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ザ・デイ・ビフォア・アポカリプス(1)

 南区。冒険者ギルド最上階。

 ギルドマスターの応接室には、5人の男女が集まっていた。


「じゃ、リア。聞いたげてよ、この子の話」

 ひとりはアッシュブルー・ヘアの魔物狩人、未来視の使い手フォーキャスト。


「……東のワンクォーターへの疑義については、まとめた報告書の通りです」

 ひとりはケープ付き探偵服のサバット使い、邪眼のサイコ戦闘者パノプティコン。


「あはは! 街ひとつ牛耳るギャング相手! ワクワクするなー、楽しみだなぁ!」

 ひとりは圧倒的体躯を毛皮に包んだ用心棒、柔道獣人(ジュードー・ライカン)フラッフィーベア。


「10日かそこらですっかり仲良くなったのね、あなたたち。……まあいいわ、始めてくださる? 今度は何を言い出すのか楽しみだわ」

 ひとりはギルドマスターにして、南区行政府の代表を務める金髪のエルフ。南区の太陽、エルフェンリア・S・ワンクォーター。


「じゃあ始めます。例によって学のねぇチンピラのプレゼンなんで、細かい無作法や言葉遣いはご容赦を」


 そしてこの俺、バックスタブ。一世一代の交渉、パート2の始まりだ。


 ◇


「東区、ヒュドラ・クラン、チャールズ・E・ワンクォーターについて――もうこの3つを区別する意味はないでしょうが――俺たちは利害と運命を共有してます」


 俺は部屋の面々を見回しながら話し始めた。

 ギルドマスターは様子見のポーカーフェイス。他3人はいつものアルカイック・スマイル、仏頂面、満面の笑み。


「まず、このままだと南区は東から攻め込まれる危険がある。それを抜きにしても、冒険者ギルドはヒュドラ・クランに落とし前つけさせる必要があるっすよね。それで俺もチャールズに命を狙われてるし、俺も奴に恨みがある。つまり、この場の全員、手をこまねいてりゃ身の破滅だし、ヒュドラと戦う動機がある」


 俺は言葉を切り、少し溜めて、続けた。

 

「――というわけで、チャールズと現幹部3人の暗殺作戦を提案します。まず大幹部のマグナムフィスト、サクシーダー、ノスフェラトゥ。そのあと返す刀でチャールズも()る。つまり、一晩で、皆殺しにします。これで全部解決だ」


 ギルドマスターがポーカーフェイスを崩し、ぽかんと口を開ける。

 パノプティコンが深い溜め息をついて額を押さえる。

 フラッフィーベアが貪婪に牙を剥いて笑う。

 フォーキャストが子供の悪だくみを聞くようにクスクスと微笑んだ。


「掴みは上々って感じっすかね」

「ドン引きしてるのよ。……正気の沙汰とは思えないけれど」

「一度に全員を狙う理由はふたつあります」


 突っ込もうとするギルドマスターを制し、俺は続けた。


「ひとつめは、時間の猶予が少ないからです。チャールズが組織を固め終わったら、暗殺自体が不可能になる。外堀をチマチマ埋めてる暇はない。

 ふたつめは、単純に初手でチャールズを狙うのが難しいからです。奴が暗殺を警戒してないわけがない。だから先に東区中を駆け回りながら大幹部を殺して、相手の統制を乱して隙を作る。そこを少数精鋭の機動力で押し切ります」

「……ふむ」


 顎に白く細い指を沿え、ギルドマスターが黙った。


「意図は解ったわ。あとは作戦の出来次第ね」

「じゃ、もうちょい具体的に説明しましょう」


 話を続けながら、俺は自分の席に座った。


「まず、敵の戦力です。今のヒュドラ・クランは下っ端までサブマシンガンが行き渡ってます。頭数を揃えて弾幕張って、それで死なねぇ敵には魔法使いが複数で当たるのが基本戦術っすね」

「即応で何人くらい動く?」

「5、60人は見とくべきでしょう」


 俺が答えると、パノプティコンが目を細めて考え込んだ。


「C級以下は足手まとい。B級でも磨り潰されて死ぬのが関の山か」

「つまり、A級冒険者……要はこの子たちと一緒に動くのね」

「ええ。それ以外の冒険者の皆さんには、別のところで協力してほしいんすよ」


 俺は道具屋で買った東区の地図を広げた。既に移動経路や経由地を赤で書き込み、事務所やギャングカーの駐車場には青で丸をつけてある。


「というのも、東区との関所で陽動をしてもらいたいんです。それもド派手に」

「できなくはないけれど……どのみち関所の門はひとつよ? 突破できるかしら」

「いいえ、関所は使いません。間違いなく見張られてるんで。出る時は検問が始まる前に突っ切れたんすけど、たぶんもう二度と通れないでしょう」

「まるで関所以外に経路があるみたいな言いようね」


 ギルドマスターが小首を傾げる。


「あります、地下の下水道。クイントピアの下水処理は全部東区でやってますから、水路沿いに進めば通じてます」

「メンテナンス通路の見取り図なら見たことあるけど、区ごとに独立してるでしょ。下水を泳ぐ気?」

「この世の全てが見取り図に載ってるわけじゃないんすよ、パノさん」


 俺は別紙を取り出し、簡単な図を書いてみせた。区間を仕切る壁と、その下を通る通路群。その中に一ヶ所、繋がっている涸れ水路がある。

 

「大昔、クイントピアの東西南北の4区は別に仕切られてなかったって話だそうで。見取り図からも抜け落ちてる通路の先に、抜け道(セキュリティホール)がひとつあるんすよ」

「なんでそんなこと知ってるの」

「内部粛清も俺の仕事でしたから、高飛びルートはいくらか把握してます。……水路を通れば東区、外壁近くの下水浄化プラントに出ます。ヒュドラ・ピラーから見ればちょうど関所の真反対で、警備も手薄だ。そのあと、ここ」


 俺は地図の上で指を滑らせ、水処理プラントの北西にある建物を指した。巨大なバームクーヘンめいた円形のコロシアムだ。


「――マグナムフィストの暗黒闘技会を襲います。殺して放火する」

「聞いたことがあるわ。東区で一番凶暴な男、喧嘩しか頭にない武闘派だって」

「この上なく正確な評価っすよ。部下の選別も実力第一、暗黒闘技会自体が戦闘狂の集まりです。余力があるうちに叩きたい」

「へー。どんな人がいるのー?」


 フラッフィーベアが観光スポットでも聞くような調子で尋ねた。


「まず現チャンピオンのリバーウェイブっすね。通称『生ける水害』、ヒュドラ・クラン最強の魔法使い。次点がエクスキューショナーとタワーシールド、元冒険者。ギルドマスターはご存知で?」

「もちろん。A級昇格も秒読みの手練だった……けど、身辺護衛の途中で依頼人を殺して逃げ出したの。腕はよかったのだけど」

「特にタワーシールドが危険です。ライザーさんとレックさん、リバーウェイブの3人にボコられても耐え切った化け物だ。耐久されたら勝ち目がない」


 俺は地図に「はやくころす」と書き込んだ。


「あとマグナムフィスト本人も要警戒です。とっくに現役は退いてますが、リバーウェイブの前は奴がチャンピオンでした。魔物だろうが何だろうが拳ひとつで殴り殺したって話です。……来てくれますよね、フラッフィーさん?」

「あはははははは! 当然! こんな楽しそうなこと乗らないわけないじゃーん!」


 フラッフィーベアが胸を張り、大口を開けてけたたましく笑った。



「――次はここ、暗黒シンジケートのサクシーダー」


 俺は地図の移動経路を辿り、やや西側にある工場地帯を指した。


「ファッキン・サイコパス・拝金主義者のクソアホクズです。殺して放火します」

「ふふふっ、やば。言い過ぎじゃない?」

「会ったことないからそういうこと言えんすよ。サクシーダー本人は魔法も体術もド素人ですが、持ち工場で作った最新銃器を雇った傭兵に持たせてます。どうも個人技よりスペックのはっきりした機械を好いてるフシがありますね」

「目ぼしい敵は?」


 フォーキャストが尋ねた。その横ではパノプティコンが念動力でペンと手帳を浮かせ、手を使わずに高速でメモを取っている。


「『ウルフコマンダー』のウォードッグ隊。50人規模の傭兵部隊で、専属契約で雇われてる銃撃戦のスペシャリストです。最新装備と相まって厄介な相手っすけど……ま、何とかしましょう」



 俺はさらに経路を辿り、南東にある建物を指した。 


「――次、ノスフェラトゥの暗黒娼館街。こいつは」

「50年前から娼館街を仕切ってる女。東区一の洒落者とか言われてて、他区の社交界や観劇にも顔を出す。エルフでもないのに歳をとらないって噂」

「……」


 パノプティコンが口を挟む。歳をとらない、と聞いた途端、隣のフォーキャストの片眉がぴくりと動いたのが見て取れた。


「その通りです。マジモンの不死者(イモータル)かハッタリでキャラ作ってんのかは知りませんが、とにかく歳のわりにメチャクチャ若い……しかし詳しいっすね」

「調べた」

「さいで」


 パノプティコンが端的に答えた。――おそらく東区で殺されたという姉がらみの件だろう。俺はその場では深く触れず、話を続けた。


「ここの腕利きは用心棒の『ヒドゥンダガー』ひとりだけです。真っ白な鎧を着た大男で、ほとんど娼館街から出てこない。……ま、もともと交渉で縄張りを維持してる穏健派閥なんで、戦力は大したことないです。来ますよね、パノさん?」

「…………」


 瞳に金色の魔力を燃やし、パノプティコンは無言で頷いた。


 ◇


「いったんまとめましょう。冒険者ギルドがヒュドラ・クランの目を関所に集めてる間に、俺たちは涸れ水路を伝って東区に侵入。マグナムフィスト、サクシーダー、ノスフェラトゥの順に、大幹部を奇襲して殺します」


 最後に、俺はここまでの3地点に囲まれた中央――ヒュドラ・ピラーを指した。


「ここまでくれば、さすがにこっちの存在も完全に露見して、ヒュドラ・ピラーから増援が来るはずです。逆に言えば、敵は関所の冒険者を警戒しながら、東区の俺たちにも気を配らなきゃならない」

「その混乱に乗じる、と」

「はい。増援をかわしてピラーに潜入、チャールズをぶっ殺します。チャールズ派の凄腕をどれだけ関所側に引き付けられるかが勝負っすね。――俺からは以上です。どうでしょう、ギルドマスター」

「雑ね」


 ギルドマスターがにべもなく言った。


「だけど勢いがある。発想も悪くない。仮に全員は殺せなくても、大幹部のひとりも()れれば正面衝突を有利にできるか……。帰り道はどうするの?」

「関所を敵の背後から突破するか、また下水道を経由するかっすね。最悪壁外に出てぐるっと南区側に回りますよ」

「場合によっては、こちらからも斥候(スカウト)を救援に寄越せるわ。――ただ、決めるのはこの先を聞いてからにしましょう」


 ギルドマスターが俺をまっすぐ見つめた。正念場だ。


「バックスタブ、あなたの動機を聞きたいわ。あなたは何が欲しくて東のワンクォーターに挑むの? 渡世の父の復讐? 自分の命? それとも東区の王者の座かしら」

「ケジメです」


 俺は即答した。


「親父はまぁ、死んで当然のクズだった。チャールズに何を吹き込まれたのか知らないが、それで俺をあっさり切り捨てるような奴です。最初に俺を拾ったのも9割9分9厘は打算でしょう。……だが、それでも俺の親父に変わりはない。俺の人格と人生の根っこにあるのは、ブルータル・ヒュドラとヒュドラ・クランだ」


 俺はコートの内側、肩にスリングで吊った『ヒュドラの牙』を取り出し、オニグルミの銃床に刻まれたヒュドラ・クランの代紋を見つめた。


「奴らはそこに手をつけた。その代償を払わせる。始めるにしても終わるにしても、全部その後だ。戦後の利権や何やらは、お好きなようにしてくださって結構」

「別に利益の話がしたいわけじゃないわ。どのみち負ければ全てを失うのだもの、南区貴族の代表として、私を滅してこの街を守るつもりよ……まぁそう言うなら利権は全部もらっておくけれど……」

「ということは」

「ええ、乗りましょう」


 エルフの美女が足を組み替え、優雅にカップの紅茶を啜った。


「グッド。いつやりますか。早い方がいい」

「2日……いえ、明日1日ちょうだい。あちこち連絡するところもあるし……関所前の陽動がそのまま正面衝突になる可能性もあるから、他のA級を呼び戻すわ」

「俺が関所にいるって思わせられたら、なおいいっすね」

変装魔法(シェイプシフト)ができる子を当たってみるつもりよ」


 ギルドマスターが頷き、窓から夜の南区を見やった。

 外はすっかり暗く、魔法照明やバイオ燃料のガス灯が、煉瓦造りの家と四角い古代建築(ビル)が混じり合った街並みを照らし出している。


「もう夜も遅いわ、解散しましょう。明日は準備なり休息なり、なすべきことを」

「ええ、また明後日に」


 そう決まり、俺たちは別れた。

読んでくれてありがとうございます。

今日は以上です。この更新は日に一度行います。

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