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ギアーズ・オブ・キャピタリズム(1)


「――リバーウェイブ。求道者ぶった腐れ骨董めが、やってくれる」


 闘技場付近、古代建築(ビル)の屋上。闘技場の中央から飛び立った水龍を見ながら、ひとりの獣人(ライカン)が呟いた。


 黒一色のハイテック・アーマー。両脚は肉食獣の後脚めいた形状のマギバネ義足。透過率ゼロの戦況分析マギバー・グラスが傷痕だらけの顔を覆う。

 背にはフルオート射撃が可能な7.62ミリ強襲型(アサルト)ライフル、腰には大振りの山刀(マチェット)。鞘には謎めいた「超音波振動」の文字。


 ウォードッグ隊の隊長、ウルフコマンダー。暗黒シンジケートの支配者、サクシーダーと専属契約を結ぶ歴戦の傭兵。

 ギャングの流儀においても暴挙としか言いようのないこの越境攻撃について、彼女は何の感情も抱いてはいなかった。雇い主が命じ、金を出したならば、やるだけだ。


#Sergeant3:ターゲット、暗黒闘技場から離脱。リバーウェイブと何らかの交渉

#Sergeant3:リバーウェイブも闘技場の外へ出た。狙いは迫撃砲と推測

#WolfCommander:確認している。ウォードッグ43、44は撤収せよ

#Wardog43:了解

#Wardog44:了解。突入組は何人残った?

#WolfCommander:ほぼ全員が思考(・・)途絶。サージャント3、状況は?

#Sergeant3:河津波に巻かれた。現在捜索中。ただし、生存の望みは少ない

#WolfCommander:最善を尽くせ


 精神領域を音とも文字ともつかぬ思考が流れていく。彼女はひとことも発さぬまま、各地に展開した部下(ウォードッグ)たちとニューロン速度で会話していた。

 

 これがウルフコマンダーの〈念話(テレパス)〉だ。彼女は自分自身をホストとすることで、ウォードッグ隊の3個分隊51人の意識を繋ぎ、リアルタイムで戦況や指示を共有することが可能だった。


 古代の遺物(レリック)が数多く残るクイントピアにおいても、遠距離通信に関わる魔導機械を復元できた例は存在しない。この念話通信こそウォードッグ隊の最大の強みであり、雇い主にも明かさぬ秘中の秘である。


#WolfCommander:ターゲットは西に移動中。第2分隊は直ちに追撃を開始

#WolfCommander:待機中の第1分隊と東西より挟撃せよ。狼の巣に誘い込め

#Sergeant1:了解。迎撃配置につく

#Sergeant2:了解。追撃を開始する

#WolfCommander:私はリバーウェイブを引き付けておく

#WolfCommander:我らに勝利あれ。通信終わり(オーバー)


 眼下を走り抜ける1台の魔導バイク、そしてそれを追うウォードッグたちを眼下に見ながら、ウルフコマンダーは念話を終えた。


「ブルータル・ヒュドラが死んで12日。ギャングのお家騒動ひとつが、ここまでの大事になろうとはな。どいつもこいつも尻に火がついていると見える」


 傭兵隊長は他人事のように言うと、屋上のへりに足をかけた。

 VROOOOM! 凶暴なエンジン音とともにマギバネ義足から無数のブースターが展開、踵のローラーが狂ったように空転を始めた。彼女専用に調整されたジェットローラーダッシュ・ユニットが、魔力を吸い上げて推力に変える。


「――AROOOOOOOOOOO!」


 ウルフコマンダーが空を仰ぎ、ビル街に遠吠えを響かせた。

 たちまち闘技場の周囲を飛行していた水龍が首をもたげ、怒れるリバーウェイブの視線が彼女を射竦める。


「来い、カンフーマスター。追いかけっこと行こう」


 ウルフコマンダーは躊躇なく屋上から飛び降り、ビル壁を垂直に駆け下りた。


 ◇


 VROOOOOOOM! けたたましいエンジン音を響かせ、俺たちは魔導バイクを西へ走らせていた。冷たい冬の向かい風とともに、墓石めいた古代建築(ビル)の群れが左右へと流れていく。


「荒れ放題だね、この辺の街」


 横道に入ったとき、後部座席のフォーキャストが背中越しに顔を寄せて言った。

 商店街だったらしい街並みは外装や看板がボロボロに朽ちて、なかば廃墟のようになっている。修繕や新調がまともに行われていないのだ。


「この辺はサクシーダーのシマっすからね」

「え。お金持ちじゃなかったっけ、その人」

「あいつは自分以外のためにはビタ一文出しません。テメェがよければそれでいいの典型っすよ。……ほら、あれ」


 俺は次の目的地を顎でしゃくった。


 枯れ果てた街並みの向こうにあるのは、極彩色の魔術排気スモッグを吐く工場群。その隣には巨大な高層社宅とディスカウントショップ。鉄条網付きの塀の中、巨大な古代コンクリート建築が密集している様は、まるで監獄か要塞だ。


 あの区域全てが暗黒シンジケート――暗黒投資家サクシーダーとその奴隷によって運営される複合重工業区域だ。サクシーダー自身の邸宅も、あの中にある。


「奴がここら一帯の土地を買収して以来、若い奴らはあそこに押し込められて、安い給料で働いてます。ここに残ってるのは年寄りばっか」

「辞める人いないのー?」


 車体側面のブースター・ユニット上に座るフラッフィーベアが言った。


「行く先がないんすよ。資本の差で地元産業を焼き払って、独占してからやりたい放題搾り取るのが奴のやり方です。そうして集めた金と人でまた別の場所を牛耳って、自分一人だけ金を溜め込む。そんなだからクランでも嫌われてました」

「最悪ね。東区最大の投資家の正体は、街を喰い尽くすイナゴってこと」


 パノプティコンが吐き捨てた。


「ま、泣いても笑っても今日があいつの命日です。抹香(まっこう)の代わりに散弾ブチ込んで、キッチリあの世に送ってやりましょう。どうせ天涯孤独だ、丁度いいでしょ」

「ふふふっ。読経ならできるよ、私」

「人を食い物に荒稼ぎして、行き着く先が無縁墓か。寂しい人生ね」

「あっははは! 因果応報、然るべきかな畜生道!」

「ざまぁ見やがれって感じっすね! わはははは! ――掴まれッ!」


 俺は急ハンドルを切った。バックミラー越しに新手の魔導バイクが2台。

 BRATATA! BRATATATA! 直後、後ろから正確な指切り射撃が飛んでくる。音からするに高初速のライフル弾、おそらくは7.62ミリ。


(あのフルオートライフル、確か『カラシニコフ』とか言ったか)


 前にサクシーダーが親父とチャールズのところに売り込んできたのを覚えている。ライフルの射程とサブマシンガンの火力を両取りした恐ろしい銃だ。そのときは結局「オーバースペックな上に値段が高い」と言われて不採用になったが、ウォードッグ隊はこれを標準装備にしているらしい。


 BRATATA! BRATATA! 激しく蛇行しながら走る俺たちの後ろで、ウォードッグどもは付かず離れずの距離から小刻みに撃ち続ける。


「さすが、銃に慣れてるな。……にしてもヤな雰囲気だ、いたぶってやがる」

巻狩(マキガリ)だね」


 フォーキャストが俺の独り言にぽつりと答えた。


「なんすか、それ」

「鹿とかをさ、待ち伏せしてるとこに追い立てるの。……前の建物、両側にふたり。左が4階、右が5階。10数えたら、右に引きつけてから左に避けて」

「了解、いつもの未来予知っすね。撃ち返せます?」

「余裕」


 フォーキャストが大弓を展開し、後部座席で半立ち姿勢をとった。

 俺は頷き、きっかり10秒数えて右に急ハンドル。そして左へ切り返す。


 BRATATATATATATATATATATA! 300メートル先で激しいマズルフラッシュが瞬き、通りの左右から曳光弾(トレーサー)の火線が放たれた。建物内からの待ち伏せ、それも軽機関銃(ライトマシンガン)の十字砲火!


「……南無八幡」


 フォーキャストが激しく横滑りする車上で弓を構え、矢を放った。

 KBAAAM! 速射砲と見紛う威力の矢が建物の窓に命中し、右の機関銃を破壊。そして第2射が左の機関銃を破壊。爆発じみた衝撃音とともに粉塵が舞う。


「お見事!」

「いぇーい。……次、道路に鉄線、爆弾付き。フラッフィーよろしく」

「はーい! それッ!」


 フラッフィーベアが不安定な姿勢のまま片腕をしならせ、手裏剣を縦投擲した。

 直後、数十メートル先で火花が散り、ひそかに張り渡されていた黒塗りワイヤーがブツリと切断……KA-BOOOM! その両端に仕掛けてあった指向性地雷が起爆し、超音速の金属散弾が前方の空間を飛び交った。


「この短時間でトラップか。相変わらず耳の早い連中だ」

「ふたつ先の辻道、右からでっかいの来るよ。トレエラア(・・・・・)とかいう」

「私が吹っ飛ばす」

「できるんすか? トレーラーっすよ」

「舐めるな、徒弟(アプレンティス)。このまま進め」


 そう言うや否や、パノプティコンは黙り込んで魔力を練り始めた。

 BRRRRRRR! 次の瞬間、横からバッファローめいて突っ込んできた魔導トレーラーが急停止し、巨大な車体で道を塞ぐ。その運転席からウォードッグが飛び降り、そのまま走り去っていくのが見えた。


「……来ると解っていれば!」


 パノプティコンが掌を突き出し、念動魔法(テレキネシス)を発した。

 ドオン、と重い衝撃音が響き、トレーラーが横転しながら宙を舞う。車体底面には鉄球をぶつけたような凹み。渾身のサイコ・プッシュで突き上げたのだ。


 KA-BOOOOOOM! 荷台に爆薬でも積んでいたのか、トレーラーが空中爆発。俺たちの魔導バイクがスレスレで通り抜けた後、追ってくるウォードッグどもの前に落下して、燃え上がるバリケードと化した。


「さすが、待ち伏せもトラップも筒抜けだ。金取って占いとかやりません?」

「ふふふっ。昔はやってたよ、そういうの。……また来る」


 VROOOOOM! VROOOOOM! VROOOOOM! 

 フォーキャストが言った途端、前方の横道から次々と敵の魔導バイクが加勢した。数は10台。カラシニコフが8、魔導RPGが2。とうとうトラップのネタが切れ、数に物を言わせた力押しに出たか。


「もう1台奪う、適当なのに寄せて。……フラッフィー、付き合え!」

「あっははは! しょうがないなー!」

「スピード出しますよ!」


 俺は再度急ハンドルを切り、アクセルの脇についたそれらしきボタンを押した。

 ZZOOOOOM! 車体左右のブースター・ユニットが短く噴射し、魔導バイクが殺人的な加速で前方のウォードッグに迫る。


「失せろ、この野郎ッ!」「GRRRRR!」

「「グワーッ!?」」


 パノプティコンは念動魔法(テレキネシス)で敵の魔導バイクをグリップして引き寄せると、フラッフィーベアと同時に跳躍。前後の座席にまたがるウォードッグを蹴り落として魔導バイクを奪い、そのまま車体を念動力で掌握した。


 BRATATATA! BRATATATA! BRATATATA! BRATATATATATA!

 四方八方からアサルトライフルの銃弾が襲い来る。俺たちは互い違いにジグザグ走行して銃弾を避ける。後ろで避け切れなかった数発が装甲に食い込む音がした。


「こっちは運転で手いっぱいです、反撃よろしく!」

「いぇーい」「任してー!」


 後部座席のフォーキャストとフラッフィーベアが矢と手裏剣を撃ち返し、数台をクラッシュさせた。

 さらに魔導RPGが飛来。パノプティコンが念動魔法(テレキネシス)でロケット弾を受け止めて投げ返す。KA-BOOM! 爆発、また数台が脱落。


 BRATATATA! BRATATATA! BRATATATA!

 だがその直後、横道からまた新手。同時に後ろからも敵の増援が到着した。まるで数が減っている気がしない。


「キリがない! どうする!?」

「このまま工場に突っ込みます。中は製品の魔導車や機械だらけ、盾には事欠かねぇはずだ。パノさん、あの塀ブチ抜けますか?」


 俺は通りの奥、工場区域を囲む鉄条網付きの塀を指した。

 古代コンクリートはちょっとやそっとでは砕けないが、アレは労働者の脱走防止に建てられた後付けの煉瓦塀だ。魔法使いにはビスケットも同然のはず。


「聞くまでもない。大穴開けてやる……!」


 パノプティコンが再びサイコ・プッシュを放つべく集中を始めた、その時。



『――ハーッハハハハハハハハハ! そこまでだ!』


 ZZZOOOOM! ビルほどもある質量の塊がジェット音とともに塀を飛び越え、俺たちの前に着地した。地響きが地面を揺らし、突風めいた衝撃波が吹き荒れる。


「なんっ……だ、この化け物は!?」


 空から降ってきたのは、黒と金の装甲に覆われた魔導機械の怪物だった。


 全高15メートルほどの人型。だがその脚、背、腕からは無数のブースター・ユニットが生え、着膨れしたような歪なシルエットを形成している。

 両腕には籠手剣(ジャダマハル)状のブレード。翼めいて左右に突き出したバックパックには、無数の砲身を並べた重機関砲が見える。前に戦ったホワイトリリィが装備していたガトリング・ユニットだ。

 

『やれやれ、アウトソーシングも一長一短ですね! たかだか4人にここまで突破を許すとは、契約の見直しが必要かもしれません』


 魔導拡声器(スピーカー)越しに声を発し、怪物がゆっくりと立ち上がった。機体のあちこちに組み込まれた魔導浮揚機(マジックレビテータ)が薄く発光、関節部から激しい蒸気が噴き出す。


「その声は……!」

『ハハハハハ! ご機嫌よう、低所得者の皆さん!』


 怪物の頭部から空中にスクリーンが投影され、そこに眼鏡をかけた生白い男の顔が映し出された。

 7:3分けのツーブロック・ヘア、黒縁の眼鏡、慇懃無礼な笑み。うなじから生えた無数のマギバネ・ケーブル。怪我でもしたのか、右耳に包帯を厚く巻いている。


『私こそ東区最大の成功者――暗黒シンジケート代表、サクシーダーです!』


 サクシーダーが両腕を広げて尊大に名乗ると、黒金の魔導機械もその動きをなぞるように腕を広げた。……まさか、奴はあの(・・)()か。

読んでくれてありがとうございます。

今日は以上です。この更新は日に一度行います。

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