フェンスド・イン・キリングフィールド(6)
「ナイスキル」
「いぇーい! これで撤退?」
「そうしたいとこっすけど……さて、一番ヤバい奴をどうするか」
俺はフラッフィーベアと短くハイタッチを交わし、フィールドの反対側でフォーキャストと戦うリバーウェイブを見た。上空では水の龍がうねりながら飛行し、パノプティコンを拘束し続けている。
「マグナムフィスト、我が友よ。とうとう戦い終えて憩ったか。後は俺に任せておくがいい。――ハイ! ハイ! ハイ! ハィヤァァァッ!」
リバーウェイブがヌンチャクを首にかけ、一瞬に短打4連撃から上段蹴りを放つ。打撃とともに相手の体水分に干渉し、内側から爆殺するキャビテーション攻撃だ。
「っ、と!」
フォーキャストは打根に結んだロープをピンと張り、高速の連続攻撃を受け切る。そのまま弾かれるように後ろへ跳びながら、矢を4本同時につがえ、至近距離のリバーウェイブへ撃ち込んだ。
KRA-TOON! 電撃魔法と大弓の仕掛けが矢をさらに加速し、ショットガンのごとくリバーウェイブを襲う。黒髪のエルフは地面を砕き割らんばかりに踏みしめ、ヌンチャクを一閃してこれを弾く。
「やるね。久し振りだよ、本物の魔法使いに会うのは」
「そう言う貴様は片手を封じたような戦技だ。……欠いているな。武器か、技か」
「内緒」
フォーキャストが打根を鞭めいて振るった。魔法をエンチャントされたロープがひとりでに縮み、先端の投げ矢が手の中に飛び戻る。
「――こ、の、野、郎ッ!」
その頭上、空中のパノプティコンが全方位に念動魔法を放って拘束を脱した。そのままサイコ・リープで宙を蹴り、鋼鉄ステッキの急降下突きを仕掛ける。
「ハィィッ!」「ぐあっ!?」
リバーウェイブは振り向かず開脚し、急角度の対空バックキックで迎撃。
水流をまとった蹴りが真っ向から突きを押し返し、パノプティコンを弾き飛ばす。そこに再び水龍が襲いかかり、回避を強いて再攻撃を阻む。
「死ね! リバーウェイブ! 死ねーッ!」
「あははははははぁっ!」
BLAMBLAMBLAMBLAM! 『黒い拳銃』の速射。フラッフィーベアが手裏剣を連続投擲。フォーキャストが大弓を矢継ぎ早に撃つ。リバーウェイブは避けもせず、悠然と腰を落として待ち構える。
「――ハイィィィヤァァァァァッ!」
次の瞬間、リバーウェイブの周囲を黒い流体の壁が囲んだ。
その正体は超高速のヌンチャク・ワークだ。流体に見えるほどの速度で振り回されるヌンチャクが矢を、手裏剣を、銃弾を全て弾き返す!
「ワ……ワオオーッ! リバーウェイブ!」
「リバーウェイブ! 闘技場最強の戦士!」
「殺せ! やっちまえーっ!」
「「「「殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! こ・ろ・せ! こ・ろ・せ!」」」」
再び周囲から血に飢えたコール。リバーウェイブの戦いぶりを見て、静まり返っていた観客席に下卑た高揚が戻ってきた。
「相っ変わらずイカレた強さ……しかも、あれでまだ興行のつもりときた」
俺は辟易しながら吐き捨てた。
リバーウェイブは純粋な白兵戦でもクラン最強格だが、真に恐ろしいのは戦略級の水流魔法だ。普段は一方的に勝ちすぎるからやらないだけで、奴がその気になれば闘技場ごと水害に沈めるくらい訳はないのだ。
「4人がかりながら勝てるだろうけどー」
「こっちもひとりふたりは死ぬでしょうね。……おい、リバーウェイブさんよ」
俺は銃を降ろして声をかけた。リバーウェイブがヌンチャク・ワークを切り上げて残心し、油断なく構えたまま静止する。
「マグナムフィストは死んだ。タワーシールドもエクスキューショナーも死んだ。残ってるのはあんたひとりだ。この辺で水入りの引き分けってことにしねぇか」
「お前は馬鹿なのか?」
リバーウェイブが言った。京劇面から覗く目は、冷水めいて酷薄だ。
無論、俺自身こんなナメた提案が通るとは思っていない。戦いの流れを一旦切り、相手の意識を俺に向けさせ、〈必殺〉で殺すための布石だ。
「悪くない話じゃないと思うぜ。これ以上戦ったら俺らはタダじゃすまねぇし、あんたは死ぬ。そうなったら闘技場もおしまいだろ」
「どこまで本気か知らんが、お前はふたつ勘違いをしている」
リバーウェイブは滔々と答えた。
「ひとつ、暗黒闘技会の試合に中断はない。ふたつ、負けて死ぬのは貴様らだ。――ここは真の戦士の饗宴場、終わりなき永遠の戦場よ。主張があるなら、戦いで語れ」
「よくもまあ、人殺しの賭け試合を美化したもんだ。……後悔するぜ」
とぐろを巻く龍めいて身を低めるリバーウェイブの前で、俺は『ヒュドラの牙』を構えて右の靴底を浮かせた。
距離は10メートルと少し。リバーウェイブの次の手は飛び蹴り、あるいは至近距離に踏み込んでの崩拳か。
どうであれ、奴が俺の胴体をぶち抜くのが先か、俺のスキルが奴を引きずり込むのが先かの勝負だ。奴が観客の目を気にして、全力を出さないうちに仕留める。
「……」「……」
俺とリバーウェイブはガンマンの早撃ち対決めいて睨み合った。
そのまま1秒が経ち、2秒が経ち、3秒が経つ。
「早く死ねーッ! あと1分で全滅すれば俺の大勝ちだーッ! こっちは生活かかってんだよボケェーッ!」
静まり返った観客席から、空気の読めないモヒカン観客がヤジを飛ばした。
それが引き金となり、俺とリバーウェイブが留め金の外れた撃鉄めいて動き出す。
――そのときだった。
KA-BOOOOOM! KA-BOOOOOM! KA-BOOOOOM!
「ギャアアーッ!?」
突然、観客席で立て続けに爆発が起きた。さっきのモヒカン観客を含めた数十人がバラバラのゴア肉片となって即死し、その倍の人数が重傷を負ってのたうち回る。
「なんだ!?」「……!」
俺たちは同時に攻撃を中断し、観客席を見た。
KA-BOOOOOM! KA-BOOOOOM! KA-BOOOOOM!
「ウワーッ死んだ!」「終末!」「爆発したぞ!?」「流れ弾か!? 逃げろ!」
「押すな、馬鹿野郎! ぶっ殺グワァァーッ!?」「キャアアーッ!」
ひっきりなしに爆発が起きる中、パニックを起こした観客が一斉に逃げようとして将棋倒しを起こす。そこに闘技場の外から飛んできた何かが着弾し、炸裂して、折り重なった人間をごっそりと死体に変えた。
――グレネードや仕掛け爆弾の類ではない、迫撃砲だ。闘技場が砲撃されている!
「貴様らの手勢か」
「なワケねーだろ、こちとら4人きり」DOOOOOM!「……ちッ!」
さらに闘技場の入場ゲートが爆破され、大穴が口を開けた。
そこから咆哮めいたエンジン音を響かせ、鋼鉄の鮫めいた浮遊機械が次々と乗り込んでくる。ワイバーン・ヘッド、イグニッションの乗機と同型の魔導バイク。
その乗り手は例外なく獣人だ。黒ずくめの軽装防弾服に画一的ガスマスク、徹底的に個性を塗りつぶした服装。それらが魔導RPGや新型のフルオートライフルで武装し、魔導バイクに跨っている。
「――我々は『ウォードッグ』。全員がウォードッグだ。死んでもらおう」
その先頭車の後部座席で、代表者らしきひとりが立ち上がって名乗りを上げた。
「暗黒シンジケートの傭兵……サクシーダーの差し金か!」
BRATATATATATATATATATATA! 飛び退って地面に伏せた俺の頭上を、獣人部隊の一斉射撃が薙いだ。
ウォードッグたちは声ひとつ出さず、銃弾をバラ撒きながらバイクを走らせ、一糸乱れぬ編隊機動で俺たちを囲みにかかる。流れ弾が次々と観客席に飛び込み、また観客がダース単位で死んだ。
「何、こいつら!? いきなり撃ってきて!」
「ここの人らとは気色が違うけどー?」
パノプティコンが俺のそばに立ち、ステッキで銃弾を打ち払いながら言った。反対側ではフラッフィーベアがその身を盾にしながら手裏剣を投げ返す。
「ウォードッグ隊! 獣人だけの傭兵部隊っすよ! ……あんたらの増援って風でもないな、リバーウェイブさんよ」
「当然だ。あの金の亡者が貴様の存在を嗅ぎ付けて、この腐れ犬どもを差し向けたに相違ない。……よくも虚仮にしてくれたものだ、神聖な戦を汚すなど……!」
高圧水流のベールで銃弾を遮断しながら、リバーウェイブが言い捨てた。青い京劇面から覗く目は、冷たい怒りに歪んでいる。
「あのサイコパス野郎なら平気な顔してやるこった。……蒸し返すが、さっきの話、考え直さねぇか。俺らはこの後、まさにサクシーダーにカチコミかける予定だ」
「俺の知ったことか」
「いいから選べよ。ここで三つ巴おっ始めるか、俺らを行かせて奴らとやりあうか。だがひとつ現状報告をしておくと、奴らは巻き添えで何人死のうがお構いなしだぜ。真の戦士の饗宴場とやらも、金を落とす観客なしじゃカンバンだろ」
俺は観客席を指さして言った。出口付近で将棋倒しが起きたことで、大部分の観客は未だ逃げるに逃げられていない。先を争う客同士の乱闘まで起きている始末だ。
「……よかろう」
リバーウェイブが苦々しく答え、その場でヌンチャクを構えて調息した。
「俺たちはヒュドラ・クラン以前に暗黒闘技会。平然とこのような無法を働くサクシーダー、それを止められぬチャールズ・E・ワンクォーター、いずれにせよ、もはや義理を果たすこと能わず。――行くがいい。巻き込まれて死にたくなければな」
ズシン! 言うが早いか、リバーウェイブが強烈に震脚を踏んだ。
その瞬間、上空で水龍が形を崩し、雨のごとくざあざあと降り注ぐ。さらに周囲の堀から水が急激に溢れ出し、フィールド自体が水没し始める。
「創水、それもこの量……!」
俺は戦慄した。水流魔法は近くに水があるほど強力になる。奴は客を魅せるためのパフォーマンスをやめ、大規模破壊の魔法を使う気だ。
「話はついた、引き上げます! 今すぐ!」
BLAMN! BLAMN! 俺は3人に呼びかけつつ、前から突っ込んでくる魔導バイクに散弾を2連射。ウォードッグを殺して魔導バイクを奪った。
すかさずフォーキャストが後部座席に跨がり、遅れてパノプティコンとフラッフィーベアが車体の左右にしがみつく。見様見真似でアクセルらしき部品を捻ると、魔導バイクは咆哮めいたエンジン音を響かせ、弾かれたように走り出した。
ウォードッグたちが一斉に追撃に動きかけ……やめた。
リバーウェイブが全ての水を引き連れ、天高く跳躍したからだ。奴を核に集まった水が、命を得た河川めいたサイズの龍となって、夕暮れの空にうねる。
「……ハイィィィヤァァァァァァァァァッ!」
SPLAAAAAAAAAAAAASH! 無言のまま散開するウォードッグたちを目掛け、水龍と一体化したリバーウェイブが大瀑布めいて突撃した。
大量の水を超高速でぶつける、シンプルだが防ぎようのない大規模攻撃。闘技場が衝撃で揺れ動き、着弾点に発生した大波がフィールドの一切合切を薙ぎ払っていく。死体、ウォードッグたち、白砂……このままでは俺たちまで押し流される!
「クソ! 間に合うか!?」
「間に合うよ。このまま進んで」
河津波が背後から迫る中、後部座席でフォーキャストが囁いた。俺はそれを信じてフルスロットルを保つ。
数秒後、魔導バイクはトップスピードを維持しながら、波に呑まれる寸前でバックヤードに離脱した。そのまま押し寄せる大量の水を逃れて内部通路に飛び出し、闘技場の外へと一直線に走る。
「だいぶ予定外があったけど、次はどうするの」
「ウォードッグ共が出張ってるってことは、サクシーダーのシマは手薄なはずです。このまま突っ込んで奴を殺す」
クラクションを鳴らして逃げ惑う客やレッサーギャングを避けながら、俺は手短にパノプティコンの問いに答えた。
建物のあちこちから観客の悲鳴と怒号が聞こえてくる。マグナムフィストを失った暗黒闘技場は、今や安全地帯なきケオスと化していた。血を見せろと騒いでいた観客たちも、まさか自分らが血を流す側に回るとは思っていなかったに違いない。
……そして、今に東区全てがこうなるだろう。他ならぬ俺たちの手によって。
(上等じゃねぇか)
だが、それでもやる。俺は東区の秩序だの、顔も知らない奴らにかかる迷惑だの、余計なカルマを背負い込んで泣き寝入りしてやるつもりはない。
俺は魔導バイクのアクセルをさらに吹かし、出口から大通りへ飛び出した。後ろではリバーウェイブの水龍が再び空に昇り、空鳴りめいた咆哮を響かせていた。
(フェンス・イン・キリングフィールド 終)
読んでくれてありがとうございます。
今日は以上です。この更新は日に一度行います。
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