ファスター・ザン・ウィンド(2)
――KA-BOOOOM! スパニエルの名乗りと同時に、階下から爆発の音が響く。
手榴弾ひとつふたつの規模ではない。梱包爆薬かロケットランチャーの音だ。
VROM! VROM! VROM! VROOOOOOOOOOOOOOOOM!
同時にけたたましいエンジン音がビルの外で響き、何かが高速で行き来を始めた。下でも戦闘が始まったのだ。パノプティコンなら死にはすまいが、しばらく救援は期待できないだろう。
「ヒュドラ・クランの人! み、見ての通りだ、助けてくれ!」
まだ状況を理解できていないのか、クァーリーダックが助けを求めて叫ぶ。
「ア? ……ああ、はいはい」
スパニエルは俺に左の銃口を向けたまま右の357マグナムを抜き、躊躇なくクァーリーダックを撃った。
BLAM!
「えッ?」
クァーリーダックが間の抜けた声を出した。
幸い、奴の脳は吹っ飛ばされることなく頭蓋骨に残っていた。フラッフィーベアが横から指で銃弾を挟み潰して止めていたからだ。
「あはは! 東区の人ってみんな容赦ないねー?」
「つくづくおめでたい野郎だぜ。大幹部直下のグレーター・ギャングが、お前なんざ助けに来るわけがねぇだろうが」
「兄弟の言う通りさ。バレた外様のスパイに生かす価値なんざあるわけがねぇだろ。そういう短絡思考しかできねぇから食い詰めるんだぜ、おっさん」
「お、おっさん……」
言い淀むクァーリーダックを見ようともせず、スパニエルが話を続けた。
「そんでお前、なんで親殺しなんざやったんだよ? 組長とは仲良かったろうが」
「俺が訊きてぇよ。いきなり親父の方が俺を殺そうとしやがったんだ。用済みだとか何だとか言ってよ。そうなったらもう殺すしかねぇじゃん」
「ふーん……? 確かに妙な話だな。ご愁傷様、同情するぜ」
「だろ?」
相手の眉間をブチ抜くタイミングを探りながら、俺は続けた。
「だいたい、今のヒュドラ・クランはどうなってんだ? 東区の外で堂々と滅茶苦茶やる、お前やライザーさんみたいな最精鋭は遠征してくる。誰が仕切ってんだ」
「俺が教えると思うかよ。――今日のところはお前を殺せとは言われてねぇ。何も言わずにそいつだけ殺らしてくれんなら見逃してやるぜ、兄弟」
「俺が『はいそうですか』って答えると思うかよ」
俺がオウム返しに答えると、スパニエルはわざとらしく肩を竦めた。
「……じゃ、死ねよ」
「テメェが死ね」
BBLAMN!
『黒い拳銃』と左の357リボルバー、ふたつの銃声が重なった。
視界がスローに流れる。身を捩って避ける俺の目の前で、スパニエルは右のリボルバーをかざし、下から発砲して9ミリ弾を撃ち落とした。
(タイマンじゃ分が悪いか)
銃の腕自体は互角。だが強化魔法で補正した高速の精密狙撃――エンハンス・ドロウとでも言おうか――俺からすれば身につけたばかりの切り札だが、奴には使えて当たり前の前提でしかない。そのぶん向こうに分がある。
そして奴が真価を発揮するのは、1発目を撃ったその後だ。……スパニエルは左右2発分の射撃反動を受け、跳んだ。
「ハッハッハッハァーッ!」
片耳の獣人が壁を蹴り、天井を蹴り、また壁を蹴って俺の背後、クァーリーダックの方へと飛び渡る。
フラッフィーベアが手裏剣を投擲。BLAM! スパニエルは空中でリボルバーを発砲して撃墜。さらにその反動を利用して錐揉み回転蹴りを放つ。狙いはクァーリーダックの脳天だ。
「油断も隙もねぇ、なッ!」
俺は咄嗟にカバーに入り、強化魔法を発動。クロスさせた腕で蹴りを防いだ。
黒いタール状の魔力が両腕にまとわりつき、蹴りの威力を相殺する。それでも痺れるような痛みが走った。
「強化魔法? いつ覚えた!?」
「南区に来てからさ」
「ファック! これだから天才肌はよ!」
BLAM! スパニエルが毒づきながら身を反らし、フラッフィーベアへ牽制射撃。その反動を乗せたステップで俺が撃った散弾を躱す。
奴の銃僧兵闘法は、二挺拳銃が前提の格闘術だ。
その発祥は銃が発明された80年前。一発撃つたびに装填を要した初期の銃にまず目をつけたのは、弓士でも剣士でもなく、聖火教の聖職者だった。
戒律で血の流れる武器の携帯を禁じられ、代わりに徒手空拳や棍術を磨き上げてきた僧兵たちは、銃を見てこう解釈した――弾丸は飛礫であり、銃は杖、もしくは刃のない寸鉄にあたる。つまり銃は「血の流れる武器」ではない。
この欺瞞に満ちた解釈から生まれた格闘術が銃僧兵闘法。特にスパニエルが使うのは、リボルバー拳銃に適応した新教派のものだ。
「あはははは! A級、フラッフィーベア! 行くよ!」
フラッフィーベアがスパニエルの背後から掴みかかる。スパニエルは振り向きざまリボルバーを握った手で左ストレートを繰り出し、打突と同時に発砲。
BLAM! ――フラッフィーベアの足元で埃が舞い、銃弾は全エネルギーを失って床に落ちた。衝撃を受け流し無効化する、フラッフィーベアの〈風柳〉。
「知ってるぜ、スキル持ちの用心棒! マジで無敵か見せてもらおうか!」
スパニエルが連続攻撃を繰り出す。
反動で加速した右リボルバー・ストレート。無効化。続く顔面への射撃。無効化。その反動を乗せた左ハイキック。これも無効化! フラッフィーベアが猛獣のごとく踏み込み、スパニエルの頭部を両側から叩き潰しにかかる!
「あっははは! スイカみたいに割ったげる!」
「舐めんな、クソアマがッ!」
だがスパニエルは仰向けに滑り込み、紙一重で掴みを回避。
そこから両足底をフラッフィーベアの腹に押し当て、カタパルトめいて空中へ打ち上げた。カウンターキックで打ち上げた相手に銃撃を浴びせる銃僧兵闘法の高等技、コーナードラット・ファイアだ。
「脳味噌ぶちまけろ!」
「GRRRRRッ!」
BLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAM!
下からリボルバーの連射、上からフラッフィーベアの連続手裏剣投擲。手裏剣と357マグナム弾が空中で衝突して砕け散る。
俺は『ヒュドラの牙』を構え、仰向けのスパニエルに銃口を向けた。
BLAMN! だがスパニエルが一瞬早く跳ね起きて跳躍。遅れて8ゲージの散弾が床を打ったが、奴は既に空中だ。
「死ねやァッ!」
BBLAM! スパニエルが357マグナムを前後に発砲し、俺とフラッフィーベアに同時銃撃。さらに反動加速した空中回し蹴りをフラッフィーベアに叩き込んだ。
「ぐっ!?」「……!」
強力なマグナム弾が俺の右肩を打ち、強化魔法を込めた蹴りがフラッフィーベアを壁まで吹っ飛ばす。空中では衝撃を逃がす先がないのだ。
スパニエルは部屋の中央に着地し、拳法めいた独特の構えで残心した。
「服に救われたな、兄弟。知ってんだろ、俺の銃僧兵闘法は親分直伝よ」
「いってぇな、ボケが……!」
俺は毒づいて痛みから気を逸らし、窓を背にして『ヒュドラの牙』を構え直した。
内出血、骨にヒビ。竜鱗入りの高級防弾スーツを着ていなければ、間違いなく戦闘不能になっていた。
「――あはははは! あはぁはぁはぁはぁ! いいね、楽しいよ!」
同時に反対側でもフラッフィーベアが起き上がる。口の端に薄く見える線が開き、鋭い犬歯の並んだ大口が露出した。
そして全員がもう一度動き出す――その矢先だった。
「ひ、ヒイィィィィィィッ!」
「へ?」「ア?」「あー」
窓際でガタガタ震えていたクァーリーダックが突然悲鳴を上げ、両手をバタつかせながら窓から飛び降りた。そのまま図体に見合わぬ逃げ足を発揮し、表街道の方へと駆けていく。
「あーあー、面倒くせぇことしやがって! ……仕切り直しだ、あばよ!」
次にスパニエルがバックジャンプで離脱し、去り際に何かを部屋に投げ込んだ。
赤く塗られた大型手榴弾――魔導サーモバリック爆薬の詰まった爆炎手榴弾!
「窓の外へ!」「はーい」
俺とフラッフィーベアはすぐさま猛ダッシュをかけ、ふたりで窓から飛び降りた。
KA-BOOOOOOOOOOOOOM!
直後、背後で派手な爆発。強化魔法前転着地でその場から離れ、降り注ぐガラスのかけらから逃れる。
振り返ると、さっきまでいた部屋では赤い炎がごうごうと燃えていた。
あの有様では魔法使いも剣士も生きてはいまい。まんまと口を封じられた形だ。
「――玄関の盗賊をやられた。そっちはどうなった?」
俺たちが走り出すと同時に、建物の陰からパノプティコンが走ってきた。ワインレッドの探偵服は、あちこちが煤で汚れている。
「敵がひとり。名前はスパニエル、獣人、銃僧兵闘法! 取り巻きふたりが殺られてクァーリーダックは逃げた!」
「パノちゃんなら追えるでしょー? 足速いもん」
「そうもいかない。……あいつがいる!」
――VROOOOOOOOOM!
パノプティコンが後ろに視線をやると同時に、さっきの異様なエンジン音とともに巨大な影が飛び出した。
「……何だ、ありゃ!?」
異音を立てて疾走するのは、魔導車に似た奇妙な浮遊機械だった。
鋼鉄の鮫を思わせる、前後に長い流線型のシャーシ。魔導車なら四隅についている魔導浮揚機は前後2基しかなく、安定性に欠けるぶん機敏に動く。車体の両脇には巨大なブースター・ユニットが連結されていた。
「YAEH! イグニッションです!」
鋼鉄の鮫の中央部、サドルに跨がるフルフェイスヘルメットの男が名乗った。
黒のライダースーツ。魔導RPGを肩に担ぎ、首の後ろからは太いケーブルが伸びて車体と繋がっている。マギバネティクス技術を使った脳直結操縦システムか。
「気をつけて。動きは単調だけど、速度が尋常じゃない」
「装甲魔導バイク『ワイバーンヘッド』、クラン謹製の新型よ! 死ね!」
BOM! イグニッションが上半身を捻り、魔導RPGからロケット弾を発射。
太い矢のような弾頭が安定翼を展開し、気流魔法機構で飛んでくる。
「墜とせ!」「はいはーい!」
フラッフィーベアが手裏剣を投げつけ、RPGの弾頭を容易く撃墜した。
KA-BOOOOM! 弾頭が空中炸裂し、高温の衝撃波が広がる。こっちも対人用の魔導サーモバリック弾頭か。
その隙に魔導バイクがとんでもない速度で俺たち全員を抜き去り、先行するスパニエルの真横についた。そのまま巧みな操車術で相対速度を合わせ、前転跳躍したスパニエルを後部サドルで受け止める。
「状況は見ての通り、先頭のデブがターゲットだ、他は相手にするな」
「了解だ、リーダー。キッドナッパー射出!」
イグニッションが車体をクァーリーダックに横付けすると、その後部側面から無数のワイヤー付きアンカーが射出され、小太りの冒険者を絡めとった。
「決まったァー! このまま引きずり回してすり身にしてやれ!」
「やらいでか! アクセル全開だぜ!」
「ギャアアアアアアッ!? アアアアアアッ!」
VROOOOOOOM! 魔導バイクが一瞬で速度を上げ、引きずられるクァーリーダックが悲鳴を上げた。
やんぬるかな、あのままでは数分もせずに手足がもげて紅葉おろしだ。だが徒歩の現状、あのスピードに追いつく手段などない。魔導車より速く走れるパノプティコンですら、見る見るうちに距離を離されていく。
「ねー、ジョン君。これもう無理っぽくない?」
「駄目かもわかんないっすね……」
この際クァーリーダックは諦めるべきか、真面目に検討を始めた瞬間――さらに新たな巨影が頭上をよぎり、俺の真横に着地した。
「また新手か!? ……は?」
それを見て、俺は一瞬凍りついた。
次に現れた巨影は機械ではなく、二車線にまたがるほどの図体の化け物だった。
四足肉食獣めいた体型。体を覆う砂色の甲殻、翼膜を持つ強靭な前肢、長い尻尾。爬虫類じみた流線形の頭部には鋭い牙。
その背中にはサドルが据えてあり、そこに浅黒い肌の男が騎乗していた。手には手綱と長い馬上槍、首には黒灰色の冒険者タグ。
「――B級『デザートライダー』、助太刀に参った! こちらに乗り移れ!」
魔物使いが俺たちと並走しながら叫んだ。南区側の増援か!
「乗り移る? ……うわっ!」
「あっはははは! ついてたね、ジョン君!」
フラッフィーベアが俺を米俵めいて抱え上げ、魔物の背中へと飛び移る。
それを合図にして、魔物が強烈に路面を蹴り、魔導バイクを追って爆走を始めた。
読んでくれてありがとうございます。
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