ザ・デイ・ビフォア・アポカリプス(2)
「――ほれ。拳銃の改造、終わったぞ」
翌朝、冒険者ギルド上階の武器屋。
ドワーフのガンスミスが細かい工具類を机の脇に押し退け、カスタマイズを終えた『黒い拳銃』を俺の目の前に置いた。
その名の通り全体が黒いポリマーでできた自動拳銃は、デフォルトの状態から銃身が延長され、スライドの上に簡素な低倍率スコープがマウントされている。
「注文通りの狙撃カスタムだ。バレルを4センチ延長、トリガープルも軽くしとる。軽く触れただけで弾が飛び出すから暴発には気をつけろ」
「釈迦に説法だ。スコープ倍率は2倍だな?」
「ああ。有効射程は100メートルってとこだ」
ガンスミスが顎鬚を撫でながら頷いた。
「それだけ狙えりゃ十分だ。至近距離で敵と味方がやり合ってるとき、援護しようにもショットガンじゃ危なっかしくてよ」
「だから拳銃の狙撃カスタムか。考え方は悪くねぇが……」
「――バックスタブさーん!」
そのとき背後から声がして、紙袋を抱えた三つ編みの女が駆けてきた。上の道具屋で店番をしている錬金術師、ブラックパウダーだ。
「あ、すいません。届けてもらっちゃって」
「いえいえ、ご注文のもの持ってきましたよ! グレネードを1ダース。8ゲージショットシェルは25発入りを4箱、スラッグ弾は2箱。9ミリ弾を2箱。あとメディキットをひとつに、追加で鎮痛ポーションと止血剤をふたつずつ」
「なんだなんだ、お前さん戦争でもする気か?」
ガンスミスが呆れたように言った。
この男もブラックパウダーも、俺たちが明日東区に侵入することは知らない。俺は肩を竦めながら笑ってシラを切った。
「内緒。……そういえば、例のアレ完成しました?」
「もちろん、できておりますとも!」
ブラックパウダーが紙袋の中に手を突っ込み、灰色に塗られた円筒形のグレネードを5つ取り出した。
「私特製の煙幕手榴弾です。ピンを抜くと中の発煙薬に火がついて、60秒のあいだ灰白色の煙を放出します。爆発はしないので気を付けて」
「あくまで煙幕ってことっすね。了解」
俺は『黒い拳銃』を左腰のホルスターに差し、紙袋を受け取った。
◇
「――いらっしゃいませ、バックスタブ様。スーツの修繕は完了しておりますわ」
「お世話になってます、ヘカトンケイルさん」
瀟洒な乗馬服を着た防具屋の女店主が微笑み、手をかざして、熟練した念動魔法でバックヤードから俺のスリーピーススーツを引き寄せた。スパニエルに折られた胸骨の治療を受けた時、穴の開いた服も修繕に預けておいたのだ。
「至近距離からマグナム弾を受けたと聞きましたが、ご無事で何よりでございます。中に縫い込んだ竜鱗が破損していたので、交換した上で補修いたしました」
「どうも。――パノプティコンさんにも常日頃からよくしてもらってますよ。蹴り技教えてもらったりして。だいぶスパルタですけど」
「まぁ、あの子が。……私の影響かもしれませんわね。10年かかる修行を5年に詰め込んで鍛えましたから」
ヘカトンケイルが品の良い営業スマイルを崩し、思案顔で頬に手を当てた。
「なんたってそんなことを?」
「バックスタブ様は、あの子の事情をご存じですか?」
「だいたいは。家族の復讐とか」
「ええ。……東区で殺しをする人間は、たいてい長生きしませんでしょう?」
女主人が手をかざし、念動魔法でカウンターからティーカップを引き寄せた。
「彼女は一刻も早く一人前になりたかった。彼女のお父上は娘を挫折させてでも家に戻したかった。私は師として手を抜きたくなかった。利害の一致です」
「その結果、15でA級っすか。根性でチャンスをモノにしたわけだ」
「見ていて気分がいいものですわ、若い才能が花開く様は。……それが最終的に実を結ぶかどうかは、また別の話ですけれど」
「……実をつけずに枯れる花もありますからね」
自分のことを言われたような気がして、俺は黙り込んだ。ヘカトンケイルがぽん、と思いついたように両手を合わせる。
「そうですわ。バックスタブ様、この後はまっすぐ帰られますか?」
「この荷物っすからね。そのつもりです」
「でしたら、ひとつお願いが」
その言葉と同時に、バックヤードから紙袋が飛んでくる。開けて中身を確かめてみると、そこには折り畳まれたワインレッドの服が入っていた。パノプティコンが普段着ている、ケープの付いた探偵服だ。
「これをあの子に渡していただけますか? 彼女、私がいるとどうにも落ち着かないようですので。戦いの前に気を散らすのもよくないでしょう」
「いいっすよ。――戦い?」
思わず聞き返すと、女店主は優雅に含み笑いを漏らした。
「元賞金稼ぎの勘ですわ。……真新しい銃、火薬の匂いがする買い物、防具の修繕。近いうちに大きな戦いに出向かれるのでは? 例えば東区あたりに……そうなれば、彼女も行こうとするでしょう」
ヘカトンケイルが声を低めて囁いた。
大した洞察力だ。内心で舌を巻きながら、さっきと同じようにシラを切る。
「何をおっしゃるやら」
「ええ、お聞き流しになってください。――戦いとは無情なもの。全員がそれぞれの過去を持ち、負ければそれまででございます」
女店主が続け、そして恭しく一礼した。
「我が弟子は既に免許皆伝、故に『よろしく頼む』とは申しません。……皆様の勝利を祈っておりますわ」
読んでくれてありがとうございます。
今日は以上です。この更新は日に一度行います。
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