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ギアーズ・オブ・キャピタリズム(5)


「――ゴミ置き場なんかで何すんだ? スクラップに隠れるのか?」

「ヘェーヘェー! まぁついてきなって、損はさせねぇよ」


 サクシーダーの撃墜より数分前。塀の外から響く爆撃音の中、アルバートはうず高く積み上げられた鉄クズの間を走っていた。


 彼らは銃弾が飛び交う作業場から脱出したあと、鎮圧にやってきたシンジケートの監督官たち――他の組織で言うレッサーギャングにあたるが、そもそもサクシーダーは自組織のギャング性に頓着していない――から逃れ、クリティークの先導で工場裏手のスクラップ置き場に辿り着いていた。


「着いた。――ほら、見てみな」


 クリティークは雑然としたスクラップ置き場の一角に迷わず辿り着いた。そこに積み重なった鉄屑をどかし、その下の地面に敷かれた鉄板を引き剥がす。


「……こいつは!」

「うまそうか」


 息を呑むアルバートの横で、長髪の男が冗談めかして言った。


 鉄板の下には深い穴が掘ってあり、その中にとろりとした液体の入ったポーション瓶が数十本も詰め込まれていた。飲み口にはコルクの代わりに油の染みた布が詰められ、火がつけられるようになっている。


「北区で培った非正規戦(パルチザン)の知識を元に造った、火炎瓶だ。増粘剤とクラルシナ燃料が詰めてある。火ィつけて投げりゃパリン、ドカンの大炎上よ」

「なんて物を……北区? クイントピアの?」

「おう、俺の生まれ故郷だ」


 クリティークが淡々と答えた。


「北区は東区(ここ)みたいにギャングが幅を利かせてるわけじゃないが、代わりに貴族……北の(N・)ワンクォーター家の権力が絶対的に強くてね。みんな重税やら壁外の農地開拓の苦役やらに苦しんでる」


 火炎瓶をいくつもアルバートに手渡しながら、クリティークは続けた。


「当然、力ずくで奴らを打倒しようとする組織も出てくるわけだが……敵は強大、正攻法で勝てるもんじゃない。だから北区パルチザンの一部は、力を蓄えるために他区への潜伏を選んだ。……俺もそのひとり」


 クリティークがわざとらしい仕草でニヒルに笑った。

 そのとき建物のドアが勢いよく開き、悲鳴が聞こえた。ふたりが同時に振り返る。


「――クリティーク、そのうらなり野郎は誰だ? 迷い込んだ部外者か?」

「部外者……殺すか……?」


 新たにスクラップ置き場に踏み入ってきたのも、ふたり。


 片方は湾曲鎌と金槌で武装した女。切れ長の瞳に金のポニーテール、事務員が着るようなオー・エル・ルック。

 もう片方は岩塊と見まがうような筋肉質の獣人(ライカン)男。大盾めいた鋼板に鉄骨を研いだスパイクを何本も溶接した、無骨なDIY武器を両腕に着けている。


 凄まじきキリングオーラからして、あからさまに魔法使いだ。しかも、その服は薄闇にも隠しきれぬ量の返り血に染まっており、悲鳴の主と思しき監督官の生首が足元に転がっている。


「ヒィィィッ!?」

「よう、来たな。こちら、前工場長のご子息のアルバートさんだ。挨拶しな」

「なるほど、これは失礼した。経理部のシックルハンマーだ」

「……ワーゲンブルク……倉庫管理部……」


 ふたりの魔法使いが従順に一礼して名乗った。呆気にとられるアルバートをよそに、クリティークが場を仕切り始める。


「監督官どもの第一波は?」

「無論、皆殺しだ。連中、まだ労働者の中に魔法使いがいるとは気づいていない」

「グッド。パーティーを始めよう。火炎瓶(カクテル)を運び出してくれ。外をウロついてる烏合の衆にチャッチャと配って、扇動(アジ)で場をブチ上げるぞ」

「アジ? お前ら、一体これから何をやろうってんだ!?」

「――この混乱に乗じて、俺らで工場を乗っ取るのさ」


 ZAAAAAAAAP! 背後で黒金の巨人が空に浮かび、魔導ビーム兵器の対地放射。爆発の青白い逆光が、劇場支配人めいた仕草で肩を竦めるクリティークのシルエットを照らし出した。

 

「サクシーダー、奴も哀れな男だ。何の目的もビジョンもねぇまま、意味もわからず数字だけを追いかけるアホウさ。もう数年も経てばこうなると思ってたが、あのカチコミ野郎のお陰でだいぶ手間が省けそうだ」


 長髪の男がアルバートの肩を掴み、グイと顔を寄せた。アルバートは反射的に振り払おうとしたが、クリティークの握力は万力めいており、とても無理だった。


「お……お前らが北区パルチザンで、ここを拠点にするつもりなのはわかった。それで、俺に何をさせたい?」

「話が早いな。前工場長のご子息には、俺らの同志として英雄をやってもらいたい。俺らみたいな余所者が革命のリーダーじゃ、この区画もまとまんねぇからよ」

「……最初っからそのつもりだったのか」


 工場主の息子として、高等教育を受けてきたアルバートは悟った。

 いつ来るとも知れぬこの瞬間のために、この男は何年もかけて工場に入り込み、自分へと近づいたのだ。革命の神輿に祭り上げるために。


「殺された前工場長の息子がたまたま(・・・・)()()にいた(・・・)労働者数名(・・・・・)を率いて、工場を奪還。そんな感じの筋書きだ。あんたがトップ、俺らがその補佐」

「俺が断ったら?」

「そいつは無意味な質問だ」


 クリティークがぞっとするほど無感情な声で言った。

 もはやアルバートの知る軽薄な同僚の雰囲気はどこかに消え去っていた。両側のふたりが武器を小さく鳴らし、無言のうちにアルバートを威圧する。


「……わかった。あんたたちの言う通りにする」


 アルバートは苦虫を噛み潰したような顔で頷いた。

 生殺与奪の権を相手に受け渡すも等しい行為。仮に上手くいったとしても、クリティークらが自分を必要とする期間は、おそらくそう長くあるまい。


 だがこの誘いは実際、どん詰まりの現状から抜け出す好機でもある。ここで感情に任せて反抗するのは愚かだ――そう思い込むことが、アルバートにできる唯一の精神的抵抗だった。屈辱と情けなさで体が震えた。


「俺を腰抜けだって笑うか」

「いや、別に。命あっての物種、最後の最後で勝ちゃあいいのさ」


 クリティークが真顔のまま答えた。単なる世辞のようだったが、その言葉には妙な実感が込められていた。


「それで、俺たちでシンジケートを引き継ぐのか? サクシーダーの後釜で?」

「いや、経営組織は一新する。地元に優しい土着組織だってイメージを作らなきゃ、革命返しを喰らいかねないからな。……もう名前も考えてある」

「言ってみろよ」

「『風薫労働組合ウィンドセント・ユニオン』」


 区画の団結、そして美しい過去への回帰を感じさせる響きだった。

 暗黒シンジケートのような、土着の何もかもを無視して自分たちのルールを押し付ける傲慢さはなかった。その代わり、この区画のルールに浸透して同化せんとする、不気味な策略の匂いがあった。


「それでいい。好きにしてくれ」


 どのみち自分に拒否権はない。アルバートは捨て鉢に同意した。クリティークらは契約を結んだ悪魔めいて恭しく頭を垂れると、決断的に闇の中で動き始めた。



 ――そして同時刻、戦場と化した工場内では、戻ってきたウルフコマンダーに再統制されたウォードッグ隊が、侵入者へと熾烈な攻撃を仕掛けようとしていた。

読んでくれてありがとうございます。

今日は以上です。この更新は日に一度行います。

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