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ナイトハント・アンド・ペネトレイト・ハート(11)


 弾矢! 炎! 風! 雷! 

 魔導ネオン看板が根こそぎ破壊され、ゴーストタウンじみた有様の暗黒娼館街。そこに殺意に満ちた攻撃が飛び交う!


「iiiAA! iiiiiAAAAA! iiiiiAAAAAAAAAA!」


 破壊された門の前、『無光夜(ライトレス)』を背にして立ちはだかるはヒドゥンダガー。露わになったその正体は、人ふたりを繋ぎ合わせた異形の合成獣(キマイラ)。館に近付く全てを斬り滅ぼさんとするかのごとく、荒れ狂う風の刃を放つ。


 反対側、大通りの入口に構えるのはヒュドラ・クラン本部要員、イグニッションとバックドラフト。任務はヒュドラ・ピラーから駆け付けてきた増援部隊の誘導だが、魔導バイクの機動力とバックドラフトの大火力の組み合わせは侮れぬ。


「キャストちゃーん、あの化け物倒せる?」

「死にはするよ。心臓が胸にあるとは限らないけど」

「知ってるみたいな物言いだねー」

「ま、さっきの機械のお化けよりは馴染みがあるかな」


 それらに挟まれた位置に立つのは、フォーキャストとフラッフィーベア。ともに極東の島国出身の女冒険者。


 フォーキャストは機械仕掛けの大弓を構え、ヒドゥンダガーに正面から向き合う。大弓の銘は『濡羽雲(ヌレバグモ)』。竜種(ドラゴン)の角と腱から組み上げた10人張りの強弓。弓柄には電磁加速機構。放たれる矢はさながら雷撃である。


 フラッフィーベアはフォーキャストと背中合わせに立ち、入口側のふたりを狙う。

 毛皮のジャケットを脱ぎ捨て、袖無しの黒インナー姿。堂々たる徒手の仁王立ち。使える魔法は金属質の弾体を作り出す石弾(ストーンバレット)ただひとつ、それで十分なのだ。


「iiiiiiiiAAAAAAAAAAAAAAA!」


 錆びた刃物でガラスを引っ掻いたような絶叫を上げ、ヒドゥンダガーが簒奪されし勇者の武器、大長巻(ナガマキ)ブレード・オブ・アナイアレイションを打ち振るって駆け出した。


 雄牛(オックス)の構え、あるいは霞の構え。刀身を顔の高さで水平に突き出し、ヒドゥンダガーが巨体に見合わぬ俊足で突撃する。絶大な魔力を宿した刀身が暴風を巻き起こし、さながら土煙を蹴立てる雄牛の如し。狂った4つ目がフォーキャストを睨む!


「私があいつ、フラッフィーが門側。頼める?」

「あっははぁ! しょうがないなー、いいよ!」

「いぇーい。……やるか、妖怪退治」


 ――フェイントの突きの後、左からの袈裟斬り。前に避ければ膝蹴りが来る。


 フォーキャストは数秒後の未来を視ながら一歩下がり、矢を放った。

 突きの切っ先が喉元の数センチ手前を通過。矢がヒドゥンダガーを外して明後日の方角に飛ぶ。異形の剣士が引き戻した長巻を振り上げ、渾身の袈裟斬りを放つ。


 CLANG! 次の瞬間、刀身と矢が衝突し、ヒドゥンダガーが仰け反ってたたらを踏んだ。未来視した斬撃軌道に矢を置いていたのだ!


「そこ」


 フォーキャストが前に踏み込み、電撃的速度で二の矢を放った。ヒドゥンダガーは長巻を引き、柄の中の(なかご)で矢を防いだ。弓使いは一足に肉薄し、強化魔法(エンハンス)を乗せた足刀蹴りを叩き込んだ。


 ZANK! 重い衝突音! 爪先の割れた山靴の底がヒドゥンダガーの胴体を突き、2メートル半の巨体が宙に浮く。


 しかし、蹴りを受けたヒドゥンダガーの胴を見よ! フラッフィーベアに砕かれた胴鎧の下には、細く生白い第3、第4の腕! それが両腰に隠した鞘から小太刀2本を抜き、交差して蹴りを防御している! 有効打ならず!


「AAAAAaaa……」

「女の腕……趣味悪。わざわざ男と女を混ぜたんだ」

 

 蹴りの反動で飛び退きながら、フォーキャストは小さく嘆息した。


 合成獣(キマイラ)は魔族の禁術である血肉魔法(ブラッドマジック)の産物である。生物を生きたまま魔法的に分解し、外科出術めいて癒着させるのだ。複雑かつ破綻のない合成獣(キマイラ)は、そのまま制作者の技量の証明となる。


 しかしどうであれ、素材にされた人間の末路は同じだ。自我を不可逆的に損壊し、命令に従うだけの生ける屍となる。この者も例外ではあるまい。フォーキャストは左袖に着けたロープ付きの打根(ウチネ)を握り、ヒュルヒュルと鞭めいて振るった。


「成仏しなよ。いま楽にしてあげる」

「iiAAAAAAAAAAAAAAAAA!」


 二面四臂と化したヒドゥンダガーが身を捻り、長巻を逆袈裟に振り抜いた。


 ZGGGTOOOOOM! 直後、天地を繋ぐほどの斬撃波が飛んだ。プロンプターは『開山(カイザン)』と呼んでいた極大斬撃。集束しきらなかったエネルギーの余波が散弾じみた風の刃と化し、路上に散らばるガラスや魔導ネオンの欠片をさらに切り刻んだ。


「飛ばすだけじゃ片手落ちだよ、それ」


 フォーキャストがバック宙を打ちながら迎撃の矢を放った。ヒドゥンダガーは肩で矢を受けながらロケットめいて突進し、今度は隠し腕の二刀と大長巻の変則三刀流で斬りかかった。


 的を外した極大斬撃波が大通りを縦断、イグニッションとバックドラフトを乗せた魔導バイクの脇を掠め、大通りの入口を飾るアーチ状の門をバラバラに破壊した。粉々に砕かれた勇者像の破片が散らばった。一瞬後、軌跡に生じた真空が急収縮し、直線状に爆風が吹き荒れた。


「ウワーッ!? ……イグニッションさん、どうするんスか!? ヒドゥンダガーがあんな見境なしの化け物なんて聞いてねぇ! いったん奴から殺りますか!?」


 バックドラフトが無骨なマギバネ義手で風を凌ぎながら言った。すぐに運転席から舌打ちが返ってきた。


「利害関係ってモンを考えろボケ! 奴らと仲良くヒドゥンダガーを殺ったとして、その後はどうなる?」

「ンなもん決まってますよ! アタシらで奴らを焼き殺すんでしょ!」

「そうだ、2対1のち1対1だ! だが俺たちが殺さなきゃならねぇのは奴らであってヒドゥンダガーじゃあねえ! なら三つ巴のうちに奴らを殺す方が得だろうがよ! 化け物相手でビビッてんのか、腰抜け!?」

「アア!? ンなわけねぇでしょうが!」


 イグニッションに煽られ、バックドラフトは防火マスクの奥で目を血走らせた。


「アタシらはヒュドラ・クラン、神も仏も怖かねえ! ()ったらァーッ!」

「おう、()っちまえ! 根性見せろ!」


 VROOOOM! イグニッションが脳直結操作で魔導バイクを発進させた。

 彼が警戒するのはフォーキャストでもヒドゥンダガーでもなく、こちらを見据えるフラッフィーベアだ。女獣人(ライカン)の双眸が貪婪に獲物を追う。


「あーはぁー……キャストちゃんに任されたからにはさぁ! 首級(くび)のひとつふたつは取らなきゃ情けないよね!」


 フラッフィーベアが強烈に踏み込み、右腕を振り抜いた。

 直後、ぞっとするような風切り音。飛んできた棒手裏剣がイグニッションのライダーヘルメットを掠め、ライフルで撃たれたような衝撃が走る。


「南区で追ってきた奴! テメェの相手は後でしてやるよ!」

「だぁめぇ、今相手してよー! あははは!」


 イグニッションが魔導RPGを発射。フラッフィーベアは即座に信管を狙い撃つ。KA-BOOOOOOOM! 空中爆発! さらに手裏剣! 黒鉄の嵐のごとく炎と黒煙を吹き払って襲い来る! 


 無手の立ち姿からは想像しづらいが、フラッフィーベアは射撃戦を苦手としない。むしろ彼女と敵対した者の大半は、掴み技に対処すべく距離をとったところを投擲で討ち取られてきたのだ!


「チッ……他の連中に泣きつくのは癪だが、ここはホームの強みを活かす!」


 イグニッションは魔導バイクを横滑りさせ、側面装甲で手裏剣を防ぎながらフラッフィーベアの真横に回り込んだ。そしてハンドル横のホーンスイッチを押した。


 AWOOGA! すぐさま夜の大通りにけたたましい警笛が響き、待機していた20台以上のギャングカーが大通りに雪崩れ込んだ。乗り込んでいるのは対魔法使い戦闘の訓練を受けたヒュドラ・クランの遊撃部隊である!


「あーはははははは! 猪口才な真似を!」


 フラッフィーベアは耳まで裂けた獣人(ライカン)の大口を開き、威嚇的に笑った。

 側面には魔導バイク。正面からは増援。背後のフォーキャストはヒドゥンダガーに掛かりきり。――状況は最高、死に狂うは今!


「いざ、冥府魔道!」


 フラッフィーベアは円形の大剣めいた超大型スローイング・ブレードを作り出し、全身のバネをしならせて水平投擲した。

 『月輪(ガチリン)』。直径2メートルの円刃を瞬時に生成するこの技は、当主のみが受け継ぐ一子相伝の奥義。不意に現れた巨大武器が不用意に先頭を走っていたギャングカーを直撃し、車体を両断して爆発炎上させた。


 その残骸の横を抜けて次のギャングカーが接近、轢殺攻撃を仕掛ける。

 フラッフィーベアは正面から魔導車を受け止めた。たちまち〈風柳(フレクション)〉が衝撃を拡散した。そのまま全身に強化魔法(エンハンス)を巡らせて車体を担ぎ上げ、後方の魔導バイクに投げ飛ばした。


「うおおおおおーッ!?」


 イグニッションは急ハンドルを切り、飛来した大質量を回避した。そこに2枚目の円形ブレードが飛んできた。

 イグニッションは車体前部を引き上げ、棹立ちで回避。そこに3枚目の円形ブレードが飛んできた。

 イグニッションは車体側面のジェットエンジン・ユニットを点火し緊急加速回避。そこに4枚目の円形ブレードが飛んできた。バックドラフトは車体にしがみつくのが精一杯、反撃の余裕はなし!


「畜生! こいつの飛び道具は無尽蔵なのか!?」

「折り得ても/心許すな/山桜! あたしの魔法、燃費だけは良いんだよね!」


 イグニッションは車体を限界まで傾け、浮揚機(レビテータ)の端を路面にガリガリと擦りつけながら、殺人魔導バズソーめいて迫るブレードの下をくぐり抜けた。車体バランスと速度、すなわちそれ以上の行動余地を犠牲とした苦し紛れの回避だった。


「あはぁはぁはぁはぁ! ふたりまとめて()()になっちゃえ!」


 フラッフィーベアは5枚目のブレードを生成し、最後の一撃を放ちにかかった。


 ――CLANG! しかし投擲直前、重い衝撃音が響いて円形ブレードが止まった。後続車からエントリーした魔法使いが割り込み、攻撃を食い止めたのだ。


「それ以上うちの若手をいじめるのはやめてもらおうか、お嬢さん」

 

 重防弾服を着込み、目出し帽(バラクラバ)の上から防弾ヘルメットを被った男だった。

 右手にはサプレッサー付きの45口径拳銃。左手には複数の魔導ライトを仕込んだ防弾盾バリスティックシールド。板チョコレートめいて並んだ最新式装甲モジュールが魔力をまとい、『月輪(ガチリン)』を投擲直前で食い止めていた。


「フラッフィーベア! 邪魔するならお兄さんから死んでもらうよー?」

「俺はバウンサー。やってみろ、こう見えても東区じゃ名は知られてる方だ」

「望むところ!」


 フラッフィーベアは摺り足のフットワークで大盾を掴みにかかった。バウンサーは油断なく間合いを維持しつつ、盾の魔導ライトで目晦ましを仕掛ける。


「後ろがガラ空きだぜェーッ!」「GROWL!?」


 次の瞬間、新たに停車したギャングカーから飛び出した新手がフラッフィーベアを背中から刺した。


 乱入者は無精髭の男。ギャングスーツに防弾ベスト、凶器はナックルダスター状の護拳を備えた魔導赤熱トレンチ・ダガー。

 高熱を帯びた一撃は刺さる寸前で〈風柳(フレクション)〉に阻まれていたが、刃に溜まった熱が彼女に浅からぬ熱傷を負わせていた。


「そいつはスカウンドレル。人間のクズだ、借りた金も返さん」

「どーも。金の話は今関係ねぇだろ。……そこのバイク小僧が言った通り、東区(ここ)はヒュドラ・クランのホームグラウンドよ」

本部要員(おれたち)の層の厚さ、とくと味わっていけ」


 スカウンドレルの背後でさらに2台の魔導車が停車し、新たな敵が躍り出た。


「こちらブルームスター。射線開けてちょうだい」


 ギターケースじみた魔導機械を担いだ女が言った。長い金髪、マギバー・グラス、タクティカルギャングスーツ。肩の魔導機械の正体は、暗黒シンジケートが開発した試製マギトロン・ビームキャノンである。


「アンフィスバエナ! ドキヤガレ! 俺ガ絞メ殺ス!」


 全身重マギバネの男がノイズ混じりの魔導スピーカー音声で名乗った。その両腕は双頭蛇を思わせる規格外の多関節マギバネ・アームに置換されており、顔から胴体はジャンク鋼板めいた装甲で覆われている。


「GGRRRAAAAAGHッ!」


 敵の4人はいずれも手練れ、囲まれては分が悪い。フラッフィーベアはその場から飛び退き、包囲から逃れようとした。


 しかしバウンサーがシールドチャージでその動きを抑え込む! スカウンドレルが連続スウェーから赤熱ダガーを突き出す! アンフィスバエナは横合いから多関節アームを伸ばして拘束攻撃を仕掛ける! ブルームスターは腰だめに構えたビームキャノンをチャージ! さながらグリズリー狩りめいた包囲戦術である!


「ヒュドラのシマで暴れんのもここまでだッコラーッ!」

「野良犬とファックさせてそのまま餌にしてやらァ!」

「生きたままミンチにしてクラルシナの肥やしにしてやんぞワリャアアーッ!」


 さらにサブマシンガンで武装した非魔法使いのアサルトギャング部隊が車を降り、散開しながら大通りの制圧にかかった。覚醒ポーションを打った彼らは死を恐れず、集団になれば魔法使いをも殺す。


「頭数がいると楽でいいやな。おい、こいつフカフカしてダガーが通らねぇぞ」

「〈不抜(インビンシブル)〉かな。私が吹っ飛ばしてあげる」

「必要ネエヨ! 俺ガ縊リ殺シテ、ソレマデダ!」

「くだらん自己主張は後にしろ。――イグニッション、弓使いに当たれ!」

「アイ・サー!」


 イグニッションが素早く車体を引き起こし、フォーキャストに向かって加速した。その後部座席でバックドラフトが両腕を構えた。無骨なマギバネ腕のカバーが開き、内蔵火炎放射器の吸気タービンが唸る!


「ごめんキャストちゃん! 抜かれた!」


 栗髪の獣人(ライカン)が自身の腕を掴む重機アームと引き合いながら叫んだ。


「珍しいね、フラッフィーがヘマするなんて」

「iiiiiiiiiiiA! A! A! A! A! A! A! AAAAAAAAA!」


 大長巻の下段薙ぎ払い。その後隙を潰す小太刀二刀突き。その刃を外に斬り払い、突進しつつの踏み付け。前方へと伸び上がりつつ長巻を逆袈裟に斬り上げ、燕返しの斬り下ろしに繋ぐ。同一座標にふたりの剣士がいるかのような攻めだった。


 フォーキャストは風に舞う羽めいて避けながら打根(ウチネ)を突き返した。しかしいずれも浅く、有効打に至らぬ。


 そして、敵の消耗を待っている時間もない。フォーキャストの背後で魔導バイクがドリフト停車し、車上のバックドラフトが攻撃体勢をとった。ジェット混合気めいた魔力が発火寸前で渦を巻く。


「A級を()りゃあ大金星! 出し惜しみしたら殺すぞ、バックドラフト!」

「あたぼうよッ! ――OOOOOORAH(ウーーーーーラァー)!」


 KA-BOOOOOOOOM! バックドラフトが爆発と見紛う勢いの火炎を放射した。クラルシナ・ナパーム燃料の火がフラクタルに枝分かれしながら空間を埋め尽くし、後ろからフォーキャストに襲いかかる。


「捕らえた! そのまま焼死コースだァーッ!」


 バックドラフトは敵の死を確信し、昂揚の叫びを上げた。


 焼死がどれほど苦しいか、師ファイアライザーは下らない横領をやったガキどもを教材にして、バックドラフトの目の前で実演してくれた。

 人体は半分以上が水分でできており、そう簡単には燃えない。しかもフラクタル・ファイアは攻撃範囲に特化した分、火力は人を殺せる最低限に絞られている。


 故にこそ、敵はまといつく炎に全身を焼き焦がされ、気道が腫れて窒息死するまで苦しみ悶えるのだ。目の前の弓使いがそうなる様を想像し、バックドラフトは防火マスクの下で凶暴に笑んだ。


 だが、その想像が現実となることはなかった。


 フォーキャストは不意に後ろのバックドラフトを一瞥し、片手の指先を伸ばした。アッシュブルーだった髪が電熱を帯びて蒼く染まり、夜空めいた黒い瞳から白いスパークが走る。


「何……ウワーッ!?」


 KRA-TOOOOOOOON! 轟音とともにバックドラフトの視界が真っ白に染まり、鼻の奥で焦げ臭い煙が立った。高電圧を浴びた魔導バイクの制御システムが停止し、鋼鉄の鮫めいた車体が浮力を失って横転した。


 フォーキャストは指先から電撃魔法(サンダーマジック)を放ち、ヒドゥンダガーとバックドラフトを同時に稲妻の蔦で絡め取っていた。ヒドゥンダガーの攻撃を捌きながら、この同時攻撃のために電圧を蓄えていたのだ。


「青天の霹靂……今は曇りだけどね。駄目だよ、簡単に手の内見せたら」

「iiiiAAAAAAAAAAAッ!」


 ヒドゥンダガーが感電しながらも咆哮し、なおも襲いかかった。白いローブめいた上衣は高電圧によって炭化し、砕けた鎧の残骸だけが筋骨隆々の肉体を覆っていた。本来の腕の脇下あたりから生えた隠し腕のためか、胴体の骨格構造は人間のそれとはかけ離れていた。


 フォーキャストは振り返らぬままヒドゥンダガーの左腕を取り、肘関節を捻り上げながら向き直った。手の中から打根(ウチネ)がひとりでに電磁射出され、怪物の4つ目のうち右側のふたつを切り裂いて失明させた。


 ヒドゥンダガーは隠し腕の小太刀でフォーキャストを刺し殺そうとした。弓使いは先手を打って2メートル50センチの巨体を投げ、肘を折りながら石畳に叩きつけた。頭上、灰の雲に覆われた夜空で、ゴロゴロと遠雷の音が響いた。


 フォーキャストは追撃の手刀を振り下ろした。それは打撃ではなく、斬撃だった。鋭利な一撃が肉と骨を切断し、長巻(ナガマキ)の柄を掴んだままの右手首が宙を舞った。


 ブレード・オブ・アナイアレイション。刀身から野放図に風を起こす魔剣が空中で回転して手首を振り飛ばし、十数メートルも離れた位置に突き刺さった。フォーキャストはそこに打根(ウチネ)を投げ、ロープを縮めて手元に引き寄せた。


「もーらい。……門の像といい、肝の小さいこと。拾って手元に抱えておけば斬られないとでも思ったか」


 フォーキャストは大弓を畳んで背中に回し、背丈の倍はある長巻(ナガマキ)を担ぎ上げた。

 刃渡り190センチメートル、柄も含めば340センチメートル。鍛造した青生生魂(ブルーオリハルコン)を研ぎ上げた蛤刃の刀身には『百胴落蔵王権現』の東国文字が刻まれている。


百胴落蔵王権現ひゃくどうおとしざおうごんげん。今はブレードなんちゃらだっけ」


 フォーキャストはその銘を淀みなく読み、刀身を撫ぜた。

 その手から稲妻が流れ込み、長巻(ナガマキ)から噴き出していた風が止まった。気性の荒い馬が主人に不承不承従うかのように。


「アバッ……アババッ……」

「クソが、ちょっと痺れたくらいで伸びてんじゃねえ! ――死ねやーッ!」


 その背後でイグニッションが身体に鞭を打って起き上がり、痙攣するバックドラフトを蹴りつけると、佇むフォーキャストを目掛けて魔導RPGを発射した。

 しかし、直後に強烈な横風が吹き、弾頭を逸らした。ヒドゥンダガーが発生させた乱気流とは違う、意志によって統制された風のバリアだった。


「――(のぞ)める(つわもの)/闘う者」


 ごうごうと吹き荒れる風の中心で、フォーキャストは大長巻の切っ先で天を指し、謎めいた古式の詠唱を始めた。


 今や彼女の長髪は駆け巡る魔力のパルスによって蒼白く明滅し、見開かれた双眸は迸る稲妻で瞳と白目の区別がつかぬほどだった。電流が刀身を伝って空へ流れ出し、応えるように天から雷鳴が轟いた。


「皆陣(つら)ねて」


 イグニッションはなおも魔導RPGに次弾を装填。バックドラフトが立ち上がり、再びフラクタル・ファイアを放とうとした。フラッフィーベアを包囲する4人の魔法使い、そして大通りを攻め上がっていたアサルトギャングたちが、異様な雰囲気を感じて足を止めた。

  

「前に在り」


 KRA-TOOOOOON! 地上からの放電に導かれ、フォーキャストに雷が落ちた。


 人を容易く殺す大電流がフォーキャストの身体を流れ、取り巻く風の中に散った。帯電した風のバリアが凝縮し、白ローブめいた鈴懸(すずかけ)と、カラスの嘴を象った仮面を――魔王殺しの勇者のアトリビュートを織り上げた。


「……これ見せるとリアに怒られるし、面倒事になるから()なんだけど」


 風と稲妻の衣を羽織ったフォーキャストが背後を一瞥した。ちょうど『無光夜(ライトレス)』の一角で金色の炎が燃え上がったのが見えた。


「可愛い友達のためだからさ。出すよ、本気」

「iiiiiiAAAAAAAAAッ!」


 ヒドゥンダガーが立ち上がった。切断面で肉が盛り上がり、斬り落とされた手首が数秒で再生した。同時に折られた左肘がゴキゴキと鳴って関節を復元した。


 二面四臂の怪物は姿勢を低くして両腕で守りを固め、隠し腕の小太刀2本を前方へ突き出し、角を振りかざす殺人バッファローめいた構えをとった。魔剣を失ってなお強大な魔力が巨躯を覆う。


 対するフォーキャストは風に乗って数十メートル飛び退がり、『無光夜(ライトレス)』の屋根に着地した。そのまま腰を深く落とし、大長巻(ナガマキ)を下段に構えた。

 像として伝えられる姿より数段荒々しい、山岳の猛禽じみた構えだった。背負った大弓がひとりでに外れ、風と電磁力で彼女のすぐそばに浮遊した。


 コンマ数秒の睨み合いの後、大気がみしりと揺れた。


「『開山(かいざん)』」


 フォーキャストがブレード・オブ・アナイアレイションを斬り上げた。

 高らかな破裂音とともに風の刃が飛んだ。だが、エネルギーの余波が無用な破壊を引き起こすことはなかった。全ての力が高圧の斬撃波として集束したためだった。


 ヒドゥンダガーは両腕を交差して斬撃波を受け、腕を切断されながらも突進した。風の刃の後隙を衝き、今度こそ必殺の小太刀二刀突きを仕掛けようというのだ。


 だが、フォーキャストの攻撃は終わっていなかった。

 斬撃波のあとに生じた、直線状の真空が潰れるのに合わせ、彼女は屋根を砕き割るほどの力で踏み込んだ。その身が砲弾、収縮する大気が砲身と化し、数十メートルの距離がただ一足でゼロまで縮む。


 『開山』とはすなわち、離れた敵に一撃当てると同時に、真空を利用して肉薄するための布石なのだ。続く一太刀、真の必殺剣を叩き込むために。


 ヒドゥンダガーの眼前、フォーキャストが長巻(ナガマキ)を大上段に振り上げた。

 KRA-TOOOOOOOON! その瞬間、切っ先に2度目の落雷。フォーキャストは白熱する刀身に突進の勢いを乗せ、ただ真直(しんちょく)に打ち下ろした。


 ヒドゥンダガーは左の小太刀でこれを受け、右の小太刀を突き込もうとした。だが滅びの雷めいた一撃はあっさりと小太刀を叩き折り、そのまま怪物の首の付け根から股下までを一刀両断した。ヒドゥンダガーの反撃は届かず、空を切った。


 叫び声ひとつ上げる間もなく、ヒドゥンダガーの両半身が左右に倒れた。切断面は膨大な電熱によって焼き塞がれ、じゅうじゅうと異臭のする煙を上げている。


「――『捨身降魔(しゃしんごうま)落とし』」


 帯電する蒼髪を風に揺らし、フォーキャストは残心した。

 山を開き、身を捨て、魔を(くだ)して道を成す。『開山(カイザン)』の後に続くこの技を生き延びた者は存在せず、ゆえに誰もこの技を知らぬ。


「AAAAAA……AA…………嗚呼」


 右半身を切り取られたヒドゥンダガーが、残った左の小太刀を手にもがく。


 当然、致命傷である。身体を両断され、雷に体内を灼かれたのだ。だが合成獣(キマイラ)の強大な生命力が仇となり、苦しみを長引かせていた。フォーキャストが介錯のためにもう一度長巻(ナガマキ)を振り上げた。


 だが、そのとき、ヒドゥンダガーの動きが止まり、別々の色をしたふたつの左目が自らを斬った女を見た。今わの際になって邪悪な血肉魔法(ブラッドマジック)の支配を脱したか、あるいは破壊を免れた自我の残滓が表出したのか、その目には理性の光が戻っていた。


「……名は……」

「アズサ・メイゲン(鳴弦梓)。今のとこはフォーキャスト」


 フォーキャストはぼそりと答えた。


「ここの魔族も、今日で死ぬ」

「……感謝を……」


 ヒドゥンダガーは目を閉じ、そのまま自らの頭に小太刀を突き立てて命を絶った。

 死体となった怪物を見下ろし、フォーキャストは片手で短く拝んだ。そして死体の背から蒔絵入りの黒鞘を取り上げ、腰の矢筒に干渉しない位置に背負った。


「――キャストちゃーん! ごめん、助けてくれると嬉しいかもー!」


 4人相手に粘りながら、フラッフィーベアが声を上げた。

 敵は3人がかりで彼女を拘束しながら、ブルームスターのビーム・キャノン直撃を狙っているようだった。フラッフィーベアは敵を盾にするように動いて射撃を封じているが、防戦一方に追い込まれている。


「キャストちゃん、か。ふふふっ」


 フォーキャストはブレード・オブ・アナイアレイションを手放して電磁浮遊させ、入れ替わりに大弓を手に取った。


「いいよ。パノとあの子が出てくる前に、こいつら全部片付けちゃおう」

読んでくれてありがとうございます。今日は以上です。

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