ナイトハント・アンド・ペネトレイト・ハート(10)
「次。ロー・ミドル・ハイ、素早く」
「はい!」
冒険者ギルド中庭。ルイス・クイーンハートは据え付けられた木人に、樵斧めいた三連蹴りを叩き込んだ。まだ鈍い。師はローキック一発で立ち木を伐り倒す。
「足運びは良いけれど、体幹がぶれています。次、キドニーブロー10回」
「はい!」
「腎臓はもっと上よ。ペインキラーちゃんから教わったでしょう? 敵の致命部位を破壊しなければ有効打にはなりません。内臓の位置は常に意識なさい」
「はい!」
ルイスは指示通り打点を変え、小さく正確にパンチを打ち込んだ。
父の友人としてのヘカトンケイルは瀟洒で気安い淑女だったが、今は厳格な師だ。声を荒げたり暴力を振るったりすることはないが、懇々と殺人拳の知識を詰め込み、血反吐を吐くような訓練を課してくる。望むところだった。
「よろしい。……体術はまだまだですけど、強化魔法は仕上がってきましたね。いつ見ても惚れ惚れする魔法の才能ですわ」
「でも、実戦で役に立たないと意味がありません」
「ストイックね。しかし、その通りです。魔法の技術と戦いの技術は違う」
ヘカトンケイルが手にしたステッキで床をコツコツと突いた。
「少し座学にしましょう。魔力とは自我と本能の力、そうでなくても戦いには強い加害の心が不可欠です。しかしただ激情に呑まれるだけでは、簡単に足元を掬われる。……では、理想の戦士の姿とは?」
「冷静に殺せる人間」
「正解」
ルイスが答えると、師は頷いた。
「理性による激情の統制……俗っぽく言い換えれば、喧嘩慣れというものですわね。理性を保ちながら攻撃性のリミッターを外すマインドセットが実戦には不可欠です。どれほど魔法や格闘技を修めていても、これができなければお話になりません」
「……私も、それができるようになりますか」
「それはあなた次第。鍛えられた鋼は冷えてなお硬く鋭い。怒りの勢いに頼らずとも戦えるように、自分自身を鍛え抜くことです」
ヘカトンケイルが言葉を切り、続けた。
「無論、私もやるからには徹底的にやるつもりですわ。……妥協や諦めの先に勝利はありません。私の弟子を名乗るなら、最後までベストを尽くしなさい」
◇
「――『魔王の矢』ッ!」
DOOOOOOOOOOM!
襲来。衝撃。胴体を貫く鋼の感触。ノスフェラトゥの必殺剣がもたらした全てが、一瞬遅れてパノプティコンを襲った。
「か、はっ……!」
背中で壁を砕きながら咳き込み、血とともに肺の空気を吐く。
パノプティコンは歯を食いしばり、気絶をこらえた。
(なんて威力、私の強化魔法が気休めにもならない!)
魔王の矢。まさにその身を矢と変える一撃である。
ノスフェラトゥは剣でパノプティコンの脇腹を貫くと、間髪入れずに錐揉み回転を加えて体内を抉り、続く山羊角螺旋タックルを両肺に叩き込んでいた。
極限の魔力をまとったその衝撃は、殺人魔導掘削ドリルの正面衝突にも匹敵する。並の使い手であれば全身をバラバラに引き裂かれて即死、パノプティコンとて初手で切っ先を逸らすのに失敗していれば、致命的な内臓損傷を負っていただろう。
だが、未だ危機は去っていない。ノスフェラトゥはタックルを決めた体勢のまま、串刺しのパノプティコンを空中で抱え込んでいる!
「もう慈悲を乞うても許さぬぞ! お主らに名誉ある死などなし! このまま頭から床に叩きつけ、確実にとどめを刺してくれるわッ!」
ノスフェラトゥが吼え猛り、宙返りを打った。
重力が反転、視界に床が迫る。動かなければ死。パノプティコンが目を見開く!
「行けッ!」
探偵服のケープがはためき、中からゲイジング・ビットが飛び立った。
起動した機械眼球が次々ニューロンと接続し、万華鏡めいて視界が拡張していく。そのビットを念動操作して敵を取り囲み、一斉に〈邪視〉を照射!
「ぐわーッ!?」
致命的な麻痺を引き起こす〈邪視〉の眼光を浴び、ノスフェラトゥが宙返りの途中で失速を起こす。
その隙に痙攣する腕を振り払い、拘束から脱出。腹に刺さった刃が肉を切り裂き、さらに傷を広げた。
「か……ヒューッ……!」
パノプティコンは呼吸を整えながら着地した。同時に脇腹の傷を筋力で締め上げ、出血をかりそめに食い止める。
(スキルの効きが悪い。期待はしてなかったけど)
後天的に習得可能か否かという一点を除き、スキルと魔法に本質的な違いはない。すなわち強化魔法による抵抗が可能であり、それは〈邪視〉も例外ではなかった。
一方的に睨み殺すことは叶わぬ。かといって撤退の余裕もなし。ならば、この手と脚で殴り勝つまで!
パノプティコンは素早く状況判断すると、折れたステッキを捨てて無手で構えた。スタンスは狭く、重心は後ろ脚。脚への攻撃を警戒したサバット式の構え。
「ARRRGH……その浮き目玉、何かと思えば〈邪視〉か!」
ノスフェラトゥがコウモリの群れとなって姿を消し、瞬間移動じみた高速移動からゲイジング・ビットの死角に再出現した。
「未熟を道具で補わんとするいじましき努力は褒めてやるが、妾は当然その手のスキルへの対処も心得ておる。魔法使いとしてのキャリアが違うわ!」
「黙れ、クソ野郎が! その腐りきった脳味噌を地面にブチ撒けてやる!」
「できもせぬことをピーチクパーチクとほざくな、小娘ッ!」
ノスフェラトゥが前に飛び出し、ライフル弾めいた螺旋刺突を仕掛ける。
パノプティコンは身を屈めて刃を躱し、カウンターの下段サイドキックを放った。相手の踏み込みの力を利用し、踏み出した脚の膝関節を破壊する。そのはずだった。だが次の瞬間、蹴り脚が鋼を蹴ったような音とともに弾き返される!
「これは……!」
「キャリアが違うと言ったァッ!」
手応えがまるでない。原因はノスフェラトゥが身にまとう紅の剣士服だ。
銃と爆弾を主武器とするバックスタブの前では表面化しなかったが、質量を備えるほどに魔力を凝縮した鎧化魔法の衣は、魔法使い同士の白兵戦において鉄壁の防御力を発揮する。
そして娼婦十数人を喰らった影響か、ノスフェラトゥの魔力量は先程とは比較にならぬほど強化されていた。――あるいはむしろ、これまでが絶食で弱体化したような状態だったのか。
「お主らが妾を狙わなければ! 否、実力差を思い知った時点で退散しておれば! 妾も娼婦どもを殺さずに済んだ! 若さと命を保つだけならば、年にひとりかふたり見繕って喰えばそれで十分じゃったというのに!」
「とうとう白状したな、お前ッ!」
パノプティコンが激昂して叫んだ。
「姉さんが殺されて、私たち家族がどんな思いをしたか! 思い知らせてやる!」
「くだらぬ下々の命など知ったことか! その程度で粘着質に嗅ぎまわりおって!」
ノスフェラトゥが鋭く突きながら踏み込んでくる。パノプティコンは左のジャブで剣を打ち逸らし、次なる攻撃の機会をうかがう。
「かつて魔族の大荘園では、ただ一夜の宴で300人が贄となった! 現代のクイントピアでも年に100人以上が抗争や暗殺で死んでおる! それに比べて妾が喰らう数のなんと控えめで慎ましいことか! 簡単な算数もできぬのか!? お主に妾を殺す大義など一片たりとも存在せぬわ!」
「ああああああァァァッ!」
パノプティコンが怒りに吼えた。まるで話が噛み合わぬ!
ノスフェラトゥの言は挑発か? 否。敵の態度には意識的に詭弁を弄しようという意志すらない。心底から自分の都合しか頭になく、他人への共感というものを持ち合わせていないのだ。
……殺さなければ! この女を痛めつけて殺さなければ!
「砕いて! へし折って! その心臓引きずり出してやるッ!」
パノプティコンが足元への突きを踏みつけ、レイピアの間合いの内側に飛び込んでレバーブローを打つ。ノスフェラトゥは剣の鍔で防ぐ。
パノプティコンが歯を噛み締め、細く息を吸い込む。強化魔法が高まり、全身からエンジン排気炎めいた魔力が噴き出す。(威力なき牽制など無用。矢継ぎ早の強打で息の根を止めなさい)去来する師の教え!
「――SHHHHHHHHッ!」
右拳のボディフック。KBAM! 金色の魔力爆発が起こる!
ノーガードで受けながら退がろうとするノスフェラトゥ。その足の甲を踏みつけ、左拳のキドニーブローを叩き込む。KBAM! 右のストマックブロー! KBAM! 左のキドニー! KBAM! 右! 左! 右! 左右左右左右左右左右左右左右! ノスフェラトゥの姿勢が揺らぎ、連続小爆発が鎧化魔法を崩しにかかる!
「こそば! ゆいわッ!」
だがノスフェラトゥは右の翼を第3の腕めいて動かし、拳を止めた。さらに反対の翼でパノプティコンを打ち、拳の間合いの外へと叩き出す。人間に存在しない部位を用いたトリッキーな攻撃である!
「ち……ッ!」
パノプティコンが受け身を取りつつ〈邪視〉を放つ。ノスフェラトゥはコウモリの群れとなって散開、一瞬でその背後に回り込む。
BLAMNBLAMNBLAMN! そこに横から散弾が飛来し、コウモリの群れを撃ち落として再実体化を阻止した。奇襲タイミングを逸したノスフェラトゥは距離を取り、再び人型をとった。
「退け、パノさん。タイマンじゃ無理だ!」
BLAMN! BLAMN! BLAMN! BLAMN! BLAMN!
なおも銃撃。撃つのはバックスタブ。玄関ホールに続く出口付近の彫像の陰から、『ヒュドラの牙』を冷徹に連射する。
「まだ、やれる! もう一度――」
「姑息な小童めがァーッ!」
ノスフェラトゥは翼をかざし、生体防弾布めいた翼膜で散弾を防ぐと、隙を衝いて飛び掛かってきたパノプティコンに痛烈な回し蹴りを叩き込んだ。靴の爪先が脇腹の傷を抉り、建造物破壊用鉄球を叩きつけるがごとき衝撃が襲う!
「が……あっ……!」
パノプティコンは念動魔法で辛うじて内臓破裂を防いだが、それ以上反撃も防御もできず、吐血しながらその場にくずおれた。
かりそめの止血が解け、流れ出した血が血溜まりを作り出した。力を失ったゲイジング・ビットが、次々と床に落ちて硬い音を立てる。
「だから無理だっつったろうが、言わんこっちゃない……!」
バックスタブが吐き捨てながら散弾銃を裏返し、腰のホルダーに差したスピードローダーを引き抜いてショットシェルを再装填した。
「フハハハッ! 邪魔な小娘は仕留めた! これで勝ったも同然よ!」
ノスフェラトゥは瀕死のパノプティコンを捨て置き、この狡猾なるギャングアサシンに攻撃目標を切り替えた。
サイキック使いの娘は順当に戦えば順当に勝てる相手だ。対するバックスタブにはクイントピアの凄腕を数十人葬ってきた実績と、この自分を一度殺した事実がある。この好機を逸さず殺すべし!
「ジョン坊、お主もそこの女と同じじゃ! お主の仁義のために何人死んだ!?」
「バカじゃねぇの」
BLAMN! 蛇頭めいたダックビル・ハイダーが返答代わりの銃弾を吐き出した。
発射されたのは散弾ではない。防弾鎧すらも貫くブリネッキ・スラッグ弾である。火薬の力で放たれた直径2センチの魔力なき鉛が、あらゆる神秘を否定するがごとくノスフェラトゥの翼を強化魔法ごと貫き、頭部を爆裂させた。
「ガ……フ、ハ、ハ、ハハハハァーッ!」
しかし、突進阻止ならず! 飛び散る鮮血と脳漿に目もくれず、ノスフェラトゥは欠損部位を高速再生しながら走り続ける!
バックスタブは熟練のハンターめいて落ち着き払った手つきで散弾銃をポンプし、これを無言のまま迎え撃つ。ヒュドラ・クランの死神に慈悲はなし!
BLAMN! BLAMN! BLAMNBLAMNBLAMNBLAMN! BBBBBBBLAMN!
激烈なるスラムファイア。スラッグ弾全弾命中。さらに淀みなく腰の『黒い拳銃』を抜き、女魔族の全身に弾倉ひとつ分の9ミリ弾を叩き込む。
鉛の弾丸が体内に瞬間空洞を生み、骨を砕き、肉を飛び散らす。ノスフェラトゥは喰らった血肉から得た魔力を再び血肉に変換して傷を埋め、突撃を強行する。
技量も優雅さも投げ捨てたゾンビ・アタック。18発目と同時に拳銃のスライドが下がりきって止まる。バックスタブは舌打ちしながら撃ち尽くした銃を手放し、腰のホルダーからスティレット・ダガーを抜いた。
「ハハハハハハハハーッ! ザマを見よ! これが妾に手を出した因果応報じゃ! お主の心臓をむしり取り、永遠に引導を渡してくれるッ!」
ノスフェラトゥが走りながら剣を突き出し、引き絞られた弓めいて翼を広げた。
深紅の魔力がレイピアの刀身周囲を螺旋状に奔る。直後、ノスフェラトゥの足元が爆発し、女魔族が紅の矢と化した。必殺剣『魔王の矢』!
回避、防御、いずれも間に合わぬ。バックスタブは敵の姿を無感情に見据えながらわずかに身じろぎ――右の靴底で床を踏みしめた。
「〈必殺〉!」
SWOOOOOOOOOOOOSH!
次の瞬間、地面から、壁から、天井から、あるいは何もない虚空からドス黒いタール状の魔力が湧き出し、全方位からノスフェラトゥを襲った。
「何ッ!?」
既に突撃コースに入っていたノスフェラトゥに回避する余裕はなかった。タールの濁流は有無を言わせぬ力で突進を食い止め、ノスフェラトゥを拘束すると、そのまま肉食粘菌のごとく女魔族を呑み込みにかかった。
「グ……ギャアアアアアァァァァァーッ!?」
ノスフェラトゥは恐怖の絶叫を上げた。力が! 抜けていく! 娼婦を喰い殺して取り込んだ魔力が、命が、なすすべなく奪われていく!
魔法の精髄を知る女魔族の直感が、最大の警鐘を鳴らしていた。この穢れた濁流に呑み込まれれば、その先に待つのは取り返しのつかぬ滅びであると!
「おーおー、しぶとく踏ん張ってやがる」
バックスタブは素っ気なく呟き、もがくノスフェラトゥの様子を窺った。
その足元には黒いタールが不満げに渦を巻いている。まるで大きすぎる獲物を呑み込もうとして、喉に詰まらせているかのように。
〈必殺〉。黒いタール状の魔力を呼び出し、相手と自分を異空間に引きずり込んで、武器と魔力を封じた上で一方的な奇襲を仕掛ける……路地裏強盗時代から使ってきたスキルがこのような挙動を見せるのは、彼にとって人生初の経験だった。
ノスフェラトゥの魔力量がスキルの発動を阻害しているのか、あるいは連戦による消耗が原因か。可能性はいくつか考えられる。だがそれを検討するより速く、死神はダガーを手に追撃を仕掛けていた。
確実な情報として、血肉魔法による再生は無尽蔵ではない。〈必殺〉での確殺が無理なら、息の根が止まるまで殺すだけだ。
バックスタブはダガーを腰だめに構え、身体ごとぶつかるように突き刺した。
洗練とは程遠いギャング・ドス・アタック。バックスタブの強化魔法強度はパノプティコンの足元にも及ばないが、敵の強化魔法が弱まっている今ならば刺突が通る。
「死ね!」
STAB! STAB! STAB! 鎧通しの切っ先が、肋骨の間からノスフェラトゥの肝臓、腎臓、心臓を滅多刺しに抉った。
ノスフェラトゥが激痛におぞましい悲鳴を上げる。バックスタブは無表情でその頭部を押さえつけると、片目を突き刺して脳を掻き壊した。さらに散弾銃を振り上げ、オニグルミの銃床で頭部を執拗に殴打! 致命的攻撃!
「アバッ……ハ……よくも……よくも……!」
立て続けに即死級のダメージを受け、ノスフェラトゥが吐血しながら呻いた。
〈必殺〉は彼女から魔力の大部分を奪い去っていた。もはや傷を塞ぐだけで精一杯なのか、赤黒のレイピアは霧散し、角と翼はボロボロに萎びている。
「ハァーッ……化け物め、ここまでやっても生きてんのかよ……!」
だが、一方的な攻撃もこれまでだった。バックスタブが立ち眩みを起こしたように膝をつき、ノスフェラトゥを拘束していたドス黒いタールが消失していく。イレギュラーな動作に構わずスキルを使い続けたことで、一時的な魔力切れを起こしたのだ。
「クソボケが、いい加減往生しろ!」
「キィアェエエエエエエッ!」
バックスタブはふらつきながら床の拳銃を拾い上げ、予備の弾倉を装填した。
ノスフェラトゥは掠れた奇声を上げながら駆け寄り、エンスト寸前の魔導車めいた無様なタックルを仕掛けた。BLAM! 押し倒され、明後日の方向に銃弾が飛ぶ!
「殺す! 殺すッ! 殺してやるッ! この薄汚い路地裏の与太者めがァーッ!」
「できもしねぇことをピーチクパーチクほざくな、ババア!」
死神は腕を振り上げ、拳銃のグリップエンドでノスフェラトゥの頭を殴りつけた。そのまま怯んだ敵を蹴り飛ばし、胴体を銃撃しながら立ち上がる。
「くたばれ!」「オゴーッ!?」
追って立ち上がりかけたノスフェラトゥの喉元に、堂に入ったサバット式の下段サイドキックが刺さった。パノプティコンから習ったベーシック・アーツ!
だが、ここでノスフェラトゥも最後の意地を見せた。蹴られた勢いで後ろに飛び、連続側転で銃弾の追撃を避けながら近付く。
BLAMBLAMBLAMBLAM! 命中弾なし。敵は瀕死であり、血肉魔法による再生力も底を尽きかけているが、それでも人ひとり殺す余力はある。不利なのは手札を使い尽くしたバックスタブの方だ。だが死神は断固たる意志で銃を撃ち続ける!
「パノプティコン! ボーッとしてないで手ェ貸しやがれ!」
口調を取り繕う暇もあればこそ、バックスタブが叫んだ。パノプティコンは血だまりの中、糸の切れた人形のように倒れ伏している。
「身内を殺りやがった奴がのうのうと生きてんだぞ! お前の手でブチ殺す最後のチャンスだろうが! ここで何もできなかったらお前の7年何だったんだよ!」
「……!」
パノプティコンの指先がぴくり、と動いた。
「どうせ死ぬならやり切って死ね! 立って戦ってみせろ! ……ちっ!」
「下らぬ絵空事よ! 妾は永久に美しいまま、明けぬ夜の中で生き続けるのじゃ!」
BLAMBLAMBLAMBLAMBLAM! BLAMBLAMBLAMBLAMBLAM!
ノスフェラトゥが銃弾を掻い潜って接近。もはやレイピアを作り出す余裕もなく、素手の手刀で貫きにかかる。バックスタブは『ヒュドラの牙』を盾の代わりに掲げ、喉を狙った左の手刀突きを防いだ。
だが……女魔族は身を屈め、右の手刀を振りかぶっている! 左は防御を誘発するためのフェイント、本命はガラ空きになった下腹への右手刀突き! やんぬるかな、バックスタブにこれ以上の行動余地はない!
「ファック!」
「死ねェェーーッ! クソ餓鬼ァァァァーーッ!」
ノスフェラトゥが口汚く叫び、右の手刀を処刑槍めいて突き出した。
残された魔力を集中した指先が、皮膚と筋肉を突き破り、温かい内臓を抉り出す――その寸前で、ピタリと止まった。
「こいつは……!」
ノスフェラトゥは突きを繰り出しかけた姿勢のまま、石になったかのように全身を硬直させていた。その周囲には無数の機械眼球が浮かび、ノスフェラトゥに金色の病んだ眼光を浴びせている。
「――〈邪視〉。動きも心臓も止める」
ノスフェラトゥの後ろで、小柄な影が立ち上がった。ジリジリと空気を焦がす金色の火の粉を伴って。
「さすがパノさん。起きてくれるって信じてましたよ」
「あんたが内心で私をどう扱ってるかはよく解った。……でも、それは後回し」
パノプティコンは脇腹に手を触れ、抉られた傷をなぞった。燃える魔力が傷を溶接するように閉じ、指先に赤い血がべっとりと付着した。死んだ姉と同じ血が。
彼女はそのまま自分の顔を撫でつけ、涙の跡めいた血化粧を刻むと、拳を握った。
コンディションは万全とは程遠い。出血しすぎたせいか、思考がうまく働かない。確実な勝算はなく、この戦いのあと生きていられるかも解らぬ。だが、彼女はそれで構わなかった。
「ノスフェラトゥ。姉さんの仇」
穏やかですらある声で、ルイス・クイーンハートは宣告した。
今の彼女の中には冷静さを鈍らせる怒りも、重荷のごとき使命感もなかった。
彼女を無慈悲な戦士へと鍛え上げ、代わりに復讐に縛り付けてきた怒りと憎悪は、いつの間にか跡形もなく消え去っていた。
ただ、火が触れたものを燃やすような、鋼の刃が触れたものを切り裂くような――文脈を持たぬ殺しの意志だけが、彼女の身体を満たしていた。
「この全身の血が流れ尽くすとも、お前を地獄に叩き込んでやる」
BWOOOOOOM! パノプティコンの全身から炎が広がった。
金色に燃える魔力。最大出力の念動魔法が床を、壁を、天井を嘗め、薄暗い画廊を煌々と照らし出す!
「し……死、に、ぞ、こ、な、い、がァッ!」
ノスフェラトゥが全身に魔力の残滓を巡らせ、強引に〈邪視〉の拘束を破った。
パノプティコンは人型の篝火めいて燃えながらサバットの構えをとった。
床に落ちた鋼鉄ステッキの欠片が浮かび上がった。念動力がその形を歪め、一瞬で鋼鉄のナックルダスターに変えた。彼女はそれを右手に嵌め、両拳を鋼で武装した。
「来い。明けない夜は、今日で終わりだ」
パノプティコンは短く言い捨て、ノスフェラトゥに手招きした。
読んでくれてありがとうございます。
今日は以上です。最近忙しくて更新遅れました。ごめんね
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