ファスター・ザン・ウィンド(4)
「風を越え/有漏路駆け行く/狗二匹/死して屍/拾う者無し! ――行くぜッ!」
片耳の獣人が両脚で魔導バイクを蹴り出し、俺たちの方へと飛び掛かってくる。こっちの魔物の背に乗り込んでくる気だ。スパニエルの目には恐怖も自棄もなく、ただ冷静な殺意だけがあった。
「見事なり、死の覚悟! 相手にとって不足なし!」
デザートライダーが馬上槍を構え、果敢にスパニエルを迎え撃つ。
「上からモノ言ってんじゃねぇーッ! 死ねやッ!」
BLAM! スパニエルは明後日の方向にマグナムを射撃し、反動で姿勢制御。
紙一重で刺突をかわして馬上槍の間合いの内側に飛び込み、魔物の背を走ってリボルバー・ダッシュストレートを繰り出す。デザートライダーは肩で受ける。BLAM! 打突と同時に発砲!
「ぐああああッ!」
デザートライダーが悲鳴を上げた。致命傷は避けたが、銃弾が骨を砕いたか。
スパニエルは射撃反動を乗せたスピンキックを繰り出し、そのまま魔物使いの首を刎ねにかかる。だが割り込んだフラッフィーベアがそれを阻止した。
「あっははははぁ! 楽しいねぇ! 生きてるって感じ! 君もそうでしょ!?」
「しゃらくせぇんだよ! テメェら全員ぶっ殺してやる!」
「「GRRRRRRR!」」
二人の獣人が牙を剥き出しに唸った。
組み技を狙って小刻みに間合いを詰めるフラッフィーベア。スパニエルは虚空を撃ち、反動蹴りを出すと見せかけ、相手の肩を飛び越えて背後に回った。そして右腕でフラッフィーベアにヘッドロックを仕掛け、空いた左手のリボルバーで俺を撃つ。BLAM! BLAM! BLAM! BLAM! BLAM! 銃火横一文字!
俺は咄嗟に強化魔法を発動し、身を翻してサドル上を走った。タールめいた黒い魔力が宙に残影を描き、マグナム弾がすぐそばを通り抜けていく。
「けほっ……あは、あは、あはぁ! あはははははァッ!」
フラッフィーベアが首に巻きついたスパニエルの腕を掴み、引っこ抜くように投げ落とした。そして肘関節を極めて体重をかけ、動きを封じながら腕を折りにかかる。
「クソッ! この馬鹿力が!」
スパニエルが拘束を抜けようと暴れるが、無理だ。両手が銃でふさがる都合上、銃僧兵闘法は組み技のレパートリーに乏しい。腕をとられると射撃反動を使ったトリッキーな動きも封じられてしまう。
「あばよ、スパニエル!」
抑え込まれたスパニエルの頭に、俺は『ヒュドラの牙』の銃口を向けた。
「――AAAAAAAAAAAARGHHHH!」
「うわッ!?」
だがそのとき、騎手の制御を失ったジンニーヤが狂ったように吼え、身体を激しく揺さぶって俺たちを振り落とした。俺が無様に路上を転がるそばで、フラッフィーベアが軽やかに受け身を取って着地する。
「ってぇな、畜生!」
「あははは! 仕損じたねぇ! 鉄火場ってのはこれだから!」
――KRAAAASH! 前方でイグニッションの魔導バイクが関所を突破し、東区へと逃げていくのが見えた。ああなってはもう追えない。
「ハッハハ……ツイてらァ! こっからはロスタイムだぜ、兄弟!」
その手前でスパニエルが立ち上がり、リボルバーを持った両手を交差させる銃僧兵闘法の構えを取った。そこに魔導RPGの爆発を逃れた冒険者たちが武器を手に殺到する。
「野郎、もう逃げられねぇぞ!」「南区を滅茶苦茶にしやがって!」「覚悟!」
「うるっせえぞ、雑魚共! 出る幕じゃあねぇんだよッ!」
BLAM! スパニエルが右のリボルバーを発砲、ひとり射殺。SMASH! 反動加速したエルボーでひとり殺害。BLAM! 射殺! SMASH! 殺害! BLAM! SMASH! BLAM! SMASH! BLAM! SMASH! BLAM! SMASH!
絶体絶命の状況にあって、スパニエルの動きはますます冴え渡っていた。右の銃を撃てば左、左の銃を撃てば右。駆動する魔導エンジンのクランクのごとく、片耳の獣人がシステマティックに冒険者を殺す。
「他の人は離れててー! 足手まといだから! ……それッ!」
フラッフィーベアが手裏剣を8枚同時投擲。スパニエルは両手銃連射からのスピンキックで弾く。そして弾の切れた拳銃を投げ捨てて上着を脱ぎ去り、その下のショルダーホルスターから同じ357マグナムを抜いた。さらにシャツの上には防弾ベスト!
「死ね、兄弟! 死ね――ッ!」
BLAM! BLAM! BLAM! BLAM! BLAMBLAMBLAMBLAM!
スパニエルが左右の357マグナムを前方に突き出し、弾幕を張りながら突撃した。
銃僧兵闘法奥義、バッファロー・ロコモティヴ。銃弾で動きを封じた相手にダブル・リボルバー・ストレートを直撃させ、そのままゼロ距離から銃弾を撃ち込んで殺すオーバーキル攻撃。奴はここで勝負をかける気だ。
ならば――俺はあえて正面から突っ込み、全速力でスライディングを仕掛けた。357マグナム弾が次々と顔のすぐ上を通過、銃弾の衝撃波で耳鳴りが起きる。
「なッ……!?」
俺の予想外の行動を見て、スパニエルが目を見開いた。だが奴の突進は既に最高速、今さら止まるには遅すぎる。
「困ったら勢い任せになる癖、最後の最後で出ちまったな」
正面衝突の瞬間、俺は下から両脚でスパニエルの胴を蹴り上げた。
そして両腕に強化魔法を発動。空中に浮き上がった奴に『ヒュドラの牙』を向け、引き金を引く。
BLAMNBLAMNBLAMN! 見よう見まねのコーナードラット・ファイア、8ゲージ散弾3発分の鉛のシャワーがスパニエルを打った。片耳の獣人がもんどり打って地面に落ちた。
「まだ、だ……まだだ! 俺はスパニエル!」
しかし――スパニエルは再び立ち上がり、銃僧兵闘法の構えを取った。防弾ベストが致命傷を防いだか!
「マジかよ! 頑丈だな、獣人ってのは!」
「GRRRRRR!」
スパニエルが唸り、至近距離から再びバッファロー・ロコモティヴを繰り出す。
俺は前蹴りを出して押し留めようとしたが、スパニエルは蹴りを喰らいながら突進を強行。俺の胴体にダブル・リボルバー・ストレートを突き刺し……発砲した。
BBLAMM!
「ぐッ……!?」
肋骨の砕ける音。肺の空気が押し出され、血の泡になって口から出た。
銃弾は防弾服が食い止めたが、357マグナム弾のストッピングパワーは凄まじい。激痛、吐き気、呼吸困難――だが、スパニエルが目の前で反動サマーソルトキックの構えだ。ここで動かなければ殺される!
「が、はっ!」
俺は『ヒュドラの牙』の先端、蛇頭を思わせるスパイク付きのストライクハイダーでスパニエルの胸を突き、引き金を引いた。
BLAMN! 散弾の衝撃を余さず受け、スパニエルが膝をつく。
俺は間髪入れずに右腰のダガーを抜き、最後の力を振り絞って、逆手で叩きつけるように奴の右肩に突き刺した。
ブツリ、と刃先に手応え。細身のスティレットの刃が防弾ベストの繊維を貫通し、スパニエルの肩の筋肉を貫いて心臓を破った。致命傷だ。
「……は、は、はァ!」
しかしスパニエルは止まらず、勝利を確信した笑みを浮かべた。
限界を迎えてその場にくずおれた俺に、奴は最後の一発を残した右のリボルバーを向け、引き金を――引いた。
BLAM!
「……駄目だよ。ジョン君はあげなーい」
しかし、マグナム弾が俺の頭を吹っ飛ばすことはなかった。発射直前、フラッフィーベアが後ろからスパニエルの右腕を掴み、捻り上げていたからだ。
「余計なお世話だったー?」
「ゲホッ……いいえ。助かりました。どうも……」
フラッフィーベアはほぼ無抵抗のスパニエルを後ろに引き倒すと、そのまま放置して俺を助け起こした。もはや追撃の必要はなかったからだ。
◇
「かぁーっ、情けねぇ……3人持ってく気だったんだが」
「ほざきやがれ、人の肋骨全部ブチ折りやがって……ゲホッ!」
「だったら何だよ、俺ぁ死ぬんだぞ」
仰向けに倒れた姿勢のまま、スパニエルが弱弱しく自嘲した。俺はフラッフィーベアに身体を支えてもらいながら、呼吸がやっとの状態でどうにか立っている。
細身の刃による刺突は敵の戦闘能力を奪うことには向いていないが、いとも簡単に致命傷を出す。あと数分ももたずに死ぬだろう。
「卑怯とは言うなよ。ライザーさんみたいに爆弾抱えてねぇだろうな」
「ンなもん使うのあの人ぐれぇだろ。――おい、兄弟。望み通り教えてやろうか」
「何をだよ」
「ヒュドラ・クランの……ゲホ、現状だよ。どうせもうじき死ぬし、お前にも知る権利ってもんがあんだろ」
スパニエルが咳き込んで血を吐き、続けた。
「今のクランを仕切ってるのはチャールズの親分だ。大幹部は3人……マグナムフィスト、サクシーダー、ノスフェラトゥ」
「他はどうした? センチネルやレッドトルネードは?」
「チャールズ派が始末したさ。暗黒闘技会の連中も出張ってな。デスヘイズとアクアヴィタエはクランを抜けて行方知れず。……お前をそそのかして組長を殺させた疑いとか、クーデター疑惑とか、そういう理由だったけどよ。ぶっちゃけもっと前から準備が進んでたんだ。もともとそういう予定だったんだろうな」
「……チャールズが?」
「俺は親分の悪口は言わねぇ。……だが、ギャングの世界に下剋上はよくある話。組長が死んでお前が消えた裏で、親分が何もしてないとは思えねぇのも事実だ」
俺の脳裏に、あの冷徹という言葉を人型にしたような男の姿が浮かんだ。
あの男が加入したのは5年前。親父の旗揚げしたヒュドラ・クランが、一端のギャングとして名を知られてきた頃だ。
奴は拡大期のクランが欲していた組織管理力と政治的な「箔」を提供し、代わりに貴族の覇権争いにおいて、分家筋の自分の後ろ盾となることを求めた。
ヒュドラ・クランの東区統一前、東のワンクォーター家は派閥ごとに別のギャング・クランと癒着していて、最大勢力のクランと繋がっている奴がそのまま表社会でトップに立つ構図が長年続いていたからだ。
俺たちは持ちつ持たれつの関係を続け、2年前――チャールズは東区貴族の代表の座を、ヒュドラ・クランは東区最大のギャングの座を手に入れた。あの日の夜、俺たちはともに勝利を掴んだ。そのはずだったのだ。
だが――もし、チャールズがギャングの力をも独占するつもりだったとすれば? 親父と俺を排除することで、東区代表とヒュドラ・クランのボスという2つの肩書を総取りすることで、全ての権力を自分に集めるつもりだったとすれば、どうだ。
「……あの野郎が親父を裏切って、今回の絵を描いたってわけかよ」
俺の中にドス黒い憎悪が渦巻き、燃えながらドロドロと広がっていった。
「へ、へ……なんだ、そのザマは。やっぱおっかねぇよ、お前」
スパニエルが血を吐き、弱々しく呼吸しながら笑った。
――視線を下ろすと、俺の身体からタールめいた魔力がどろどろと湧き出し、ダークグリーンのコートをドス黒く侵食していた。〈必殺〉の路地裏で死んでいった奴らのように、俺自身が黒く溶けかけているかのようだった。
「……ほんと言えばさ、ずっと怖ぇ奴だと思ってたんだよ、お前のこと。……チャールズの親分も、きっとそうさ……怖かったんだよ……ヒュドラ・クランの死神……」
「あ? 馬鹿言いやがれ。何でインテリの貴族サマが俺みてぇな木っ端を――」
俺は言い返そうとして、やめた。スパニエルは既に息絶えていたからだ。
「……死して屍/拾う者無し」
俺はその場に立ち尽くし、スパニエルの言葉を繰り返した。
その間にも黒いタールのような魔力が際限なく湧き出し、どろどろと流れ出して、路面に染み込むように消えていく。パノプティコンが金色の炎をまとう時のように、感情の高まりが俺の中のリミッターを外していた。
(まるで溶けた死体の山だ。……路地裏の外で死ねただけ、お前はマシな方だぜ)
俺はスパニエルの死体を見下ろした。
実際のところは解らない。単なる偶然の産物かもしれない。だが、魔力が自我と本能の力だというのなら、その形質には使い手の精神、「力」へのイメージが表れるはずだ。
フォーキャストは稲妻、パノプティコンは黄金の炎、フラッフィーベアは黒鉄。
俺がまとうのは――死人が溶けた成れの果て。無慈悲で残忍な死そのものだ。
やがてぽつ、ぽつ、と雨が降ってきたが、このドス黒い魔力が流れ落ちることも、俺の怒りの熱が冷めることもなかった。
「……クァーリーダックは生きてた。そっちも片付いたみたいで何より」
鋼入りのブーツの音を立て、パノプティコンが追い付いてきた。
その脇には血まみれで気絶したクァーリーダックが、念動魔法で浮いて運ばれている。目の前では復帰したデザートライダーが、気が立った様子で唸り声を上げる魔物の頭を撫でて宥めていた。
「あー、パノちゃん。ひとり逃がしちゃった。ライダー君も平気ー?」
「生きてはいる。ジンニーヤも落ち着いた……すまんが、医者を」
「ペインキラーがギルドに詰めてるはず、呼んでくる。ここにいな」
横で話が進む中、俺は目の前の古代コンクリートの壁を、東区の方を見た。
雨がますます強まり、冬の遠雷がゴロゴロと響く。
灰色の雲と魔術排気スモッグに覆われた東区の空には、ヒュドラ・ピラーが天に挑むようにそびえ立っていた。
読んでくれてありがとうございます。
今日は以上です。この更新は日に一度行います。
今すぐブックマーク登録と、"★★★★★"を




