ファスター・ザン・ウィンド(1)
「冒険者ギルドの裏切り者が見つかった。今晩そいつの家に押し入る。来るでしょ」
「そりゃ行きますが、事情を聞いても?」
あの大乱戦の翌日、居候しているフォーキャスト宅の一階で、俺はパノプティコンにそう聞き返した。
――俺を襲ったデーモンナイフとホワイトリリィは、あの後冒険者ギルドの追跡を振り切って都市の外に逃れたとのことだった。
というのも、近場でヒュドラ・クランの構成員らしき男が現地アウトローと騒ぎを起こしているのを見咎め、戦力を一部そちらに割いたのだという。
それ自体は判断ミスとも言えないが、ここでさらに謎の乱入者が現れ、別働隊のダズリングハンドという冒険者を殺害。さらには追われていたヒュドラ・クランの構成員までも無残に爆殺した。
その騒ぎで冒険者たちの足並みが乱れた隙をつき、デーモンナイフたちはまんまと逃亡を果たした。そしてパノプティコンが駆けつけた時には、その謎の乱入者も姿を消していた。結果論だが、2匹の兎を追って両方とも逃してしまったわけだ。
「ペインキラーが検死して、散らばった肉片から顔をいくらか復元してくれた。その顔を手掛かりにローラー作戦で探り出して……こいつに辿り着いた」
パノプティコンが書類を取り出し、居間のテーブルに広げた。難しくて読めない。
「俺バカなんで読み書きできねぇんすけど、なんて書いてあるんです?」
「Cランク冒険者のクァーリーダック。主業は魔物狩りだけど、依頼達成率はあまりよくない。年齢的にもピークを過ぎてる。最近立て続けに依頼を失敗してて、いくらか借金してた。金欲しさに内通したみたい」
「世知辛え話だ。……にしても、そんな真似やらかしといてまだ逃げてないんすか? 悠長な奴だなぁ」
「そういう奴だから体よく利用されたんでしょ」
次にパノプティコンは地図と建物の間取り図を取り出し、テーブルに置いた。
「相手のヤサの間取りか。準備がいいっすね」
「業者に供出させた。クァーリーダックの家は外壁地区、メゾネットの集合住宅。逃げられる前に押し入って、全員を捕まえる」
「なるほど、この手のカチコミは得意っすよ。パノさんとふたりで?」
「私も行くけど、フラッフィーがつく。弾避けにはあいつの方が適任だし、殺さないように倒すのも得意だから」
「あっはは! また一緒だねー!」
いつの間に立ち上がったのか、さっきまでソファに寝そべっていたフラッフィーベアが俺に後ろから抱き着いた。柔らかい脂肪と、その下に隠れた強靭な筋肉の感触。
「私は?」
「キャストは人相手は専門外でしょ。昨日みたいに後ろから襲われたら危ないから、近くの屋上にでも待機してて」
「はーい。パノ隊長の仰せのままに」
フォーキャストがニコニコ笑いながら敬礼した。パノプティコンが嫌そうに顔をしかめながら続ける。
「それと、バックスタブ。あんたはこれを使うこと」
どん、と重い音を立て、机の上に紙箱がひとつ置かれた。
「ロックソルト弾っすか」
東区製、8ゲージのショットシェル。しかし弾頭に詰まっているのは鉛ではない。小さな岩塩粒を詰めた非致死性弾だ。
「ブラックパウダーに用意してもらった。今回は生け捕りだから、殺しちゃ駄目」
「難しいこと言うなぁ。フィクションじゃみんなホイホイ撃ってますけどね、貫通しないってだけで当たり所が悪けりゃ普通に死ぬんすよ。ましてや室内でショットガンとなりゃ、衝撃で頸椎骨折、内臓破裂……」
「取り巻きのひとりふたりなら死んでもいい」
「なーんだ、それならそうと早く言ってくださいよ。へへっ」
俺はロックソルト弾の紙箱を手に取り、準備にかかるべく席を立った。
◇
「カチコミ前にそこの建物眺めるの、けっこう好きなんすよね。解ります?」
「あんたに人殺し以外の趣味があったことが意外だわ」
外壁近くの寂れた住宅街で、俺は古代建築の集合住宅を見上げた。
メゾネット、つまり内階段で繋がった複数階を一世帯分とする建物だ。
「1階と玄関の見張りは私が。あんたたちは上」
「了解。じゃ、俺から行きます」
「よろしくねー」
「へーい。……すいませェーん! 大家の使いですけどもォー!」
扉を20回ほどノックしながら大声で呼びかけると、室内からドタドタと足音が響いた。大人の男、中背、やや痩せ型。鎖帷子の音も聞こえる。
「何だよ! 今忙し――」
俺は開きかけたドアの隙間に銃口を突っ込み、引き金を引いた。
BLAMN! 『ヒュドラの牙』の重い銃声と共に、人が倒れる音がした。
BLAMN! BLAMN! BLAMN! 素早くドアを開け、目についた通路にショットガンの制圧射撃を撃ち込む。
上階から悲鳴と足音。すぐさま階段の上に閃光手榴弾を投擲。
目を閉じて閃光をやり過ごし、それから玄関に這いつくばって悶え苦しむ盗賊らしき男に蹴りを入れ、端にどける。
「どうぞ」「ん」
パノプティコンが念動魔法で盗賊を拘束。同時にケープの下からゲイジング・ビットを飛ばし、一階の奥へと送り込む。
そして誰もいないことを確認し、鋼鉄ステッキの先で2階を指す。俺とフラッフィーベアは頷き合い、音もなく階段を上がった。
◇
「突撃3分くっきーんぐ! どーも、フラッフィーベアでーす!」
「バックスタブです。今日の献立はお前らの黒焦げトーストだ」
「死ねェェェーッ!」
2階の扉を蹴り開けると、ショートソードを持った剣士が斬りかかってきた。
「あはは! ひとつめぇ!」
「ギャアアーッ!?」
フラッフィーベアが両手で円を描くようにして斬撃を捌き、流れるように投げ倒して腕を踏み折る。極東の島国に伝わる柔道の技。
「き、来ちゃった……!」
「A級に『ヒュドラ殺し』だと!? 聞いてねぇぞ!」
部屋の奥にはふたり。片方は古式なローブ姿の魔法使い女。
もう片方は小太りの男。茶髪、機械弓、羽飾り付きの革鎧。太り気味の体型。クァーリーダックだ。
BLAMN! BLAMN! BLAMN! BLAMN! BLAMN!
俺はフラッフィーベアの陰からロックソルト弾を連射し、敵の頭を抑えた。家具や調度品が薙ぎ倒され、部屋の奥の窓ガラスが砕け散る。
「キャアァァーッ!」
魔法使いが悲鳴とともにタンスの陰から杖を突き出し、火球を放つ。
ファイアライザーが見れば鼻で笑うような火炎魔法だが、出力そのものは馬鹿にできない。当たれば大火傷だろう。
「あ――」
だが次の瞬間、そばのフラッフィーベアの手中に魔力が渦巻く。
魔力は塵となり、塵は凝集し、星型の手裏剣を生んだ。
「――はぁ!」
そしてフラッフィーベアの手がぶれ、手裏剣が銀色に一閃した。
鋼の星が火球を貫いて爆散させ、敵ふたりが隠れた木のテーブルに着弾。そのまま製材機械から弾け飛んだ丸ノコ刃めいてテーブルをまっぷたつに破壊する。
BLAMN! 俺は即座にロックソルト弾を撃ち、遮蔽を失った魔法使いを倒した。これで取り巻きは全滅だ。
「いぇーい! 息ぴったりー!」
「イェーイ。――おい豚野郎、許可なく動くんじゃねぇ。後ろ向いて壁に手ぇつけ」
「う、嘘だ……こんなの……!」
クァーリーダックが窓の方へ後ずさる。
BLAM! 俺は左腰の『黒い拳銃』を抜き、その股下に威嚇射撃を撃ち込んだ。
「人間の言葉わかんねぇのか? 壁に手をつけって言ってんだよ、殺すぞ」
「ま、待ってくれ! ……あっ」
クァーリーダックが俺を見て声を上げた。
――違う。俺の背後を見て声を上げたのだ。
「ちっ!」
俺は姿勢を下げつつ身を翻し、後ろに拳銃を向けた。
BLAM! 響いた発砲音は俺のものではない。背後から飛んできた銃弾が頭のすぐ上を通過し、衝撃波が俺の頭をぶん殴った。高初速のマグナム弾!
「……あーあ、余計な真似するから外したじゃねぇかよ。豚野郎が」
部屋の入り口に立っていたのは獣人の男だった。
白メッシュ入りの黒髪、防弾仕様らしきネイビーのストライプスーツ。シャープに断耳された頭の獣耳は片方が銃創によって欠けていた。左手で357マグナムを抜き、銃口を俺に向けている。
奴の後ろではカーテンが風に吹かれてはためいていた。どうやら玄関とは反対側、2階の窓から入ってきたらしい。
「……サブマリンにライザーさんと来て、次はお前かよ」
「残念ながらな。こっちで要領よくやってるらしいじゃねぇの、兄弟」
俺たちは互いに銃口を向け合い、射撃機会を伺った。
先に撃たなければ負ける。だが下手に動いて隙を見せても負ける。一瞬でも下手を打てば、即座に相手の銃撃が眉間をぶち抜くだろう。
「知り合いー?」
「ダチっす。昨日話したでしょ」
「どうも、お姉さん。――ヒュドラ・クラン、スパニエルです」
スパニエルが芝居がかった調子で名乗り、空いた右手を腰のホルスターにかけた。
読んでくれてありがとうございます。
今日は以上です。この更新は日に一度行います。
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