ギアーズ・オブ・キャピタリズム(3)
要塞めいた巨大工場の敷地内は、外から見た時よりも雑然として見えた。
密集した四角い建物、スモッグを吐く煙突、それらを覆い繋ぐ配管。まるで蔓草にまみれたジャングルか、血管を張り巡らせた剥き出しの臓物だ。
ずらりと並んだガレージのうち、ひとつは抜け殻のサナギめいて屋根に大穴が開いていた。あの魔導兵器はここから出てきたらしい。
「ゴチャゴチャしたところだねー。みんな迷ったりしないのー?」
「クイントピア中の魔導車がここで作られてるんでしょ」
「つーか、大抵の魔導機械はこのプラント製っすよ。他の工場のマザーマシンもここで作られてます。……人件費が安いんでね」
工場の敷地内を魔道バイクでつっ走りながら、俺はパノプティコンに補足した。
何も知らない屋外作業員たちが呆け顔で俺たちを見て、そして後ろから追ってくるウォードッグの群れを認め、そそくさと建物に逃げ込んでいく。
「連中、総がかりか。撃ち合って勝てる?」
「無理っすね。連中が使ってんのはライフル弾です。射程が違いすぎる」
BRATATA! BRATATA! BRATATA! 後ろから飛んで来る銃弾をジグザグ走行で避けながら、俺は答えた。
『ヒュドラの牙』の8ゲージ散弾の射程は200メートル程度、それも50メートルより近くないと一撃必殺は難しい。一方、カラシニコフの7.62ミリ弾は500メートル先からでも致命傷を狙える。正面から撃ち合えば、たぶん負けるだろう。
「なら、こっちの取る手は」
「建物に入って至近戦に持ち込む。工場見学といきましょう」
俺はハンドルを切って、ひときわ巨大な魔導車工場の入り口に針路を向け、魔導バイクを加速させた。背後でパノプティコンが何かを毒づきながら続く。
「――突っ込むぞ、掴まれッ!」
KRAAAAAAASH! 俺たちは装甲で覆われたカウルでドアをブチ破り、工場内に魔導バイクを突っ込ませた。
建物の中は魔法照明で明るかったが、空気は淀んでいた。天井には無数の鉄骨梁。中央では作りかけの魔導車が巨大なベルトコンベアの上を流れている。
その両側でボルト留めや溶接をしていた数百人もの作業員が、黙々と作業しながら亡者めいて濁った目を向けた。それを監視台から見咎めた上長らしき男が、警棒を振り回して叫び始める。
「この能無しのクズ共ーッ! ラインを止めるな! 賠償請求するぞーッ!」
「うるッせぇよ、ファック野郎」
BLAM! BLAM! 俺は魔導バイクを乗り捨てながら『黒い拳銃』を抜き、そいつの警棒を持った腕を撃ち抜いた。上長が悲鳴とともに監視台から転がり落ちる。
「……ギャング?」「ヒュドラ・クラン?」「ギャングなんで?」「ノルマは?」
周囲の労働者がようやく事態に気付いたかのように目を見開き、作業の手を止めて俺たちを見た。すかさず銃を見せつけ、威圧的に声を張り上げる。
「ボケっとしてんじゃねぇよ、クソッタレども! カチコミだ! 今すぐ出ていくかここで死ぬか選べ、この野郎ッ! 殺すぞッ!」
「「「「「ワ……ワオオーッ!?」」」」」
BLAMBLAMBLAM! 俺は威嚇射撃で荒っぽく作業員を追い立てながら、反対の手でコート下に吊るした手榴弾を抜き、次々と出口へ投擲した。
KBAM! KBAM! 立て続けの爆発、追ってきたウォードッグの魔導バイクが何台か巻き込まれてクラッシュ。
俺は手近な工作機械の陰に飛び込み、拳銃をマグチェンジして『ヒュドラの牙』をポンプした。パノプティコンが鋼鉄ステッキを構えてゲイジング・ビットを展開。フラッフィーベアが凶悪に笑んで手裏剣を生成する。
「マザーマシンはなるたけ避けてください、壊れたら直せねぇのもあるんで」
「そのお母さん機械って何ー?」
「工作機械のこと。……来る!」
KRAAAAAASH! 直後、工場の窓ガラスが次々と砕け散り、窓や出入り口からカラシニコフに銃剣を着けたウォードッグが一斉に突入してきた。小隊長とおぼしきひとりが無言でハンドサインを出し、攻撃を命じる。
「ウワーッ乱射魔!」「終末!」「死にたくない!」「畜生! 畜生ーッ!」
「な、何なんだよ! 一体!?」「ヘェーヘェーヘェー! こいつは予想以上だ!」
――だが、そこで作業員たちが出口へ押し寄せ、奴らの足並みをかき乱した。
ウォードッグどもは作業員を銃床で殴りつけて押し通ろうとするが、100を超える群衆はほとんど動く壁のようなものだ。ひとりやふたり倒したところで進路が開けるはずはない。結果、突入の速度に差が生じ、奴らは数人ごとに分断された。
(『抗争は相手のシマでやるに限る』。言ったのは親父だったか、若頭だったか)
これが無関係の民間人なら、ウォードッグどもは躊躇いなく作業員を撃ち殺して、死体の山の上を向かってきていただろう。
だが、ここは奴らの雇い主が経営する工場で、逃げ惑う作業員はそこの労働者だ。奴らも雇い主の目がある以上、むやみに殺すことはできない。
つまり、今が反撃のチャンスということだ。
「気を付けてください、奴ら強化魔法くらいは使いますよ」
「私が行く。フラッフィーは子守りやってて」
「はぁーい! お姉ちゃんって呼んでいいよー!」
パノプティコンが鋼鉄ステッキを手に駆け出した。念動魔法で飛行する機械眼球が〈邪視〉の病んだ眼光を放ち、ウォードッグを次々と昏倒させていく。
BRATATA! BRATATA! まばらな銃撃。パノプティコンは連続側転から壁を蹴り、天井を蹴り、蝶が舞うような軌道のサイコ・リープで空中回避。さらに周囲の工具や部品がポルターガイストめいて宙に浮き、壁や天井をパルクールで走ってきた数人を叩き落とす。
「SHHHHHHッ!」
パノプティコンがドア前、敵集団の至近距離に着地。殺到する無数の銃剣。小柄を活かしたしゃがみ込みステップ回避からのショートフック・ラッシュ。炸薬ピストンめいたナックルダスターの連打がひとり、ふたり、3人と瞬く間に倒す。
「さすが、八面六臂。負けちゃいられねぇ」
「隠れてなくて大丈夫ー?」
「平気っすよ、お姉ちゃん。屋内銃撃戦には慣れてます」
「あはぁはぁはぁはぁはぁ! じゃ、殺ろっか!」
「イェー……!」
俺は工場の隅に放置されていた赤いドラム缶を撃った。BLAMN! BLAMN! KA-BOOOOM! 爆発炎上! パノプティコンの背後を狙っていたウォードッグが数人まとめて吹っ飛ぶ。
そこにフラッフィーベアが突撃。奴の〈風柳〉は銃弾など意に介さない。胸倉を掴まれたひとりが紙屑のように投げ飛ばされ、足払いを受けた別のひとりが縦に一回転して宙を舞う。
俺はフラッフィーベアのすぐ後ろにつき、そいつらに銃を撃ち込んで息の根を止めていった。ウォードッグは集団で連携している間は恐ろしいが、こうして分断すればひとりひとりはそう強くない。個人技集団の暗黒闘技会とは逆だ。
「失せろ、犬どもめ! お前たちに構っている暇はない!」
撃破されたウォードッグの死屍累々の中、パノプティコンが小隊長らしきひとりを壁際に追い詰める。無表情なガスマスクの下からGRRRR、と唸り声が響いた。
「殺す……!」
BRATATATATA! 小隊長がカラシニコフを掃射。そのまま7.62ミリ弾の強反動に耐えながら踏み込み、銃剣でパノプティコンの腹を裂きにかかる。
だがパノプティコンは既にステッキを上下逆に持ち替え、両手で大上段に振り上げていた。逆さにした剣を棍棒代わりにしてぶん殴る「殺撃」の構え。
「死ぬのは! お前だッ!」
KRAAASH! フルスイング縦一文字。L字に曲がった持ち手がハンマーのようにライフルを叩き、真っ二つに破壊。小隊長が武器を失う。
そこに破城鎚めいたサイドキックの3連打。膝関節、鳩尾、顎。小隊長が悶えながら膝をつき、砕け散ったガスマスクから幼さを残した顔が覗く。その頭蓋を叩き割って殺すべく、パノプティコンがもう一度ステッキを振り上げ――。
「――そこまでだ」
次の瞬間、頭上の窓をブチ破り、新手の敵が飛び込んできた。
「くっ!?」
頭上からの強襲、文字通り目にも止まらぬ速さ。パノプティコンが介錯を中断して連続バック転を打ち、ブースター加速を乗せた飛び蹴りをかわす。
乱入者はマギバー・グラスで目元を覆った女獣人だった。黒一色のハイテック・アーマー。片手に銃剣付きのカラシニコフ、腰に大振りのマチェット。
両脚はブースター機構を仕込んだ戦闘的マギバネティクス。肉食獣の後脚めいた、ホワイトリリィのそれよりさらに戦闘的なデザインだ。
「ッ……私はパノプティコン、お前は!?」
「ウォードッグ隊、ウルフコマンダー。……部下が世話になったようだな」
ZZOOOM! ウルフコマンダーが工場の床を高速滑走し、ドリフト・ターンから再強襲を仕掛けた。両脚のブースター機構が轟音を上げ、抜き放たれたマチェットの刃がギィィィン、と耳障りな音を鳴らす。
パノプティコンがステッキを構え、ウルフコマンダーのマチェット斬撃を受けた。すると魔導グラインダーを押し付けたような激しい火花が散り、刃を受け止めた箇所がみるみる赤熱していく。
「振動する剣? 妙な武器を……!」
「ヴァイヴロ・マチェットだ。古代コンクリートも切り裂くぞ」
「知ったことか!」
鍔迫り合いは不利。パノプティコンは距離を開けるべく前蹴りを放とうとした。だが、それより速くウルフコマンダーのブースターキックがパノプティコンを捉えた。小柄な体躯が天井まで吹き飛ばされ、鉄骨梁に激突する。
「へぇー、やるね! 銃だけじゃないんだ!」
「あの女だけは別格です! ……にしても、パノさんが子供扱いか!」
BLAMNBLAMNBLAMN! 俺は放置されていた赤いドラム缶を次々と撃った。
KA-BOOOM! KA-BOOOM! 爆発炎上! だがウルフコマンダーは小刻みなブースト噴射でジグザクに動き、銃弾と爆発を避け切った。奴は魔導バイクを超える速度を出しながら、それを自由自在にコントロールしている!
「が、はッ……。まだ、まだ!」
パノプティコンが咳き込みながら念動魔法で体を支え、鉄骨梁の陰に身を隠す。
BRATATATATA! ウルフコマンダーは走りながら片手でカラシニコフを構え、強引に反動を捻じ伏せながら天井へと連射。そのまま工場の壁を垂直に駆け上がり、自分も梁の上に飛び移った。
「外にひとり、ここに3人。撃ち漏らしはなしか。……あのクズが出撃しているのを見た時はどうなることかと思ったが、結果としては好都合だったな。――AROOOOOOOOOOOOOO!」
ウルフコマンダーが獣人特有の大口を開き、狼めいて遠吠えを上げた。
それを合図に、破れた窓からウォードッグがさらに20人近く突入してくる。既に作業員たちは出入り口周辺に集まっていて、肉壁作戦は使えない。
「ジョン君、どうするのー? またプランB?」
「そういうことになりますねぇ」
BLAMN! BLAMN! KA-BOOOOOOOOOM! フラッフィーベアの問いに答えながら、俺はまた赤いドラム缶を撃って工場に火をつけた。
読んでくれてありがとうございます。
今日は以上です。この更新は日に一度行います。
今すぐブックマーク登録と、"★★★★★"を




