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ワンス・アポンナ・タイム・イン・イーストエリア(2)

「馬鹿なーッ! このソードファイターが、非魔法使いのカスどもに!?」


 BRATATATATATATATATA! BRATATATATATATATATA!


 無慈悲なる銃弾の嵐が、レッドサイクロプス・クランの剣士を蜂の巣に変える。


 かなり腕の立つ魔法使いのようだった。広い場所で戦っていれば、少なからぬ被害が出ていたことだろう。だが屋内、特に回避の余地が少ない廊下で徒党を組んで自動火器を使えば、常人でも魔法使いを殺しうる。


「今何階だっけ」

「9階。ざっと5分の1」


 スパニエルとジョンが無感情に言葉を交わした。

 ふたりの服装は、かたや357マグナムの二挺拳銃。かたや安物のオートマチック拳銃をいくつもベルトに差し、上着の裏に家庭用の肉切り包丁を2本仕込んでいる。互いに普段通りの仕事着だ。


「よーし、順調だな。……お前ら、気ィ大きくしすぎて突っ込み過ぎるなよ!」

「ギャハハハハ! 何だっていいだろうがよォーッ! 行け行けェ! 殺せー!」

「ヒャッホオオオォォォッ! 止まるんじゃねぇぞ!」

「露払いは俺らに任せてくださいよ、兄貴! ヒャハハハハ!」


 指揮を任されているスパニエルが叫ぶ。だが未だ若きレッサー・ギャングである彼に、覚醒ポーション注射で恐怖を忘れた兵隊たちを従わせるだけの風格はなかった。特に血の気の多い者たちが先を争うようにふたりを追い越し、上階へと進んでいく。


「ボケども! 指揮官は俺だぞ!」

「いいじゃねぇかよ、行きたい奴には行かせときゃ」


 憤るスパニエルの隣で、ジョンが他人事のように言いながら拳銃をリロードした。


 実際、別動隊の突破は順調だった。レッドサイクロプス・クランは明らかに浮き足立っており、さらに1階広間で暴れる魔法使いたちの相手で手一杯だ。このまま最上階を攻め落とせば、敵は組織的に動けなくなり、ヒュドラ・クランの勝利が決まる。


 しかし――レッドサイクロプスとて東区最大勢力を誇る巨大組織だ。奇襲ひとつの成功で勝てる相手ではなかった。



 BBBBLLLLAAAAAAAAAAAAAAAAA!


「「「「ギャアア――ッ!?」」」」


 20階に到達した瞬間、廊下の奥から飛んできた弾幕が先頭集団を血煙に変えた。隊列の足が止まり、列の中ほどを進んでいたジョンとスパニエルにも血と臓物が降りかかる。


「クソ、一張羅が台無しだぜ! 機関銃か!?」

「連装だな。たぶん50口径。こういう場所だと厄介だぜ」


 階段に張り付いて血を拭うふたり。同時に廊下の奥から大音声(だいおんじょう)が響く。


「――俺の名はミートチョッパー! 上階への扉は閉ざしたぞ、ヒュドラ・クランの臆病者ども! 矮小な長虫の分際で巣から出たことを後悔するがいい!」


 声を上げたのは廊下の奥、閉じた鉄扉の前に立ちはだかる巨漢だった。


 筋骨隆々、レッキングボールの超重鎧を思わせる防弾装備。手持ち式に改造した連装機関銃を両手にひとつずつ構えており、背にはドラム缶のようなサイズの超大型マガジンをふたつ背負っている。


 さらにその周囲には装甲防壁がいくつも設置されており、そこにマシンガン装備の戦闘員が何人も身を隠していた。防衛拠点!


「舐めた口利いてんじゃねぇぞクソボケがッ! 死ねコラーッ!」


 BLAM! BLAM! スパニエルは銃を持った手だけを壁から出し、仁王立ちするミートチョッパーを狙い撃った。

 だが、着弾寸前――ミートチョッパーの周囲に魔力の壁が生まれ、銃弾が焼けたフライパンに触れた水滴めいて掻き消される!


障壁魔法(バリアマジック)だぁ!?」


 BBBBLLLLAAAAAAAAAAAAAAAAA! スパニエルが舌打ちして身を隠した瞬間、目の前を機関銃4門の弾幕が襲った。


 障壁魔法(バリアマジック)。ドーム状に張った魔力壁で飛来物を防ぐ魔法。強化魔法(エンハンス)と違ってそれ自体が物理的な破壊力を持ち、銃弾も焼き切って防ぐことができる。破るには相手より強力な魔法をぶつける他ないが、それができる者はこの場にはいない。


「ファック! 正面からじゃどうにもなんねぇ!」

「でもよ、スパニエル! ここで止まったら上と下から挟み撃ちだぜ! ジワジワ足場固めながら上がってきてる本隊とは違うんだ!」


 後ろに控えていた金髪ショートヘアのレッサー・ギャングが言うと、他の構成員たちまでもがにわか(・・・)に騒ぎ始めた。突撃の勢いが止まったことで、薬物でかりそめに得た勇気が切れてきたのだ。


「どうすんだよォーッ! あの火力に突っ込んだら全滅だぜェーッ!」

「ここで犬死になんて御免だぞ!」

「サブマリンさん呼んで来るか!?」

「今さら戻ってる暇はねぇ! 畜生、どうすりゃ……」


 STOMP!


 スパニエルが言いかけたそのとき、隣でさりげなく靴音が鳴った。

 視線を移すと――数秒前までそこにいたはずの、ジョンの姿が消えている。


「兄弟? ……まさか!」


 スパニエルが再び廊下の奥を覗き込むと、同じくミートチョッパーの姿も消失し、身に付けていた連装機関銃とドラムマガジンだけが廊下に落ちていた。


「ミートチョッパーさんが!」「何が起きたんだ!?」

「あの野郎、やるならやるって言えよな……ッ!」


 防壁の裏でレッドサイクロプスの構成員がどよめく。そこに毒づきながらスパニエルが駆け込む。強化魔法(エンハンス)獣人(ライカン)の身体能力を合わせたパルクール。

 床・壁・天井を次々と蹴って跳ね回り、敵が立ち直るまでの数秒のうちに防壁の中に入り込む。何人かが銃を向けて応戦しようとした時、既にスパニエルは両手の357マグナムを突き出して突進していた。


 BBLAM! 突進ダブル・リボルバー・ストレートからの発砲、ふたり同時射殺! SMASH! 更にひとり反動バックキック殺! BLAM! 射殺! SMASH! 反動エルボー殺! BLAM! SMASH! BLAM! BLAM! BLAM! 

 

「……GRRRRR!」


 伐採跡の倒木めいて折り重なる死体の中、スパニエルが硝煙を払って残心した。


 銃僧兵闘法ガン・モンク・スタイル新教派(リボテスタント)。射撃と同時に魔力を込めた打撃を繰り出せるこの武術は、対多数戦でこそ真価を発揮する。そこに遅れて階段を上がってきた他のレッサー・ギャングたちが合流した。


「さすがスパニエル! ひとりでやっちまうなんてよ!」

「当たり前だ。……兄弟! ジョン! どこ行きやがった!?」

「ここだぜ」


 スパニエルの背後、一瞬前まで誰もいなかったはずの場所から声がした。


「……げっ!」

「んだよ、幽霊でも見たような声出して」


 振り返ると、そこにジョンがいた。手にした拳銃からは硝煙が立ち昇り、スライドは下がり切っている。彼はそれを無造作に捨て、足元の死体から真新しいサブマシンガンを拾った。


「さっきのミートチョッパーだかミンチメーカーだかは?」

「死んだ。これ、奥の扉の鍵じゃねぇかな」


 ジョンが魔導紋様の刻まれたカード大の金属札を取り出し、ぶらぶらと揺らした。

 スパニエルがそれを閉ざされた鉄扉の読み取り部にかざしてみると、重い駆動音とともに階段への扉が開いた。


「開いた、開いた。行こうぜ」

「おう。……相変わらず大した手品だな。さっきの奴、どんな風に死んだ?」

「心配しなくても生き返りゃしねぇよ」

「そうは言うがな」

「企業秘密だ」


 ジョンが低く答え、スパニエルをじっと見た。

 これ以上の追求は許さない――ジョンの無表情な赤い瞳はそう語っていた。

 怒ってはいない。不信感を抱いてもいない。だがスパニエルがこのまま一線を越えれば、ジョンは「やる」のだ。躊躇なく。


(おっかねぇな、やっぱり)


 スパニエルも路地裏育ちの浮浪児であり、本名は名無し(ジョン)だ。だが10にもならないうちから殺しをひさいでいたわけではない。

 そのため出世の欲もなく、渡世名もないまま淡々と暗殺をこなす「ジョン」の思考回路は、彼にとっても異質に感じられた。忠義や友情を持っていないのではなく――それらを持ったまま、「それはそれとして」攻撃に移れる人間なのだ。


「おい、ここでアフタヌーンティーでも始める気かよ。まだ半分も進んでねぇぞ」

「あ? ああ……」


 呆れたような声をかけられ、そこでスパニエルは我に帰った。目の前では元通りのヘラヘラした態度に戻ったジョンが、上階への階段を指していた。


「……今日の晩飯をどこで食うか考えてたんだよ。行こうぜ」

「わはははは! もう生き残った気でいやがる!」


 ジョンは愉快そうに笑うと、スパニエルと並んで階段を駆け上がった。

読んでくれてありがとうございます。

今日は以上です。この更新は日に一度行います。

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