ワンス・アポンナ・タイム・イン・イーストエリア(5)
「……ハァァァァッ!」
KA-BOOOOM! KA-BOOOOOOM! タワーシールドが周囲に偏向障壁を展開し、上階から発射された魔導RPG弾を防ぐ。もはや下層階は完全に制圧され、吹き抜けの上からもヒュドラ・クランの援護射撃が降り注いできていた。
「タワー! もはやクランへの義理は果たした、お前だけでも逃げろ……!」
「聞こえんな! さっさと立て!」
もはや広間に立っているレッドサイクロプス・クランの構成員は、彼女とエクスキューショナーのふたりだけとなっていた。そのエクスキューショナーも片脚にファイアライザーの炎を浴び、彼女の後ろで膝をついている。
味方は負傷者ひとり、増援の見込みなし。愛銃『東区タイプライター』は弾切れ。全方位から襲来する炎、音を置き去りに飛んでくる鉄球、空中を貫く水龍の螺旋が偏向障壁を次々と砕き、彼女が反撃に移ることを許さない。
「この程度か、ヒュドラ・クラン! この私を倒すには程遠いぞ!」
しかし、絶望的な防衛戦にもかかわらず、タワーシールドは未だ戦意を失ってはいなかった。たとえ死ぬにしても、ひとりでは死なぬ。殺意に満ちた視線が周囲を囲む3人の魔法使い、そして頭上に展開するヒュドラ・クラン部隊をねめつけた。
「堅固だな。俺の鉄球を弾くとは」
「もう一度、タイミングを合わせる。よろしいな、リバーウェイブ」
「無論だ」
短く意思疎通を終え、ファイアライザーたちが一斉に動いた。
レッキングボールの超音速鉄球投擲。同時にファイアライザーが右腕のマギバネ火炎放射器を酷使し、最大火力のフラクタル・ファイアを放つ。
「――ハイィィヤァァァァァァッ!」
そしてリバーウェイブが高く、高く跳んだ。
宙を舞う巨大水龍がその身体にまといつき、水流魔法と強化魔法を合わせた一撃――大瀑布めいた螺旋水流ドロップキックを繰り出す!
「舐、め、る、なァァァッ!」
タワーシールドが髪を振り乱して吼え、全方位に無数の魔力盾を多重展開した。
魔力の壁が多面体のトーチカ型に組み合わさり、迫る全ての攻撃を迎え撃つ。
BAAAAAAAAAAAAAASH! ビル中に響き渡るほどの衝撃音。建物が揺れ、魔力盾にビシビシとヒビが走り、何枚かがガラス板めいて砕け散る。
……だが、破壊されたのは表層のみ。偏向障壁を重ねたトーチカは、鉄球を弾き返し、炎を遮断し、強力無比なる大瀑布ドロップキックをも受け切っていた。
「ハーッ……痒いわ! 腰抜けどもめ!」
「……かくなる上は、ひとりでも多く……!」
魔力切れを起こしかけながら、タワーシールドが息も絶え絶えで叫ぶ。
その後ろでエクスキューショナーもよろよろと立ち上がり、拳を握った。
「参ったな。我々もそろそろガス欠なんだが」
油断なく敵を睨み据えながら、ファイアライザーが肩を竦める。
マギバネ火炎放射器の燃料は残りわずか。レッキングボールの鉄球コントロールもやや乱れつつある。エクスキューショナーは油断ならぬ相手であり、この状況に持ち込むまでに、ふたりは予想外の消耗を強いられていた。
「もう一度だ。勝つまでやる」
「簡単に言ってくれるじゃないか」
リバーウェイブが淡々と言い捨て、ファイアライザーが苦笑を漏らした。
『――聞こえるか、野郎ども! 俺だぜ! 組長ブルータル・ヒュドラだ!』
そのとき、全ての戦いを遮るように、ビルの全階層にブルータル・ヒュドラの声が響き渡った。タワーシールドとエクスキューショナーが目を剥いて顔を見合わせる。
「放送システムが奪われた……?」
『ここはオーガ・ピラー……いいや、ヒュドラ・ピラーの最上階! レッド・サイの組長オールドオーガはブッ殺した! 残党共は降伏するならそれでよし、しねぇなら容赦なくぶっ殺せ! ひとりたりとも逃がすんじゃねぇぞォ!』
一瞬の静寂の後、ビル中にヒュドラ・クランの歓声が響き渡った。
対して、指揮系統が崩れていたところに敵の勝利宣言を受けたレッドサイクロプス・クランはたちまち士気阻喪。総崩れとなったところを狩り出され、なすすべなく制圧されていく。
「スパニエルの奴が上手くやったか。……タワーシールド殿、建設的な話をしよう。見ての通り勝負は決した、これ以上の戦いはお互い不毛なだけだと思わないかね」
「何が言いたい」
「こういうことだ」
ファイアライザーが手をかざすと、吹き抜けの上で援護射撃を構えていたヒュドラ・クラン構成員が一斉に武器を下げた。
「我々は能力ある人材を冷遇しない。そちらの彼が言う通り、クランへの義理は十分果たしたと思うが、いかがかな?」
「……」
タワーシールドがエクスキューショナーに視線をやると、手負いの処刑人は無言のまま重々しく頷いた。
「……ふん。いいか、私は私を軽んじる者を許さん。外様だからと金払いを渋るようなら、すぐさま寝首を掻きに行くと知れ」
「給与交渉は自分でやってくれ。さて、どこで預かるかだが」
「暗黒闘技会がよかろう」
リバーウェイブが口を挟んだ。その足元でまとっていた水がほどけ、床の血を洗い流しながらビルの外へと流れていく。
「この我の強さではチャールズ派とは水が合うまい。闘技会向きだ」
「そうだな。後で親分に確認するが、そうなるだろう」
ファイアライザーは頷き、右腕の火炎放射器の火を落とした。
血と硝煙の匂いが漂う古代建築の中は、徐々に静寂を取り戻しつつあった。
◇
その戦いから2日後――取り急ぎの戦後処理に一段落がつき、旧オーガ・ピラーの宴会場で、ヒュドラ・クランの戦勝を祝うセレモニーが行われた。
厳かな雰囲気の会場で、上座に座るは組長ブルータル・ヒュドラ。その脇には若頭チャールズ・E・ワンクォーター。そこから一段下がって大幹部席。
そして宴会場を埋め尽くす、各派閥から選出された構成員。顔ぶれの大部分はグレーター・ギャングだが、スパニエルのような武勲を上げたレッサー・ギャングも一部参加していた。
参加者は全員が非武装であり、脱着不能な戦闘的マギバネティクスには鎖や防火布などで封印が施されている。この場で武装を許されているのはただひとり――組長の後ろに控える護衛のジョンだけだ。
「組長。手筈通りに」「おうよ」
進行を取り仕切るチャールズが、ブルータル・ヒュドラの前に小さな木製のポータブル・テーブルを置いた。
そこにはサイズの異なる素焼きの盃が3つと、貝肉、ナッツ、海藻の三種類の肴が載っていた。東区に伝わる由緒正しき儀式、サンコン・プロトコルである。
ブルータル・ヒュドラが小さい盃を取る。そこに明るい浅葱色の髪を結ったギャングスーツの美女――酒の密造・密売を仕切る大幹部アクアヴィタエが、長柄の銚子で酒を注いだ。
東区の新たな王者は酒を3度に分けて飲み干しながら、ナッツ、貝肉、海藻の順番で肴を口に運んだ。これらの肴は「勝利、打倒、歓喜」をそれぞれ象徴しており、シチュエーションによって口に入れる順番が決まっている。
「――エイッ、エイッ、オォォォッ!」
ブルータル・ヒュドラが飲み干した盃を床に叩きつけて割り、拳を突き上げて勝ち誇る。割れんばかりの拍手が宴会場に鳴り響き、宴が始まった。
◇
通り一遍のプロトコルを終えると、祝宴はすぐに無礼講の乱痴気騒ぎとなった。
路地裏の孤児出身であるブルータル・ヒュドラは、堅苦しい作法や統制された静寂を好かない。今回のサンコン・プロトコルも、「クランの権威を内外に示すため」とチャールズが説得して組み込んだものだ。
「……見事な戦働きだった、スパニエル。子分と事務所を持ってみるか」
「俺がグレーター・ギャングですか!?」
「今すぐにとはいかんだろうがな。俺とレックが推薦しよう」
「ぐはははは! 口下手なお前がよく勧誘に成功したなァ、リバー! あのふたり、元冒険者だって話だ。魔物使った興行もできるかもしれねェぞ!」
「俺は何もしていない。流れるように流れただけだ」
無礼講という言葉にもグラデーションがあるが、ヒュドラ・クランの宴会はかなり自由である。この日も大幹部からレッサー・ギャングまで、構成員それぞれが好きに席を立ち、酒盛りや武勇伝に興じていた。
動いていないのは組長ブルータル・ヒュドラと若頭のチャールズ、そしてジョンの3人だけだった。
「――盃に推参なーし! ジョン坊ものんれますかぁー!? ふひひひ!」
「飲んでませんよ。仕事中なんで」
「あははは! 酒が怖くてギャングがれきますかぁー! 今日のために手塩にかけて醸した大吟醸れすよぉー! のめめーい!」
泥酔したアクアヴィタエが酒瓶を片手にジョンに絡む。
結っていた浅葱色の長髪はほどけ、長柄銚子で酒を注いでいた時の神秘的な雰囲気は、もはや見る影もない。
「珍しくシラフでいると思ったら結局これか。ほれ、護衛の邪魔をするでないわ」
見かねたノスフェラトゥが呆れ顔で腕を引っ張り、何かをむにゃむにゃと呟くアクアヴィタエを引き剥がした。ノスフェラトゥの年齢は50を優に超えているはずだが、その肌は異様に若々しい。
「うへへー。ノスフェさん、ひんやりしてて気持ちいーですねー」
「妾は氷枕か。……おい、こやつの保護者はどうした?」
「デスヘイズの奴は一杯飲むなり帰ったわい。騒がしいのは嫌なんだとよ」
「ブラックマンバもだ。まったく、若い奴らは自由だな」
手酌で酒盛りをしていたふたりの男が答えた。
紋付袴の初老の男はレッドトルネード。向かい合って座る壮年の男は防衛戦の名手センチネル。ともにマグナムフィストに次ぐ武闘派の大幹部であり、今回の戦いではピラー外での陽動攻撃を担っていた。
「……ま、口つけただけで帰りやがった馬鹿もいたようだが」
センチネルが吐き捨てるように言って、サクシーダーが座っていた席を見やった。そこに置かれた盃には、まだ酒がなみなみと残っている。
「奴め、宴会は拘束時間のわりに得るものがない、非効率じゃと抜かしよった。この手に刀があればその場で無礼討ちしてやったものを」
「あの野暮天が言いそうなことよ。よくしゃべる金じゃと思うておれ」
「あんな金ならドブに捨てた方がマシだ」
「違いねぇ。任侠道のニの字も知らねぇ奴がギャング・クランの大幹部に収まってんのがおかしいんだ、本当はよ」
レッドトルネードが盃を干し、酒気を帯びた息を吐きながら言った。
その視線がちらり、と組長の隣――チャールズの方へと向く。
◇
「……それじゃ、そのキラーゴブリンとかいうのが9人目の大幹部になるんだな?」
「ええ。頭の足りねぇ小物ですが、傀儡にはお誂え向きだ。そいつにレッドサイクロプスの残党をまとめさせて、ヒュドラの傘下でじわじわ牙を抜きます」
「任せた」
ブルータル・ヒュドラが葉巻を片手に、豪快に酒を呷りながら答えた。チャールズが頷き返し、飲み干した盃を裏返して伏せる。
「――いやしかし、この俺が東区のテッペンか。それもこれもお前らのおかげだぜ、チャールズ。そして我が息子よ」
「その話もう3回目っすよ、親父」
「そんだけめでてぇってことよ! ワハハハハ!」
「組織ってのは維持が一番難しいんです。大変なのはここからだ」
豪放に笑うブルータル・ヒュドラのそばで、チャールズが厳めしい表情で続けた。
「ここからは東区中を管理することになる。事務係も増員させてもらいますよ」
「好きにしろ、本職の貴族サマに口を出しゃしねぇよ。……本職といえば、これからお前が東区貴族の頭領になるんだよな」
「行政府代表のことですか? まだですが、じきにそうなるでしょう」
チャールズがあっさりと答えた。
クイントピア東区において、貴族たるワンクォーター家の力は弱い。
名目上の最高権力者は貴族で構成される行政府の代表だが、実権を持っているのはその背後にいるギャング・クランというのが公然の秘密だ。法律も警邏による取り締まりも、そのとき東区を牛耳っているギャングの一声で決まってしまう。
貴族のトップの入れ替わりなど、ギャングの覇権争いに付随する戦後処理のひとつでしかない。他ならぬチャールズ自身がそう認識していた。
「こっちの処理が一段落したら、俺が音頭取って代表の再選出を要求します。一応は東のワンクォーター家の合議で決めることになってますが、形だけです」
「今の代表って誰だ?」
「ジョージ・E・ワンクォーター。本家筋で、血縁上は俺の大叔父にあたります。後ろ盾のレッド・サイクロプスが消えた今、奴を守るものはなにもない」
「殺すのか」
「相手の出方次第では。……その後は、中央区で他の3区の代表と顔合わせです」
「あの真っ白なドーム、人が入れるんすね」
ジョンが組長の酒杯に酒を注ぎながら言った。
「4区の代表ひとりだけが、年に一度の会合で入れる。俺も入ったことはない……中がどうなってるのか、ガキの頃から知りたかった」
「勿体ぶった因習だな。まあ何にせよ、それが終わればお前は東区貴族のトップ。お前が表で俺が裏、名実ともにヒュドラ・クランの天下ってわけだ……いやしかし、この俺が東区のテッペンか!」
「4回目」
「それだけめでたいってことだろう。……俺にも、もう一杯ついでくれ」
チャールズが声色をわずかに和らげ、酒杯を返してジョンに差し出した。
「若頭が2杯以上飲むなんて珍しいっすね」
「今日くらいはな。……東区の未来に」
「おう、飲め飲め! ……俺たちとヒュドラ・クランの未来に!」
チャールズとブルータル・ヒュドラがともに酒杯を掲げ、中の酒が零れんばかりに打ち合わせた。
ヒュドラ・クランの権勢はもはや盤石であり、何年にも渡って続いていくだろう。この祝宴場にいる全員がそう考えていた。……少なくとも、この時は。
読んでくれてありがとうございます。
今日は以上です。この更新は日に一度行います。
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