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ナイトハント・アンド・ペネトレイト・ハート(2)

 ……同時刻、クイントピア南区、東区境界。


 古代コンクリートの区間隔壁に口を開けた関所には10車線の道路が通っており、区を渡る輸送車や通行人は全てここを通過する。夜になると可動式の鉄柵が張られ、通行止めとなる仕組みだ。


 だがこの夜、関所の鉄柵は開いたままだった。閉じようとする職員もいなかった。


 集まったヒュドラ・クランと冒険者ギルドの構成員たちが境界を挟んで睨み合い、まさに一触即発の状況を呈していたからだ。


 ◇


「――通すわけにはいかんと言うとるじゃろうが、ギルドマスターさんよォ! 抗議か何か知らんが、武装した奴らを連れてチャールズ代表に目通りなんぞ、非常識にも程があるわッ!」


 東区側の先頭で大音声(だいおんじょう)を上げるのは、傷顔の大男バンブータイガー。暴力の塊のような気質のチャールズ派幹部。


 その脇には暗黒闘技会からの出向者、黒ローブ姿のシャドウプール。あるいは腕に耐火バンテージを巻いたオーバーヒート。蜂の巣箱めいた超速射機関銃を両肩に担ぐバレットシャワー。他区にまで悪名を轟かせる反社会魔法使いの両翼を、サブマシンガンや手榴弾で武装した非魔法使いのレッサーギャングが固める。


「――へぇ、不思議な関所だこと。ならず者や殺し屋の類は素通りさせるのに、この南のワンクォーターは通せないとおっしゃるの? さしずめ悪人が通る地獄の門ね」


 対する南区側に立つのは、ギルドマスターにして南区貴族の筆頭、エルフェンリア・S・ワンクォーター。『南区の太陽』と謳われるエルフの美女。

 普段通りの白いレディーススーツ姿、しかし手には金色に輝く金属の長棒が握られている。魔法杖としての機能を備えたオリハルコンの八角棍だ。


 その後ろには南区の冒険者たち。大半がC級以上。人数は東区側の半分以下だが、こちらは全員が魔法使いである。

 大斧を背負うスキンヘッドゴリラ。透き通った氷晶の双剣を佩くアイシングデス。砂色の陸生飛竜(グランドワイバーン)に騎乗したデザートライダー。


 中でも別格の存在感を放つのは、超大型のハルバードを携えた半人半馬の騎士と、襤褸布めいたマントを羽織る髑髏兜の剣士。ライトグレーの都市用野戦服に着替えた少女医師ペインキラー。南区の最高戦力、12人のA級冒険者のうち3人である。


 彼らは表向き、東区代表たるチャールズ・E・ワンクォーターへの抗議のために集まっているが、当然敵を引き付けるための方便である。もはや抗争は不可避であり、両陣営ともが攻撃のタイミングを見計らっている状態だった。


「そもそも東のワンクォーターこそ我々に常識を説ける立場かしら? 冒険者ギルドに東区のトレーラーが突っ込んだ事件、10日経って何の申し開きもなし。そちらの粗野な態度といい、まるでルール無用のギャングじゃないの」


 ギルドマスターが白々しく続けた。


 東区貴族とギャングの癒着はあくまでも暗黙の了解。そういうことになっている。名目上でも権力者でありたい貴族と、社会的責任を嫌うギャングの利害の一致だ。


 この場に集まったヒュドラ・クランの面々も、名目上は関所警備員である。それが冒険者ギルドによる問答無用の武力行使を抑止している。ギルドマスターの言葉は、その欺瞞を逆手にとった高度な当てこすりであった。


「ギャングだと!? 根拠のない言いがかりも大概にしてもらおうか、エエッ!?」

「あらそう、でも事実よ。ヒュドラ・クランと言ったかしら、あの(・・)下水臭(・・・)()ゴロツキ(・・・・)連中(・・)。南区ではチャールズ氏と彼らの繋がりを指摘する声もあるわ。私は当然違うけどね」

「テメェヒュドラ舐めてッのかアババババーッ!?」


 ひとりのレッサーギャングが激発し、次の瞬間痙攣しながら崩れ落ちた。


「……わきまえろ、愚か者」


 シャドウプールが陰気に呟いた。

 不用意なレッサーギャングを黙らせたのは、彼の足元から放たれた影のマンタだ。地表や壁を音もなく泳ぎ、触れた者に電撃めいた激痛を与える。


「今! 俺が! 話してンだろうが! このボケェェェェッ!」

「ウギャアアアアァァァーッ!」


 バンブータイガーは呻くレッサーギャングの腕を容赦なく踏み折り、顔面を道路にガリガリと擦り付けた。そのまま頭を掴んで腕一本で吊り下げ、血塗れの顔面を見せつける。若い冒険者たちが息を呑む音。


「まだるっこしい話は終わりじゃ、南区ッ! 大人しく解散すればよし、踏み込んでくるなら叩き潰す! 最後通牒じゃ、今すぐ選べッ!」

「はっ」


 ギルドマスターは肩を竦め、酷薄に言い返す。


「何か勘違いをしてないかしら? タイガーだかドッグだか知らないけれど、あなたじゃ話にならないの。飼い犬は飼い犬らしく黙って飼い主に伺いを立ててきなさい。代表だか組長だか、ともかくチャールズ・E・ワンクォーターにね」

「このアマァァァーッ!」

「――ああ、うるさくて疲れちゃった。座らせてもらうわ」


 話を打ち切るように、ギルドマスターは八角棍をひと振りした。


 BWOOOOOOOM! たちまち背後で巨大な火柱が上がり、質量を持つ密度にまで凝集したエネルギーが白熱する大玉座を生じた。エルフの美女が威圧的に脚を組んで座り、敵を睥睨しながら頬杖をついた。


「ぬゥーッ……!」


 煌々と天を焦がす炎の玉座に気圧され、バンブータイガーが低く唸った。他のギャングらも一様に気勢を削がれた様子で黙り込む。


「とんでもない魔力量だ、格が違う……!」

「それだけじゃねえ。あんな風に炎を固める(・・・)なんざ、よほど魔力制御に慣れてなきゃ不可能だ。……一握りの古い魔法使いだけだぜ、ああいう芸当ができるのは」


 息を呑む若手冒険者の横で、スキンヘッドゴリラが補足した。


「ふん、急に静かになったこと。――バックスタブさん、喉が渇いたんだけど」

「……っす」


 そこにティーセットを運んできたのは、散弾銃を肩から吊るした黒髪赤目の若きギャングである。

 東区側から向けられる視線に、強烈な敵意と猜疑が混じる。今回の抗争の発端、組長殺しのバックスタブ――その影武者を担う変装魔法(シェイプシフト)の手練れ、B級冒険者プラスティクスである。容姿、声色、擬態は完璧だ。


「ありがとう。茶葉(・・)()?」

デュードロップ(・・・・・・・)()一番摘(・・・)()

「悪くないわね」


 符号を使った現状報告を受け、ギルドマスターは微笑んで頷いた。


 影武者を置くことで敵の情報を攪乱する策略は現状、うまくいっていた。

 大幹部を次々と殺しながら移動するバックスタブらに対して、ヒュドラ・クランは適切な対応をとれていない。関所にいる自分たちへの対応にも人手と処理能力を割かれているからだ。


(このまま空中分解すれば楽なんだけど、そうはいかないでしょうね)


 ギルドマスターはどう転んでも損をしないように状況を組み立てていた。


 もっともよいのは、関所側で事が起きるより早く、東区に入り込んだ4人が全てを終わらせることだ。労せず勝利が手に入る。


 また、このまま衝突が起きても、それはそれで次善である。正面から勝てるだけの戦力を揃えてある。

 その場合、東区の4人は敵の戦力と情報処理能力を奪う陽動として機能する。もし4人がしくじって危機に陥った場合は、逆に関所側が囮として攻撃を仕掛け、脱出の時間を稼ぐ手筈だ。


 問題は、東区そのものと一体化した今のヒュドラ・クランと戦う行為それ自体に、他区からの介入を招くリスクがあることだが……やむを得ない。冒険者ギルドへのトレーラー突撃に始まる狼藉の数々。もはや話し合いの段階は過ぎたのだ。


中央区(セントラル)の叱責を受けたとしても、勝利のチャンスは逃さない……あとは、あの子達がどれくらい頑張るか、ね)


 射殺さんばかりに睨みつけてくるバンブータイガーにカップを掲げてみせながら、ギルドマスターは薄く笑みを作った。



「死ねーっクソ野郎!」「生きたまま寸刻みにして犬に喰わせたらァ!」

「やっぱアシを乗り換えて正解でしたね。バイクだったら蜂の巣になってたかも」


 BLAM! BLAM! BLAM!

 ――俺は防弾魔導車『怒れる幽霊(フュリアス・ゴースト)』を走らせながら、背後から迫るギャングカー7台に拳銃を撃ちまくっていた。


 雰囲気からしてノスフェラトゥの手下ではない。恐らくヒュドラ・ピラーから来た追手。できる限り急いだつもりだが、とうとうチャールズに尻尾を掴まれたらしい。


「待ちやがれ親殺しがーッ!」「くたばれボケーッ!」「逃げんなコラーッ!」


 ガガガガガガ! 後ろのギャングが窓から身を乗り出し、サブマシンガンを応射。銃弾の雨が黒塗りの車体を打ち、火花を散らして跳ね返される。


 パッと見は大型の高級魔導車にしか見えない『怒れる幽霊(フュリアス・ゴースト)』だが、その内実はガチガチの重装甲車だ。浮揚機(レビテータ)まで防弾板で覆われていて、ガラスも古代のオーバー・テックで加工した防弾仕様。サブマシンガン程度ではヒビひとつ入らない。


()ったいねー、この車。全然ビクともしないよー?」


 弾ける火花を後部ガラス越しに眺めながら、フラッフィーベアが言った。もともと銃弾が効かない奴は気楽なものだ。


「ほとんど装甲車っすからね。シックな見た目と防御の両立が匠の技なんだそうで」

「ギャングらしい無駄なこだわり。で、また逃げるの?」

「いや、仲間呼ばれたら面倒だ。ここは俺が華麗なドラテクでもお見せしましょう。こういう車は慣れてますんで」


 俺はハンドルを切りながらサイドブレーキをかけ、魔導車を180度ターンさせた。

 ついでにコンソールに手を伸ばし、いくつかボタンを操作。サブウーファー付きの魔導カーステレオから重低音のイントロが流れだす。


「ちょっと、あんた何する気――」

「Let’s GO!!!!!」


 俺はアクセルペダルをいっぱいに踏み込み、敵の先頭を走るギャングカー目がけて『怒れる幽霊(フュリアス・ゴースト)』を突進させた。



 魔導車はだいたい3つの要素からなる。シャーシ、エンジン、浮揚機(レビテータ)


 まずシャーシ。車体を作る骨組み。耐久性や積載量はここで決まる。

 『幽霊(ゴースト)』は強化フレームに防弾板を張った構造で、見た目からは想像もつかないほど頑丈だ。その代わり車重も見た目からは想像もつかないほど重い。


 次に魔導エンジン。車に限らず、あらゆるクイントピア製魔導機械の心臓だ。こいつがクラルシナ燃料を消費して魔力を出す。

 この得体の知れない機械は東区では作れない。白いドームで隔離された中央区から運ばれてくる。サクシーダーが魔導兵器に使ったのは、おそらく工場機械や建物用の大型エンジンだろう。


 その魔力で動くのが、魔導浮揚機(マジックレビテータ)。車体の四隅にある板状の機械だ。

 この部品が光って力場を発生させ、路面の下にあるらしい謎機構と反発、魔導車をホバー走行させる(したがって、魔導車はクイントピアの外では役に立たない)。

 車の最高速度やパワーは浮揚機(レビテータ)の性能で決まる。普通の魔導車は200馬力も出ないが、『幽霊(ゴースト)』は500馬力を超える。


 つまり――大抵の魔導車は一方的に轢き潰せるということだ。


「テメェが死ねオラーッ!」


 KRAAAAAAAASH!


「「「アギャアアアーッ!?」」」


 『幽霊(ゴースト)』の強化バンパーが敵ギャングカーの側面に激突、そのままグシャグシャに潰しながらひっくり返した。

 敵車が横転しながら道路脇に突っ込み、乗車ギャング無惨。あと6台。


 車体を制御しつつ再加速。敵集団を突っ切りながら『黒い拳銃(ブラックピストル)』を連射。

 BLAMBLAMBLAM! 9ミリ弾がサイドガラスをブチ抜いて運転手を殺す。制御を失ったギャングカーがふらつき、後続を巻き込んで爆発炎上。あと4台。


 ――血に餓えた殺伐の戦士! 盗賊殺して貴族も殺す! 天使殺して悪魔も殺す! KILL! KILL! KILLALL! KILLALL! 無慈悲なる死神、殺戮の暴風!


「いいね、この曲」

「っすねー」


 カーステレオから響くパンク・バンド『殺人罪(サツジンザイ)』の絶叫を聞きながら、敵集団の後方へ。4台のギャングカーが俺たちを追おうと急ブレーキをかける。


 反転、すかさずアクセルを踏み、やや孤立した1台に突進。側面後部にバンパーを当ててスピンさせ、追撃の手榴弾で爆破。KA-BOOOOOOOM! あと3台。


 そのままフルスロットルを維持。重量級の車体がトルクフルに加速し、残る3台を追い越して再び前方に回る。


 俺は脇に置いた散弾銃を掴んだ。ガンブルーのミスリルフレーム。蛇頭を思わせるスパイク付きダックビル銃口(ハイダー)。厳ついデュアルチューブマガジン。

 『ヒュドラの牙』。ヒュドラ・クランの象徴、親父の愛銃。今は俺の物。


「キャストさん」

「これ持ってればいいの?」


 俺が言い終わるより早く、フォーキャストが助手席からハンドルに手を添えた。

 運転席のドアを開け、ブレーキをかけつつ急ハンドル。『幽霊(ゴースト)』の車体が横滑りを始める。俺はハンドルをフォーキャストに任せ、銃を構えた。


 冷えた横風。距離は5から10。気楽なものだ。


 BLAMN! BLAMN! BLAMNBLAMNBLAMNBLAMNBLAMN!


 俺はドリフトする魔導車からスラムファイアを仕掛けた。ポンプアクションの度に銃口が火を噴き、目の前が真っ黄色に染まる。

 運転手、エンジン、浮揚機(レビテータ)、助手席、エンジン、運転手、エンジン。致命箇所を8ゲージスラッグ弾にブチ抜かれた3台はたちまちバランスを崩し、クラッシュしながら派手に燃え上がった。皆殺しだ。


「あーっはははははははははははっ! ジョン君、最高ー!」

「やるじゃん」

「どうもどうも、イェーイ」


 俺はドアを閉め、銃を置いて再びハンドルを握った。 


 ◇


「――いたぞ。派手にドンパチやってやがる」


 古びた立体駐車場の上階に、走り去る『怒れる幽霊(フュリアス・ゴースト)』を見据える影がいた。


 長身、黒のライダースーツとフルフェイスヘルメット。うなじ部分にはマギバネ・ケーブルを差し込む端子がインプラントされている。南区でスパニエルと協働していたヒュドラ・クランの魔法使い、イグニッションである。


 当初、彼の任務は各大幹部への伝令であったが、暗黒闘技会と暗黒シンジケートの早すぎる壊滅を受け、状況が変わった。今の役目は暗黒娼館街の周囲に先回りしてバックスタブらを捕捉し、増援を誘導する斥候役だ。


「……師匠が()られた時にいた冒険者の女もいるんスか?」


 その傍に胡坐をかいて座るのは、防火マスクを被った赤髪モヒカンヘアーの女。

 背中には燃料タンク、両腕は鉄工バーナーめいた無骨なマギバネティクスに改造されている。ナパーム燃料を用いる火炎放射器内蔵義手だ。


 彼女の名はバックドラフト。亡きファイアライザーの弟子。一人前として仕上がる前に師を失ったニュービーギャングであった。素質は師以上、火炎魔法(ファイアマジック)の技量も既に実戦レベル。だが精神面に未熟さが残る。そこが何より不安だ。


 スパニエルを失ったイグニッションに彼女を宛がう判断を下したのは、本部付きのプロフィビジョンだった。ファイアライザーが健在ならば、このような判断はされなかっただろうが……不平を言う余裕はない。


「見えはしないが、いるだろうぜ。冒険者3人に守られてるって情報がある」

「ムカつく話ッスよねー。縁故で成り上がった無能のアホが、今度は冒険者ギルドに担がれていい気になりやがってよォー」

「クソボケがーッ!」

「ぐわーっ!? すいません!」


 イグニッションは振り返り、バックドラフトの横面を殴りつけた。赤髪の女が悲鳴を上げてたたらを踏む。


「じゃあ何か、スパニエルやライザーさんは縁故で成り上がった無能以下か、ええ? ちったあ考えてモノ言えよお前」

「で、でも非魔法使いの鉄砲玉でしょ? 取り巻きに介護されてるだけッスよ」

「クソボケーッ!」


 イグニッションがもう一度バックドラフトの横面を殴りつけた。マスクの上からでも脳を揺らす衝撃。


「グワーッ!? すいません!」

「奴はそういう侮りにつけ込んで何百人も()ってんだ。敵をナメてかかるな」

「すいません! ……で、増援呼ぶんスか?」

「ぼちぼちな。奴らが娼館街に入るまで待つ」


 イグニッションが足元の魔導RPGを担ぎ、背後に停めた乗機を見返した。


 彼に与えられた魔導バイクには専用の改修が施されていた。マギバネ・ケーブルを介した脳直結操縦、それを前提とした極端な高速化チューン。側面には無数のワイヤー付きアンカーを射出して敵を絡め取るキッドナッパー・ユニットが増設してある。イグニッションはラックから信号拳銃を取り出し、信号弾を装填した。


「挟み撃ちってことッスね」

「ああ。暗黒娼館街の奴らは絶対に縄張りから出てこねえだろ。まずは奴らと連中がカチ合うのを待って、そこをガツンだ。今度こそ逃がさず叩き潰す」

「それだと娼館街が荒れちまいませんか」

「知るか」


 イグニッションは冷たく言うと、窓の外へ信号弾を打ち上げた。

 12ゲージ信号弾が逆流れの流星めいて光を放ち、曇天の夜空に敵襲を告げる。

 ……次なる死闘の、始まりを告げる。

読んでくれてありがとうございます。

今日は以上です。この更新は週に一度行います。

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