と加わり、戦列の穴を埋めていく。
「強情だね。……じゃあもうちょっと頑張ろうかな、私も」
フォーキャストが舞うように長巻を振るうと、その場にひゅるりと風が巻いた。
「『飛天』」
風が見る見るうちに勢いを増し、大通りを塞ぐほどの竜巻となる。
フォーキャストは鈴懸の両袖をひとつ羽打ち、気流に乗って荒天に舞い上がった。雷から織り上げた白装束が風を受け、同時に空気を熱して推進力を生む。
一対多の戦を極めた彼女の真骨頂は、空中からの強襲にあった。空から矢を射掛け、嵐とともに斬り込み、首を奪るのだ。
「飛んだぞ!」「撃ち墜とせ!」
BRATATATATATATA! 下から無数の銃撃。止まって見える。空を切り裂くような鋭角の空中機動で掻い潜り、スカウンドレルが投げた手榴弾の爆裂を急上昇で躱す。
フォーキャストはのたうつ東洋龍のごとく身を捩り、空中で魔剣を振りかぶった。
気流が圧縮して刃と化し、背後で稲光と共に遠雷がどよめく。荒れ狂う空はもはや彼女の勢力圏であり、大気全てが彼女の武器であった。
◇
「――GRRRRRR!」
「グワーッ!?」
DOOOOOOOM! アンフィスバエナはフラッフィーベアに投げ倒され、脳天から床に叩きつけられた。ジャンク鋼板じみた装甲で覆われた頭部から、ノイズ混じりの魔導スピーカー音声が漏れる。
彼の両腕を置換する巨大多関節マギバネ・アームは、魔導解体重機のパーツで組み上げた規格外品だ。先端には大蛇の顎じみたクラッシャー・アタッチメントを備え、魔導車のボディを紙箱のように噛み砕く。
だが今や、そのアームの片方はフォーキャストの矢によって破壊され、もう片方は拘束から抜け出した栗髪の獣人に捻り上げられていた。その油圧機構には黒鉄の棒手裏剣が突き刺さり、作動油が漏れ出している。
「ARRRRRGH! クソ獣人ガ! ブッ殺シテヤル!」
KBAM! アンフィスバエナは爆砕ボルトを起爆し、多関節アームをパージした。
両肩のアーム基部から圧縮蒸気が噴き出し、折り畳まれていたサブアームが展開。ハンマープライヤーめいた先端部が開き、せり出した魔導チェーンソーが凶悪な駆動音をかき鳴らす。
「楽ニ死ネルト思ウナヨ! 生キタママ挽肉ニシテ浄化槽ニ混ゼ込ンデヤルゼ!」
「あーははぁー! 屑鉄がなんか言ってる! 笑っちゃうね!」
フラッフィーベアは手の甲に黒鉄の鉤爪を生成し、襲いかかるチェーンソーの刃を左右外側に弾くと、その間を突っ切るように低姿勢のタックルを繰り出した。
アンフィスバエナは正面から受けて立ち、重マギバネ故の体重で敵を押し返すと、そこから不意に身を伏せた。
その後ろにブルームスター。マギバーグラス越しの視線には殺意。手にはギターケース大の魔導機械の集合体、試製マギトロン・ビームキャノン。砲身が三叉に割れ、蒼い魔力光が迸る!
「アンフィス、挽肉は諦めて――細胞ひとつ残らないから」
ZAAAAAAAAAAAAAAAP! 巨大な砲口から箒星めいた光芒が放たれ、熱と光が夜闇を薙ぎ払った。
『魔子』とは魔力の存在を古代文明の技術体系で解釈した概念であり、マギトロン・ビームとはテックに再現された魔法弾に他ならない。魔法の素養がなくとも使え、破壊力は一流の魔法使いが使うそれを凌ぐ。
フラッフィーベアは手裏剣を投げ返しつつ横っ飛びに回避した。極太の魔力奔流がすぐ横を通り抜け、熱が大気を揺るがす。一発たりとも受けてはならぬ火力!
「外レタゾ! シッカリ狙エ!」
「すぐ殺ったらつまんないでしょ」
防御するアンフィスバエナの後ろ、ブルームスターが照準を動かしながら嘯いた。彼女はスナイパーではなく直射砲兵であり、さほど必中にこだわりはない。
マギバーグラスに表示されたエネルギーインジケータの残量は十分。内蔵魔力蓄積器の恩恵により、一度フルチャージすれば十数発は撃てる。
「当たれば一発で決まる。焦らなくても……」
BLAMN! レッサーギャングの銃声に混じり、8ゲージの銃声が響いた。
ブルームスターがびくりと震え、倒れた。遅れてその首からスプリンクラーめいた鮮血が噴き出した。無数の鉛散弾が頸動脈を食い破ったのだ。手から落ちたビームキャノンが蒼く明滅し、彼女の生命活動とともに停止した。
読んでくれてありがとうございます。
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