ランペイジ・ビースト・アンド・キルマシーン(5)
「す、すげぇことになってやがる……!」
血みどろの修羅場と化したレストラン周辺を集合住宅の窓から覗きながら、戦々恐々と呟く男がいた。
名はシェイクテイル。ヒュドラ・クランのチャールズ派に属する構成員であり、現地協力者から情報を引き出す役目を担っている。そして彼は数日前、職務の中で得た情報を密かにマグナムフィスト派に売り渡し、その金を懐に収めていた。
その結果が、これだ。レストランの入口付近では東国風の防弾服に身を包んだ男が陣取り、手にした刀で駆け付けた警邏やギルドの賞金稼ぎを修羅のごとく斬り刻んでいる。できるかぎり密やかに動こうとしていたチャールズ派の方針が、完全に水泡に帰した形だ。
「テイルさん、これどうするんスか!?」
「スパニエルが戻ってきたら俺ら銃の的にされちまいますよ!」
「決まってんだろボケども! 逃げんだよ!」
冷汗をだらだらと流しながら、シェイクテイルは背後から声をかけてきた手下ふたりを怒鳴りつけた。
チャールズ派はヒュドラ・クランの中でも組織のシステム化を重視しており、特に情報の伝達経路は徹底的に整理されている。
そして最重要標的である『ジョン』の居所や仲間についての情報は、シェイクテイルが現地協力者――冒険者ギルドの中に作った内通者から得たものだった。その中身を知るのはスパニエルと若頭チャールズ・E・ワンクォーター、そして情報を直接収集したシェイクテイルのみ。
そこで明らかに他派閥の息のかかった殺し屋たちが襲撃事件を起こしたとなれば――真っ先に情報漏洩を疑われるのは、情報の流れの末端にいるシェイクテイルだ。そしてその疑いは真実なのだ。彼は今更ながら己の行いの深刻さを理解した。
マグナムフィスト派に庇護を求められるだろうか? 望みは薄い。口封じに殺されて終わりだろう。ジョンのように他区へ高飛びし、そのまま雲隠れするほかない。
「畜生ッ! ちょっとした小遣い稼ぎのつもりだったのに、何でこんな……!」
幸いにも、現在この隠れ家に残っているのは待機を命じられた自分たちだけだ。見咎める者は誰もいない。シェイクテイルはくたびれた革鞄に金と拳銃を詰め、酒とドラッグ・ポーションの空き瓶が散らかった部屋を飛び出した。
◇
「――まったく、次から次へと。南区に来てからのがハードだぜ」
血の海と化したレストランのバルコニー席で、俺はぼやきながら状況を整理した。店の中に入ってきたのは盾剣士のハーキュリーズ、毒使いのナイトフライ、重戦士のローバストの3人。
ハーキュリーズはたった今俺が殺した。ナイトフライは〈隠形〉とかいうスキルで身を隠し、行方不明。ローバストはフラッフィーベアと打ち合っている。つまり次に俺がこなすべき仕事は、ナイトフライの奇襲を警戒しながらローバストを消すことだ。
「ハーキュリーズを殺りおったか! 一筋縄ではいかんと見える!」
「あははははっ! ジョン君さっすがー!」
フラッフィーベアが哄笑し、ローバストのメイス打撃を額で受けながら強引に距離を詰めた。〈風柳〉のスキルが衝撃を床に逃がす。
「小癪なァァァッ!」
「あははははは! あは、あはぁ、あはぁはぁはぁ! GRRRRRR!」
ローバストはメイスを手放して掴みかかるが、フラッフィーベアは巧みな腕運びでこれを拒絶する。袖も襟もない黒インナーは取っ掛かりが少なく、掴み技を掛けにくい。手先が不自由な重装籠手を着けていては尚更だ。
「なってないね! お手本見せてあげる!」
栗髪の獣人女が一瞬で敵の腕を取り、釣り上げ、
「……一本ッ!」
そのまま脳天から床に投げ落とした。床の石タイルが砕け散る音。
フラッフィーベアが畳みかけるように片脚を振り上げ、首を折って殺すべくローバストの頭を踏みつける。さらに手裏剣を投げ打って追撃。俺も便乗して身を乗り出し、奴の胴体にスラッグ弾を叩き込んだ。BLAMN! BLAMN! BLAMN!
――CLANG! CLANG! CLANG! だが手裏剣と銃弾はドワーフの身体を破壊することかなわず、金属質の音を立てて弾き返された。
見れば頭部への踏みつけも、ローバストの首を折るには至っていない。奴の全身が突然鋼鉄の塊と化したかのようだった。
「こいつもスキル持ちかよ!?」
「無駄よ! ワシの〈不抜〉に銃は通じん! ――ぬあああァァァァァッ!」
ローバストが吼え猛り、自分の頭を踏みつけるフラッフィーベアの脚を掴んだ。
頑健なドワーフの腕が獣人女を押し退け、逆にハンマー投げめいて振り回し、バルコニーから1階のホールへと投げ落とす。
「ふざっけんな、銃が効かねぇ奴がそうそう居てたまるか!」
BLAMN! BLAMN! BLAMN! 俺は奴の目や鼻を狙って散弾を連射した。だが鉛のバックショットは四方八方に弾かれるばかりで、何一つ有効打を与えられない。銃弾の雨の中、ローバストが無造作に立ち上がってヘヴィメイスを拾い上げる。
「無駄! 無駄! 〈不抜〉に死角なし! 諦めて死ね、小童!」
「一生言ってろ。やってられるか……!」
形勢不利。俺は毒づき、窓から飛び降りて逃げようとした。
――だが窓際に向かって走り出した瞬間、前方から無数のクナイが飛来する。
「うおっと!」「……ギャッ!」
咄嗟に前転して避けると、背後で伏せていた客のひとりが流れ弾に被弾した。
クナイを受けた客は顔をみるみる紫色に変色させ、うずくまって酸素を求めるように喉を押さえた後、どろどろした血を大量に吐いて動かなくなった。
「うわー。えげつねぇ毒使いやがる」
「……忍び蟲毒……代を重ねた毒蛾の毒よ……」
視線を戻すと、俺が逃げようとしていた窓の手前にナイトフライが出現していた。スキルで気配を消したまま、ずっと機を伺っていたらしい。
「かすり傷ひとつで内臓が溶けて即死する。覚悟せよ」
黒ずくめの女が両手に毒クナイを構え、ゴミを見るような目で俺を見た。反対側からはローバストがメイスを振りかぶりながら走ってくる。俺は銃を離してホールドアップし、ふたりの敵を左右交互に見ながら後ずさった。
「待ってくれ、ちょっと話し合おうぜ。何を隠そう金ならあるんだ」
「耳を貸すな、殺せッ! それですべて終わりじゃ!」
「無論。……獲物の辞世の句を聞く義理はなし」
友好的に話しかけたつもりだったが、残念ながら向こうは聞く耳を持たなかった。左手から毒クナイ、右手からメイスが同時に襲い掛かってくる。
「ああそうかい、残念だ……」
俺はもう一歩下がるふりをして、右の靴底を地面に打ち付けた。
「〈必殺〉」
そこを起点にタールめいたドス黒い魔力が噴き上がり、俺を呑み込んだ。
◆
黒い魔力の渦が晴れた時、俺は陰鬱な路地裏にいた。
立ち込める魔術排気スモッグ、汚水の臭い、ネズミの鳴き声。道幅は人ひとりがどうにか通れるほど。壁には黒いタール状の物体がへばりついている。
何度見ても同じ感想しか出てこない殺風景。ガキの頃、強盗殺人で食いつないだ時代から見てきた〈必殺〉の殺し間。
ここに引きずり込まれた敵はあらゆる武装を剥奪され、魔法やスキルの行使を禁じられる。100や200ではきかない人数がここで死に、黒く溶けてドス汚れた地面に吸い込まれていった。
「――何じゃア!? ここは!?」
そして今、俺の視線の先には、同じく路地裏に転移してきたローバストがいた。
その手の中にヘヴィメイスはない。ここに武器を持ち込めるのは俺だけだからだ。
俺は息を止め、慎重に狙いをつけた。
目の前でローバストが振り返り、目が合う。兜の下でローバストの目が驚愕に見開かれるのと同時に、俺は『ヒュドラの牙』の引き金を引いた。
BLAMN!
「がッ!?」
蛇頭じみたダックビル・タイプのストライクハイダーが火を噴き、大粒のスラッグ弾がローバストの頭部を直撃した。
ハンマーで殴ったような音を立てて角付きの重兜が凹み、ローバストが衝撃で後ろに倒れる。スキル抜きでもいい装甲を使っているらしく、1発では殺せなかった。
「な……が……!?」
ローバストが倒れたまま呆然と呻く。
〈不抜〉とか言ったか――実際厄介なスキルだ。攻撃を銃に頼るしかない俺にとって、この手の防御系の魔法やスキルは天敵に等しい。さっきのハーキュリーズ戦でこの切り札を温存したのが功を奏していた。
「……やめろ、やめろ……!」
BLAMN! BLAMN! BLAMN!
俺は散弾銃をポンプし、ダミ声で呻くドワーフの重戦士を次々と撃った。
4発目で兜に穴が開き、その穴から血と脳が缶詰の中身めいて零れた。直後にローバストの全身がタールのような黒い物質に変化し、地面に吸い込まれていく。死んだのだ。
「ったく、無駄弾使わせやがってよ。……あー疲れた」
俺は銃を肩に担ぎ、深くため息をついた。
経験則的に知ってはいたが、俺の〈必殺〉は効果が絶大なぶん、燃費も絶大に悪い。パノプティコンから魔法のインストラクションを受けた今、この路地裏にいるだけで魔力がガリガリと目減りしていくのがはっきりと解った。
俺は呼吸を整えながら死体の痕を踏み越え、すぐそこに見える路地裏の出口――現実世界に繋がるポータルへと歩き出した。外からはフラッフィーベアの獣じみた咆哮と、物が薙ぎ倒される破壊音とが途切れ途切れに響いていた。
読んでくれてありがとうございます。
今日は以上です。この更新は日に一度行います。
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