ギアーズ・オブ・キャピタリズム(9)
#Sergeant2:ウォードッグ21と22が死んだ
#Wardog24:ターゲットは完全にロスト。瞬間移動としか説明がつかない
#Wardog26:敵の伏兵が廊下を占拠している。大盾装備と魔法弾使い
#Wardog19:どちらも実弾が通じない。火炎放射器が必要
#WolfCommander:爆炎手榴弾で牽制しつつ後退せよ
#WolfCommander:シンジケートの連中は何をしている?
#Wardog44:工場中で労働者反乱が起きている模様
#Wardog44:そちらの対応で手一杯と思われる
#Wardog23:隊長、指示を。これでは戦えない
(どうしたことだ。いつの間にかこちらが追い詰められている……!)
ウルフコマンダーが舌打ちした。彼女の〈念話〉が作り出した遠隔ニューロン・リンクには、先程から悲鳴じみた報告が流れ続けている。
勝てる戦いであったはずだ。標的は危険かつ正体不明のスキルを隠しているが、正面戦闘力は中の下程度。集中砲火を撃ち込めば殺せる相手だ。渡り廊下を落としてキルゾーンに追い込み、チェック・メイトを決めたはずだった。
それが、どうだ。バックスタブは包囲網を抜け、謎の大規模反乱が起き、ついさっきまで存在していなかった魔法使いが管理棟の部下たちを襲っている。ほんの数分もしないうちに一転、彼女の部隊は窮地に追い込まれていた。
管理棟からの援護射撃はもはや望めまい。その上で迅速に目の前のふたりを倒し、バックスタブを殺す? 可能だろうか――否、やってみせる。ウルフコマンダーはマインド・セットを終えた。
「我々が狩人、貴様らが獲物だ。ウォードッグ隊の勝利は譲らん!」
漆黒のハイテック・アーマーの両腰装甲が開き、格納されていたオートマチック・ハンドガンがふたつ飛び出す。グリップから大きく突き出した30発入り複列弾倉。フルオート射撃可能なマシンピストルだ。
BRATATATATA! ウルフコマンダーが路面をジェット滑走しながら二挺拳銃を射撃した。大口径リボルバーによる反動打撃が主軸の銃僧兵闘法とは思想を異にする、射撃に比重を置いた機動戦闘である。
「フラッフィー、弾避け!」
「あっははは! いいよー!」
前に出た「フラッフィーベア」が9ミリ拳銃弾の掃射を受ける。被害なし。
その後ろで「パノプティコン」の念動魔法が瓦礫を巻き上げ、金色に燃える質量弾へと変えた。デス・フロム・アバブ。戦況分析マギバー・グラスが警告を鳴らす。
「奴の魔力は無尽蔵か! ヘカトンケイルめ、いい弟子を育てたな……!」
ウルフコマンダーは降り注ぐ瓦礫の下を一直線に抜け、見えない足場を蹴るような二段跳躍からボレーキックを放った。
フラッフィーベアは難なく防ぐ……KA-BOOOM! その着弾地点で炎が爆ぜた。両脚のブースターを動かす火炎魔法を攻撃に転用したデトネイト・キックだ。
「GRRRR!?」
爆炎に怯むフラッフィーベアの脳天を踏みつけ、ウルフコマンダーがさらに跳ぶ。物理攻撃を受け付けぬ〈不抜〉のスキルを破るには、熱や冷気、電撃といった魔法が有効だ。ウルフコマンダーは経験からそのことを知っていた。
スライディング接近しつつマシンピストルを連射。BRATATATATATATATATA! パノプティコンがステッキで弾き逸らす。その隙にクロス・レンジに踏み込む。
「野郎ッ!」
パノプティコンの鋭いレバーブロー迎撃。ウルフコマンダーはスウェー回避しつつ左右のマシンピストルを薙ぎ払う。まるで火線を剣に見立てた斬撃だ。パノプティコンは身をさらに低めて躱し、肉眼から〈邪視〉を放つ。ブースター側転回避。
ガキン! ガキン! そこに後方から黒鉄の星が飛来し、ハイテック・アーマーに突き刺さった。最新式の防弾構造が貫通を防いだが、無視できぬ衝撃がウルフコマンダーを襲う。
手裏剣、投げたのはフラッフィーベア、土魔法の金属生成。放置はできぬ。ウルフコマンダーは再び舌打ちした。
「鬱陶しいぞ、阿婆擦れ!」
「あは、あは、あはぁ! あっははははははははははぁ!」
BRATATATATATA! ウルフコマンダーが右のマシンピストルを後方に連射し、手裏剣の乱れ打ちを阻む。
その瞬間、反対側のパノプティコンが攻撃に転じ、破城槌めいたサイドキックを傭兵隊長の脇腹に叩き込んだ。鋼入りの靴が咄嗟のガードを破り、彼女を吹き飛ばして管理棟の壁に叩きつける。
「……GRRRR!」
ウルフコマンダーが頭を振って飛びかけた意識を引き戻した。
即座にパノプティコンが追撃を仕掛ける。だがそのとき管理棟の反対側、魔導車工場の窓でマズルフラッシュが瞬き、アサルトライフルの一斉射が彼女を牽制した。指示したのは先程パノプティコンに殺されかけた小隊長だ。
#WolfCommander:GJ
#Sergeant1:NP
コンマ1秒にも満たぬ交信。ウルフコマンダーは管理棟に背を向け、ふたりを前後から挟むように陣取った。
弾切れのマシンピストルを捨て、左袖に格納された最後の仕込み武器を引き抜く。試製赤熱ワイヤー・ウィップ、型番はXMW-5『フレイムタン』。起動したら数分で焼き切れる使い捨ての玩具だが、威力は本物だ。
「何でも出てくるねー、その鎧! 手品ならあたしも負けないよ!」
フラッフィーベアの両手に魔力が凝集し、たちまち黒鉄の棒手裏剣が8本生じた。そのまま両腕をしならせ、銃弾めいて同時投擲!
SNNNAAAAAAAAPPP! ウルフコマンダーは赤熱ワイヤーを凶暴に振り回し、飛来する棒手裏剣をバラバラに溶断、無力化した。バターめいて焼き切られた黒鉄が宙を舞う。
フラッフィーベアは狂ったように哄笑し、右腕の周りに塵風めいた魔力を集めた。一瞬後、円形の大剣じみた巨大投擲武器がそこに生じた。
「そのサイズを一瞬で出すか!」
「あっははははぁッ! 『月輪』!」
ヴヴゥン! 不気味なほど小さな飛行音を立て、直径2メートルの円形ブレードが地面と水平に飛来した。ウルフコマンダーは獣脚型マギバネ義足を振り上げ、爆発的速度のデトネイト・ブースター・キックを合わせた。
KA-BOOOM! 蹴りの着弾点で爆炎が弾け、円盤刃を下から吹き飛ばした。
衝撃が粉塵を舞い上げ、スクリーンのごとく視界を遮った。目元を覆うマギバー・グラスが、その向こうから接近する2人分の魔力反応を知らせる。
小娘が。ふたりもろとも首を刎ねてくれる。ウルフコマンダーは手首のスナップを利かせて赤熱ワイヤーを引き戻し、横薙ぎの一撃を振りかぶった。
#Sergeant1:ASSASIN INC ABOVE!
そのとき、部下の警告とほぼ同時に、背後に落ちてきた何かがウルフコマンダーをうつ伏せに突き倒した。
「な――」
直後、冷たい鋼の感触が背中から体内に入り込む。
スティレット・ダガー、窓から落下しながらの逆手突き。体重と位置エネルギーを乗せた刃先がアーマーの脆弱部を貫通し、肋骨の間を抜けて胸郭に達した。
「――よう。正真正銘、背後からの一刺しだ」
背中越し、黒髪のギャングアサシンが無感情に言った。
狙い澄ました奇襲であった。通常であれば部下からの警告が間に合い、難なく回避できていたはずだ。だが、先程ウルフコマンダー自身が放ったデトネイト・キックの爆炎と粉塵が、味方の視界をも遮っていた。敵はその間隙につけ込んだのだ!
◇
俺はダガーを缶切りめいてグリグリと捻り、奴の心臓に刃を届かせにかかった。
ウルフコマンダーが見せた一瞬の隙。下手を打ったら無様に死ぬところだったが、どうやら命を賭けた甲斐はあったようだ。
「き、さ、まァッ!」
ウルフコマンダーが激しく身を捻り、赤熱ワイヤーを後ろに振るう。
BLAM! 俺はしがみつきながら『黒い拳銃』を抜き撃ちした。9ミリ弾がワイヤーと持ち手の接続部を破壊し、切断されたワイヤーが宙を舞う。
(即死は無理か。良いモン着てやがる)
心臓を狙ったが、鎧のせいでダガーの刺さりが浅い。頸椎やクリティカルな臓器はどこもかしこも分厚い装甲に覆われていて、隙間から滑り込ませるような刺し方しかできなかったのだ。よくできている。
「GRRRRRAAAGHッ!」
「暴れんじゃねぇよ、さっさと死にやがれ……!」
ウルフコマンダーが両脚ブースターを噴射、傷口が抉れるのにも構わず暴れ回る。
俺は奴の首に腕を回し、喉を締め上げながらダガーを捻じり込む。あと2、3センチ刺し込めば、こいつはおしまいだ。
BRATATA! 前方でマズルフラッシュ。飛来するウォードッグ隊の銃弾。
ウルフコマンダーが身を翻し、俺を部下の射線に晒した。だがフラッフィーベアがその前に立ちはだかり、飛来した銃弾を阻んだ。蜂蜜色の瞳が俺を見て笑った。
「舐め、るな、ガキどもッ!」
ウルフコマンダーが吼え、背筋力で刃を食い止めながら強引に起き上がった。
……ジジジジジ! 導火線に火をつけたような不穏な音が響き、その全身が火の粉めいた魔力をまとう。自爆覚悟の火炎魔法か。
「やっべ……」
「そのまま押さえろ、徒弟!」
そこにパノプティコンが踏み込み、正面からローキックを繰り出した。
斧の一撃めいた重い蹴り。ウルフコマンダーの体勢が崩れる。次の瞬間、その頭を二度目の蹴りが捉えた。同じ脚のハイキックが。鋼の入った爪先が側頭部を直撃し、ウルフコマンダーのマギバー・グラスが砕け散る。
「ARRRRGH!」
ウルフコマンダーが膝をついた。魔力が拡散し、火炎魔法が不発に終わる。
奴は目元を隠していたマギバー・グラスを失い、今や傷痕だらけの素顔が露わだ。もっと鋭い面構えを想像していたが、意外と柔和そうな顔立ちだった。
『……アアアアアアアアアアアァァァァア――ッ!』
そこに追い打ちをかけるように、空から魔導スピーカー越しの絶叫が響く。見ればサクシーダーを乗せた黒金の魔導兵器が、全身に小爆発を生じながら墜落している。どうやらフォーキャストがうまくやったらしい。
「見ろよ、クライアント死亡で契約終了だ。フリーランスの悲哀だな」
「あの大馬鹿めが! ――よくも我々の金ヅルを殺ってくれたな!」
「この期に及んで金の心配か? 三途渡し賃六文、それだけ持って地獄に行きな! サクシーダーの野郎と一緒によ!」
「御免被る!」
再び背中越しの取っ組み合いが始まった。俺は奴の喉を締め上げながら、身体ごとぶつかるようにして、心臓目掛けてダガーを押し込む。
ウルフコマンダーは俺の腕を後ろ手に掴んで抵抗しつつ、そのまま上体を反らしてヘッドバットを連打。うつ伏せ姿勢から復帰されたのが厄介だ。
「しぶッといな、この野郎――げっ」
そして、さらに都合の悪いことが起きた。サクシーダーの魔導兵器が、ちょうど俺たちがいる管理棟と魔導車工場の間に向かって墜ちてきている。
古代建築並みの大質量があの速度で墜ちれば、周辺被害も半端ではないはずだ。巻き込まれればタダでは済まない。……だがウルフコマンダーをここで仕損じれば、またウォードッグ隊との合流を許してしまう。どうする?
「GRRRRRRRッ!」
ウルフコマンダーはその逡巡を見逃さなかった。奴は身を反らしたまま両脚のマギバネ・ブースターを瞬間的に噴射し、強引なムーンサルトで拘束を振りほどきつつ、身体からダガーの刃を引き抜いた。
そのまま空中で一回転し、振り子めいた動きの飛び膝蹴りを俺の背骨に叩き込む。今度は俺が前のめりに倒れる番だった。
「ぐえーッ!」
「褒めてやる。ここまで私を追い詰めたのは、貴様らが初めてだ……!」
「ほざけ、この野郎ッ!」
パノプティコンが前蹴りを放った。ウルフコマンダーはなりふり構わず身を低めて回避し、そのまま痛みに呻く俺を放置して走り去った。それと入れ替わるように上空から魔導兵器が墜ちてくる。
「畜生、逃がしちまった……!」
「言ってる場合か! フラッフィー、助けろ!」
「パノちゃんってほんと人使い荒いよねー。ジョン君大丈夫、折れてない?」
「何とか」
「よかったー。脊椎イッてたらペインちゃんじゃなきゃ直せないからねぇ」
「あの解剖魔法は二度と御免っすね」
フラッフィーベアは俺を米俵めいて軽々と担ぎ上げ、肉食獣じみた低姿勢でその場から駆け出した。その横をパノプティコンが併走し、ゲイジング・ビットで周囲を警戒する。そして、
――DDDDOOOOOOOOOOOOOOOOOOMMM!
魔導兵器が工場敷地に落下し、コンテナいっぱいの爆薬を発破したような衝撃波が粉塵を巻き上げ、周辺の窓ガラスを一斉に叩き割った。
読んでくれてありがとうございます。
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