ナイトハント・アンド・ペネトレイト・ハート(4)
KA-BOOOM! 手榴弾が爆発。廊下の角で待ち構えていた数人が吹き飛ぶ。
「クリア。行きましょう」「よし」
突入から数分。俺たちは死体だけになった玄関ホールを突破し、『無光夜』の暗い廊下を進んでいた。廊下の両脇には一定間隔で燭台が並んでいて、そこで燃える蝋燭の火が唯一の明かりとなっている。
「この娼館、肝心の娼婦がいないみたいだけど」
「嬢ならみんな離れっすよ。ここはサロンとか書斎だけなんで」
「来たことあるの?」
「親父の運転手でね。コトが終わるまでサロンでジュース飲んでました」
ここは完全会員制、徹底的な高級志向の娼館だ。嬢はみんな豪勢なドレスを着て、「没落貴族の令嬢」だの「商家の放蕩娘」だのといったキャラを作っている。
客は本館のサロンで酒と会話を楽しみ、気に入った嬢がいれば離れの「私室(という設定の部屋)」にしけ込んで用を済ませるという寸法だ。
「――グエヘヘヘ! この俺の前に現れるとは不運な奴らよのォーッ!」
階段前、廊下の向こうからぬっと出てきた山羊角兜の鎧剣士が名乗った。
古めかしいフルプレートアーマー。手には刀身がグネグネ波打った剣。既に全身に強化魔法をまとっている。ひと目でわかる近接特化。多少はできそうだ。
「パノプティコン」「バックスタブ」
「俺の名はバフォメット! このフランベルジュで貴様らの」BLAMN!
出し抜けの〈邪視〉、そして8ゲージ散弾の至近射撃。バフォメットは兜ごと頭を爆裂させながら後ろに倒れ、少しもがいて死んだ。
「そんな古臭い鎧で8ゲージが防げるかよ。……横取り失敬、まともにやると手間取りそうだったんで」
「余計なお世話」
パノプティコンが金色の瞳を明滅させながら答えた。
〈邪視〉。この女のスキル。敵の身動きを封じ、心臓麻痺を引き起こす病んだ眼光。
そして銃弾だ。魔法使い同士が岩を砕くパンチを打ち合っても、互いの強化魔法が相殺しあうから、相手の攻撃の威力をストレートに受けることはまずない。
では、魔力のない超音速の鉛弾なら? バフォメットの首無し死体がその答えだ。考えなしに撃って当たるものでもないが、今は散弾、狭い屋内、〈邪視〉の麻痺と三拍子揃っていた。銃撃戦では有利な状況作りを怠った奴から死ぬ。
「次。急がないと逃げられるかも」
「ここまできて今さら逃げやしませんよ。階段上がる前に厨房寄りましょう」
俺は先を急ごうとするパノプティコンを引き留めた。パノプティコンが露骨にイラついた様子で振り向く。
「何で? さっき寿司食べたでしょ」
「腹が減ったわけじゃない。……ちょっと武器の現地調達をね」
俺は死体を越えて廊下を抜け、突き当たりにあった厨房のドアを開けた。
◇
厨房は無人。真っ暗で静まり返っている。洗い場、調理器具、酒棚。薪かまどでも置いてあるかと思ったが、さすがにコンロや冷蔵庫は魔導機械だった。
「パノさん、砂糖と卵探してください。あとバターかラード」
「何作る気?」
「強いて言えばカクテルっすね」
俺は入口のランプに点火して明かりをとると、適当なボウルと泡立て器を取って、調理台に置いた。それから棚にストックされている酒類を漁り、円筒形のガラス瓶に入った無色透明の酒を引っ張り出す。
『ピュアスノー』。度数は90。大幹部アクアヴィタエの暗黒酒造倶楽部が作った上等の密造酒だ。3本とも栓を開け、中身を全てボウルに注ぐ。
「何考えてるんだか……冷蔵庫ってこれ?」
パノプティコンが冷蔵庫を開けた。
「ギシャアアアーッ!」
すると、中に潜んでいたスキンヘッドの女魔法使いが大口を開けて飛び掛かった。マギバネ改造された顎には爬虫類めいた乱杭歯。
パノプティコンは即座にナックルダスターを着けた左拳のショートフックを放ち、スキンヘッドのマギバネ顎を吹き飛ばした。そのまま撃墜されたスキンヘッドの頭を無慈悲なストンピングで卵めいて踏み割る。頭蓋陥没殺。
「何こいつ。……あった。卵、バター、砂糖」
「グッド」
食材が念動魔法で宙を舞い、次々と調理台の上に転がった。
CRACK! CRACK! 卵を割り、白身と黄身を分ける。使うのは卵白だけだ。
「昔を思い出します。クランが小さくて金もないころは、こうしてカチコミ前に皆でDIYしたもんだ。余った黄身いります?」
「もらってどうしろっての」
「お勧めはプレーリーオイスターっすね。……パノさん、ちょっと前のめりになり過ぎてますよ。捨て身になるのはソロバン弾いた後にしてください」
俺は卵白を溶きながらパノプティコンに釘を刺した。
「手練れでも頭に血が上れば簡単に死ぬ。心の余裕、大事っすよ」
「解ってる」
「なら、いいんすけど」
俺は頷いたが、本心ではあまり安心できなかった。
パノプティコンの魔法使いとしての実力は疑うべくもないが、まだ15歳。おまけに相当の直情気質ときた。先走ってヘマをやらかさないか、注意しておく必要がある。スパニエルもそういうところがあったから、よく俺が尻拭いをしたものだ。
俺は溶いた卵白と砂糖をアルコールに混ぜ、ドロドロになったものを瓶に戻した。
そして腰のポーチから出した赤黄の着火縄を切って飲み口に詰める。最後に隙間をバターでコーキングすれば、シェフの気まぐれ火炎瓶の出来上がりだ。
「砂糖と卵には何の意味が?」
「混ぜると燃料に粘り気が出るんで、相手にへばりついて燃えるんすよ。パノさんも1本持っときます?」
「いらない」
パノプティコンは即答し、飲み干したグラスを音を立てて机に置いた。
◇
俺たちはキッチンを片付けて階段を上がった。屋敷の中は静まり返っている。
全員逃げたか、完全な戦闘体勢に入ったか。おそらくは後者だ。そう考えた矢先、俺は階段上で待ち構える3人の魔法使いに気付いた。
あぐらを組んで座る中央の大男は素手。上半身裸、下はダボダボした布ズボン。
左に立つ年寄りの男は大盾と手槍。大盾は黒く丸みを帯びた魔物甲殻製。
右の女は銃身を切り詰めた水平二連ショットガン。ドレッドヘア。軽装防弾服。
「よく来たな。俺はウィロウだ」中央の男。
「トータスシェル」盾持ちの年寄り。
「バッファロー」ショットガン女。
既に高所を取られている。俺は踊り場で半身になって左半身を隠し、腰のホルスターに収めた『黒い拳銃』に手を触れた。コート下には無数の手榴弾とDIYした火炎瓶、肩からスリングで吊った『ヒュドラの牙』。
我ながら呆れるほどの全身武器庫だが、ほとんどコートに隠れているから、パッと見は丸腰のように見える。
ギャングにしても冒険者にしても、舐められないように武器を目立つ形で装備する奴は多い。だが俺の役目は威圧ではなく、油断を誘って殺すことだ。弱そうに見えるほどいい。
「パノプティコン」
「バックスタブ。あんたら、雇われの用心棒だな。ノスフェラトゥは奥か?」
「答える義理はなし」
ウィロウが立ち上がり、背筋を伸ばす構えを取った。
「死ねェ! 性病持ちのクソビッチ!」
バッファローが口汚く叫び、俺にショットガンの銃口を向けた。
即座に突進ステッキ突きを仕掛けるパノプティコン。だがトータスシェルが大盾を掲げて突撃を食い止めた。敵は高低差を使い、パノプティコンの勢いを殺している。
「ちッ!」
強化魔法。両脚にドス黒いタール状の魔力をまとわせ、床を蹴って横っ飛びに回避。バッファローの散弾2連射を辛うじて躱す。
このまま超人じみた体術で殺せたらクールだが、あいにく俺の強化魔法は一夜漬け。背伸びはすまい。軸にするのはあくまで使い慣れた銃撃戦の立ち回りだ。
BLAMN! 低く走りながらバッファローに撃ち返す。散弾、顔面、即死コース。
だがそこにウィロウが割り込み、掌をかざしてバッファローを庇った。散弾が奴の掌を捉え――次の瞬間、豆粒のようにカラカラと床に落ちた。
強化魔法でも障壁魔法でもない。スキルで銃弾の衝撃を無力化したのだ。
まったく同じ芸当ができる奴を、俺もパノプティコンもひとり知っていた。
「フラッフィーさんと同じ」「〈風柳〉のスキル!」
「いかにも」
ウィロウが階段の上から頷いた。
「銃も爆弾も俺に傷ひとつつけることはできん。つまりお前たちは2階に上がる前にそこで死ぬということだ。辞世の句でも詠むがいい」
BLAMNBLAMNBLAMN! 俺は『ヒュドラの牙』の銃声で答えた。
蛇頭を思わせるスパイク付きハイダーが爆炎を吐く。狙いは後ろのバッファロー。1発でも当たれば儲けもの、駄目でも頭を抑えられればそれでいい。
「馬鹿の一つ覚えが、浅はかだぞ!」
ウィロウが散弾のコースを見切り、両腕で円を描くように銃弾を防いだ。
その後ろでバッファローが散弾銃をリロード。同時にトータスシェルが盾の裏から執拗に手槍を突き出し、パノプティコンを牽制し続ける。この手馴れた連携からして即席チームではないらしい。
(だが最上位ってほどじゃない。手順を間違わなきゃどうとでも料理できる)
モラル。センチメント。躊躇。
思考から無駄なものをすべて切り捨て、俺は攻撃に移った。
「殺す」
強化魔法を発動、床を蹴って急加速。トータスシェルの側面に回り込み、階段に倒れながら引き金を引く。
BLAMN!
「ぐおッ!?」
散弾に足首を破壊され、トータスシェルが呻き声を上げてよろめいた。
パノプティコンにはそれで十分だった。鋼鉄ステッキを鞭のように振るって手槍を叩き落し、下顎を砕き、処刑剣じみたハイキックで首を刎ね飛ばす。
コルク栓めいて宙を舞うトータスシェルの生首。これが戦いだ。ただ一度のミスで勝ち負けが決し、敗者に挽回のチャンスは二度と来ない。
「捌かれたスッポンみたいに死んだな」
「跪いて命乞いしてみせろ! 欲に駆られたハゲタカども!」
俺たちは死体の脇を抜け、階段を飛ぶように駆け上がった。
敵が後ずさる。それを追って2階の廊下に乗り込む。もはや敵に地の利はない。
ウィロウが目をすがめ、バッファローが目に見えて焦り始めた。
「よくもジジイを! このド畜生がァーッ!」
BLAMN! BLAMN! バッファローが苦し紛れに散弾銃を発砲。
俺はスライディング、パノプティコンは回転ジャンプからサイコ・リープで上昇。上下に分かれた俺たちの間を散弾が突き抜ける。
「はずれ! 目ぇついてんのか間抜け!」
BLAMN! 俺はスライディング姿勢から『ヒュドラの牙』を撃ち返した。
すぐさまウィロウが射線に割り込んで弾を防ぐ。――その頭上をパノプティコンが飛び越え、後ろのバッファローに襲いかかった。
両足を揃えた飛び蹴り。鋼入りの靴底が肋骨を砕いて肺をプレス。バッファローが血の混じった涎を吐いて悶絶し、パノプティコンが反動で宙返りを打つ。
「ゴボボーッ!?」
「おのれ、猪口才な!」
ウィロウが俺に飛び掛かり、真上から突き下ろす瓦割りカラテ・パンチを放つ。
まともに喰らえば即死。俺はウィロウの右肩に足を押し付けて可動域を半減させ、さらに強化魔法を発動。『ヒュドラの牙』を盾にして受ける。
拳が激突。頑強なミスリル製フレームが衝撃に耐える。タフなカチコミを想定して作られた『ヒュドラの牙』はこの程度ではビクともしない。
「悪あがきを。貴様に俺を殺すことはできぬ!」
ウィロウが丸太めいた片脚を上げ、ローキックの体勢に入った。
「――SHHHHH!」
その瞬間、後ろからパノプティコンが猛然とタックルをかけた。ウィロウの軸足を下から抱え込み、引き倒しつつヒール・ホールドで膝関節を捻じる。関節技に対して〈風柳〉は機能せず、関節から布を破くような音が鳴った。
「ぬあああぁッ!」
ウィロウが悲鳴じみた叫びを上げ、反対の脚でパノプティコンに蹴りを繰り出す。パノプティコンは蹴り足を受け止めて足首を折ると、猛スピードでウィロウの背中に回って首を極めた。さらに〈邪視〉を浴びせて完全に拘束する。
「寝技の防御もできない三下め! 殺れ!」
「アイ、アイ」
BLAMN! 俺は四つん這いで悶え苦しむバッファローの頭を撃ち抜いて殺すと、コート下から火炎瓶を取り出し、赤黄の着火縄を詰めた先端を壁の燭台に近付けた。バチバチと音を立てて縄に火がつく。
「ウィロウさんよ。ご自慢のスキルは炎にも効くのか?」
「待――」
「召し上がれ!」
俺は青ざめるウィロウに火炎瓶を放り投げ、拳銃を抜き打ちして瓶を割った。パノプティコンが横に転がって離脱。
CRASH! 砕けた瓶から卵白混じりのアルコールがぶちまけられ、燃えながらウィロウに降り注いだ。大男が火達磨で叫びながら転げまわる。
「アアアアアアア! アアアアアアアァァーッ!」
「どうした。辞世の句でも詠んでみろよ」
俺は声をかけた。
ウィロウはしばらくのたうち回った後、火の海の中で動かなくなった。
俺は右腰につけた革のホルダーからスピードローダーを抜き、『ヒュドラの牙』のチューブマガジンにショットシェルを流し込んだ。パノプティコンが靴についた血を絨毯で拭い、呼吸を整える。
「ナイスクッキング。フラッフィーさんだったらこうも簡単にはいかなかったな」
「少なくともあんたは死ぬでしょうね。やっかみ抜きで言っても」
「普段やっかみ言ってる自覚はあったんすね」
皮肉を言いつつ、俺は足を進めた。
やがて廊下の突き当たり、ひときわ豪華な両開きのドアが見えた。
木製で、壁と同じシックな黒。複雑な彫刻で飾られていて、ドアノブは真鍮。
「……あれが?」「はい」
俺は頷いた。このドアの向こうが『無光夜』の支配人室。このカチコミの最終目的地だ。さっきまでの警備の配置を見るに、間違いなくノスフェラトゥはここにいる。
KRAAASH! パノプティコンが手をかざし、念動魔法で乱暴にドアを開けた。
廊下から冷たい風が吹き込む中、俺たちは支配人室に踏み入った。
高い天井。艶やかな木製の机、椅子、本棚。壁には扉ほどもある油絵。他の部屋と同じく、照明は天井から吊り下げられたシャンデリアの蝋燭だけだ。
「――ここまで来たか、ジョン坊。女連れとは珍しいの」
不気味なまでに白い肌。長い黒髪。背中が大きく開いた赤いドレス。
ノスフェラトゥは窓際のソファに腰かけていた。俺たちに背を向けたまま、悠々と赤いワインを飲んでいた。殺気も焦りも感じない……逆に、不気味だ。
「バックスタブです。どうも、ノスフェラトゥさん。命獲りに来ました」
「……パノプティコン……!」
パノプティコンが目をいっぱいに見開いて名乗った。
鋼鉄ステッキを握る手元から、ギリリ、と万力めいた音がした。
読んでくれてありがとうございます。
今日は以上です。この更新は週に一度行います。
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