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ワンス・アポンナ・タイム・イン・イーストエリア(6)


「――とまあ、そんな感じでヒュドラ・クランは東区の覇権を握って、チャールズも東区代表になったわけです。そこから2年は残った木っ端クランの掃討だの、内部で不正やった奴らの粛清だのをやってました」

「東区って殺し合い以外にすることないの?」


 俺が話し終えたのを聞くなり、パノプティコンが開口一番そう言った。

 その横には満面の笑みで拍手するフラッフィーベアと、いつものアルカイックスマイルで佇むフォーキャスト。目の前には食べ終えた鶏の丸炊きの鍋。生薬を詰めて炊いた鶏肉からは少し薬っぽい香りがした。


「まあ当たらずとも遠からずっすね。人が多いわりに仕事が少ないんで」


 東区の人口はだいたい300万、他の3区の3倍だ。大きな古代建築(ビル)が多く残っているため、それだけの人間を収容できる。

 だが人数分の仕事はない。求職者が多いぶん、工場の給料は安い。城壁の外で農業をしようにも東区の外はぬかるんだ湿地帯で、田んぼかオキアミ養殖が関の山。かといって貿易は西区、冒険者稼業は南区の独占状態だ。


 つまるところ、東区はクイントピアの工場や処理場に徹する宿命を背負った土地だ。この巨大都市が回っていくには不可欠な場所だが、決してそこ自体が豊かになることはない。だから奪い合いが起きる。


「聞いてる限りだと、一番謎なのはさー」


 フラッフィーベアがコリコリと鶏骨を噛み砕きながら切り出した。


「……その若頭が、何でわざわざ組長を裏切ったのかだと思うんだよねー」

「チャールズが? どういうことです?」

「理由がないじゃん。それだけ組長に信用されてたんなら、黙ってても組長になれたでしょ、その人」

「そりゃ、そうでしょうけど……人間いつ死ぬか分からねぇんだから、一刻も早く組長になりたかったんじゃないんすか?」

「東のワンクォーターがそんな刹那的な思考をするとは思えない」


 パノプティコンが鋭く指摘した。


「つまり?」

「穏当に譲ってもらうんじゃ駄目でー……先代に死んでもらわなきゃできないことがあったとしたら、何だろうねー?」

「つってもなぁ……」


 もともとクランの実質的な運営はほとんどチャールズが行っていた。

 となると残りは形式的な話だ。後継者選び、クランの解散、改名――そのとき俺の脳裏に、親父がポイズンスネーク・クランを乗っ取り、ヒュドラ・クランを立ち上げた時の記憶が蘇った。


「……解散、改名。クランの看板を変えたいなら、引退した元組長は邪魔ですね。反対派の神輿にされちまう」 

「名前? そんなことして意味あるの」

「名前は菓子の盛り付けと同じです。中身を定義し、価値を与える」


 俺は親父の言葉を引用し、続けた。


「クランの在り方を根本から変えようと思うなら、看板を変えなきゃ駄目です。……そこまでして自分色に塗り替えてまで、何がしたいのかはわかりませんが」

「――前は禁止されてたことって何があるの?」


 静かに聞いていたフォーキャストが、小首をかしげて口を開いた。アッシュブルーの長髪がサラサラと揺れ、感情の読めない黒い目が俺を見る。


「効きすぎてタチの悪い薬物(ヤク)の取引に、無用なカタギ殺し。あと他区でのシノギっすね。よその区との抗争のきっかけになるから禁止です。元々は拡大期で敵が多かった頃のルールなんすけど」

「それね」


 パノプティコンが鋭く言った。卓上のコーヒーポットが念動魔法(テレキネシス)で浮かび、奴の手元のカップに褐色の液体を注ぐ。


「東のワンクォーターの目的が、ヒュドラ・クランを自分の私兵団にして区外に進出することなら、連中が急に南区で暴れ出したことの説明がつく。――どのみち戦争するつもりなら、相手からの心証なんて関係ない。これまでの襲撃が南区の戦力偵察を兼ねていた可能性もある……」


 コーヒーをぐい、と一息に飲み干し、パノプティコンが席を立った。手を離れたカップがひとりでにシンクの方へ飛んでいく。


「出かけるんですか?」

「ギルドマスターに伝えに行く。敵の最終的な狙いがあんたひとりだけなら、冒険者ギルドがヒュドラ・クランと積極的に争う理由はなかったけど――南区そのものが標的になるなら話は別。最悪、全面戦争になる」

「そういうことなら俺も行きますよ。いや、皆で行きましょう」


 追従して立ち上がると、3人の視線が俺に注がれた。


「どういうことー?」

「1時間、算段をつける時間をください。……何を隠そう、俺はこれから東区に乗り込んでチャールズをぶっ殺すつもりです。最悪ひとりで飛び出して()ろうと思ってましたが、ギルドと利害が一致するならそれに越したことはねえ」

「は……?」「あははッ! それ本気ぃ?」


 俺が宣言すると、パノプティコンが唖然とした表情で固まり、フラッフィーベアは耳まで裂けた口をあらわに凶暴な笑みを見せた。


 少なくとも否定的な感触ではない。俺はフォーキャストに視線を移し、「俺を止めるか」と無言で問うた。


「……いいよ。行こっか、皆で。ギルドマスター(リア)のところ」


 フォーキャストは整った顔で微笑み、俺を見ながら頷いた。



(ワンス・アポンナ・タイム・イン・イーストエリア 終)

読んでくれてありがとうございます。

今日は以上です。この更新は日に一度行います。

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