ナイトハント・アンド・ペネトレイト・ハート(7)
一方、『無光夜』門前。暗黒娼館街は大通り。
「――ヤァ! ヤァ! ヤァ! 遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ! ヒドゥンダガーが放つは叢雲を薙ぐ必殺剣、その名も『開山』なり! いつまでも逃げ回れると思うでないぞ! さあ、殺れいッ!」
「iiiAAA! iiiiiAAAAA! iiiiiiAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
太刀風、嵐のごとく。
白馬に跨った巨漢の剣士が青生生魂の長巻を振るう度、縦横に走る斬撃波が大通りを斬り刻む。
その斬撃の軌跡に生まれた真空が急激に収縮し、揺り戻しめいて暴風が荒れ狂う。立ち並ぶ娼館の化粧材が剥ぎ取られ、露わとなる灰色のビル壁。絢爛な魔導ネオンが煌めいていた大通りは、今や見る影もなく荒れ果てていた。
「鍛えてるねー、あのヒドゥンダガーとか。こないだ戦った傭兵より強いかも」
フラッフィーベアが言った。
恐るべきはヒドゥンダガー、そして魔剣ブレード・オブ・アナイアレイション。
ともすれば自滅を招きかねないほどの魔力を宿した大長巻を、ヒドゥンダガーは実戦レベルで取り回している。大型武器と気流魔法、双方の扱いをマスターしていなければ不可能な芸当であった。
「……そういう健全な感じじゃないかもよ」
フォーキャストがぼそりと言った。フラッフィーベアが怪訝げに獣耳を動かす。だが聞き返そうとした瞬間、前方から斬撃波の3連撃が飛来した。
フォーキャストは大弓を引き絞りながら連続回転跳躍、神がかり的なタイミングで斬撃波の隙間をすり抜ける。フラッフィーベアは毛皮のジャケットを脱ぎ捨て、仁王立ちのまま〈風柳〉で斬撃を無力化。そのまま並んで走り出す。
「フラッフィー、馬肉イケるクチだっけ」
「好きだよー! 生姜醤油で桜刺し!」
「味噌で桜鍋もいいよね。よし」
フォーキャストが矢を放った。同時に3本。ヒドゥンダガーに1本、その馬に2本。帯電性の魔力をまとった矢が、暴風の壁を貫いて飛ぶ!
「防御せよ!」
「iiiiiiAAAAA!」
後衛のプロンプターが指示を出す。ヒドゥンダガーは全長3メートル半の長巻を軽々と振るい、竜巻めいて矢を斬り払う。
だが、自身と馬の頭部を狙った2本を弾くのが限度だった。残る1本が馬の心臓を貫き、見事な白馬が断末魔のいななきを上げて倒れる。ヒドゥンダガーが歪んだ叫び声を上げて落馬。そこにフラッフィーベアが肉薄を仕掛ける。
既に至近距離。長巻を振るには近すぎる。ヒドゥンダガーは下がろうと動き出す。しかしそれより速くフラッフィーベアが距離を詰め、胸倉と腕を掴んで組み合った。周囲に土魔法の魔力が渦を巻く。
「あっははぁ! うるさいパノちゃんもいないし、お行儀悪い手使っちゃう!」
CLANG! CLANG! 生じたのは手裏剣ではない。生じた先は手の中ではない。握り拳ほどもある対騎兵マキビシが虚空から次々と生じ、二者の足元に散らばった。さながら地獄の針山、これでは下がれぬ!
「おのれ、半畜生が姑息な真似を!」
プロンプターが馬上から大弓を構え、魔力を乗せた矢を射掛けた。
「させない」
その射線上にフォーキャストが踊り込み、ロープを結わえつけた投げ矢状武器――打根に魔力を伝わせ、投げ放つ。
魔法を付与されたロープが不可思議に伸び、飛翔した打根がプロンプターの矢に衝突……CRACK! 一方的に砕き、そのままプロンプターを襲う!
「ぬううッ!?」
黒頭巾の騎馬弓兵は大弓を手放し、馬上から飛び降りて間一髪で回避。その顔面を青みがかった鋼の穂先が掠め、頭巾の口布を斬り裂いた。
「……青生生魂の穂先だと!? なぜ狩人風情が!」
「色々あったんだよ、人生。フラッフィー、そのまま畳んじゃえ」
「GRRRRRRッ!」
フラッフィーベアの口が耳元まで裂け、食いしばった牙の間から唸り声が上がる。
彼女は片脚でヒドゥンダガーの足首を押さえると、そこを支点として、上体を引き倒すように投げた……敷き詰められたマキビシの上へと!
「AAAAARRRGH!」
凶悪な逆棘が鎧ごと肉を貫き、ヒドゥンダガーがおぞましい絶叫を上げた。そこにフラッフィーベアが飛び掛かり、鳩尾に130キロの体重を乗せた膝蹴りを落とす! 一撃で胴鎧が砕ける!
「GRRRRAAAAAAAH! あはぁはぁはぁはぁはぁはぁーッ!」
栗髪の獣人が血に酔った咆哮を上げ、相手の喉を左手で押さえつけた。
そして右手に黒鉄の鉤爪を生成し、地面に縫い止められたヒドゥンダガーの顔面にグリズリー・カラテ・パンチの雨。カラスの嘴を模した鋼の面頬に亀裂が走る。
「いかん……! やらせぬぞッ!」
プロンプターがサブウェポンの騎兵剣を抜き、八相に構えてヒドゥンダガーへの助太刀に走る。その行く手を再びフォーキャストが阻む。
「邪魔をするな! この間合いで弓使いに何ができる!」
「ふふふっ」
フォーキャストがロープが急収縮させ、打根を手の中に引き戻した。
プロンプターがフェイントの突きから兜割りの斬撃を放つ。フォーキャストは最小限の動きで刺突を避け、本命の兜割りに逆手の斬り上げを合わせた。
CLANG! 鋼が打ち合い、火花を散らす。
次の瞬間、サーベルに岩に打ち付けたような亀裂が走り、無惨にへし折れた。プロンプターが目を剥いた。何たる膂力と強化魔法の練度か!
「馬鹿なーッ!?」
「――ねえ。あの長巻、勇者の武器なんだっけ。どこで手に入れたの?」
緩やかに間合いを詰めながら、アッシュブルー・ヘアの弓使いが尋ねた。
「何?」
プロンプターが唐突な問いに困惑した。それから立て直すタイミングを計るべく、じりじりと後ずさりながら話し始める。
「や……山師どもに金を積んで、魔王が死した峻峰の頂より持ち帰らせたと聞いた。ノスフェラトゥ様は古い魔道具にも通じておる故に……!」
「ああ、そう。じゃあ本物だわ」
底冷えのするような声を返し、フォーキャストが一息に踏み込んだ。
電光にぼう、と輝く黒い瞳に、刀のごとく研ぎ澄まされた殺気が宿る。
「どこまで承知か知らないけど、仕える相手が悪かったね」
「待っ――!」
フォーキャストの手が揺らめき、鋼の穂先が光の弧を描いた。
SSLAASH! 攻撃は2度。速すぎて遅く見える斬撃。初撃がサーベルを握る指を斬り落とし、返し刀が首筋を裂く。
噴き出す鮮血。首の筋肉までもが断ち切られ、もはや筋力による止血も敵わぬ。フォーキャストは予定調和のように身を躱し、血飛沫を避けた。
「ひ……ヒドゥンダガー、殺せッ! この大通りに踏み入りし者は、ひとりたりとも生かして帰すべからずーッ!」
プロンプターは崩れ落ちながら叫び、そのままうつ伏せに倒れて事切れた。
フォーキャストが無感情に打根を振って穂先の血を払う。それから機械仕掛けの大弓に矢をつがえ、大通りの入口に向けた。
「命令役は仕留めた。……フラッフィー、新手」
VRRRROOOOOOOOM! 次の瞬間、魔獣の咆哮めいたエンジン音を轟かせ、1台の複座型魔導バイクが大通りに侵入した。
「こんばんは、私フォーキャスト。名乗りなよ」
「――YAEH! ヒュドラ・クラン、イグニッション!」
「バックドラフト! 娼館街の隠し玉ってのも大したこたねぇな! やっぱクランの主力は本部付きのアタシらってことよォーッ!」
魔導バイクのふたりが高らかに名乗り返した。
運転席には車体と脳直結したイグニッション。後部座席には防火マスクを装着したバックドラフト。さらに後方には、魔法使いを含む強襲ギャング部隊を乗せた黒塗り魔導車が20台以上! ヒュドラ・ピラーから出撃した増援部隊である!
「ここにふたりだけってことは、奴は娼館の中か……やっちまえ、バックドラフト! デカい口の分は働いてみせろ!」
「よっしゃあァ! 見せてやるぜ、ファイアライザー直伝の技!」
魔導バイクがドリフト停止をかけ、フォーキャストらに側面を向けた。
その車上にバックドラフトが立ち、ダブル・ファック・サインから両腕を向ける。火炎放射器内蔵のマギバネティクス、投射量を強化した重火力モデル。
無骨なマギバネ義手のカバーが開き、内部で吸気タービンが唸りを上げる。5本の指が変形して外側に広がり、掌から砲口が展開。ポンプ機構が背中の大型タンクからクラルシナ・ナパーム燃料を吸い上げ、周囲にジェット混合気めいた魔力が渦巻く!
「カス炭になりやがれェェェェェェーッ!」
KA-BOOOOOOOOOOM! バックドラフトの両腕が劫火を噴いた。
2つが4つ、4つが8つ。16、32、64、128。火炎の奔流が枝分かれしながら伸び、荒れ果てた大通りを呑み込んでいく。
フラクタル・ファイア。ヒュドラ・クランの歴戦の戦士、ファイアライザーが編み出した火炎魔法。無限に分岐成長するナパームの大樹! バックドラフトのそれは師と比べても段違いの規模!
「アタシの魔力量は師匠以上! マギバネのパワーは倍! 両腕ともマギバネ化してさらに倍! つまり実質火力は100億倍だァ! 焼け死ねボケどもーッ!」
「アホなこと言ってねぇでちゃんと狙いやがれ!」
イグニッションが部下を叱責し、担いだ魔導RPG(ロケット推進擲弾発射器)に対人用の魔導サーモバリック弾頭を差し込んだ。
「ちっ……ざーんねん!」
栗髪の獣人が痙攣するヒドゥンダガーの上から飛び退き、迎撃に移った。
〈風柳〉は炎を防げぬ。故に、火攻めへの対処は慣れている。焼かれる前に飛び道具で術者を仕留めればよい。
フラッフィーベアは手の中に棒手裏剣を生成し、強化魔法を込めて投擲した。
ライフル狙撃を思わせる遠投。太い串のような形の手裏剣がたちまち音速を超え、バックドラフトの眉間を目がける! しかし!
「狙撃! させねえぞッ!」
VROOOM! イグニッションが魔導バイクを急発進させ、致死の一撃を躱した。
「あっははは! よく避けましたー! じゃあお代わりあげる!」
フラッフィーベアは連続側転を打ちながら手裏剣を次々と投擲。成長する火炎枝の末端を潰しながら敵を狙う。
バックドラフトは炎を動かして栗髪の獣人を呑み込もうとするが、彼女に師ほどの魔法制御技術はない。巨大すぎる火炎を御しきれず、いくつかの枝がデタラメな方向に伸びるのみ。
「……iiii……」
そのとき、ヒドゥンダガーが壊れかけのゼンマイ仕掛けめいて立ち上がった。
並の魔法使いならばとうに死んでいるはずのダメージ。しかし巨漢の剣士は驚異的タフネスでこれに耐え、背中に刺さったマキビシを周囲の肉ごと引き剥がしていく。その様は勇壮を通り越して不気味ですらあった。
再び長巻を振りかぶった彼を、制御から漏れたフラクタル・ファイアの火炎枝が打った。その一撃で留め紐が燃え尽き、砕けかけた面頬が脱げ落ちる。
「ほんっと、タフだねー。どうやったらそんなに……」
フラッフィーベアが言いかけ、ヒドゥンダガーの素顔を見て凍りついた。
彼女ばかりではない。同じものを見たバックドラフトとイグニッションもまた、面食らって攻撃の手を止めていた。一瞬、戦場に奇妙な静寂が生まれた。
「キャストちゃん。あれ何?」
「やっぱり。……いたんだよね、昔。剣も魔法もできる手下が欲しいとき」
フォーキャストが溜め息混じりに呟いた。
「剣豪と魔法使いをくっつけよう、って考えた連中がさ」
兜と面頬の下にあったのは4つの目玉と、異様な形に歪んだ大口だった。
瞳は違う色が1対ずつ。互い違いにギョロギョロと動く。口の中に並ぶ歯は人のそれだが、鮫のように前後2列に並んでいる。
つまり、ふたり分の顔のパーツがひとつに融合されていた。皮膚に縫い跡のようなものはなく、初めからそうした生き物であったかのように癒着している。
邪悪な知性と美意識に基づいた、破綻のない悪趣味な人体改造。果たしていかなる手段を講じれば、かくのごとき冒涜的な怪物が出来上がるのか……それを知る者は、この場にただひとり。
「生きた人間で作った合成獣か。人型なだけ、まだマシな方かな」
「……iiiAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
指示を出すプロンプターはもういない。ヒドゥンダガーが異形の口を開いて吼え、再び極大規模の斬撃波を放った――敵と味方の区別なく。
読んでくれてありがとうございます。
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