ワンス・アポンナ・タイム・イン・イーストエリア(1)
バックスタブの出奔、そしてブルータル・ヒュドラの死の2年前。
その日も雨が降っていて、空は灰色の雲で覆われていた。
工場の魔導排気スモッグが空を覆う東区に、快晴の日はほとんどない。東区の人間には曇った空は日常茶飯事で、いちいち気にする者もいない。
まして、その日は――ヒュドラ・クランとレッドサイクロプス・クラン、東区を二分するギャング組織による大抗争の最中だったのだ。
◇
KRAAAAAAAAAAAAAASH!
大通りを根こそぎ押し流すほどの鉄砲水が、鋼鉄のシャッターを突き破る。
そこに縦一列になった装甲魔導トレーラーが水上ホバー突撃し、レッドサイクロプス・クランの本丸たる古代建築――この時点ではオーガ・ピラーと呼ばれていた、東区最大の50階建てビルに突入した。
「カチコミだーッ! ヒュドラ・クランのトレーラーが突っ込んできたぞ!」
ビルの1階広間は吹き抜けになっており、天井までひとつの空間で繋がっていた。
突然の奇襲にふためくレッド・サイクロプス構成員の前で、装甲トレーラーが広間中央に停車。その後ろから2台目、3台目と続き、最終的に4台の大型トレーラーがビル内に入り込む。
「舐め腐りやがって! 銃座につけ、蜂の巣にしてや……(SPLASH!)ぐぅッ!」
防御機関銃に手をかけたグレーター・ギャングの声がくぐもった。
潜水マスクめいたフェイスガードの男が水音とともに出現し、背後からナイフで喉を掻き切ったのだ。
「兄貴!? だ、誰だ!」
「ヒュドラ・クラン、サブマリン……速やかに死ね、クズどもが!」
BRATATATATATTATATATATAA! サブマリンが眼前の機関銃に取り付き、そのまま50口径弾をバラ撒きながら周囲を薙ぎ払った。味方の銃座から突然銃撃を受け、敵守備隊の動きが一時的に止まる。
「――サブマリンが動いた。行くぞ、レック」「応」
次に装甲トレーラーの後部ドアが開き、ふたつの影が飛び出した。
一番槍はチャールズ派の歴戦の戦士、ファイアライザーとレッキングボール!
「ここで勝てば戦勝、負ければ敗戦! ヒュドラ・クランの興廃はこの一戦にある! 死ぬ気で掛かるぞ!」
「心得た。――オオオオオオオオォォォォォッ!」
レッキングボールが鬨の声を上げ、鎖鉄球を振り回しながら突貫。暴風めいて荒れ狂う鉄球が機関銃を屑鉄、敵を挽肉に変えていく。その後ろでファイアライザーが右腕を掲げ、マギバネ火炎放射器に点火した。
「こうも的が多ければ、俺も燃やし甲斐があるというものよ! ――Hooo-ah!」
KA-BOOOOOOOOOOOM! 最大出力のフラクタル・ファイアが爆ぜる。
増幅されたナパーム火炎は瞬時に全方位へと枝を伸ばし、吹き抜けの廊下を埋め尽くした。数十人ものレッド・サイクロプス構成員が火達磨となり、地獄めいた悲鳴を上げながら焼死!
「今だ、今だ、今だ! 降りろ!」「突っ込むぞ! 気合入れろやァ!」
「レッド・サイのボケどもにヒュドラの根性見せてやれ!」
続いてトレーラーの荷台が次々と展開。
サブマシンガンで武装した戦闘員が一斉に飛び降り、階段から攻め上がっていく。彼らの腰には開発されたばかりの新兵器、赤塗りの爆炎手榴弾が吊るされていた。
「――ウォオオオオオオオオオオーッ! 皆殺しじゃァァァァッ!」
「アハハハハッ! 血祭りの手始め、バラバラに刻んであげる!」
「動く者は! 全て殺す!」
「ここがヒュドラ・クランの天王山! 彼奴らを一挙に殲滅する!」
「血だッ! 血を見せろッ! 血を見せろォーッ!」
そして4台目の荷台から出撃するのは、20人を超える魔法使いたち。
鉄爪を握り込んだバンブータイガー、両手にカランビット・ナイフのステイシス。マギバネ義足のパープラチアットに巨漢のビッグギンコ。この攻撃にはチャールズ派に加え、マグナムフィストの暗黒闘技会も参戦していた。そして!
SWAAAAAAAAAASH!
鉄砲水の第二波が到達し、シャッターの大穴から流れ込んだ水が、来訪者を迎えるカーペットめいて床に広がった。
直後、その水が意思を持つように凝り、宙に跳ね、のたうつ東洋龍の姿を形作る。精密かつ大規模なる水流魔法である!
「……下らん野良仕事だ。手早く終わらせよう」
水龍の背には男がひとり、無言で腕を組んで立っていた。
エルフ、腰布付きの東国衣装、青みがかった黒髪。顔を覆う青藍の京劇面からは、冷澄なる理性を湛えた双眸が覗く。
暗黒闘技会の最高戦力、生ける水害『リバーウェイブ』。
闘技場の現王者にして、ヒュドラ・クラン最強と謳われるひとり。滅多なことでは出てこないマグナムフィストの切り札。最初にシャッターを破った鉄砲水も、この男が単身で引き起こしたものだった。
「しゅ……主力が勢揃い!? 奴ら正気か!?」
錚々たる顔ぶれを見て、レッドサイクロプスのひとりが驚愕の声を上げた。
レッドサイクロプス・クランの勢力圏と組織規模は、ヒュドラ・クランを上回る。だが強力な魔法使いに限れば、人数差はそれほどではない。つまり、領土防衛のために戦力を分散せざるを得ないレッドサイクロプスに対して、ヒュドラ・クランは魔法使いを集中運用できるのだ。
故に、消耗戦になる前に主力を敵の本拠に送り込み、一撃で全てに決着をつける。それがヒュドラ・クランの作戦だった。
「これで役者は揃ったな。……電撃戦の始まりだ! 別働隊はさっさと上がれ!」
ファイアライザーの声を合図に、若いレッサー・ギャングを中心に編成された別働隊が動き出す。
彼らの任務は、本隊が各階を制圧しながら進んでいくのと並行し、上へ上へと駆け上がることだ。
敵の後方に浸透して指揮系統に負荷をかけ……あわよくば、最上階にいるレッドサイクロプス・クラン組長、オールドオーガを暗殺する。よく言えば斬り込み、悪く言えば鉄砲玉の決死隊。
「よーし、俺に続け! このスパニエルが指揮を執る! ――兄弟、お前は出番まで一歩下がっとけよ。強化魔法もできねぇんだから」
「へいよ。エスコートよろしくな」
その中にスパニエルと、かつてのバックスタブ――名無しの姿もあった。
読んでくれてありがとうございます。
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