ランペイジ・ビースト・アンド・キルマシーン(6)
〈必殺〉の発動、そしてローバストの消失から数秒後。
「おの、れ……何をした……!」
「知ーらなーい! ――GRRRRRR!」
普段の甘ったるい声色はどこへやら、フラッフィーベアが地の底から響くような唸り声を上げ、ナイトフライの袖と胸倉を掴んだ。あらゆる投げ技に繋がる、柔道のベーシックな組み方である。
フラッフィーベアはローバストによってレストラン1階ホールに投げ落とされた後、即座に受け身を取って跳躍、三角飛びでバルコニー席に戻ってきた。そして今度こそナイトフライが身を隠す間もなく、1対1に持ち込んだのだ。
「離せ、獣めが……!」
ナイトフライが左手の毒クナイを突き刺すが、刺さらない。フカフカした布団を突いたような奇妙な感触が返ってくるだけだ。
「刃物ならあたしの〈風柳〉にも通ると思った? そんなわけないじゃん!」
フラッフィーベアが黒ずくめの女の袖を引き、同時に脚を刈って投げ倒す。相手を後頭部から床に叩き落とす柔道投げ技、大外刈りだ!
「く……!」
「あっははははははははぁっ! 脳みそ見せなよッ!」
ナイトフライは舌打ちしながら受け身を取り、後頭部からの激突を回避した。
間髪入れず身を捻り、真上からの爆撃じみたチョップ追撃をも回避。床に張られた石タイルが瓦めいて砕け割れる。だが彼女の右腕は未だ、フラッフィーベアの万力めいた握力に掴まれたままだ!
KRAAAAASH! フラッフィーベアがナイトフライを引っこ抜くように吊り上げ、一本背負いで床に叩きつける! ナイトフライは受け身をとって衝撃軽減! そこにチョップ追撃! 辛くも回避!
KRAAAAASH! フラッフィーベアがナイトフライを引っこ抜くように吊り上げ、一本背負いで床に叩きつける! ナイトフライは受け身をとって衝撃軽減! そこにチョップ追撃! 辛くも回避!
KRAAAAASH! フラッフィーベアがナイトフライを引っこ抜くように吊り上げ、一本背負いで床に叩きつける! ナイトフライは受け身をとって衝撃軽減! そこにチョップ追撃! 辛くも回避!
「ぐ……ぅ…………」
ひゅうひゅうと細い息を吐きながら、ナイトフライはもごもごと口を動かした。
このままでは死ぬ。かといって力で抜け出すこともできぬ。圧倒的なパワーと防御力、敵はまさに人食いの猛獣だ。――だがナイトフライとて、伊達に一匹狼で東区裏社会を生き抜いてきたわけではない!
「SPIIIIIT!」
「わっ!?」
ナイトフライは口の中に仕込んでいた小袋を噛み切り、中の液体をフラッフィーベアの顔面に噴き付けた。
刺激性の液体が目に入り、栗髪の獣人が目を閉じて怯む。彼女はその隙に拘束を振り払い、大きく窓際に跳び退った。
「もー、きったなーい! 何これー!?」
「……刺激性の蛇毒よ。しばらくは目が見えまい。それでも拙ひとりを殺すくらい訳はなかろうが……付き合う義理もなし!」
聴覚頼りに投擲された手裏剣を忍者刀で弾き、ナイトフライはレストランの窓から飛び降りた。
ハーキュリーズは死亡、ローバストもおそらく死んだ。ならば一旦退却し、店外の待機組と合流して再度闇討ちを仕掛けるべし。
「ヒャッハァァァァ! 死ねや!」「弾代の保証付きだぜェ! 撃ちまくれェ!」
「怯むな! 南区で好き放題しやがって! 殺して首を晒せ!」「街中で粋がってる連中が偉そうに! 冒険者ギルドを舐めんじゃねぇぞ!」
店の入口側では共に襲撃を請け負った殺し屋たちが、駆けつけてきた冒険者と銃や刃物で殺し合っている。
中でも目覚ましい活躍を見せているのは、刀使いのデーモンナイフだ。白刃が閃くたびに血しぶきが噴き出し、路面を赤く染めている。
(……ホワイトリリィはいずこ?)
着地しながら、ナイトフライは視線をさまよわせた。
この襲撃の「本命」である5人の、最後のひとり――『殺人マシン』と恐れられる白いゴシックドレスの少女の姿は、表通りのどこにも見つからなかった。
◇
「ごめーん、ジョン君。目ぇやられて逃げられちゃったぁ」
「過ぎたこと言っても始まりませんよ。切り替えていきましょ」
俺が現実世界に戻ってきたとき、既に店内にナイトフライの姿はなく、フラッフィーベアが卓上に放置されていたピッチャーの水で目を洗っていた。
「ローバストとやらはさっき殺しました。店の中はひとまず制圧完了、今度こそここを出た方がいいっすね。……あ、そうだ」
俺はついさっきまで座っていた席に移動し、放置されていた鞄を取った。
その中から簡素なポーチ――今日ギルドの道具屋で買ったばかりのメディキットを取り出す。中を漁ると、手に収まるほどのサイズの金属ボトルが見つかった。ラベルにはデフォルメされた目と、そこに瓶から液体を垂らす様子が描かれている。
「ありましたよ、目薬が。目ぇ出してください」
「でかしたー! 目パチパチするねー」
「実はしないほうがいいらしいっすよそれ」
俺はフラッフィーベアを屈ませ、充血した目にぽたぽたと目薬を注した。
「どうっすか?」
「んー……まだちょっと霞むけど、だいぶマシかな。ありがと」
フラッフィーベアがしぱしぱと目を瞬かせた。
「入口はまだドンパチやってるらしい。勝手口からこっそり出ましょう」
「そんなのあったっけー?」
「こういう飯屋はたいてい厨房の裏手にゴミ捨て用の勝手口があります。南区じゃどうか知らないけど、古代建築は似通った造りっすから……よくそこから入って、相手が飯食ってるとこにカチ込んだもんです」
俺たちは窓の外を伺いながら階段を降り、スタッフオンリーと書かれた(このくらいなら俺でも読める)扉を開けた。
コックやウェイターはとっくに逃げ出したらしく、厨房内は無人だった。切りかけの食材が置かれたテーブルの間の奥には、予想通り路地裏に繋がっている勝手口の扉。俺たちは躊躇わず開け、外に出た。
「――うふふ、こうなると思っておりましたわ。A級冒険者にヒュドラ・クランの死神がいては、あの3人でも危ういですものね」
そこにいたのは、純白のゴシックドレスを着た、人形めいた美貌の女だった。
廃棄前の生ゴミが置かれた薄汚い路地裏の中にはあまりにも似つかわしくない存在。「掃き溜めに鶴」という言葉を形にしたようなシチュエーションだ。
だが俺の視線を引き付けたのは、女の顔でも服装でもなく、そいつが背負っている巨大な魔導機械の塊だった。
中心部分は巨大な横倒しの円筒で、そこから装甲で覆われたアームが左右に伸び、6本の金属筒をレンコン状に束ねたようなユニットと繋がっている。
どういう機械なのかは知らないが、明らかに人が支えられる重量ではない。レッキングボールの超重鎧のように、強化魔法で強引に保持しているのだろうか。
「ご機嫌よう、お二方。私はホワイトリリィと申します」
ゴシックドレスの女が深いスリットの入ったスカートをつまみ、丁寧に頭を下げた。背負った魔導機械がガシャン、と物々しい音を立てる。
「フラッフィーベアでーす」
「バックスタブだ。一応聞こうか。何しに来た?」
俺は右手で『ヒュドラの牙』を見せびらかしながら言った。
「あら、今はそういうお名前で? ……目的なんて、ひとつしかないでしょうに」
ホワイトリリィは物怖じせず、作り物じみた笑みを浮かべて答えた。
「お命、頂戴します」
その瞬間、ホワイトリリィが背負った魔導機械がひとりでに動き始めた。
左右のユニットが反転し、6本の筒を前に向ける形で前腕に接続される。よく見ればユニットは背中の円筒に加え、スカートの中の両膝ともアームで繋がっていた。そして6本筒の内側には螺旋状の溝……ライフリング! 銃! それも重機関砲の類!
「けッ!」
BLAM! 俺は右のショットガンを囮に、左手で腰の拳銃を抜き撃ちした。9ミリ弾がホワイトリリィの眉間に穴を開ける。
「わざわざ必殺技の披露を待つとでも思ったか、バカがよ……!?」
そう、確かに穴を開けた。避けられもしなかったし、ローバストのように不可思議な力で弾かれることもなかった。
だがホワイトリリィは倒れず、そこに立っている。――眉間に開いた穴からは無惨に破壊された脳味噌ではなく、鈍く光る金属の質感が覗いていた。
「そんな小口径で、私の強化頭蓋を撃ち抜けるとお思いで?」
「何だよその技術……!」
「ふふふ! マギバネ技術は日進月歩! ――死にませい!」
ホワイトリリィが嘲笑い、両腕に接続されたマギバネ・ユニットを向けた。束ねられた銃身がギュルギュルと空転を始める。
「ジョン君、戻って!」
フラッフィーベアが俺の襟首を掴み、真横――今出てきた厨房の中へと投げ返した。そのまま腕をクロスしてその場で踏ん張り、文字通りその身を盾にする。俺は余計な会話で時間を浪費することはせず、来た道を戻るように走り出した。
「クソ! また元の木阿弥かよ!」
BRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR!
背後で巨大なハエの羽音のような、ほとんど一繋がりになった銃声が響く。
一度だけ振り返ると、銃口から噴き出す激しいマズルフラッシュが、暗い夜の路地を真昼めいて照らし出していた。
読んでくれてありがとうございます。
今日は以上です。この更新は日に一度行います。
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