フェンスド・イン・キリングフィールド(1)
「……冒険者が集まっている? 南区間の関所にか」
「そうなんです、若がし――組長代理」
東区、ヒュドラ・ピラー最上階。
チャールズ・E・ワンクォーターが聞き返すと、前に立った男の幹部が頷いた。
彫りの深い顔立ち、口髭に黒のギャングスーツ。
チャールズ派の幹部のひとり、プロフィビジョンだ。戦闘力はさほどでもないが、抜きんでて頭が回る。派閥内ではバンブータイガーや亡きファイアライザーと並び、チャールズを直接補佐する地位にあった。
「南のワンクォーターを筆頭に、完全武装の冒険者どもが50人近く集まってやがるそうですわ。……その中に、例のジョンもいたとか」
「リジェ」
「かしこまりました」
チャールズが呼ぶと、そばに控えていた女侍従長リフリジェレイトが東区の地図を取り出し、マホガニーの書斎机に広げた。
「スパニエルの報告によれば、あのガキは冒険者3人と同行しているはずだ。A級のパノプティコン、フラッフィーベア、フォーキャスト。そいつらの姿は?」
「今確認させてます」
「急がせろ、重要な情報だ。バンブータイガーは既に動いているな?」
「無論。奴が関所の守りの責任者ですから。全戦闘員が所定通りに……ただ、今の戦力では正面衝突になったとき守り切れるかどうか」
「ステイシスとスチームローラーを行かせろ。あとはピラーで待機だ」
猛禽めいた目で地図を見回しながら、チャールズが告げた。
「北区間の関所と外門にも厳戒態勢を敷け。それから、大幹部どもにこう伝えろ……手出しは無用、アジトにこもって守りに徹しろ、と」
「は……」
「意図を読みかねているな。なぜ戦力を小出しにするのか、解せないか」
「え……ええ。何故です?」
「十中八九、関所の連中は陽動だからだ。相手の本命はおそらく別働隊による暗殺。標的は俺か、もしくは大幹部の誰かだろう」
たじろぐプロフィビジョンを前に、チャールズが淡々と続けた。
「組織の規模と統率力の差を考えれば、敵の勝ち筋は少数精鋭による奇襲しかない。騒ぎに乗じて東区入りした、あるいは既に潜伏している手勢を使って、俺たちの首を取りに来るはずだ」
「つまり……関所の奴らは、こっちの戦力を引き付けるための囮だと?」
「その通り。浮足立てば相手の思う壺だ」
チャールズがマホガニー机に膝をつき、指で台形を作った。
「落ち着いて対処しろ。侵入口を塞いだ後は、拠点にこもって敵を待ち構えていればいい。敵の別動隊がどこかと戦闘を始めれば、そこが持ち堪えている間にピラーから増援を送って叩き潰す。理解したか?」
「よく解りました。今すぐイグニッションを伝令に行かせます」
「屋上の『ビッグバレル』の稼働準備もさせておけ。――以上だ、始めろ」
「ハイ!」
プロフィビジョンが声を張り上げ、ずかずかと退室した。
組長室に残るのはチャールズとリフリジェレイト。チャールズが無言で右手の葉巻をちらつかせると、リフリジェレイトが恭しくそれに火をつけた。
「フゥ――……奴が来る」
ゆっくりと煙を吐いた後、東区の長がぼそりと呟いた。
「奴、とは?」
「初手で頭を狙う斬首作戦は、もともとヒュドラ・クランの常套戦術だった。音頭を取るのは組長、策を練るのは俺、そして敵の首を斬るのは……ジョン、奴だ。あのガキが、俺を殺しに戻ってきた」
客観的な証拠は何一つないが、チャールズの声には確信があった。
あの日に取り逃がした名無しの男が、自分を殺しに帰ってきたのだ。自分、そしてヒュドラ・クランそのものの息の根を止めるべく。
「……この日は長い戦いの始まりに過ぎません。どうぞ、心を乱されませんように。所詮は路傍の石ひとつ、何程もありますまい」
リフリジェレイトが氷海めいて低く、冷たい声で言った。
このエルフの従者はヒュドラ・クランではなくチャールズ個人、正確には東区行政府代表に付き従う東のワンクォーター家の守り人だ。故にチャールズからの信頼も、他とは比べ物にならぬほど厚い。
「そうだな。その通りだ」
チャールズは言い捨て、ヒュドラ・ピラーの窓から中央区の白いドームへと視線をやった。野望と憎しみの籠った視線を。
「試練とは言わない。これは清算だ。……他のワンクォーターと中央区を血に沈める前に、下らん過去に終止符を打ってやる」
◇
「――たぶん関所で冒険者が騒いでるのを見た時点で、チャールズは陽動の可能性に気付いてると思います。そうなりゃ亀の子になって襲撃を防ごうとするはずだ」
「なんで解るのー?」
「そういう奴だからです。相手が何を考えてようが、あっという間に見抜いちまう。全部読まれてる前提で動いた方がいい」
東区。路上。下水浄化プラント付近。
今しがた奪った魔導車を走らせながら、俺は言った。助手席にはフォーキャスト。後ろにはパノプティコンとフラッフィーベア。
涸れた地下水路を通って区を越えた俺たちは、プラントの警備員の目を盗み、フェンスの鍵を壊して外に出た。それから近くをパトロールしていたレッサーギャングを襲撃し、奴らが乗っていたギャングカーを奪ったのだ。
「じゃあどうするの」
「先手を打ち続けます。チャールズがどんなに鋭かろうが、組織ってのはデカいほど動きが鈍くなるもんです。奴の指示が末端まで伝わるまでには時間がかかるし、逆もそうだ。その前に引っ掻き回して滅茶苦茶にする」
俺は説明しながらアクセルを踏み込んだ。
エンジンが回転数を上げ、座席越しに心地よい振動。浮揚機と路面の相互干渉で発生した力場の上を、漆塗りめいた黒塗りの車体が滑る。
「ヨー兄ちゃん! 車停めて有り金ぜんぶ」BLAM! BLAM!「ギャアアーッ!」
(しっかし……よく帰ってこれたもんだ)
横道から進路妨害を仕掛けようとした煽り運転強盗(ヒュドラ・クランとは無関係の追い剥ぎ)を撃ち殺しながら、俺はしみじみとため息をついた。
2週間ぶりに帰ってきた東区の空気は、相変わらず排気と汚水の臭いがした。
大通りの両側にぎっしりと立ち並ぶ、墓石めいた灰色の古代建築。空では工場から排出された極彩色の魔術排気スモッグが混じりあい、汚れたネズミ色の天井となって沈む夕日に霞をかけている。
「ねぇ、あの溜池って何してるとこなの?」
フォーキャストがひょいと運転席側を指さした。
その先――今しがた出てきた浄化プラントのフェンスの向こうでは、茶色や濃緑の汚水で満たされたプールがずらりと並んでいる。
「アレは下水の浄化槽っすね。クイントピア中から流れて来た下水はここに溜めて、まず『泥菌』と混ぜるんです」
「ドロキン?」
「ほんとはナノボットとか言うんだったかな。茶色っぽいヘドロみたいなやつです。そいつで体に悪いモンを取り除いた後、クラルシナって藻が茂ってる槽に移します。下水の汚れを栄養に藻を殖やして、水を綺麗にするんすよ」
「増えた藻はどうしてるの」
パノプティコンが口を挟んだ。
「燃料を搾って、残りは粉にしてオキアミ養殖の餌とか、配給栄養ブロックの材料にします。味は虚無だけど栄養は満点」
「合理的ね。外でも育てればいいのに」
「それが『泥菌』がねぇ場所じゃすぐ枯れちまうそうで。……そろそろ目的地です」
俺はハンドルを切り、角を曲がった。
「……わぁー! 大きいー! あれが闘技場ー?」
「そうっすよ」
後ろでフラッフィーベアが間延びした歓声を上げた。
前方に見えるのは、超巨大な円筒形の古代コンクリート建築――暗黒闘技場。
魔法使い同士の殺し合いや、多重債務者と魔物の戦い(という名の殺人ショー)を見世物にする血なまぐさい娯楽施設だ。
(こんなときにしちゃ繁盛してんな。気の毒に)
東区全体に漂う不穏な空気を察してか、ここまで路上はガランとしていたが、闘技場の周りにはそこそこ人や車が見えた。
無理もない。ここはヒュドラ・クランでも武闘派と名高い暗黒闘技会のお膝元だ。こんなところでドンパチを始める奴がいるとは夢にも思わないだろう――だが生憎、奴らの不敗神話は今日でおしまいだ。
「闘技場の裏手に組員用の駐車場があるんで、そこに車を置いて裏口から入ります。パノさんは手前でこっそり降りて、先に見張りを始末してください」
「……ん」
「今頃はちょうど興行の真っ最中です。マグナムフィストは上の特別席で観戦してるはずなんで、スタッフ用通路を通って闇討ちします。細かいイレギュラーはその都度アドリブ利かせてどうにかしましょう。行きますよ」
脇に置いた散弾銃に手で触れながら、俺は弾丸めいて魔導車を走らせた。
読んでくれてありがとうございます。
今日は以上です。この更新は日に一度行います。
今すぐブックマーク登録と、"★★★★★"を




