ランペイジ・ビースト・アンド・キルマシーン(11)
「追え! 逃がすな!」
「あのサムライ野郎とマギバネ女をぶっ殺せ!」
「首をぶった切って東区の関所に投げ込んでやる!」
「――おーおー、末法でやすね。ギャングも冒険者も似たり寄ったりだ」
SLASH! 後ろから古代建築を飛び移ってくる賞金稼ぎたちを殺すべく、デーモンナイフが空中から片手居合の斬撃波を放つ。
だが空気の刃は到達前に不可視の外力にねじ曲げられ、掻き乱されて四散した。追跡の先頭を走るパノプティコンの念動魔法だ。
「無駄なこと! 飛び道具が私に効くと思うな!」
「やれ、厄介なこって。サイキックはこれだから……!」
デーモンナイフが毒づいた。熟練した念動魔法使いを相手に、飛び道具はほとんど用をなさない。かといって接近戦に持ち込もうにも、相手はヒュドラ・クランの勇士ファイアライザーを殺した〈邪視〉使いだ。手負いの現状で勝てる相手ではない。
「どう逃げるおつもりですか?」
そのとき、腕の中から声がした。デーモンナイフが視線をやると、両腕と胸から下を失ったホワイトリリィが彼を見ていた。
「生きてやしたか。ダメ元で拾ったんですが」
「生身なのは脳と眼球くらいですから。それで?」
「外壁を越えて南区を出やす。それからぐるっと回って、東区に入り直しましょう」
「順当ですわね」
ホワイトリリィが小さく頷いた。
「もうひとつ聞きます。どういうつもりで私を助けたんです?」
「旅は道連れ、世は情けと申しましょう。このまま東区に帰ったとして、ヒュドラ・クランの奴らがあっしらを放っておくたぁ思えません。共犯は多いほどいい」
デーモンナイフがつらつらと答えた。
代理人を幾重にも挟んで素性を隠していたが――この襲撃の依頼者はヒュドラ・クラン、それも派閥争いなどで自前の戦力を動かせない事情を抱えた者に違いない。
そして肝心の暗殺をしくじった今、依頼者にせよ、その敵対者にせよ、自分たちをよくは思うまい。何らかの制裁、もしくは口封じに動くはずだ。デーモンナイフはそのように考えていた。
「ふーん……いいでしょう。東区に戻ったら、まず私の隠れ家へ向かってください」
ホワイトリリィがひとまず納得した様子で言った。
「構いやせんが、そこに何が?」
「スペアボディですよ。首だけでは戦えませんし、夜のお相手もできませんもの」
「へっ」
ホワイトリリィがからかうように言うと、デーモンナイフは鼻で笑った。
「俺ぁもうちょっと肉のついた女が好みでしてね。それよりガキの遊び相手をしてくれやせんか。うちの坊主はビックリ箱が好きなんでさ」
「どういう意味です? ――右前方1時方向、ビル脇の路地」
「あん?」
言われた方向に視線を向けると、くたびれたスーツ姿の男が3人、焦った様子で路地裏を走っていた。
その周囲にはいかにも山賊然とした格好のならず者が十数人、刀剣類を手にして彼らを追っている。余所者が廃墟に住みついたアウトローのテリトリーに入り込み、追われているといったところか。
「なるほど。毒を食らわば皿まで、ちょうどいいや。あいつに押し付けやしょう」
「うふふ、いい考えです」
BOOOOM! 足元に起こした気流魔法の爆風に乗り、デーモンナイフは針路を変えた。無数の追手を後ろに引き連れて。
◇
「死ね! 死ねーっ!」「ギャアアアッ!」
BLAMBLAMBLAM! シェイクテイルは手にしたオートマチック拳銃の弾をバラ撒き、襲ってきたゴロツキを一人射殺した。
「ハァーッ、ハァーッ! クソが! ファック! ファック! ファーック!」
シェイクテイルが毒づく。彼の100メートル後ろでは、後頭部に投石を受けて倒れた手下のひとりが、剣で滅多刺しにされて死んでいた。
アウトローの世界にも縄張りがあり、面子がある。彼らは余所者を誰何しにきた現地勢力に対してパニックのあまり発砲し、完全に敵対してしまったのだ。ヒュドラ・クランに喧嘩を売る者などいないという無意識の傲慢が、シェイクテイルらを更なる窮地に追い込んでいた。
「何もかもうまく行かねぇ! どうする!? どうすれば……」
「――おおい、ヒュドラ・クランの人! あんたも早く逃げなせぇよ!」
その声と同時に、何かを抱えた人影が、一陣の風のごとく彼の頭上を飛び越える。
それがレストラン前で大立ち回りをしていた男だと気付いた時には、既に人影は外壁の方へと遠く飛び去っていた。
「え?」
シェイクテイルが呆けたように頭上を見上げ、それから後ろを振り向く。
「――ヒュドラ・クランだと? それに廃墟のゴロツキどもか」
「ややこしいことになってるな。どうする、パノプティコン」
「検討自体が面倒。全員を捕縛する!」
「オーケー!」「散れ! 散れ!」「パノプティコンに続け!」
そして散開しながら高速パルクールで追いかけてくる南区の冒険者たちの姿を認め、シェイクテイルはさらに顔を青くした。
「ひっ……ヒィィィヤァァァァァァァッ!?」
いったい何故!? 考える間もなく無数の機械眼球が3次元ビリヤードめいた軌道で飛来し、〈邪視〉のオールレンジ照射でもうひとりの手下を、そして現地アウトローたちを呪縛する。パノプティコンのゲイジング・ビット!
「アーッ!?」
「クソ、クソ、クソ! 捕まってたまるかよ!」
心停止を起こして倒れ伏す手下を置いて、シェイクテイルは手近な廃ビルに逃げ込んだ。長期的なビジョンなど練っている余裕はない。
「ここは……教会か?」
外装が撤去されていて気付かなかったが、墓石めいた四角い建物の中には古びた長椅子が平行に並び、奥の壁には火をかたどったレリーフが飾られている。さらに奥の部屋には僧兵鍛錬用の木人や組手場もあった。大陸で広く信仰されている一神教、聖火教の廃教会だ。
「ケッ、ふざけやがって……! こんな時に神様が何の役に立つってんだ!」
「――おう、いいこと言うじゃねぇかよ」
そう背後から声がかかると同時に、金髪を逆立てた冒険者が入口から現れた。その両手は鋼鉄のナックルダスターで武装しており、電撃魔法の稲妻を帯びてバチバチと輝いている。
「B級、ダズリングハンドだ。テメェをブチのめしにきた」
「お、俺はシェイクテイルだ! ぶっ殺……ひぎィッ!?」
BZZZZT! ダズリングハンドが強烈に踏み込み、シェイクテイルの顔面に強烈な右ストレートを叩き込んだ。インパクトと同時に流れ込んだ電流に焼かれ、シェイクテイルが仰向けに倒れる。
「アガッ……アバ……」
「あーあ、こんな木っ端の相手じゃなくて、さっきの大物がよかったぜ。取るに足らねぇクズが寝言ほざきやがってよ」
焦げくさい臭いを漂わせながら痙攣するシェイクテイルの前で、ダズリングハンドは拳を打ち合わせながら吐き捨てた。彼は熟練の賞金稼ぎであり、対人戦闘の経験を積んでいる。
「――なら俺なんてどうだい、冒険者サマよ」
「アア?」
そのとき、頭上から新たな声。ダズリングハンドは拳を構え、視線を上げた。
「おっと、自己紹介はいらねぇぜ、ダズリングハンドさん。さっき聞いてたからよ」
廃教会の窓枠に立っていたのは、両腰に銃を下げた若い男だった。
白いメッシュの入った黒髪、獣人、ネイビーのストライプスーツ姿。頭上の獣耳はシャープな形に断耳されているが、右耳は銃創によってボロ切れめいて欠けている。年齢不相応な風格が漂う表情には、不敵な笑みが浮かんでいた。
そして、両腰のホルスターに収まっているのは、美しい青みがかった黒のリボルバー拳銃。長銃身モデルの357マグナム。
「テメェもヒュドラ・クラン野郎か。名乗りな! 戦果の足しにしてやるぜ!」
「スパニエル」
ダズリングハンドの拳がひときわ激しく輝き、凄まじい放電音を響かせる。
同時にスパニエルが両手に強化魔法を走らせ、電光のごとくリボルバーを抜いた。
読んでくれてありがとうございます。
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