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ギアーズ・オブ・キャピタリズム(8)


 俺はコートから灰色の円筒を取り出し、安全ピンを抜いて投げつけた。軽い金属でできた円筒がCLING、CLINGと路面に跳ねる。その正体は南区の錬金術師(アルケミスト)、ブラックパウダーが試作した煙幕手榴弾(スモークグレネード)だ。


 悠長に計画を立てる時間はない。炸裂までの数秒間で、俺は管理棟までのルートを素早く確認し、ここからどう動くべきかの当たりをつけた。


 こいつらの強みは人数を活かした包囲戦術。だから最初、俺は建物内を動き回って攪乱し、こちらの位置を掴ませずに各個撃破していこうとした。

 だがウォードッグ隊に対して、それでは不十分なのだ。何故なら――。


(――こいつらは、離れた場所にいる仲間とも情報を共有してるからだ)


 ここまでの戦いから、俺はそう推測を立てていた。


 工場までに受けた周到な待ち伏せ、ウルフコマンダーの完璧なタイミングの乱入。不自然なところはいくつもあったが、決定的なのはさっきの足場崩しだ。

 

 ウルフコマンダーの空中突撃に合わせて迫撃砲を着弾させ、渡り廊下を落とす……タイミングを示し合わせる時間もなしに? ブルシットな絵空事だ。そもそも、単身パノプティコンとやりあっていたウルフコマンダーが、俺たちの位置を知っていたはずがない。


(だが奴らはやってのけた。ってことは情報網が繋がってるんだ)


 機械テックか、スキルか、俺の知らない魔法か。いずれにせよ何かカラクリがある。あまりにも精密な連携が、逆にその存在を浮き彫りにしていた。

 ウォードッグ隊は強化魔法(エンハンスメント)がせいぜいの無能力者集団ではない。部隊全体がひとつのシステム、巨大な生き物のようなものだ。

 ならばどう戦い、どう殺すべきか? 決まっている。


 もっと(・・・)()ぐのだ(・・・)


「手足を落として、首を取る……囲まれる前に片っ端から殺す!」


 PSSSSHH! 円筒から金属臭のする白煙が噴き出し、ものの数秒で俺たちの周囲を包み込んだ。爆発武器は無理だが、少なくとも銃弾はやり過ごせる。さらに同じグレネードをふたつ投げると、管理棟まで続く煙の回廊ができた。


「こりゃいいや、特許で遊んで暮らせるぜ。――走れ、おふたり!」

「相変わらず悪知恵が利く奴」

「あっははははは! ジョン君姑息ー!」


 フラッフィーベアを先頭に、俺たちは縦一列に並んで走り出した。 

 BRATATATATATA! 周りの路面で銃弾が跳ねる。弾幕はこれまでとは段違いに厚いが、見えない標的に命中させるのはフルオートでも難しい。


「煙玉か。毒はないようだが……厄介な!」


 ウルフコマンダーがひとり飛び降りた。漆黒のハイテック・アーマーが軋み、両脚のマギバネティクスのエンジンが唸る。奴は管理棟の前をジグザグに往復し、猛烈なジェット排気で煙を吹き払った。


「見えたぞ……!」「GRRR!」「GRRR……」


 管理棟側のウォードッグどもが俺たちを捉え、一斉に銃口を向ける。アサルトライフル、マシンガン、火炎放射器、魔導RPG。集中砲火の殺し間だ。


「いじましい悪足掻きもここまでだ、死にぞこないのドブネズミめ。貴様の首は我々ウォードッグ隊がもらう」

「おもしれー冗談だな。傭兵辞めてコメディアンに転職しろや」


 俺は包囲網の端にいたRPG持ちに視線を向け、右の靴底を地面に打ち付けた。


「〈必殺(デスパレート)〉」


 ドス黒いタールめいた魔力が湧き出し、肉食粘菌めいて俺を呑み込んだ。


 ◆


 次の瞬間、俺は夜の路地裏にいた。

 立ち込める魔術排気スモッグ、汚水の臭い、ネズミの鳴き声。壁にへばりつく黒いタール状の汚れ。道幅は人ひとりがどうにか通れるほど。


 〈必殺(デスパレート)〉、俺のスキル。逃亡不能の亜空間に敵を引きずり込む。この場所で武器や魔法を使えるのは俺だけだ。


「……隊長? みんな? 〈念話(テレパス)〉が……まさか、俺ひとり!?」


 数メートル先に丸腰のウォードッグ。連中の区別などつかないが、魔導RPGを持っていた奴のはずだ。路地裏の闇に紛れ、『ヒュドラの牙』の引き金を引く。


 BLAMN!「グワ……!」BLAMN!


 背後から膝裏へ散弾を1発。セレクターを切り替えて頭にもう1発。強力な8ゲージスラッグがヘルメットごと頭蓋骨を砕き、ウォードッグの頭部が爆ぜた。肩当て(ストック)下の排莢ポートから空薬莢が落ちた。


「〈念話(テレパス)〉、か。タネが割れたぜ、ウォードッグ隊」


 死して屍拾うものなし。黒く溶けていく死体を置いて、俺は『ヒュドラの牙』にスピードローダーを突っ込み、ショットシェルを流し入れながら路地裏を出た。

 

 ◆


 現実世界に戻ってくると、そこは管理棟の一室で、目前には隣にいたはずの味方の消失に慌てるウォードッグの背中があった。右腰の革鞘(ホルダー)からスティレット・ダガーを抜き、背後から心臓を刺して殺した。


 〈必殺(デスパレート)〉で敵を始末したついでに、近くの死角へと移動する。スキルのちょっとした応用だ。連発のきかない奥の手を雑魚に使ってまですることではないが、状況によってはうまくハマる。


 俺は窓から半身を出して外を覗いた。案の定、手下の死を感知したらしきウルフコマンダーと視線が合った。恐ろしい殺気がビリビリと肌を刺す。


「おー怖」


 俺は踵を返し、ピンを抜いたフラッシュグレネードを後ろ手に投げた。

 KBAM! 炸裂、閃光。ウルフコマンダーが腕で目を庇う。そこにパノプティコンとフラッフィーベアが飛びかかる。


(加勢したいとこだが、今戻ってもウォードッグに蜂の巣にされる)


 かといって、このまま部屋に留まっていても奴らが押し寄せてくるだろう。

 結局することは同じだ。動き続け、殺し続ける。ヒュドラ・クラン時代から何度もやってきたことだ。俺は死体から爆炎手榴弾(ブラストグレネード)を拾うと、ドアをほんの少し開けて廊下に投げ込んだ。


 KA-BOOOOOM! 強烈な魔導サーモバリックの爆風が廊下を薙ぎ払う。俺は『ヒュドラの牙』を構えながら廊下へと飛び出した。


「――ヘェーヘェー! いた、いた、親分殺しのヒットマン!」


 そのとき、左側面から場違いに軽薄な笑い声。


「ファック!」


 BLAMBLAMBLAMBLAM! 反射的にホルスターから『黒い拳銃(ブラックピストル)』を抜いてノールック射撃。だがその瞬間、目の前に壁のようなものが立ちはだかり、銃弾を弾き返した。


 壁の正体は、筋肉の塊のような獣人(ライカン)の大男だ。無数のスパイクを溶接した大盾を2枚、両腕に縛りつけている。その後ろには胡散臭いニヤニヤ笑いを浮かべた長髪男と、怯えきった様子で周囲を見回す若い男。


「どうも、バックスタブです。あんたら敵か、味方か?」


 俺は先手を打って名乗りながら、3人に向かい合った。

 ミスマッチな組み合わせだ。少なくとも大盾と長髪はカタギではないが、全員が工場の作業着を着ている。


「……ワーゲンブルク……叩き潰すぞ、生意気なガキが……」

「やめろ馬鹿、話をややこしくすんな。――さっきぶりだな、俺はクリティークだ。こちらは我々『風薫労働組合ウィンドセント・ユニオン』の指導者、アルバートさん」


 長髪が名乗り返した。大盾がスパイクシールドを構えながら無言で後ろに控えた。アルバートと呼ばれた男は俺に視線を向けるだけで、名乗らなかった。


(頭目は「クリティーク」。「ワーゲンブルク」はその手下。「アルバート」はお飾りのハリボテ神輿)


 状況判断しつつ、俺はクリティークに向き直った。


「悪いが、俺の方は会った覚えがねぇな。用があるなら手短に頼む」

「イヒヒヒ、いやなに。ちょっとご挨拶ついでに助太刀をね……そら来た!」


 バァン! 後ろでドアが開き、ウォードッグどもが廊下に飛び出した。

 ワーゲンブルクが庇いに入ろうとした。クリティークはそれを制し、俺に自分を盾にするよう促した。元よりそのつもりだった俺はその通りにした。


 BRATATATATATATATATATA! 10挺近い数の自動火器が一斉に火を噴いた。だが、1発もクリティークのもとに辿り着くことはなかった。奴の周囲に生じたエネルギー粒子の壁が銃弾を焼き切っていた。


障壁魔法(バリアマジック)か……!」

「イグザクトリー。そして、これよ!」


 KAAAO! KAAAO! KAAAO! KAAAO! KAAAO! KAAAO!

 クリティークが掌をかざすと、バリアから無数の光弾が分離し、ウォードッグを追尾しながら飛んだ。青白い魔力爆発が廊下を埋め尽くし、バタバタとウォードッグが倒れていく。――だが、死んではいない。殺さないように威力を加減している。


「ヘェー、ヘェー! 他愛ねぇ、隊長がいなきゃこんなもんかよ」


 光輝く魔力の膜の中、クリティークがヘラヘラ笑い声を上げた。

 魔法弾(マジックミサイル)、それも恐ろしく熟練した使い手だ。南区でも東区でも引く手数多だろう。これほどの魔法使いが工場労働者に扮していたのは何故だ。


「やるな。それで、『風薫労働組合ウィンドセント・ユニオン』だっけ? 聞いたことねぇクランだ」

「だろうな、さっき発足したばかりだからよ。非人道的な労働環境に立ち上がった、正義派の労働者組織だ。この地区を開放し、新たな体制を敷く」

「そういう(てい)で工場を乗っ取ろうってか?」


 カマをかけてみると、アルバートがびくりと身を震わせた。どうやら図星らしい。クリティークは悪びれるでもなく肩を竦めた。


「俺らがやらなくても別の誰かがやるさ、ヒュドラ・クランの死神。サクシーダーは餓えたイナゴだ。手当たり次第に喰い尽くして、最後は草の一本も残りゃあしない。消えてもらった方がみんなの利益になる。社会貢献だ」

「ボランティアには興味ねぇよ。俺に何の用だ」

「取引がしたい」


 クリティークは俺が入ってきたのと反対の方向を指差し、耳を澄ませるジェスチャーをした。そのとき、管理棟の反対側から大人数の怒号が混じって聞こえてきた。労働者の反乱でも煽ったか。


「ユニオンの理想に共鳴した同志たちだ、じきにここまで来る。この建物は俺らで制圧するから、あんたらは外の隊長さんを抑えてほしい。……なにぶん烏合の衆でね。ウォードッグ隊に連携されて、出鼻を挫かれたらコトなんだよ」

「要は一時共闘ってことか」

「そういうこと。そっちにとっても悪い話じゃないよな」

「ふーん。……いいぜ」


 俺はクリティークの提案に乗った。

 振る舞いといい、反乱を煽る手際といい、何から何までキナ臭い男だ。目先の利益に釣られて協力すれば、後々に余計な面倒を呼び込むかもしれない。

 だが……1分1秒が惜しい今、こいつらまで敵に回すわけにはいかない。もともと明日の命も知れない身だ。リスクとリターンを天秤にかけて、よしとした。


「ただ、あくまでビジネスだ。あんたらの仲間になる気はねぇ。――サクシーダーが死ねば、自動的にウルフコマンダーも戦う意味を失くす。それで俺らはサヨナラだ。貸し借りナシだ。いいな?」

「涼しいね。オーケー、取引成立」

「グッド」


 俺はクリティークと拳を打ち合わせた。長髪の男はワーゲンブルクを連れ、悠々とウォードッグどもの制圧に動き出した。少なくともしばらくの間は背後から撃たれる心配をせずに済む。


「――な、なあ」

「あ?」


 俺が逆方向に走り出そうとしたとき、ずっと所在なさげに黙っていたアルバートが口を開いた。


「俺の親父は前の工場長で、ウォードッグに殺されたんだ。あの情け容赦ない傭兵に勝てるのか、本当に? 奴らの後ろにはヒュドラ・クランもいるのに?」 

「知るかよ。やるだけだ」


 俺はほとんど考えずに即答した。

 アルバートは困惑しながらあんぐりと口を開け、狂人を見る目で俺を見た。


「なんでそんな風に覚悟決められるんだ……?」

「あんたと違ってカタギじゃねぇからかな」


 自分で言っていて、俺は少し可笑しくなった。

 どうも俺には鉄砲玉の根性が芯まで染み着いているらしい。勝率も後先も考えず、機械めいて敵を殺す。そうやって今日まで生き延びてきた……渡世の親すら殺して。そして今は、東区を支配するチャールズ・E・ワンクォーターを殺そうとしている。


(我ながら破れかぶれ(デスパレート)だ)


 チャールズを()った後は、どうなるだろう。いずれ積もり積もった因果が俺の人生を刈り取るときが来るのかもしれない。泥にまみれて死ぬときが。


 だが、少なくとも今日ではない。

 ヒュドラ・クラン最初のひとりとして、ブルータル・ヒュドラの息子として、俺を謀ったチャールズの首を取る。こんなところで立ち止まってはいられない。

読んでくれてありがとうございます。

今日は以上です。

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