ワンス・アポンナ・タイム・イン・イーストエリア(3)
「――レッドサイクロプス・クラン、エクスキューショナー!」
「タワーシールド! 狼藉者め、大将は誰ぞッ!」
再び1階、吹き抜けの広間。新たにふたりの魔法使いが上階から前転跳躍し、周囲のヒュドラ・クラン構成員を蹴散らしながら名乗りを上げる。
片方はギロチンの刃に持ち手を付けたような巨大剣を背負った大男。
もう片方は『東区タイプライター』と呼ばれるストック付きのサブマシンガンを持ち、両手に魔石付きの手袋をはめた女。
男がエクスキューショナー、女がタワーシールド。本作戦で最大の障害と目されていた、レッドサイクロプス・クランで双璧をなす魔法使い。すぐさまファイアライザーが手勢を退かせ、三本指の義手を掲げて名乗り返した。
「ヒュドラ・クラン、ファイアライザーだ! ――随分と遅いご登場だな。見ろ! 東区最強と嘯くギャング・クランの情けない様を! これぞ諸行無常、麒麟も老いては駑馬にも劣る! 老害は老害らしく後進に道を譲って滅びるがいい!」
「ほざけ、火吹き芸人めが!」
立て板に水のごときファイアライザーの啖呵に、タワーシールドが言い返す。
「貴様らを殺し、そののちピラーを這い回る腐れネズミを駆除すれば済む話! ヒュドラ・クランの勢いなどレミングスの集団自殺に過ぎぬと知れ!」
「……御託はいい」
リバーウェイブが言い捨てた。
「戦士ならば戦いで語れ。行くぞ」
「望むところ!」
5人の魔法使いが一斉に動いた。エクスキューショナーにファイアライザーとレッキングボール、タワーシールドにリバーウェイブが当たる。
「処刑人を火刑にするのも面白かろうよ! 死ね!」
ファイアライザーの右腕が燃え、そこからフラクタル・ファイアが枝を伸ばした。
1つが2つ、2つが4つ、4つが8つ。16、32、64、128。フラクタルに分岐成長する火炎流が全方位からエクスキューショナーを襲う。
「せせこましい真似を! ……YEAAAAAAAAAAAAAAAART!」
エクスキューショナーが全身に強化魔法を漲らせ、ギロチン・ブレードの回転斬りを放ち、風圧で炎を吹き散らした。
「このまま両断してくれるッ!」
処刑人が旋風のごとくギロチン・ブレードを振り回しながら突進、鋼の竜巻めいてファイアライザーに迫る。進路上にいたヒュドラ・クラン構成員十数人が巻き込まれ、首を刎ねられ惨死!
「――やらせんぞ」
DOOOOM! そこに跳躍したレッキングボールが鎖鉄球を投げ掛けた。
超音速の鉄球が殺戮旋風の中央、エクスキューショナーの頭を狙う。だが処刑人は斬撃軌道を巧みに調整し、プロペラがピンポン玉を弾くように鉄球を逸らした。
「いい援護だ、レック! ……炎だけだと思うかね!」
「ぐうッ!?」
だが、その一瞬の挙動が隙を生む。斬撃角度が上がってできた空間にファイアライザーが飛び込み、鋭い低姿勢上段蹴りでエクスキューショナーの顎を打ち抜いた。
既にギロチン・ブレードを振るには近すぎる距離。エクスキューショナーが刀身を盾に追撃の火炎放射を防ぎ、ショートレンジの素手格闘に切り替える。
対するファイアライザーは華麗なる側転と床移動で拳撃を躱し、変幻自在のカポエイラ・キックで応戦。その頭上からレッキングボールがチャンスを狙う!
◇
「リバーウェイブ。生ける水害、水流魔法の達人と聞く。ここで貴様を仕留めれば、この私の名にも箔がつくというもの!」
「くだらん皮算用だ。勝つのは俺だ」
リバーウェイブが短く答えた。
「その増上慢がいつまで続くかな。貴様のしみったれた水芸など、我が偏向障壁の敵ではない。我が守りには蟻の一穴も無し!」
タワーシールドが不敵に手をかざすと、そこに魔力の盾が生じた。
大きさは畳3枚分ほど、熱と光を放つエネルギーの防壁。ドーム状の障壁を作る一般的なスタイルとは異なる、指向性の障壁魔法だ。
「……せいぜい大河を手で堰いてみろ」
SPLASH! 水の龍が空中で形を崩し、大理石の床に降り注ぐ。
リバーウェイブは水浸しの床の上に波紋ひとつ立てずに降り立つと、半身になって腰を落とした。足元の水から、今度は蛇ほどの大きさの水龍が生まれ、リバーウェイブの周囲を螺旋状に舞う。
「――ハィィィィィヤァッ!」
リバーウェイブが震脚を踏むと、水龍が音速を越えて飛翔した。
魔力を帯びた水が不規則にうねるような軌道でタワーシールドの背後に周り、延髄を狙って襲い掛かる。鋼板すら撃ち貫く超高圧水弾!
「盾を掻い潜れば倒せると? 浅はかな!」
タワーシールドが背後に手をかざし、さらに魔力の盾を生成した。
一瞬で強固に組まれた偏向障壁に阻まれ、龍が水飛沫となって四散する。……同時に正面のリバーウェイブが右腕に大量の水をまとい、強烈に踏み込んだ。
「――ハィィィィィィィィッ!」
SMAAAAAAAASH! 激流めいた崩拳が炸裂!
強化魔法と水流魔法を重ねた一撃が障壁に激突し、広間に大鐘を突いたような衝撃音が轟く! 偏向障壁に蜘蛛の巣状の亀裂……だが、砕けない! 堅牢! タワーシールドが魔力盾の陰からリバーウェイブを睨む!
「……死ねッ!」
「――!」
リバーウェイブが攻撃をキャンセルしてバックステップを踏んだ。
次の瞬間、彼がいた場所を横切るように、無数の偏向障壁が出現した。もし一瞬でも離脱が遅れていれば、身体をバラバラにされていただろう。
「……なるほど、言うだけはある」
「バリア・ギロチンを見切るか! ならば!」
タワーシールドが跳躍しながら水平に魔力盾を生成、それを蹴ってさらに跳ぶ。
そして新たに生成した魔力盾の上に着地し、片膝をついて『東区タイプライター』の射撃姿勢をとった。
BRATATATATATA! 降り注ぐ45口径弾。リバーウェイブは流麗に側転回避。
だがその移動先にも魔力盾が次々と出現し、回避機動の余地を狭めていく。閉所に押し込めて銃弾で殺す、対魔法使い戦のセオリー!
「防ぐだけだと思うなよ! 地の利は常に私にあるのだ!」
「……ならば、天に昇るまで」
SPLAAAAAAAAASH! 完全に逃げ場を失う寸前、リバーウェイブは足元の水から巨大な水龍を作り上げ、空中に飛び上がって包囲を抜けた。京劇面から覗く双眸が、冷たい闘志に燃える。
◇
「くたばれ、ヒュドラのクソッタレども!」BRATATATATATATA!「殺せ!」「殺せ!」BRAKKA! BRAKKA!「手榴弾! バリケードに」KBAM!「グワーッ!?」BLAMN!「魔法使いを前へ!」KA-BOOOOOOOM! 「ヒュドラの長虫が!」「土下座させて豚みてぇに殺す!」BLAM! BLAM! BLAM!
別働隊が上へと突き進み、1階広間で魔法使い同士が激闘を繰り広げる中、吹き抜けを囲む各フロアでは、両クランの一般戦闘員が激しい銃撃戦を繰り広げていた。
数はレッドサイクロプスの方が圧倒的に上にも関わらず、既にヒュドラ・クランは下層階をほとんど制圧しつつある。
この快進撃の背景には、ヒュドラ・クランが抗争に続く抗争で戦闘慣れしていることに加えて、レッドサイクロプスの指揮系統の混乱があった。
広間で暴れる最精鋭の魔法使いたち。階を制圧しながら攻め上がる本隊。そして後退を考えず最上階へと突き進む別働隊。これらへの同時対応を突然強いられたことで、中枢の情報処理が遅れているのだ。全てを計画して事を始めたヒュドラ・クランとは、そこが違う。
……BRRRRRRRRR!
そして――銃弾と魔法、怒号と悲鳴が飛び交う中、低く重いエンジン音を響かせ、新たに1台の魔導車がオーガ・ピラー1階に入り込んだ。
無骨な装甲車やトレーラーの類ではない。奥ゆかしく金の装飾を入れた、黒塗りの防弾ギャングカーである。
「なんだ、あの車!」「ヒュドラ・クランか!?」「また突破されたのか!?」
レッドサイクロプスの守備隊がざわめく中、黒塗りのギャングカーが堂々と停車。
まず降りた運転手ギャングが素早くドアを開けると、後部座席から新たにふたりの男が降りてくる。ここが自分の家で、それが当然の権利であるように。
「――おう、派手にやってるじゃねぇか! ……んんー、ここのエントランスにはでっかいヒュドラの剥製を置かねぇか、チャーリー?」
「予算と運次第でしょうね。南区に腕のいい狩人が来たと聞きました」
「剥製が無理なら彫刻でもいいぜ。何にせよ、ヒュドラだ。妥協はナシだ。名前もヒュドラ・ピラーにするぞ」
片方はストライプスーツの偉丈夫。冷徹という言葉を具現化したような顔つき。
大型のアタッシュケースを手に提げており、両腰には手持ち大砲と称される超大型リボルバー、不吉なる666マグナムを吊っている。
チャールズ・E・ワンクォーター。ヒュドラ・クランの若頭にして、東区貴族の次期代表者の最有力候補。
そしてもう片方は、ダークグリーンのコートを羽織った男。顔には不敵な笑み。
肩に担いだ銃はデュアルチューブマガジンを持つブルパップ・ショットガン。銃床にはヒュドラ・クランの代紋が彫られている。
その散弾銃――『ヒュドラの牙』を持つ者は、クイントピアにひとりしかいない。
「――ブルータル・ヒュドラ!? ヒュドラの組長が何故ここに!?」
レッドサイクロプス構成員のひとりが思わず叫んだ。
「わっはっはっはっはァ! 何故だってよ、チャーリー! 笑えるな!?」
「まったくです」
BLAMN! BLAMN! BLAMN!
ブルータル・ヒュドラが銃口を向け、その構成員を撃ち殺した。
その横でチャールズも腰のリボルバーを抜き、狙撃を試みた別の敵を射殺する。
「決まってんだろうが、クランの新しい事務所を下見しに来たんだよ! ――おう、テメェら! そこの薄汚ぇ占有屋ども、さっさと叩き出せやァ!」
『オオオォォォォオオオオオオッ!』
吹き抜けの空間を通じ、ビル中に響き渡るヒュドラ・クランの鬨の声。
ブルータル・ヒュドラは堂々とした足取りで階段に足をかけ、チャールズを連れてまっすぐ最上階へと向かい始めた。
読んでくれてありがとうございます。
今日は以上です。この更新は日に一度行います。
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