ランペイジ・ビースト・アンド・キルマシーン(10)
「――GRRRRRRッ!」
フラッフィーベアが両腕を振るった瞬間、手裏剣8枚が同時に放たれた。
金属生成の域に達した土魔法。魔力で織り上げた黒鉄の鉤爪を一瞬のうちに解体し、手裏剣に作り直して投げたのだ。
ホワイトリリィは両手足のマギトロン・ブレードを振るい、これを受ける。WOOOSH! WOOOSH! WOOOSH! トンファー状に展開した青白い魔力の刃が手裏剣に触れ、ひとつ残らず蒸発させた。
恐ろしい格闘センスだ。南区ならA級クラス、東区でもファイアライザーのような大幹部直属の精鋭と勝負できるだろう。
「参ったね。銃も駄目、火炙りも駄目。目ン玉に刃物刺せば死ぬかな」
「やってごらんなさいな!」
ZZOOOM! ホワイトリリィが脚部マギバネ・ブースターを噴射し、再び見えない足場を蹴るように肉薄する。
BLAMN! BLAMN! BLAMN! BLAMN! BLAMN! 俺は咄嗟に『ヒュドラの牙』を連射した。だが鉛散弾は宙を走る四重弧の斬撃に呑まれ、あっけなく蒸発して消える。一目でわかる熱量!
「あはは! 大掛かりだねぇ、東区のカラクリ仕掛けって!」
フラッフィーベアが後ろ手に俺を押し、ホワイトリリィから遠ざけた。そして黒鉄の鉤爪を再生成し、本気の魔力を注ぎ込む。
恐ろしい強度の強化魔法。パノプティコンの金色の炎のような派手なエフェクトこそないが、周りの大気が沸騰するようにざわめいているのが解った。
「然り、私のボディは最新技術の結晶! 古臭い武術家の出る幕ではない!」
「あははははっ! 脳味噌まで機械なの? 皮肉で言ったの解んないかなー?」
「言っていなさい!」
「笑止千万!」
DOOOOM! 鉄鉤と光のブレードが激突し、魔力同士が強烈な斥力を生んだ。
一瞬の鍔迫り合いの後、ホワイトリリィが弾かれて仰け反る。ノーエンハンス・ノーマジシャン、力勝ちしたのはフラッフィーベアだ。
BLAMN! 俺はすかさず後ろから上半身を乗り出し、壁撃ちの要領でショットガン追撃。大粒のスラッグ弾がホワイトリリィの下腹を直撃し、白い磁器質の外殻に大穴を開ける。血は流れず、機械部品が覗いた。
「ちっ」「……ッ!」
有効打、しかし致命傷ではない。俺とホワイトリリィが同時に舌打ちした。
純白の人形女が倒れながら地面に片手をつき、逆立ち姿勢で両脚ブースターを噴射。下半身を360度旋回させる異形のウィンドミル・キックでフラッフィーベアの組み技を拒絶し、素早く立て直して斜め前に跳ぶ。
「切捨御免……」
同時に敵後方で魔力を練り上げていたデーモンナイフが、上体を低く沈め、大業物の刀を鞘走らせた。奴の周囲にビュウ、と旋風が渦巻く。
「鬼剣『太刀嵐』!」
SSSSLAAAAAAAAAASH! 逆袈裟、神速の居合一文字。
だが発生した斬撃波はひとつではない。攻撃範囲は直線ではない。横倒しの竜巻、あるいは巨大殺人ミキサーめいて風巻く無数の斬撃が迫る。KBAM! KBAM! 路傍の廃車がバラバラに切り刻まれながら巻き上げられ、空中で次々と爆発した。
「もう剣もなにもあったもんじゃねぇな」
「糠に釘、柳に風! ジョン君はあたしの後ろに!」
吹き荒れる斬撃風の中、フラッフィーベアが仁王立ちして俺を庇った。同時に側面に回ったホワイトリリィを撃ち落とすべく、手の中に手裏剣を生成する。
「――マギトロン・ビーム、照射ッ!」
そのときホワイトリリィの胸元の外殻が開き、レンズ状の発射口が露出した。
そこに粒子めいた魔力光が集中――ZAAAAAAP! 青白い光線が射出!
「うおッ!」「GROWL!?」
完全な奇襲、そして躱しようのない弾速。薙ぎ払うように放たれた魔導ビーム兵器がフラッフィーベアを捉え、魔法弾の直撃時のような小爆発を起こした。栗髪の獣人が手裏剣を取り落とす。
「隠し玉は最後までとっておくもの! 今度こそ溶断して差し上げますわ!」
ホワイトリリィが建物の壁を蹴って跳ね返り、側面上方から強襲をかけた。
振りかぶられた左右のマギトロン・ブレードが出力を増し、ひときわ長大な刀身を形成した。そのまま両脚のブースターを全力噴射し、地獄の車輪めいて縦回転。斬撃嵐の中を強引に突っ込んでくる。
(ヤバい)
ドクン。心臓が脈打ち、視界はスローモーション。
圧縮された主観時間の中、俺は思考を巡らせた。このまま動かなければホワイトリリィに殺られる。かといってフラッフィーベアの陰から出ればデーモンナイフの斬撃の嵐に切り刻まれて御陀仏だ。
被害覚悟で打って出るか? 無理だ。俺ごときの強化魔法ではデーモンナイフの斬撃波を相殺できない。一秒も持たないだろう。
〈必殺〉で仕留める? 無理だ。相手の動きが速すぎる。狙いを定める前に突っ込まれて死ぬだろう。
ここから迎撃して撃ち落とす? 現実的じゃない。ホワイトリリィの身体は装甲で覆われていて、しかも両手足の魔力刃が弾を遮っている。だがこの位置から動けない現状、可能な選択肢はこれだけだ。
「クソが。やるだけやってやる……!」
俺は左手にタールめいた魔力をまとわせ、腰の『黒い拳銃』を抜いた。
「――?」
そのとき、ふと違和感に気付いた。
俺が拳銃を抜いてホワイトリリィに向けた時、奴はまだゆっくりと縦回転しながら俺に向かってきていた。その周りではデーモンナイフの斬撃風が大気を斬り裂きながら渦巻いている。
(遅く……違う、俺が速くなってる)
今日までの鉄砲玉人生で、命の危機で周囲がスローに見えることは何度かあった。助かる手段を探すために頭の処理速度が上がっているのだ、と聞いたことがある。
しかし今回は様子が違った。走馬灯めいてゆっくりと流れる視界の中で、銃を持つ腕だけが普段通りの速度で動く。強化魔法で冴え渡ったニューロンの速度に、身体の動きが追い付いていた。
(なるほど。ズルだな、魔法使いってやつは。皆この速度域で動いてたわけだ)
俺は理解した。新しく覚えたテクニックがそれまでの経験と結びつき、真に血肉となったような感覚だった。
強化魔法の使い道は殴る蹴るだけではない。銃弾の威力自体は強化できなくても、引き金を引くまでの動作は加速できる。
そして、それで十分だ。この距離でこの速度なら。
俺は狙いをつけ、3度引き金を引いた。銃口が音もなく炎と鉛を吐いた。強化魔法をまとった腕が固定装置のように拳銃を保持し、反動を完璧に抑え込む。
銃弾はまったく同じ軌道をゆっくりと飛び、旋回する光の刃の間を縫って、閉じかけていたホワイトリリィの胸部ビーム発射口へと吸い込まれた。
BBBLAM! 時間が流れ出すと同時に、重なった3つの発砲音。
「あッ……!?」「リリィ嬢!」
非装甲部にワンホール・ショットを喰らい、ホワイトリリィの胴体が誘爆。発射口周辺の外殻が内側から吹き飛び、もんどり打って墜落する。半分焼け爛れた作り物の顔が、驚愕の表情を浮かべたのがわかった。
BEEEEOW! そこに再び超遠距離から矢が飛来し、ホワイトリリィの胴を上下まっぷたつに引きちぎった。
BEEEOW! BEEEEOW! さらに左腕、右腕。ホワイトリリィが腕無しの胸像めいた無惨な姿で路上に転がる。ここまで身体を切り詰められてもなお、生身の部位は見えなかった。
「大当たり。ざまぁ見ろ」
「お見事、ジョン君! あたしも頑張っちゃうよー!」
同期してフラッフィーベアが前進をかけ、吹き荒れる斬撃嵐の中を突っ切って進む。その進路上にはデーモンナイフ。
「ちィ……! 残念ながら、潮時でやすね」
「年貢の納め時の間違いでしょ! あはははッ!」
フラッフィーベアが手裏剣を投擲。デーモンナイフは走りながら刀で弾き、左手の脇差を俺に向かって投げ返す。『ヒュドラの牙』をかざしてガードした俺を、フラッフィーベアがさらに庇う。
……だがその直後、脇差は横合いから放たれた念動魔法に捉えられ、空中でピタリと静止した。
「――バックスタブ。生き残りはそいつだけ?」
「パノさんか!」
遅れて、近くのビルの屋上から金髪の小柄な女が着地した。
探偵服に鋼鉄のステッキ、蹴り技用の装甲ブーツ。周囲には眼球型マギバネ端末ゲイジング・ビット。何かの資料らしき紙束を小脇に抱えている。西区から戻ってきたパノプティコンが救援に来たのだ。
「他の奴らは?」
「片付けた。あとはここだけ。……名乗れ、雇われ。私はパノプティコン」
「デーモンナイフ。お噂はかねがね聞いておりますよ。会って早々で申し訳ないが、あっしはこの辺で失礼いたしやす!」
デーモンナイフはホワイトリリィの首のついた胴を拾い上げ、そのまま跳んだ。
すぐさま気流魔法の風が足元に発生し、奴をビルの屋上まで吹き上げる。ホワイトリリィのブースター機動に似た空中機動。デーモンナイフは言葉に違わず、そのまま一目散に逃げていった。
「動ける奴らは追え! ひとり残らず狩り殺す!」
パノプティコンが勇ましく叫び、先陣を切って飛び出していく。その後ろに路上の戦闘を終えた冒険者たちが加わり、さながら猟犬の群れのようにデーモンナイフを追いかけていった。さっきまでの騒ぎが嘘のように、夜の通りが静まり返る。
「はー、終わりか。昼から晩までハードな一日だったぜ」
「ちょっとぉ、『昼から』ってどういう意味ー?」
俺は追撃に加わる元気もなく、建物の壁にもたれて座り込んだ。ほぼ裸の上半身に毛皮のジャケットを羽織ったフラッフィーベアが、ケラケラと笑いながら隣に腰を下ろした。
「にしても、手練はひとりも殺れなかったなぁ。残念無念」
「でもおかげで助かりましたよ。フラッフィーさんがいなきゃ何回死んでたか」
「……ふーん?」
俺は冗談めかして言うと、フラッフィーベアはにまにまと笑って俺を見返した。
実際、俺をほったらかして敵との戦いに集中していれば、デーモンナイフとホワイトリリィのどちらかひとりくらいはぶっ殺せただろう。だがフラッフィーベアはあくまで俺の護衛に徹した。
クズと敬意を払うべき相手を見分けるときは、口先の言葉ではなく行動を見ろ――親父が前に言っていた言葉だ(その後「クズは容赦なく殺して唾を吐きかけろ」とも言っていたが)。
俺は今日の戦いを通して、フラッフィーベアにある種のリスペクトを感じていた。この女は血に飢えた戦闘狂だが、その裏にはプロの戦闘者としての冷静さと、矜持がある。後先考えず暴れるだけの獣ではない。
「じゃ、ギルドに行きますか。事の顛末を話しとかなきゃ」
「だねー。ギルマス報告遅らすとグチグチうるさいし」
「――おーい。お疲れ」
そのとき、南の外壁の方からフォーキャストが歩いてきた。片手に矢が何十本も入った木箱を下げ、反対側の肩には見覚えのある黒ずくめの女を米俵のように担いでいる。ナイトフライとかいう毒使いだ。
「あ、その人生きてたんだ。大丈夫だったー?」
「平気だよ。後ろから毒投げられたけど、毒消しあったから。いぇーい」
「ビルの上から撃ってきたの、やっぱキャストさんだったんすね」
「うん。けっこう当たってたでしょ?」
フォーキャストが涼しげに笑うと、アッシュブルーの長髪が揺れた。肩に担がれたナイトフライは気を失っているのか、ぐったりと動かない。
「けっこうどころか百発百中っすよ。やっぱ南区一の狩人っすね」
「ふふふっ。さんくす。……ふたりとも、もうご飯食べたの?」
「そこのレストランで食べたんだけど、動いたからまたお腹空いてきちゃったー! キャストちゃん、二次会奢ってー?」
フラッフィーベアがこれ幸いと甘えた声を出し、カバンでも預かるようにフォーキャストからナイトフライの身体を取り上げた。弓使いがクスクスと笑いながら頷く。
「いいよ。ギルドでギルドマスターと話したら、みんなで焼肉でも行こ。七輪でお肉焼きながら、冷えた清酒で一杯、どうよ」
「やったー! あたしビール飲みたい、ビール! ジョン君も来るでしょ?」
「もちろん。パノさんはどうします?」
「ギルドで伝言頼んどけばいいでしょ。来るなら来るし来ないなら来ないよー!」
そうして話がまとまり、俺たちは冒険者ギルドの建物を目指して歩き始めた。
……だが、解せないのは、誰がこの襲撃を仕組んだのか、ということだ。
ヒュドラ・クランの誰か、というのは確かだが――最初にサブマリンと戦闘員たち、そして精鋭のファイアライザーとレッキングボールときて、いきなり玉石混交の傭兵を大人数送り込んでくるというのは、どうにも統一性がないように感じる。
別々の派閥がバラバラに人を送ってきているのだろうか。その場合、どういったルートで南区の情報が向こうに流れているのかも気になる。つくづく、あのときファイアライザーを死なせてしまったのは痛手だった。
今回襲ってきた連中を通して、何かしらの手がかりを掴めたらいいが……。そう考えながら、俺は血に染まった大通りを抜け出した。
読んでくれてありがとうございます。
今日は以上です。
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