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ワンス・アポンナ・タイム・イン・イーストエリア(4)

「やっべ……組長来ちまった。まだ制圧できてねぇぞ」

「急がねぇとな。お、ナイスデザイン。いい銃見っけ」


 レッドサイクロプス・クラン本拠ビル、49階。

 皆殺しにした指揮室で死体からカスタム拳銃を奪っている最中に、ジョンとスパニエルは響き渡る喊声を聞いた。既に彼ら以外のレッサー・ギャングは死んだか、負傷して脱落していた。


「まだてっぺん押さえてねぇって知られたら、チャールズの親分に殴られちまう」

「心配いらねぇよ、親父らが上がってくる前にカタつけりゃチャラだ。要は東区中でドンパチやってる間に、相手の本拠地で勝利宣言しちまおうってことなんだからさ」

「それにしたって難しいと思うが……」


 ふたりは会議室らしき部屋を後にして、悠々と最上階に上がった。


 40階より上の突破は比較的容易だった。レッド・サイクロプスの魔法使い戦力はほとんどが1階広間の戦闘に出払っており、また指揮系統がパンクした敵は、突進する別働隊に対して組織的な対応ができなかったからだ。ヒュドラ・クランの戦術的勝利は、もはや秒読みと言っていい。


 あとは自分たちがうまくやれば完全勝利だ。ブルータル・ヒュドラは最上階から勝利宣言を行い、レッドサイクロプス・クランの士気に決定的打撃を与えるだろう。

 そのために敵の組長オールドオーガを殺し、全ての障害を排除する。


 ◇


「……とうとう最上階(ここ)まで来たかい、ヒュドラのォ!」


 分厚い木製の扉を開けると、しゃがれた老人の声が出迎えた。


 組長室には、まず女がふたり。ともに長身の美女。愛人兼護衛か。

 片方はブロンドの長髪、手には背丈ほどもある銃剣付きマスケット銃。もう片方は短い黒髪、円盾と短剣。どちらも並以上の使い手と見える。


 そして、奥の竜革(ドラゴンレザー)椅子に座る恰幅のいい老人。オールドオーガだ。

 その身体は既に老境で、頭髪には白髪が混じっているが、身にまとうキリングオーラは並のギャングとは比較にならない。手には業物の(カタナ)彫刻(エングレーブ)入りのリボルバーが握られていた。


「ヒュドラ・クラン、スパニエル! もう勝負は決まったぜ、レッド・サイ!」

「ジョンです。オールドオーガさんっすね。首取りにきました」


 ふたりがまず名乗ると、オールドオーガは凶暴に笑った。


「クカカカカカ! 三下のガキかと思えば、なかなかどうしてできそう(・・・・)じゃねぇか! いかにも、儂がレッドサイクロプス・クラン組長、オールドオーガだ」


 オールドオーガが机に片足を乗せ、堂々とした声色で名乗りを上げる。


「ロイヤルガードです」「プラエトリアニです」


 続いて両隣の女が一歩踏み出し、張り詰めた表情で名乗った。

 マスケット持ちの金髪がロイヤルガード、盾持ち剣士の黒髪がプラエトリアニ。


「何を格好つけてやがる! もうこのビルはヒュドラ・クランのモンだ、あとはお前の首ひとつ!」

「おう、そうだろうよ。ヒュドラ・クランの親分も大した野郎だ」


 オールドオーガがあっさりと肯定した。


「まさか、主力を根こそぎ鉄砲玉にしてくるとはのォ。こんな大博打に出るとは思いもせなんだわ。――それで、自分らはこれからどうやって生き残るね。この儂が首をそう簡単に取らせるとでも?」

「そりゃ、困ります」


 ジョンが平然と言った。


「早いとこ片付けなきゃ、俺ら揃って大目玉喰らうんすよ」

「クカカカカ! 豪胆な奴じゃ、敵の大将より親が怖いてか! ――やってみろッ! ヒュドラ・クランの若造め! ()れい!」

「「覚悟ッ!」」


 オールドオーガの怒声とともに、ふたりの女が動いた。ロイヤルガードがその場でマスケットの射撃姿勢をとり、プラエトリアニが盾を突き出して突進する。


「どっちだ」

「盾持ち」

「〈必殺(デスパレート)〉」


 ジョンが無感情に呟き、右の靴底で床を叩いた。

 次の瞬間、ジョンとプラエトリアニの姿が忽然と消失。短剣と円盾、その他に隠し持っていた武器がカラカラとその場に落ちる。

 

「何をした……!?」

「企業秘密だとよ!」


 スパニエルが357マグナムを抜き、目を見開くロイヤルガードへと襲い掛かる。BLAM! 拳銃銃撃、そして反動を乗せたバックスピンキック!


新教派(リボテスタント)? 甘い!」


 ロイヤルガードは素早くマスケットの銃床で床を突き、その反動を乗せたサイドステップで銃弾を躱した。さらに強化魔法(エンハンス)を込めた銃そのものを棍棒めいて振るい、スパニエルの蹴りを打ち払う。


銃僧兵闘法(ガン・モンク)旧教派(フュジリック)かい!」


 スパニエルが分析した。

 連発銃の使用を戒律違反と見なす旧教派(フュジリック)の戦い方は、新教派(リボテスタント)に比べて射撃頻度が少なく、元となった杖術の特徴を色濃く残す。


(手数は俺のリボルバーが上、だが……!)

「キェェェェェッ!」


 怪鳥じみた叫び声が響き、側面からオールドオーガの(カタナ)斬撃!


 CLANG! スパニエルは左の357マグナムに魔力を伝わせ、銃身で刃を受ける。BLAM! そのまま右のマグナムを発砲しつつ、反動バックステップで正面のロイヤルガードの銃剣突きを回避。オールドオーガは瞬時に(カタナ)を引いて銃弾を切り払う。

 このまま戦えば不利。スパニエルは連続側転で壁際まで下がり、跳んだ。


「GRRRRRRRッ!」


 BLAM! BLAM! BLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAM! 

 スパニエルが壁と天井を蹴って部屋中を飛び回り、多方向から猛然と撃ちかける。銃僧兵闘法ガン・モンク・スタイル奥義、ウルフパック・シージ!


 四方八方から飛んで来る357マグナム弾を前に、オールドオーガとロイヤルガードは背中合わせに立って防戦一方――否、両者とも余裕をもって捌き続けている。


(見切られてやがる!)


 スパニエルの胸中に焦りがよぎった。獣人(ライカン)只人(ヒューマン)の身体能力差など、強化魔法(エンハンス)の練度で簡単に埋められる差でしかない。そして!

 

「カカカ! 腰が引けておるぞォ!」


 BLAM! オールドオーガが彫刻(エングレーブ)入りのリボルバーを発砲。銃弾がスパニエルのシャープに断耳された右耳を捉え、無惨に引きちぎった。


「グワーッ!?」


 スパニエルが悲鳴を上げ、受け身に失敗して床に墜落。そこにロイヤルガードがマスケットの銃口を向け、引き金に指をかけた。


「死になさ……かはっ!?」

 

 だが発射寸前、その身体が後ろから押されたように仰け反る。

 BLAMN! 遅れてマスケットの銃口が火を噴く。187グラムの重鉛弾がスパニエルの頭上をすり抜け、組長室の木扉に大穴を開けた。


「――とどめを刺せ!」


 悶えるロイヤルガードの背後には、再出現したジョンがいた。

 プラエトリアニを殺して〈必殺(デスパレート)〉の路地裏から出ると同時に、肉切り包丁を腰だめに構えて突進。ロイヤルガードの腎臓を深々と刺したのだ。


「ナイス、兄弟!」


 BLAM! スパニエルが起き上がり、357マグナムを射撃した。

 フルメタルジャケット弾に喉ごと頸椎を撃ち抜かれ、ロイヤルガードが即死。血が噴水めいて絨毯を汚す。


「やりおったなァァァッ!」

「お互い様でしょ」


 オールドオーガが吼えながらジョンに突進し、大上段から斬りかかる。

 ジョンは倒れかけたロイヤルガードの死体に後ろから取りつき、振り向かせてマスケット銃を突き出した。二人羽織じみた姿勢で突き出された銃剣がオールドオーガの胴体を刺し、突進を止める。


「死ねい、若造めがッ!」


 オールドオーガがリボルバーを向ける。だが既にジョンは死体を手放し、2本目の包丁を抜いて老いた鬼の懐に飛び込んでいた。

 SLASH! すれ違いざま脇の下の動脈を切り裂き、そのまま背後へ離脱。入れ替わりにスパニエルが正面から仕掛ける。オールドオーガの脇から蛇口を破壊したような勢いで血が迸り、体力を奪い始めた。


「キェエエエエエエエエッ!」

 

 だがオールドオーガは胴に刺さる銃剣を抜き、脇の傷を筋力で締め上げて止血。 

 なおも苛烈なる剣技で357マグナムの銃弾を斬り払い、反動打撃を弾き、強烈な前蹴りでスパニエルを吹き飛ばした。そして大見得を切る!


「やるじゃねぇか、ヒュドラの! もう少しばかり遊んでもらおうかい!」

「ホントしぶといっすね、魔法使いは」

「妖怪が! 大人しく往生しろよ!」

「カカカカカカ! まだ死ぬわけにはいかんのでな! ――知っておるぞォ、じきにヒュドラの組長がここまで上がって来るんじゃろうが! お主らふたりを斬り捨てた後は、奴も地獄行脚の道連れにしてくれようぞ!」


 オールドオーガが凄絶な表情で啖呵を切った。

 そのとき、戸口でダァン、と革靴の音が鳴った。


「――俺が何だってェ?」


 BLAMN!


 8ゲージの重い銃声。オールドオーガが反射的に飛び退いて散弾を躱す。

 だが、そこに部屋の外からもうひとり、大柄なストライプスーツの影が突進した。


 BBLAMN! 銃僧兵闘法ガン・モンク・スタイル奥義、バッファロー・ロコモティヴ。猛牛の角めいて突き出された銃身が胸骨を砕き、続く零距離射撃が肺を潰す。人影はそのまま反動サマーソルト・キックを放ち、オールドオーガを壁際へ吹き飛ばした。


「――不甲斐ねぇぞ、スパニエル。到着前に制圧しておけと言ったはずだ」


 鮮やかな銃僧兵闘法ガン・モンク・スタイルの連撃を決めたチャールズ・E・ワンクォーターが残心し、スパニエルを叱責した。


「すいません! 手間取っちまって……」

「そもそも組長のプランが無茶なんすよ。終わってから来りゃいいじゃないですか」


 スパニエルがちぎれた耳をハンカチで縛り、恐縮しきった様子で頭を下げる。 

 一方のジョンは自然体のまま、普段通りの口調で皮肉を返した。


「馬鹿言いやがれ、危険を承知で上等すっから尊敬が集まんだよ。……よぉ、レッド・サイクロプスの老いぼれ! この俺がブルータル・ヒュドラだ!」


 遅れて『ヒュドラの牙』を担いだブルータル・ヒュドラが部屋に踏み入り、壁際に倒れたオールドオーガに獰猛な笑みを向けた。

 超大口径拳銃である666マグナムの零距離射撃を受け、オールドオーガは死ぬのも時間の問題だった。強化魔法(エンハンス)を維持する余力も失せたか、脇下の傷からも再びドバドバと血が流れ出す。


「ク……カ……ヒュドラの親玉だけかと思えば、東区のお貴族様まで揃い踏みかよ。ジジイひとりの見送りにゃ大袈裟じゃが、丁度ええわい……!」

「あ?」


 オールドオーガがよろよろと立ち上がり、脇の壁に手をついた。

 ついに諦めたか? ……否、何かがおかしい。


「……オヌシら全員、ここで儂と一緒に死ねってことよォ! このクランもろとも、なんもかも御釈迦じゃコラアアアアァァァァァァァァッ!」


 オールドオーガがくわ、と目を見開き、壁に触れた手に力を込めた。すると壁の一部が音もなくスライドし、ガラス状の透明なカバーで保護された、物々しい真っ赤なスイッチが現れる。


 老いた鬼が最期の力を振り絞り、そこに拳を叩きつける――BBLAMN! 寸前、ふたつの銃撃がその手を撃ち抜いた。


「往生際の悪いジイさんだ」

「……同感だ」


 火を噴いたのはジョンの鹵獲拳銃と、チャールズの666マグナム。

 オールドオーガはジョンの撃った9ミリ弾に手を撃ち抜かれ、直後にチャールズのマグナム弾に肘から先をもぎ取られていた。


「ARRRRRRRRRGH!」


 言葉にならぬ憤怒の叫びをあげ、老いた鬼がその場に崩れ落ちる。

 4人はそこに銃口を向け、無慈悲に引き金を引いた。


 BLAMNBLAMBLAMBLAMBLAM! BLAMN! BLAMN! BLAMN! BLAMN! BLAM! BLAM! BLAM! BLAM! BLAMN! BLAMN! BLAM! BLAMNBLAMNBLAMNBLAMNBLAMNBLAMNBLAMNBLAMN!

 

 一斉砲火がオールドオーガを襲い、ズタズタに裂いて、真っ赤な死体に変えた。

 魔導無煙火薬(コルダイト)の硝煙が部屋中に立ち込め、流れ出た血が床を汚す。上質だったであろう毛皮の絨毯は、もはや見る影もない。


完全勝利フローレス・ビクトリー! 俺の勝ちだぜ!」

「組長、下の奴らに宣言を」


 チャールズが持ち込んだアタッシュケースを開けた。

 中には古代建築(ビル)の内部システムにアクセスするための魔脳操盤(マギバーデッキ)。そしてスティック状の小型魔導拡声器(スピーカー)とその親機。それらを繋ぐための魔導ケーブル。


 チャールズは豊富な魔導機械の知識を発揮し、部屋の中に設けられたコンソールをあっさりと見つけ出すと、持ち込んだ機材を繋いだ。

 それから魔脳操盤(マギバーデッキ)のキーをいくつか叩き、魔導拡声器(スピーカー)の子機をブルータル・ヒュドラに手渡す。


「このビルの放送システムに繋げました。それのスイッチを入れて話せば、建物中に響くはずです」

「おうよ! さっすが、貴族は違うな! ……おい、ジョン! そのジジイの首取っとけ! レッド・サイの生き残り黙らせんのに使うからよ!」

「へーい」


 意気揚々と演説の準備をするブルータル・ヒュドラを横目に、ジョンとスパニエルはオールドオーガの死体の前にしゃがみ込んだ。


「うへー、グロいな」

「慣れたら魚捌くのと大して変わんねぇよ」


 捌いたことねぇけど、と付け加えながら、ジョンが包丁を逆手に持ち替え、手際よく首を切断して立ち上がった。


 すると――壁の中に埋め込まれた謎の機器、オールドオーガが最期に押そうとした隠しスイッチが目に入る。

 スイッチの下には何やら注意書きが記されていたが、読み書きができないふたりには内容までは解らなかった。


「これ、押したらどうなんのかな」

「ロクでもねぇことになるのは確かだろ。なんて書いてんだ?」


 ジョンが注意書きの解読を試みようと手を伸ばした――瞬間、後ろからチャールズがその腕を掴み、強く引っ張った。


「……触るな、バカどもがッ!」


 チャールズが血相を変え、普段の冷徹さを崩して怒鳴り声を上げる。

 単にスパニエルたちが気を抜いていたから咎めた、といった様子ではない。弾の入った銃で遊ぶ赤ん坊を見たような、切羽詰まった表情だった。スパニエルはおろか、ジョンもこれほど感情的になったチャールズを見るのは初めてだった。


「この脳無しの素人が! ……いや、いい。ここにあった物のことは忘れろ」

「そんなヤバいもんなんすか」

「忘れろと言った。3度目は言わせるな」


 チャールズは有無を言わせぬ調子で言うと、スライドした壁を戻してスイッチを隠し、それから誰も触れないようにそばの棚を動かして塞いだ。


「……?」


 ジョンとスパニエルは顔を見合わせ、疑問符を浮かべながらもそれに従った。


読んでくれてありがとうございます。

今日は以上です。この更新は日に一度行います。

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