ギアーズ・オブ・キャピタリズム(4)
工場外、廃墟群と化したスラム街に銃撃戦の音。
ZZAAAAAAAAAPPP! KBAM! KBAM! KBAM! 極大の魔力光線が路面を灼き、飛来する無数のロケット弾が夜に橙色の爆炎を咲かす。
「ええい、ちょこまかと! 早く死になさい!」
歪んだ巨人めいた魔導兵器『ミダス』の操縦席で、サクシーダーは叫びながら発射スイッチをカチカチと連打した。
『死ねって言われる人ほど、そう簡単に死なないんだよね。君もそうでしょ? ……あ、聞こえてないか』
フォーキャストは連続回転ジャンプ回避から打根を投擲し、通りの反対側にワイヤーアクションめいて移動した。オート照準のガトリング砲がその後を追うが、当たらない。照準アルゴリズムに改良が必要か。
「聞こえていますとも! 解りますよ、私も数多く死ねと言われてきたが、まだ死んだことはない――ひとり残らずズタズタに殺してやりましたからね!」
『じゃ、今日が初めてだね。ふふふっ』
「ほざきなさい!」
アッシュブルーの髪をなびかせ、フォーキャストがビル壁に着地。壁を走りながら無数に矢を撃ち返す。
ZZOOOM! ZZOOOM! オート制御によるクイックブースト回避。避け損ねた矢が機体表面に突き刺さるが、想定範囲内だ。ミスリルと人工龍鱗を組み合わせた複合装甲はビクともしない。
BLAMN! BLAMN! そこに別方向からさらなる銃弾。狙撃銃とは思えぬ連射速度。再び打根によるワイヤー移動から建物内に飛び込んで回避!
#Wardog34:外した。移動する
#Sergeant3:突入せよ。ターゲットは建物内。また通りの反対側に飛ぶかもしれん
#Wardog36:そうなればこちらで狙撃を引き継ぐ
#Wardog33:奴も狙撃に慣れているようだ。一度撃つごとに移動している
#Sergeant3:根気よく追い続けろ。奴に思考と行動の暇を与えるな
撃ったのは工場外に残ったウォードッグの別動隊である。彼らはリバーウェイブを攪乱して戻ってきたウルフコマンダーより、サクシーダーの援護を命じられていた。
CLICK! CLICK! 窓から顔を出した小隊長が手にした魔導ライトを明滅させ、サクシーダーに発光信号を送る。
(「ジ・カ・ン・ヨ・ウ・ス・ル(時間要する)」……無能め。やはり最後に頼れるのは私自身のみ。千載一遇のビジネスチャンス、ここで逃してなるものか!)
サクシーダーは魔導兵器の両腕を振り上げた。袖に装備したマギトロン・ブレードが起動し、バーナー炎めいた青白い魔力の刀身が生じる。
『ミダス』の兵装は傭兵ホワイトリリィのマギバネ・ボディの発展形だ。大出力の新型魔導エンジンと大容量魔力蓄積器により、魔法の才能がないサクシーダーが使っても埒外の威力を発揮できる。
「古代建築はどうあっても壊れないとお思いですか!? ならば教えて差し上げましょう、そんなことはないとッ!」
魔導兵器がブースト突進し、フォーキャストの潜む廃墟に光刃を叩きつけた。
青白いエネルギーの刃が千年の雨曝しにも耐える古代コンクリートを焼き切り、廃墟が爆発とともに崩壊。フォーキャストは間一髪ワイヤー移動回避!
「ハハハ! この圧倒的威力! 機械兵器の効率の前には、魔法使いなど、下らない努力に可処分時間をつぎ込んだ負け組に過ぎない!」
今の自分はマグナムフィストよりも、リバーウェイブよりも、そしてチャールズ・E・ワンクォーターよりも強い。
サクシーダーは暗い悦びに笑いながら、自らのニューロンをクロックアップさせた。このウィンドセント区画に生まれてから今日に至るまでの記憶が、走馬灯のごとく脳裏をループする。
名もなく親もない無名浮浪児としての少年時代……犬のように蔑まれながら、残飯を漁って飢えをしのぐ日々……それから犯罪グループの下働きとなり、違法な密輸ビジネスに参加……露になる商才……組織を乗っ取り……デスヘイズの暗黒麻薬カルテルへの投資……思えばあれが最大の転機……。
やがて東区の物流を事実上掌握……製造業にも影響力を広げ、敵対的買収によって勢力を拡大……その利権を手土産にヒュドラ・クランの幹部となり、かつての故郷を接収……主要産業に必要な設備と技術を独占……それでも、なお満たされぬ飢え!
戦闘の高揚の中で、サクシーダーのニューロンに抑えていた怒りが湧き上がった。
チャールズに撃たれた右耳が痛む。同じく非魔法使いだった組長ブルータル・ヒュドラとは違い、クランで自分に尊敬の視線を向ける者はいない。さらに他者の富を捕食し、自らの資産を拡大しなくては、この欠落は埋められないのだ!
「ざまあみろ、暗黒闘技会! ざまあみろ、チャールズ・E・ワンクォーター! 暴力しか能のないチンピラどもめ! 今に骨まで貪り食ってくれる! 資本主義の名の下に、私はすべてを喰らい尽くすのだ! SWARRRRRRRRRM!」
熱狂のままに吼えながら、サクシーダーはピアノ演奏めいてコンソールを叩いた。
ランチャーから次々とロケット弾が飛び出し、過剰火力の三三七拍子。フォーキャストは着弾地点を読んでパルクール移動、廃墟を盾にして爆発をしのぐ!
◇
『お仲間が逃げる時間稼ぎのつもりですか? 無駄、無駄、無駄ァ! コスト・パフォーマンス皆無のナンセンスですよ! あなた方には逃げ場も、勝ち目もない!』
「おーおー、粋がってる」
戦太鼓めいた爆発が轟く中、フォーキャストは廃墟の陰で独りごちた。
BLAMN! BLAMN! 向かいの建物から飛来する7.62ミリ弾。フォーキャストは逆手に握った打根で弾き逸らし、すぐさま大弓の応射を放つ。ウォードッグの狙撃手は既に移動しており、矢は誰もいない部屋に着弾した。
次弾が来るまでは、まだ少し時間がある。フォーキャストはビルの壁を蹴り、屋上に上がると、魔王と対峙する勇者めいて魔導兵器と正対した。
『あいつは金ばかりせびる女ですが、東区でもっとも優秀な傭兵です! あのリバーウェイブをすら振り切る機動力と、ウォードッグをまとめ上げる戦術眼の持ち主だ! それがついさっき工場に向かった、これがどういう意味か理解できますか?』
「大将首が無防備ってこと?」
『ハッ! ナンセンス!』
魔導兵器が芝居がかった動作で肩をすくめ、頭部を左右に振った。
『この「ミダス」に乗り込んだ私を無防備と!? お嬢さんは目が見えないか、あるいは知能指数がお低いようだ!』
「……お金はあっても器は小さいんだね」
フォーキャストが腰の矢筒に手をやり、美しい焼き色のついた金属の矢に触れた。矢師の老人に特注で作らせた、彼女の全力射撃に耐えうる全アダマントの矢だ。
「鉄屑に乗っただけで気を大きくしちゃってさ。そういう根性、馬鹿にされるよ」
アッシュブルー・ヘアの弓使いが薄く笑って挑発した。
それまで熱狂しながら話し続けていたサクシーダーがしん、と黙り込む。拭い難い憤怒を表すように、魔導兵器の関節部が蒸気を噴いた。
『低所得者の分際で……!』
「人間は起きて半畳、寝て一畳、天下取っても二合半。それがわからないなら」
フォーキャストは眉ひとつ動かさず答えた。電撃魔法の稲妻が走り、黒い瞳が電光に白く灼ける。
「その因業、ここで断ってやる」
『――冒険者風情が、私を舐めているのかァァァァァッ!』
サクシーダーが怒声を上げた。黒金の魔導兵器が全身の魔導浮揚機を激しく輝かせ、ブースターを噴射して垂直上昇。全身のブースターを最大出力で吹かし、空中で胸部マギトロン・ビームのチャージを開始する。
『魔法使いというのは、みな同じことを言う! お前達の研鑽などテックの進歩の前には家内手工業的なボトルネックに過ぎない! それを解らせてくれるッ!』
ZZZAAAAAAAAAAAAPPP! 魔導兵器がホバリングしながら極太の光線を撃ち下ろし、そのまま胴を振って薙ぎ払った。さらにロケット爆撃と機銃掃射! 火の雨が降り注ぐ!
フォーキャストは屋上から飛び降り、横に走って光線と爆発を掻い潜った。
KA-BOOOOM! KA-BOOOOOOOOOOOM! 通りに面した廃墟群、そしてその奥の寂れた街並みまでが攻撃に巻き込まれ、連続爆破解体めいて粉塵を巻き上げ爆発炎上! さらにウォードッグ隊が建物内を移動しながら射撃を開始!
「お構いなしか。酷いことするな」
フォーキャストは眉根を寄せ、銃弾の間を縫うように走った。背後で古代建築が次々と横倒しに崩れていく。寂れているとはいえ人が暮らす街だ。死者の数は10や20では済むまい。
フォーキャストは跳躍し、マズルフラッシュが瞬く廃墟の窓へと飛び込んだ。
目の前には銃を構えるウォードッグが5人。
フォーキャストは打根を投げつけ、狙撃銃を持ったひとりの肩を貫いた。そこからロープを縮めて引き寄せ、素早く腕を極めて盾にする。銃撃がぴたりと止んだ。
#Wardog36:私ごと撃て
#Sergeant3:”同胞に銃を向けない”、隊長の最上位命令だ。着剣せよ
#Wardog35:了解
#Wardog33:了解
#Wardog34:了解
1秒未満で意思疎通を終わらせ、ウォードッグが一斉にアサルトライフルに着剣。強化魔法を発動して格闘戦を挑みかかる。
フォーキャストは盾にしたウォードッグを片手で吊り上げ、別のひとりを巻き込んで投げ倒した。そこから低く跳躍し、もうひとりの頭部に打ち下ろしの膝蹴り一閃。続く掌底で更にひとり撃破。瞬く間に4人倒す。
「GRRRRRRR!」
その下を掻い潜り、小隊長が低姿勢で銃剣刺突を仕掛ける。フォーキャストは右手に魔力をまとわせ、その切っ先に真正面から正拳を合わせた。
無謀としか言えぬ行為。だが――フォーキャストの拳は銃剣を逆に砕き、ライフルを銃口から肩当てまでを枯れ木めいて破壊した。圧倒的な強化魔法の強度がなせる技だ。
「がはっ……!?」
吹き飛ばされた小隊長が壁に激突した時、既にフォーキャストはアダマントの矢をつがえ、魔導兵器へと窓越しに弓を引いていた。大弓に仕込まれた電磁加速レールが展開し、電磁力の砲身を作り上げる。
『できる限り退避しなさい、ウォードッグ! 死亡手当は出しませんよ!』
サクシーダーは再び空中で魔導ビーム兵器の発射体制に入っていた。バックパックの多連装ランチャーからロケット弾が次々発射され、レンズめいた胸部発射口に魔力光が集う。しかし、フォーキャストはもはや回避しようとはしなかった。
「――南無八幡」
KRA-TOOOOOOOOOOOON! 雷鳴じみた放電音が轟き、音速の十数倍まで加速したアダマントの矢が空間を貫いた。
地から天へと昇る赤熱弾道はさながら神話の巨人殺しの石礫か、あるいは暴君を弑する反撃の嚆矢か。魔導兵器は既にマギトロン・ビームの発射体勢に入っており、クイックブーストによる緊急回避も間に合わない!
『グワーッ!?』
強化魔法を乗せた極超音速の矢が、魔導兵器の胸部発射口を寸分違わず射貫いた。KA-BOOOOOM! 膨大なエネルギーが行き場を失い、誘爆! 巨体が揺らぐ! だが、既に発射されたロケット弾が来る!
「見せてあげる。本物の魔法使いがどんなものか」
フォーキャストは大弓を片手に短く助走し、窓枠を蹴り、襲い来る飛行爆弾の群れへと跳躍した。
――そこから飛来したロケット弾を踏んで、さらに跳躍! そのまま後続のロケット弾を踏んで跳ぶ! 跳ぶ! 超音速の飛翔体を飛び石めいて渡り、空中を駆け上ってサクシーダーに迫る!
『なッ……何だと!? ロケット弾を足場にするなど、市場原理に反している!』
サクシーダーが必死で機体を立て直しながら脳制御操作でバックブーストをかけ、距離を離しにかかる。だが、そこにフォーキャストが打根を投擲。ロープがついた投げ矢が魔導兵器の装甲に深く食い込んだ。
『このようなふざけたジャストアイディアに、私の『ミダス』が敗れるはずがない! 資本主義万歳!』
黒金のパワードスーツが前進に転じ、両腕のマギトロン・ブレードを発振。突進しながらX字の斬撃を放つ。
侮れぬ速度、だが太刀筋は稚拙。フォーキャストは打根のロープを急激に縮め、ブースター突進斬撃を避け、慣性でサクシーダーの背後に飛び上がった。その手が新たな矢を掴み、大弓につがえる。
KRA-TOOOOON! KRA-OOOOON! KRA-TOOOOON!
4斉射3連続、計12本。背中側から浴びせられた電磁加速矢の雨。回避先までも読んだ制圧射撃が全身の補助ブースターを貫き、バックパックごと武装を破壊し、内部回路を電流で焼く。KBAM! KBAM! 機体各所で誘爆!
「よし。……やっぱ生き物とは勝手が違うね、さんざん矢を使わされちゃった」
『馬鹿な!? 馬鹿な、馬鹿な、馬鹿なーッ!?』
推力を失い、爆風に揺られ、鋼鉄の怪物が大きく飛行姿勢を崩す。
フォーキャストはその背に降り立つと、溶接された装甲の継ぎ目に打根を突き立てた。風になびく長髪は今やアッシュブルーではなく、電流を帯びて蒼く輝いている。
『待ちなさい! こんなことが……こんなことが起きるはずはない!』
魔導アーク切断機めいた放電音を立てて装甲が切り開かれていく音を聞きながら、サクシーダーは現実を受け入れられず叫んだ。
つい数秒前まで、戦局はサクシーダーの圧倒的有利だった。しかしフォーキャストのただ一度の反撃によって、今や全ては覆されたのだ。
「オモチャにしては出来がよかったけど、使い手が素人じゃあね。……安心してよ。念仏なら上げられるから、私。辞世の句とか詠む?」
『おのれッ! 私の金! 私の資産! 金貨一枚残らず私のものだ! こんなところで失ってなるものか!』
ZZZOOOOOOOMMM! サクシーダーは最後の悪足掻きのように叫び、背中に残されたメインブースターの出力を全開にした。姿勢制御を担う補助ブースターを失った機体が、子供が殴り書いたような軌道で空中を飛び回る。
『落ちろ! 落ちて潰れて死ぬがいい! ここまでのし上がった私が、卑しいクズに殺されて終わるなどあってはならない! これは夢だ! 夢だ! 夢だ夢だ夢だッ! 夢でなければ理不尽すぎるッ!』
「人間は起きて半畳寝て一畳、骨舎利になればひと握り。どこかで気づけたらよかったね。……安心しなよ。どんな悪人でも、死ねば仏だから」
フォーキャストが切り開いた装甲板に手を差し込み、内部配管を掴んで落下を防ぎながら、落雷じみた出力の電撃魔法を放った。繁茂する稲妻がサクシーダーを襲い、魔導兵器の内部を致命的に破壊していく。
「南無阿弥陀仏」
『ギャアアアアアアアアアアアアァァァァア――ッ!』
電光がサクシーダーの思考を真っ白に焼いた。彼は自らの眼球が弾ける音を聞きながら、棺桶と化したコックピットの中で魚めいて痙攣した。身の毛のよだつような絶叫が夜の廃墟群に響き渡る。
『アアアア!? アアアアアッ! アアアアアアアアアアアアアアア――ッ!』
KBAM! KBAM! KBAAM! KBAAM! KA-BOOOOOOOM!
全身の魔力蓄積器が過剰エネルギーで爆発し、魔導兵器が空中で機能停止。そのまま巨大な質量弾となって、慣性で飛行しながら下へ――サクシーダーの居城たる、工場地帯の塀の中へと墜ちていった。
読んでくれてありがとうございます。
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