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ナイトハント・アンド・ペネトレイト・ハート(3)

 9人いたヒュドラ・クランの大幹部は、それぞれ領地(シマ)事業(シノギ)を分担していた。別に上から仕事を振ったわけではない。競合相手を全滅させたような連中が大幹部になっているから、結果的にそうなったのだ。


 その中で性産業を仕切っていたのはふたり。

 ひとりはブラックマンバ。黒サングラスを外さない暗黒愚連隊の首領。

 ストリートギャング上がりの執念深い男。敵の体中から血を噴き出させて殺す出血毒の使い手。スパニエルの話によれば、俺が東区を出た日にチャールズ派の連中に殺されている。


 もうひとりはノスフェラトゥ。これから殺す暗黒娼館街の親玉。

 古めかしい口調で話す謎めいた女。戦闘力は未知数。自分のシマの外には無関心な穏健派で、よそのクランと抗争になっても敵の親兄弟まで殺したりはしない。しょっちゅう観劇だの社交会だので他区に足を伸ばしている。


 ブラックマンバが街娼とかコンカフェ(コンセプト・カフェ。店員がやたら露出の多いメイド服やビキニ鎧を着て接客する)とか、半グレじみた俗っぽいシノギをやっている一方、ノスフェラトゥは昔ながらの娼館街、いわゆる花街を仕切っていた。

 

 お互いに商売敵だから、ふたりの関係は当然、最悪だった。血が流れる一歩手前になったことも一度や二度ではない。

 内乱ついでにブラックマンバが死んで、ノスフェラトゥはさぞや枕を高くしていることだろう。だが今夜、奴もその後を追うのだ。



「えー乗客の皆様、前方をご覧ください。他区からスケベ共が押し寄せる東区屈指の観光地、暗黒娼館街の勇者門でございます」


 俺は『怒れる幽霊(フュリアス・ゴースト)』を走らせながら、正面に見える車止め柵と、その向こうにあるアーチ状の門を指した。


 門のてっぺんに仁王立ちしてるのは、魔王殺しの勇者の像だ。

 長髪で、顔の上半分はカラスの嘴のような仮面で隠れている。フラッフィーベアが履いているようなロングキュロットに、袖口の広いローブめいた上着。

 両手には背丈よりデカい大弓と、これまた背丈よりデカい長巻(ナガマキ)。極東風の両手剣(ツヴァイハンダー)で、持ち手が刀身と同じくらい長い。装備構成に無理がある気がするが、勇者像といえばこのスタイルだ。


「へぇ。よくできてるね、あの像」

「本物の骨董品らしいっすよ。あの女は筋金入りの懐古趣味ですから」

「ちょうど今舞台劇やってるよねぇ。こないだペインちゃんと観に行ったよー」

「結局どうだったの、アレ」

「俳優さんがみんな男前だったー! 殺陣(たて)はヨタヨタしてたけど」


 フラッフィーベアが両頬に掌を当てて言った。


 勇者伝説。路地裏のガキでも知ってるブルータルな昔話だ。

 150年前、クイントピアの外では魔王という規格外の化け物がいて、それを崇める強力な魔法使い集団が「魔族」を名乗って好き放題していた。すると極東の島国から勇者がやってきて、全員殺した。それで平和になった。


 正直、生まれも育ちもクイントピアの俺には遠い世界の話だ。だが17歳になった今でも、この話自体はけっこう好きだった。

 勇者アズサに仲間はいなかった。どこぞの王様から指図されたわけでもなかった。ただ嵐のようにカチコミをかけ、無慈悲な暴力で何もかもを薙ぎ倒した。

 ……今夜、俺も同じことをしてみせる。


「せっかくだし願でもかけましょうか。――全員仕留める」

「あっははは! いいね! ――血沸き肉躍る(いくさ)!」

「――姉の仇に、地獄の罰を」

「私はいいや。ただの像だし」

「よーし、行きましょう。ノスフェラトゥを()ったら、次はチャールズだ」


 KRAAAAAAAAASH! 俺は『怒れる幽霊(フュリアス・ゴースト)』のアクセルを踏み込み、車止め柵をブチ破って娼館街に乗り込んだ。



 広い通りの両側に並ぶのは、大小の娼館の群れ。どれも煉瓦造り風の外装が施されていて、黄色やピンクの魔導ネオンを掲げている。無人の道を照らすネオンの光は、まるで獲物を誘う触手魔物(テンタクルズ)の群れのよう。


 その最奥には迷宮(ダンジョン)の暗がりめいた闇。奴の居城である『無光夜(ライトレス)』。蝋燭と燭台以外の照明器具が存在しない、奴のノスタルジアの最たるものだ。

 

 そこへ続く道を塞ぐように、ふたりの魔法使いが待ち構えていた。


「――来おったな、賤しい病気ネズミども! この大通りが貴様らの墓場よ!」

「…………」


 どちらも時代がかった全身鎧。東区では珍しく馬に乗っている。

 うるさい方は黒ずくめ、鉄板で補強した革鎧。目元から下を黒頭巾で隠している。手にはカラクリ仕掛けのないクラシック・スタイルの大弓。騎馬弓兵だ。


 黙っている方は2メートルを優に超える大男。体積なら常人の2、3倍はあろうかという体躯。鎧の上から白いローブめいた上着を羽織り、顔はカラスの嘴を思わせる面頬と兜で完全に覆われている。背中には鞘に収まった長巻――つまり、門の勇者像をそのまま真似たような格好をしていた。

 実際に会うのは初めてだが、こいつは知っている。「ヒドゥンダガー」。通常戦力では手に負えない事態になると出てくる、暗黒娼館街の虎の子だ。


「我こそはノスフェラトゥ様に仕えし戦士がひとり、プロンプターである! 名乗りおれ下郎、ドブネズミといえど戦の作法は知っていよう!」

「バックスタブ! ――臓物(ハラワタ)ブチ撒けな、アナクロ野郎!」


 先手必勝。俺は『怒れる幽霊(フュリアス・ゴースト)』を加速させて轢殺攻撃を仕掛けた。

 こいつの装甲は魔法にもある程度耐えられる。一発耐えたら相手が次弾を撃つ前に轢き殺し、そのまま娼館に突っ込む算段だ。


「愚かなり! やれ、ヒドゥンダガー!」

「……iiiii……」


 そのとき、ヒドゥンダガーが錆びた刃物でガラスを引っ掻くような唸り声を上げ、背負った長巻(ナガマキ)を鞘走らせた。

 金粉細工の松が描かれた黒鞘から、青みがかった鋼でできた刀身が覗く。刃だけで2メートル弱、柄も合わせれば3メートル半にもなる大段平(おおだんびら)だ。


 WHOOOOOOSH! 次の瞬間、その刀身から全方位に暴風が湧き出した。

 気流魔法(ウィンドマジック)、それも超高位。『怒れる幽霊(フュリアス・ゴースト)』の車体が風圧で横滑りを起こし、500馬力の突進が殺された。


「あいつの魔法か!?」

「違う、魔道具(アーティファクト)! それもとんでもなく強力な奴!」

「……嘘」


 後部座席でパノプティコンが叫び、フォーキャストが小さく声を漏らす。

 抜き放たれた長巻(ナガマキ)は刀身から絶え間なく風を噴き出し、鎖に繋がれた猛獣めいてガタガタと暴れ続けていた。それをヒドゥンダガーが腕力で無理やり押さえつけ、上半身がほとんど真後ろを向くほど振りかぶる。


「野郎ッ!」


 パノプティコンが大技を阻止しようと〈邪視(イビルアイ)〉を放つ。だが吹き荒れる魔法の風が病んだ眼光を弾いた。止まらない。


「避けて! すぐ!」


 初めて聞くフォーキャストの緊迫した声。

 俺は咄嗟に急バックをかけた。黒塗りの車体が風圧に逆らうのをやめ、風を受けて猛スピードで後退する。


「……iiiiiiiAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!」

 

 ヒドゥンダガーが極限までねじった上体を解放し、長巻(ナガマキ)を逆袈裟に振り抜いた。大気が見えないプレス機に押し潰されたように集束し、ビルを縦に両断できそうなサイズの斬撃波が生じる。


 ――DDOOOOOOOOOOM! 

 それが目の前を走り、道路脇の娼館に当たって、爆ぜた。さっき見た魔導兵器の誘爆にも匹敵する衝撃。隣接した娼館数棟の魔導ネオンがまとめて吹き飛び、外装の煉瓦が剥がれ、灰色のビル壁が露出した。

 

「なんて威力……! なんで穏健派のギャングがあんな奴抱えてるの!?」

「奇遇っすね、俺も知りません。あのババア三味線弾いてやがったな」


 俺は無い知恵を搾って目の前の敵を分析した。

 飛んできたのは気流魔法(ウィンドマジック)の飛ぶ斬撃、数日前にやりあった殺し屋デーモンナイフと同じような技だ。ヒドゥンダガーのは奴よりいくぶん荒削りだが、エネルギーの規模がまるで違う。


 その源はあの得体の知れない武器だ。それ自体が生きているかのように魔力を発し、奴の気流魔法(ウィンドマジック)を過剰強化している。東区の魔導機械とは別のテックツリーに属する、オカルトの産物だ。


「iiiiiii……」

「ハ! よくぞ躱したと誉めてやろう! だが貴様らの勝ち目は万に一つもなし! 目にも見よ、この青生生魂(ブルーオリハルコン)の魔剣を!」


 黙々と2撃目を構えるヒドゥンダガーの傍で、プロンプターが大見得を切った。

 

「これなるは『ブレード・オブ・アナイアレイション』! 魔王殺しの勇者が使った殺戮武器よ! これを振るえる豪傑はクイントピアにヒドゥンダガーただひとり! どうだ、貴様らに勝ち目のない理由がわかったか!?」

「フカしてんじゃねぇよ! ンなモンがこんな掃き溜めにあるわけねぇだろ!」


 BLAMBLAMBLAM! 俺は窓から手を出し、プロンプターを撃った。

 だが、当たらない。吹き荒れる横風が弾道を狂わせている。


「銃など所詮は惰弱な非魔法使いの武器よ! 虫ケラの浅知恵也!」


 プロンプターが大弓を引き絞り、矢を射返した。

 銃弾とは違い、弓矢には強化魔法(エンハンス)が乗る。魔力が籠った矢は風を裂きながらまっすぐ飛来し、『怒れる幽霊(フュリアス・ゴースト)』の装甲ボンネットに突き刺さって凹ませた。これでは奴だけ盾に隠れているようなものだ。


「馬鹿! 銃で弓と撃ち合って勝てるわけないでしょ!」

「ふつう逆なんすけどね。奴もただのスポークスマンじゃないってわけだ」


 かなり面倒な事態だ。こいつらを突破しないと『無光夜(ライトレス)』へのカチコミどころではないが、無策で突っ込めば車ごとぶった斬られてジ・エンド。


 さらにまずいことに、入ってきた娼館街の門の方から、無数の荒っぽいエンジン音が近付いてきている。チャールズ派の奴らだ。魔法使いは誰が来ているだろうか。パッとしない連中ならまだいいが、ステイシスあたりが来たら最悪だ。


「ここで時間とってられない。あんたのスキルは?」

「一回使ったらしばらく使えねえ。温存したいとこっすね。……足止めが要ります」


 俺は切り出した。


「誰かが残ってる間に速攻でノスフェラトゥを()って離脱、それしかない」

「フラッフィー」

「じゃ、ふたりとも頑張ってねー! あっはははぁ!」


 言うが早いか、フォーキャストとフラッフィーベアが迷わずドアを開け、回転ジャンプで左右に飛び出した。


 そこにプロンプターの二の矢。撃ち落とすフラッフィーベアの手裏剣。フォーキャストが畳んだ大弓を展開してヒドゥンダガーに射掛ける。ヒドゥンダガーは斬撃をキャンセルし、長巻で矢を切り払う。その瞬間、吹き荒れていた風が弱まった。


「さすが。話が早くて何より」


 アクセルをキックダウン。『怒れる幽霊(フュリアス・ゴースト)』が魔導エンジンの咆哮を上げ、砲弾めいて急発進した。プロンプターが馬を旋回させ、俺たちの進路を塞ぎにかかる。


「おのれ! 貴様らごときが『無光夜(ライトレス)』の床を踏むことまかりならず!」

「知ったことか! 私の邪魔をするなッ!」


 そこでパノプティコンが車外に跳躍、そのままプロンプターを飛び越え、背後から後頭部に空中回し蹴りを叩き込んだ。


「ぬああーッ!? 不覚ッ!」


 プロンプターが悶絶しながら落馬した。パノプティコンがサイコ・リープで空中を移動し、魔導車の屋根に飛び戻って着地。ヒドゥンダガーはフォーキャストの射撃を捌くのに精一杯で、こっちを狙ってくる素振りはない。


 前方に『無光夜(ライトレス)』。既に最高速。もう邪魔は入らない。

 もはや減速も迂回も必要なかった。『怒れる幽霊(フュリアス・ゴースト)』は門の鉄柵を体当たりで破壊し、整えられた庭園を猛然と突っ切った。


「そのまままっすぐ進め!」

「言われなくても!」


 KRASH! パノプティコンが念動魔法(テレキネシス)を放ち、玄関のドアを破壊してバラバラの木片に変える。

 風通しのよくなった玄関ホールには、銃を構えた戦闘娼婦や用心棒が詰めていた。車で突っ込んでくるとは思わなかったのか、一様に驚愕の表情。俺は迷わずその中に突っ込み、室内でドリフト旋回をかけ、数人を撥ね飛ばしながら停車した。


 すかさずコート下に収納した煙幕手榴弾(スモークグレネード)を掴み、ピンを抜いて車外に投擲。PSSSSHH! 立ち込める煙幕が敵の視界を塞ぐ。


 俺は脇に置いた『ヒュドラの牙』を掴み、悠々と車外に出た。右腰に吊るした革製ホルダーに手を伸ばし、鎧通し(スティレット)ダガーを抜く。


「親玉の部屋は?」

「2階の一番奥」

「そう」


 パノプティコンが隣に着地し、鋼鉄ステッキを試すように振るった。

 探偵服のケープがはためき、中から1ダースを超える機械眼球が飛び出す。ゲイジング・ビット。現代では再現不能な高性能マギバネ・アイ。これで相手を取り囲み、全方位から〈邪視(イビルアイ)〉を浴びせるのがパノプティコンの基本戦術だ。


「――出てこい、腐れ蝙蝠! 日の光の下に引きずり出してやる!」


 パノプティコンがホールに怒声を響かせた。その身体が強化魔法(エンハンス)をまとい、金色に燃える魔力が噴き出す。

 俺は息を潜めて散弾銃を構え、地獄の猟犬めいて突撃するパノプティコンの後ろについた。目立たないように。より多く殺すために。

読んでくれてありがとうございます。

今日は以上です。この更新は週に一度行います。

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