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ナイトハント・アンド・ペネトレイト・ハート(8)


「ジョン坊ォォォッ! よくも下らぬ奸計で妾を謀りおったな! お主は生きたまま手足を落として地下室で薬漬けにしてくれるわッ!」

「誰が変態ババアの性癖に付き合うか! 死ねや!」


 BLAMNBLAMNBLAMN! 俺はパノプティコンと並んで走りながら、追ってくるノスフェラトゥに『ヒュドラの牙』を掃射した。

 

 だが、奴の方が足が速い。散弾を弾きながら深紅の風めいて加速し、ゲイジング・ビットによる〈邪視(イビルアイ)〉のオールレンジ攻撃をも潜り抜けて突っ込んでくる。


「真っ向から打ち合うな!」「解ってる!」


 パノプティコンが振り返って鋼鉄ステッキを構え、敵の突進突きを防いだ。

 金色に燃えるステッキが赤黒のレイピアを打ち逸らす。ノスフェラトゥはその場で半歩引き、剣を持つ腕を、身体をしならせた。


「キィィィィィヤエエエエエェェェェッ!」


 SSSSWAAAASH! 重機関銃めいた刺突の嵐。突きながら踏み込んでくる。

 パノプティコンは付き合わずバックステップ。そのまま念動魔法(テレキネシス)で自分の身体を後ろに引っ張り、サイコ・リープを打つ。ノスフェラトゥは瞬時に踏み込んで追随し、間合いを詰めながらパノプティコンの膝下を斬りつける。


 パノプティコンが着地。ブーツには大きな傷が刻まれ、中から金属が覗いている。鋼板仕込みでなければ脚を破壊されていたところだ。


「小癪! 次は骨まで断ち切ってくれる!」

「ほざけッ!」


 パノプティコンが鋭く叫び、目の前に強烈な念動力を放射した。


 サイコ・プッシュ。大型トレーラーを宙にカチ上げる一撃。だがノスフェラトゥは魔力を流したレイピアを構え、力場(・・)()まっぷたつ(・・・・・)()って(・・)凌いだ。余波を受けた床材が吹き飛んで宙を舞う。


 BLAMBLAM! BLAMBLAM! BLAMBLAM! 俺は『黒い拳銃(ブラックピストル)』のピストルスコープを覗き込み、素早くダブルタップで連射した。ノスフェラトゥは手の中でレイピアを回し、ひとつ残らず銃弾を弾き返した。


「学習能力のない奴よ! 銃弾など効か……グハーッ!?」


 ノスフェラトゥが勝ち誇ったそのとき、ブーメランのようにUターンしてきた重い大理石の床材が、奴の後頭部に激突した。念動魔法(テレキネシス)。女主人の身体がくの字に折れ、パノプティコンが前進に転じる。


「学習能力がないのはテメェだ。やっちまえ、パノさん」

「SHHHHHHッ!」


 次の瞬間、鋼入りの靴先が燃える円弧を描き、無慈悲なミドルキックがノスフェラトゥの側頭部を打ち据えた。

 横に一回転して倒れるノスフェラトゥ。パノプティコンは念動力で周囲の壁や床、彫刻や飾り鎧を手当たり次第に引っぺがしてぶつけ、奴を瓦礫の山に埋め立てた。


「ここで火炎瓶をひとつまみ……」


 俺は最後の火炎瓶を取り出し、火をつけて放り投げた。燃えるアルコールが瓦礫の山に染み込み、中からノスフェラトゥのくぐもった悲鳴が上がる。


 これで死ねば万々歳だが、火炎瓶ひとつでは火力も高が知れている。そう上手くもいかないだろう。再生すらさせずに殺すには、もっと火力が必要だ。


「しかし生き埋めか、パノさんもあくどい手を覚えてきましたね」

「あんたと一緒にするな!」


 俺たちは画廊を駆け抜け、嬢の控室がある東の離れに飛び込んだ。通路は本館よりずっと狭く、蝋燭も少ない。待ち伏せをしやすい部屋だ。


「パノさん、このまま聞いてください。――さっきので確証が持てた。ノスフェラトゥは魔法は上手いが、殺し合いはヘタクソだ」


 走りながら、俺は話を切り出した。


「不意打ちに無警戒ってこと?」

「結論だけ言えばね。奴は俺たちを舐めてかかってるが、それだけじゃない……昔の魔法使いがやってたような、腕前を見せつけるエキシビジョンのやり方が骨の髄まで染みついてるんだ。そもそもルール無用の殺し合いに慣れてねえ」


 しかも、と俺は付け加えた。


「奴が大昔から生きてる魔族だとしても、少なくとも娼館街を仕切ってた50年の間はガチの戦いをしてないはずだ。自動火器や爆薬もほとんど未体験でしょう」

「でも、並の小細工は正面から捻じ伏せてくる」

「そこで、これっすよ」


 俺は鹵獲品の爆炎手榴弾(ブラストグレネード)を取り出してみせた。


「東区の新型爆弾?」

「イェー、1個で部屋ひとつ丸焼きにできます」


 このリンゴめいた赤塗りの手榴弾は、サクシーダーの暗黒シンジケートとデスヘイズの暗黒麻薬カルテルが共同開発した気化爆弾だ。


 中に詰まっている魔導サーモバリック爆薬は、普段は砂を固めたような固形だが、炸裂と同時にガス状になって拡散する。そのガスが一斉に連鎖爆発を起こし、高温の爆風で周囲を攻撃する仕組みになっている。

 

 直撃を受ければ爆圧に内臓を潰され、肺の中まで焼かれて死ぬ。破片を飛ばすわけではないから、物陰に隠れたくらいでは防げない。ピンを抜いて部屋に投げ込めば、凄腕の魔法使いでも一撃死だ。


「ただパノさんの言う通り、普通に投げたんじゃ駄目だ。爆発前に斬り落とされる。確実に()るには仕掛けがいる。……もっとも、このやり方の場合、お姉さんのことを聞き出すのは難しくなりますが」


 パノプティコンは俺を横目に見て、少し逡巡し、それから口を開いた。


「どうやるの?」


 ◇


「――ぬアアアァァァァァァーッ! アアアアアアァァァァーッ!」


 数十秒後、ノスフェラトゥは燃える瓦礫を吹き飛ばしながら立ち上がった。

 炭火焼きの肉のように黒く焼け爛れた身体が粉々に弾け、コウモリの群れに変じ、再び寄り集まって無傷のノスフェラトゥを形成した。


 これこそがノスフェラトゥの不死性の正体、悪名高き血肉魔法(ブラッドマジック)であった。人の身体を自由自在に組み換え、擬似的な不老不死すら可能にする。

 ……だが、プライドにつけられた傷は癒せなかった。


「おのれェェェーッ! おのれェェェェェーッ! おのれェェェァァァァーッ!」


 ノスフェラトゥは吼え、手近な壁に突進し、狂ったように頭を叩きつけた。

 見事な漆喰塗りの壁に鉄球をぶつけたような破壊痕が次々と生まれ、やがて壁そのものがガラガラと崩れ落ちた。


「ノスフェラトゥ様! 一大事でございます! ……キヒィーッ!? 何事で!?」


 その背後でドアが開き、顔面蒼白のブラッバーマウスが駆け込んできた。ノスフェラトゥが血走った目を見開き、痩せぎすの従者を睨みつける。


「何じゃ!? 下らぬことならばタダでは済まさぬ!」

「大通りでプロンプターが討ち死に、ヒドゥンダガーが制御を失っておりまする! 本部からの増援にまで斬りかかっており、このままでは同士討ちが……」

「あの戯け者めが、何のための目付け役か! ()ったのはどこの誰じゃ!?」


 烈火のごとき剣幕で詰め寄られ、ブラッバーマウスが慄きながら答えた。


「大弓使いの女にございます! 長い灰色の髪をした……!」


 ノスフェラトゥがぴくり、と眉を動かした。


「大弓? ……大弓だけか!?」

「投げ矢のような武器も使っておりましたが……」

「なれば捨て置け! ヒドゥンダガーは勇者の武器を振るうために()った(・・)一点物よ、今の惰弱な魔法使いに勝ち目などなし! 妾はこの手であの痴れ者どもを八つ裂きにせねば気が済まぬ! これ以上邪魔をするならば殺すッ!」

「は……ハハーッ!」


 土下座するブラッバーマウスをその場に捨て置き、ノスフェラトゥは紅い風めいて走り出した。


 この『無光夜(ライトレス)』には西と東にふたつの離れがある。

 造りはどちらも同じだが、西が客を連れ込む寝所で、東が住み込みの娼婦の私室。ふたりが逃げこんだ部屋は東の離れだ。


「娼婦を盾にするつもりか……? 卑しき者どもは躊躇いもなく卑しき手を使う! 150年のあいだに魔法使いも落ちぶれたものよ!」


 ノスフェラトゥが毒づいた。

 血肉魔法(ブラッドマジック)の使い手にとって、人体はリソースである。周囲に大勢の人間がいる状況は、彼女にとっても有利に働く。

 だが、娼婦を巻き込むのはうまくない。彼女らなしには『無光夜(ライトレス)』は立ち行かず、いたずらに死人を出せば娼館街の統治にも影響が生じる。

 

 それに……まずあり得ぬことだが……血肉魔法(ブラッドマジック)の存在が露見すれば、南区の冒険者などより厄介な存在を呼び込むかもしれぬ。


 『魔王殺しアズサ』。大通りの門に置いたあの勇者像は、自らへの戒めである。

 何の前触れもなく来襲し、同胞を殺し尽くしたあの狂人を、ノスフェラトゥは――只人(ヒューマン)の寿命を超える年月が経った今でも――畏れ続けてきた。

 ゆえに穏健に立ち回り、虚実を織り交ぜて情報を操作し、奥ゆかしい女主人の顔を作ってきたのだ。正攻法で終わらせるのが、もっともよい。

 

 BLAMN! BLAMN! BLAMN!


「いやーッ! 誰か助けて!」「ノスフェラトゥ様!」


 そのとき、上の階から連続して銃声が響き、助けを求める声が上がった。

 確かに『無光夜(ライトレス)』で働く娼婦の声。位置は2階の一番奥、リネンなどをしまう物置の向かいにある角部屋だ。


「遅かったか……!」


 ノスフェラトゥはすぐさま向かおうとして、止まった。2度も裏をかかれたが故の警戒であった。


 敵は卑しいにわか(・・・)魔法使いであるが故に、自分には想像もつかぬような卑劣な手を次々と実行してくる。人質をとったように見せて自分を誘い出し、罠に嵌める――例えば、部屋におびき寄せて挟み撃ちにするなど――そのような可能性もある。


「……」


 女主人は音もなく階段を上がると、声が聞こえた部屋をあえて避け、ひとつ手前の部屋のドアにゆっくりと手をかけた。

 離れの部屋ひとつひとつはさほど広くない。壁を破って奇襲すれば、銃弾より速く敵を斬り捨てられる。そう算段を立てながらドアを開け、暗い室内に忍び込む……。


 BLAMN!


「ギャアアアーッ!?」


 次の瞬間、真横の壁から8ゲージ散弾が放たれ、ノスフェラトゥを吹き飛ばした。背後でドアが閉まり、ひとりでに鍵がかかる。


 視線を向けると、今しがた破ろうとしていた壁に、無数の穴が開いていた。

 自分が隣の部屋に入ることを見越し、あらかじめ開けてあったのだ。おそらく先の銃声は、この穴を開けるためのもの。


 しかも、それだけではない。ここに住んでいるはずの娼婦の姿がない。

 代わりにリネン室で保管している布や毛布類が、瓦礫に混じって部屋中に散乱していた。その上には銃弾から抜いた火薬がバラ撒かれている。


 さらに天井近くには、ピンを抜かれた爆炎手榴弾(ブラストグレネード)と、ナパーム焼夷剤が詰まった焼夷手榴弾(サーモグレネード)とが、念動魔法(テレキネシス)によって宙に浮いていた。


「灰は灰に、塵は塵に。そこでくたばりな」


 壁の向こうで、バックスタブが言った。

 同時に浮き上がった瓦礫が壁の銃眼と窓を塞ぎ、部屋が完全な密室と化す。

 そして――ピン、と無慈悲な金属音を立て、手榴弾の安全レバーが弾け飛んだ。


「畜生めがァッ! この部屋こそが罠じゃったのかッ!」


 ノスフェラトゥは再生しきらぬ体に鞭打ち、ドアを切り裂いて脱出しようとした。

 しかし、切っても切っても破片がその場に留まり続け、穴が開かない。部屋全体が念動力で密封(シール)されている。

 それでも数秒もあれば突破できようが――手榴弾の起爆には、間に合わぬ!


「ウアアアアアァァァァァァッ!」


 ノスフェラトゥは悪足掻きめいてコウモリの群れに変身し、部屋中に飛び散った。魔導サーモバリックの劫火がその全てを焼き滅ぼした。

読んでくれてありがとうございます。

今日は以上です。この更新は週に一度行います。

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