ギアーズ・オブ・キャピタリズム(7)
「――軍隊気取りのゴロツキ風情が、私を手下から引き離したつもりか? 一対一なら私に勝てるとでも?」
工場の屋根上、極彩色の魔術排気スモッグを吐き出す無数の煙突を背後に、パノプティコンはウルフコマンダーへ言い放った。
その周囲を掘り起こされたロスト・テクノロジーの産物、ゲイジング・ビットが乱れ舞う。それらが一斉に〈邪視〉を放ち、病んだ眼光がレーザートラップめいて敵を取り囲んだ。
「その通りだ、自惚れ屋の子犬めが。今の言葉をそっくりそのまま返してやる」
触れれば麻痺と心停止を誘発する〈邪視〉の眼光網の中、ウルフコマンダーは不敵に言い返した。
「似たような戦い方をする女を知っている。今は防具屋なんぞやっているようだが。貴様の戦技は奴の劣化品、スキルに寄りかかった未熟者の動きだ」
「奇遇なことね。私もついこの間、似たような物言いをする奴と会ったことがある。実戦で物を言うのは経験とか何とか。死んだのはそいつの方だったけど」
「ほう。そいつの名は?」
「ファイアライザー。――お前も同じ末路を辿らせてやる」
「奴はあの死神に殺られたと聞いたが? ――やってみろ!」
VRROOOOM! ウルフコマンダーの両脚、肉食獣の後脚めいたマギバネ義足がエンジンの唸りを上げた。
ブースターがジェット排気を噴き、傭兵隊長が爆発的に加速。稲妻めいた軌道で〈邪視〉を掻い潜り、一瞬にしてビットの包囲網を突破した。
「何!?」
「ぬるい包囲だ。遅すぎる!」
ギャギャギャギャギャギャ! 踵部ローラーを甲高く鳴かせ、ウルフコマンダーがドリフト旋回。そのまま水平に構えたアサルトライフルの引き金を引き、反動を利用した横薙ぎの掃射を仕掛ける!
「そんな虚仮脅しッ!」
パノプティコンの強化魔法が高まり、金色の炎めいたエフェクトが生じた。
DOOOOM! 念動力の爆発が銃弾を四方八方に逸らした。同時にクモの巣状のヒビを屋根に残し、パノプティコンが爆発的に肉薄をかける。
「ち……っ!」
喉元を狙った突進ステッキ突き。ウルフコマンダーはブースター側転で避ける。
パノプティコンは前傾してさらに踏み込む。狙いは組み付きからの肝臓・腎臓への一撃だ。護身術であるサバットは本来クロス・レンジの拳打をさほど重視しないが、身長154センチの彼女にとってはインファイトこそが本領となる。
「SHHHHHH!」
パノプティコンがジャブを連打しながら前進した。ウルフコマンダーは無駄のない近代的軍隊格闘術の動きで捌きながら退がった。義足のブースター・パドルが推力を偏向し、バックステップの距離を伸ばした。
機動力差は歴然。再び間合いが開く。パノプティコンは今度は踏み込まず、指揮棒めいて鋼鉄ステッキを振るった。――ゴウ、と突風が吹いた。
「気流魔法? ……いや、これも念動魔法か」
吹き荒れる風には燃え盛る魔力のエフェクトが混じっていた。ウルフコマンダーのマギバー・グラスの視界に「魔力を感知(Magic Detected)」の警告が走る。
風は瞬く間に速度を増し、渦巻く嵐となって工場を揺らした。屋根を覆うスレート材が吹き飛び、ふたりの周囲を旋回した。さらに工場脇に並ぶ出荷前の魔導車までが次々と浮き上がり、空中をグルグルと回りながら加速していく。
「ここは南区じゃない。無関係の人間もいない。思う存分暴れさせてもらう!」
パノプティコンが叫んだ。その身体が金色の松明めいて燃え上がった。
KBAM! KBAM! KBAM! さらに多くの魔力を注ぎこまれ、浮遊物が次々と金色に発火し、燃える質量弾となってウルフコマンダーへと降り注ぐ。サイコ・サバットの禁じ手、デス・フロム・アバブだ!
「これほどの魔法! A級の位階は伊達ではないか……!」
ウルフコマンダーが稲妻のごとく駆け抜け、螺旋回転しながら降ってくる浮遊物を躱す。KRASH! KRASH! KRAAAASH! 足元で鉄骨が歪み、屋根が砕け、次々と砲弾痕めいたクレーターが生まれた。
#Sergeant2:隊長、屋根の上で何が?
#WolfCommander:あのチビが車を投げつけてきている。大した使い手だ
#Sergeant2:増援は
#WolfCommander:不要。目の前に集中しろ。私はどうとでもする
ウルフコマンダーが走りながら部下とニューロン交信を交わす。
思考を繋ぐ彼女の〈念話〉に、距離や遮蔽の制限はほぼない。ウルフコマンダーは超自然の『チャンネル』へのログイン状態から、工場外でサクシーダーの護衛をしていた別働隊の全滅を確認していた。
(私の指揮がまずかったせいで、部下を大勢犠牲にしてしまった。ウォードッグ隊がここまで被害を受けるとは……サクシーダーは何をしている?)
ウルフコマンダーが工場の外に視線をやると、黒金の魔導兵器はブースターで滞空し、空中から猛爆撃を繰り出していた。少なくとも、まだ生きてはいるらしい。
(言い出したからには死んでくれるなよ。貴様が死んだら金の回収が面倒だ)
漆黒のマギバー・グラスの内側で、ウルフコマンダーは目をひそめた。
雇い主たるサクシーダーは自分の護衛より、工場に入り込んだ目標の抹殺を優先させた。自ら乗り込む魔導兵器に絶対の自信を持っているからだ。
火力、装甲、推力。動きようのないカタログスペック。人より合理的数値を愛するサクシーダーにとって、あの魔導巨人は理想そのものだ。ウルフコマンダー自身、その考え方をさほど間違いとは思わぬ。
しかし――そうした道理を理不尽に破壊するのが魔法使いという存在だ。ウルフコマンダーの歴戦の勘が、不穏な予感を告げていた。――しかし!
「群れを守る義務がある、負けられんよ……!」
SLASH! ウルフコマンダーがヴァイヴロ・マチェットを振るい、避け切れない魔導車を両断した。その裏からパノプティコンが飛び掛かり、鋼鉄ステッキで打ちかかった。ウルフコマンダーは咄嗟に右手のライフルで受けた。
「金の亡者の使い走りが、賊の分際で大義ぶるな!」
「結構じゃないか。……お嬢さんの知り合いの中に、飢え死にした奴はいるかね」
ウルフコマンダーが圧し折れたアサルトライフルを捨て、ハイテック・アーマーの首元から銃剣を抜いた。獣じみた低姿勢の二刀流。
「例を挙げてやる。貴様がさっき殺そうとした小隊長、奴はまだ15だ。親もなく、養うべき兄弟姉妹が5人いる。こんな仕事でもしなければ、全員養うことはできない――そうなったら、行きつく先は口減らしだ」
「クチベラシ?」
「捨てるか、殺すのだ。血を分けた兄弟をな」
「……」
「これは特殊なケースではない。大抵の獣人は子沢山だ。路地裏強盗やギャングの下働きにすらなれず、死んでいく子らが大勢いる。そういう奴らを食わせるために、ウォードッグ隊が生まれた。私が作ったのだ」
傭兵隊長が低く言った。その間も両者は油断なくじりじりと移動し、互いに優位をとるべく静かな駆け引きを繰り広げている。
「想像もつくまい。最新装備の供与があっても、我々は常にギリギリだ。何としても金を稼がなければ、仲間の家族が飢えて死ぬ。故に群れとなって殺しをひさぐのだ。お上品に手段を選んでいる余裕などない」
「そうやって搾取の片棒担ぎを正当化してきたか、馬鹿馬鹿しい。食うに困ってすることなら何でも許されるとでも?」
「許される?」
ウルフコマンダーは皮肉めいて鼻を鳴らした。
「噛み合わんな、やはり。――餓えた狼が、獲物に許しなど乞うものかよ!」
ZZOOOOM! ウルフコマンダーが急加速して斬りかかった。パノプティコンはステッキでマチェットの一撃を受け、追撃の銃剣突きを前蹴りで止めた。銃剣の先が鋼の入った靴底を削る。
「GRRRRR!」
傭兵隊長が牙を剥き出しに吼えた。マチェットを捨てて蹴り足を掴み、その下をくぐって背後に回り、至近距離に組み付く。
BLAAAST! 次の瞬間、ウルフコマンダーの両脚が一際激しく炎を噴いた。そのまま管理棟、バックスタブらがいる渡り廊下の方へ。パノプティコンが執拗な肘打ちを叩き込むが、ウルフコマンダーは力を緩めない。
#WolfCommander:ターゲットは今どこに?
#Sergeant2:渡り廊下を通過中。階段下にブービートラップ、ふたり負傷
#WolfCommander:わかった
#WolfCommander:ウォードッグ43、迫撃砲用意
#Wardog43:了解
#WolfCommander:第2分隊は追跡を中断して包囲に移れ。全火器の使用を許可する
#Sergeant2:了解
#WolfCommander:次で仕留める。サクシーダーが死ぬ前に奴を殺せば勝ちだ
#WolfCommander:我らに勝利あれ。通信終わり
ニューロン交信。ウルフコマンダーは決断的に跳躍し、両脚からのジェット噴射に乗ってさらに上昇した。念動力の嵐よりも高く。そして空中でパノプティコンの背中に両膝を押し付け、再度ジェット噴射!
「お前、何を!? ――まさか!」
「もう遅い。付き合ってもらうぞ!」
墜落するふたりの姿は金色の流星めいていた。堅牢な古代コンクリートの地面が、その上に増築された工場と倉庫の群れが迫る。敵は目標がいる渡り廊下へ、自分もろともパノプティコンを叩きつけようというのだ!
「舐めるな! 私の〈邪視〉に死角はない!」
パノプティコンが機械眼球を飛ばし、背中越しに〈邪視〉を浴びせる。
だが、たとえ心臓を止められようとも、機械部品である魔導ジェットエンジンの作動は止まらない。ウルフコマンダーは口の端から泡を吹きながら笑い、全魔力を両脚のマギバネティクスへと注ぎ込んだ。
「畜生ッ……!?」
「言ったはずだ。もう遅いと! ――死ね!」
渡り廊下との距離がみるみる縮まり、そしてゼロになった。
◇
KRA-TOOOOOOOOOON!
「うわッ!?」
俺とフラッフィーベアが廊下を半分ほど渡ったとき、突然背後で轟音が響いた。
どうやら上から何かがとんでもない速度で降ってきて、渡り廊下をブチ抜いたようだった。空中回廊が落石に襲われた吊り橋めいて崩落し、床が傾いていく。
「おーっと、何ぃー?」
フラッフィーベアがよろめきかけた俺を片腕で抱き留め、反対の手で逆棘付きのワイヤーを投げて壁に突き刺した。だが――KA-BOOOOM! KA-BOOOOM! KA-BOOOOOM! それを見透かしたように無数の迫撃砲弾が飛来し、廊下の前方を爆破。前後を切り離された渡り廊下が、落ちる!
フラッフィーベアは迷わず真横の壁にグリズリー・カラテキックを放ち、俺を抱いたまま壁を壊して飛び出した。数秒の浮遊感の後、〈風柳〉で落下衝撃を逃がし、音も衝撃もなく着地。すぐそばに瓦礫が雪崩れ落ちた。
「あっはははは! びっくりしたぁ! ジョン君、平気?」
「おかげさまで。……ウープス」
廊下をぶっ壊した物の正体は、うつ伏せに倒れたパノプティコンと、その上で荒い息をつくウルフコマンダーだった。マギバネ義足のブースター・パドルがジェットの排熱で真っ赤になっている。噴射の勢いを乗せて叩きつけたのか。
「あーりゃりゃ、パノちゃん死んじゃった? まだちっちゃいのにかわいそ……!」
「GRRRRRR!」
フラッフィーベアが言いかけながら俺を庇い、猛然と飛び掛かってきたウルフコマンダーを受け止めた。傭兵隊長は大きく裂けた口を開け、フラッフィーベアの首筋に噛み付こうとした。
「あはっ! 改めましてどーも、あたしフラッフィーベア!」
「ウルフコマンダー……!」
フラッフィーベアは柔軟に身を沈めてタックルをかけ、噛み付きを避けつつウルフコマンダーの胴に組み付いた。傭兵隊長はマギバネ・ブースターを噴射して耐えた。190センチを超える長身同士が迫り合う。
「「GRRAAAGH!」」
ふたりの獣人が至近距離で睨み合い、牙を剥き出して咆哮を上げた。
ウルフコマンダーが右に身を躱してタックルを切った。フラッフィーベアはその左手足をとって担ぎ上げ、横に倒れ込むようにして、脳天から古代コンクリート路面に叩きつけた。柔道の投げ技、ファイアマンズ・キャリーだ。
「GROWL!」
傭兵隊長が右手足で器用に受け身を取り、ブースター推力で強引に拘束をほどく。そのまま連続バックジャンプで管理棟まで飛び離れ、2階の窓に張り付いた。
「うーん、すばしっこいなー。パノちゃんが殺られたのも納得かもぉ」
「ゲホッ……勝手に殺すな、フラッフィー!」
「お、生きてた」
背後でパノプティコンが怒鳴りながら跳ね起きる。叩きつけられる寸前にサイコ・プッシュで渡り廊下を破壊し、衝撃を和らげていたらしい。
だが、お互いの生存を喜んでいる時間はなさそうだった。俺たちの周囲、道路を挟む管理棟と魔導車工場の窓という窓から、ウォードッグどもが顔を出す。アサルトライフル、軽機関銃、魔導RPG、そして火炎放射器らしきタンク付きノズル。
「フル装備。最初っから廊下を落として集中砲火する気だったか」
「――ARROOOOOOOOOOO!」
ウルフコマンダーが再び遠吠えを上げ、ウォードッグどもが動き出した。
KRA-TOOOOOOOON……! 工場の外でド派手な稲光が瞬き、サクシーダーの魔導兵器が子供の落書きのような滅茶苦茶な機動で飛び回り始めた。さらに管理棟の向こうからは、心当たりのない怒号と悲鳴が聞こえてくる。
(どこもかしこもワヤだな。粥をひっくり返したような大騒ぎ)
だからこそ、俺のような三下が付け入る隙もある。
俺はコートの内側に手を入れ、灰色に塗られた円筒形のグレネードを出すと、安全ピンを躊躇なく引き抜いた。
読んでくれてありがとうございます。
今日は以上です。この更新は日に一度行います。
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