最終章4 ファイナル・アサシネイション(4)
「ブハハハ! ヘヴィストーンのジジイは捨て石になったか! つまりこのブラストラムが手負いの貴様を仕留めて大金星って寸法よ! この俺のヒートホーンで串焼きに」KA-BOOOOM!「グワーッ爆発物!?」SLASH!「ギャアアーッ!?」
「俺の名はスライサーギア! このバズソーアームで貴様の首を切断殺」BLAMN!「ギャアアーッ!?」BLAMN!「助け」BLAMN!
「ンゴーッ!」「三下を殺して粋がっておったようだが、それもここまで! このピアッシングショットとアイアンドラムが貴様を」SLASH!「ンゴーッ!?」「馬鹿なッ!? アイアンドラムの〈不抜〉が」BLAMN!「ギャアアーッ!?」
「役立たず共め、手傷すら追わせられないとは! まあいい、このデュアルフィンガーが帳尻を合わせるとしましょう! 死になさい!」BLAMN!「そんな甘い射撃で」SLASH! SLASH! SLASH!「ギャアアーッ!?」
「こ、降参! 降参です! 私のこと覚えてますか!? 先月の横領犯の粛清のときに道案内したミラーヴェールです! 殺さないでください! …………かかったりィーッ! 死ねェーッ!!」BLAMN!「ギャアアーッ!?」
BLAMN! BLAMN! BLAMN! BLAMN! BLAMNBLAMNBLAMN! KA-BOOOOOM! BRATATATATATATATA! ZGGGGTOOOOOOOOOM!
◇
「クソッ、42階も皆殺しにされたぞ!」
「早く兵隊を再編成しろ! 散り散りになったままじゃ殺されるだけだ!」
「駄目だ、命令がまともに通らん! 直接陣頭で指揮するしかねえ!」
「それこそ犬死にだ! あのヘヴィストーンですら殺られたんだぞ!?」
「あり得ねえ……たったひとりを相手に、天下のヒュドラ・クランが!」
ヒュドラ・ピラー49階。空調の機能不全によって刻一刻と気温が下がりゆく中、半ば恐慌を起こしたグレーター・ギャングたちが騒ぎ立てる。
東区でもっとも安全な場所で、大勢の戦闘員に守られていたはずの彼らは、今や逃げ場をなくした袋のネズミだった。
最高戦力であったリフリジェレイト、そしてピラーの直衛たる威力部門の魔法使いたちは、デスヘイズらによる襲撃への対処で手が離せぬ。
万が一に備えた予備として温存されていたグレイゴーストとフェロウホイールは戦死。中層階に降りて指揮を執っていたヘヴィストーンまでもが死んだ。生き残りによる波状攻撃も、転がってくる大岩に生卵を投げつけているようなものだ。
今やビル内で敵に対抗しうるのは、組長代行チャールズ・E・ワンクォーターただひとり。
だが、総大将を駒として前線に駆り出すなどできようはずもない。この半月間にクラン内で吹き荒れた粛清の嵐を、グレーター・ギャングたちは未だ恐れていた。
「――聞け! 若頭の使い走りども!」
「ヒッ」
下から響く怒声に、グレーター・ギャングたちが反射的に息を呑んだ。
「奴は組長を陥れてクランを乗っ取り、自分に逆らう大幹部を皆殺しにした! 奴こそがクランの裏切り者だ! 俺はそれが許せなかったから、こうして奴を殺しに帰ってきた! チャールズについた大幹部どもはもう殺したぞ!」
階下からの声は朗々と続けた。
「事情を知らずに若頭に騙された奴は、今すぐこの場を離れるなら見逃してやる! 逃げない奴はブルータル・ヒュドラの名の下に皆殺しにする! 解ったかッ!」
その言葉を最後に、ピラーの中がしん、と静まり返った。
敵の言葉は上階に残ったギャングたちへの降伏勧告であり、一方である種の寛大さを示すものでもあった。
「……おい」「どうする?」「見逃すとよ」「本当か?」
生き残ったギャングたちが一斉に顔を見合わせ、声を落として相談を始める。
数十分前であったなら、耳を貸す者はひとりもいなかっただろう。
組長殺しの真相など、この場にいるギャングの大半にとってはどうでもよいことだ。下部団体の構成員に過ぎない彼らにとっては元より雲の上の話、ただ勝ち馬に乗るだけのことでしかない。
しかし、今この場にいる者たちは、例外なく死神の射程内である。
声が発せられた場所はそれほど下ではない。じきに死神はここまで上がってくる。そうなれば、最終的にどうなったとしても、ここにいる自分たちの命はないのだ。
それならば、前組長への忠義を大義名分としてこの場を離れ、チャールズの敗北に望みをかけるという選択が、にわかに現実味を帯びてくる。ギャングたちは互いの様子を伺いつつ、真剣に逃亡を検討し始めた。
「耳を貸すな。所詮、苦し紛れの悪足掻きだ」
そこに重々しく硬質な足音を響かせ、魔導兵器『ニューロナーク』に身を包んだチャールズが姿を現した。
黒紫の装甲はところどころが銃弾で傷つき、ダガーを刺し込まれた関節部には乾いた血の痕が残っていたが、その巨躯から発せられる威圧感にはまったく衰えがなかった。周囲のギャングたちが身を竦ませる。
「奴の讒言に乗った者は一族郎党、惨たらしく殺す。理解したか?」
チャールズは無感情に宣言した。
厳めしい長兜に埋め込まれた複眼型マギバー・グラスが周囲を見渡す。貴様らの惰弱な保身欲などお見通しだ、と告げるかのように。
「と……とんでもありやせん!」「クランのために命捨てる覚悟です!」「応よ!」
グレーター・ギャングたちが競い合うように頭を下げる。
チャールズは兜の下で冷ややかにそれを見た。
この者たちが抱いているのは忠誠心ではなく、ただ自分という強者に対する恐怖だけだ。目の前の敵への恐怖が勝てば、あっさりと掌を返して逃げ出すだろう。だが、彼がその思考を態度に出すことはなかった。
「敵は強いが、手の内は概ね掴んだ。勝てる相手だ」
「では……!」
「残った兵力を49階に集めろ。俺が直接迎え撃つ」
チャールズが命じると、グレーター・ギャングたちは安堵の表情でその場を離れ、下階に散っていった。自分がチャールズの代わりに矢面に立つと言ってのける者は、ひとりもいなかった。
(あの出涸らしどもは役に立つまいが、センサーを兼ねた肉壁にはなる)
チャールズは冷徹に算段をつけた。
〈接触〉のスキルを持つチャールズは、言わば生ける魔導操盤だ。
空間を流れる魔力の網、すなわちマギバー・スペースを伝って他者のニューロンに没入し、情報を抜き取り、一時的に改竄する。
一方的に他者の頭の中を覗けるこの力こそ、分家筋のチャールズが行政府代表まで成り上がるに至った最大の要因である。装備の補助を得て、魔導機械の回路への干渉すら可能となった今、チャールズはこの都市において無敵のはずだった。
しかし、現実として――バックスタブをロストして以降、スキルを発動し続けているにも関わらず、チャールズは敵を捕捉できていない。
原因は敵のスキルで喚び出された、ドス黒いタール状のエネルギー体だ。
死体が変じたらしきこの物体は、魔力を――すなわち生命のエネルギーを打ち消す性質を持つ。生者が触れれば魔力切れを起こし、最終的には衰弱死する……ただひとり、バックスタブ自身を除いて。
敵はこれを周囲に撒き散らすことで魔力の網に空白地帯を作り出し、チャールズのスキルの走査から逃れていた。こうなっては読心も認識改変も使いようがない。
(負魔法、あるいは死魔法とでも呼ぶべきか。周りの魔力を打ち消す力など前代未聞だ)
チャールズは両手のリボルバーを握り込み、全方位警戒の構えを取った。
そのまま下階のギャングたちのニューロンに没入し、その視覚を覗き見ながら次々と転して敵の姿を探す。
(奴の性格上、真正面から上がってくることはまずありえない。必ず意表を突こうとしてくるはず。吹き抜けをよじ登ってくるか、こちらの兵隊に紛れ込むか)
チャールズは意識的に動揺を抑え込んだ。
〈接触〉の読心が使えない現状は、自分にとって視界に霧がかかっているようなものだ。用心に用心を重ねなければ……。
「――時間切れだ! チャールズともども、ここで死ね!」
SPLASH! SPLASH! SPLASH! ピラー中に響き渡る怒声と共に、階下からドス黒い流体が噴き上がった。
毒蛇の群れ、あるいは亡者の怨嗟じみた数百の黒い流れが吹き抜けの中心に集まり、ギリギリと渦を巻いて圧縮されていく。
それは幾度か観測された大規模攻撃の予兆だった。圧縮した大量のタールを爆発させ、広範囲を無差別に汚染する。非魔法使いであれば即死、魔法使いであってもひととき耐えるのが関の山だ。
そして今度の予兆は、ここまでに起きたどれよりも大きく、長かった。濃い死の気配が大気を震わせ、上層階の魔法照明が立て続けに消えていく。下階のギャングたちが絶望の悲鳴を上げ、死から逃れようと上り階段に押し掛けた。
「図に乗るな。たまさか死に損なった負け犬の分際で」
チャールズは両前腕に搭載したマギトロン・ブレードを起動し、支配下においたヒュドラ・ピラーのエネルギーラインに働きかけた。
「ブルータル・ヒュドラを殺したあの夜をもって、貴様の存在は用済みだ。孝行息子の真似事がしたいなら、墓の下で奴と傷を舐め合うがいい……!」
KBAM! KBAM! 周囲の壁や天井のパネルが内装ごと吹き飛び、迸り出た魔力光がその両腕に流れ込む。
マギバー・グラスの視界に無数の警告。無尽蔵に供給されるエネルギーがブレード・デバイスから溢れ出して大気を灼く。
「ふッ!」
東区の王は跳躍し、空中に身を躍らせた。そして両脚と背中のブースターから火を噴き、不可視の足場を蹴るように宙を駆け、黒い渦の直上へ!
……ZGGGGGG-DOOOOOOOOOOOOOOOOOOOM!
まさにその瞬間、眼下で死が爆発した。
地獄の門が開き、中から瘴気が溢れ出したかのような光景だった。
膨れ上がった黒いうねりは46階までを瞬く間に呑み込み、逃げ遅れた全ての生者から命を奪い去った。
KA-BOOOM! KA-BOOOM! KA-BOOOM! 47階に散乱していた死体が黒いタールに変じ、仕掛けられていた手榴弾トラップが次々と炸裂。かろうじて逃げ延びていた不運な者たちを容赦なく殺傷する。
そして、死の大渦はなおも止まらぬ。犠牲者の死体を取り込んでさらに勢力を増し、見る見るうちに最上階へと迫る!
「――砕け散れ!」
KRA-TOOOOOOOOOOM!
チャールズは左腕を一閃し、都市から簒奪したエネルギーを投射した。
さながら人造の雷霆であった。過剰出力により刃の形ですらなくなった熱と光の奔流は闇を切り裂き、黒い死の渦に突き刺さった。地響きのような轟音とともに、死の渦が苦しみ悶えるように揺らぐ。
「かあッ!」
チャールズはブースター姿勢制御で反動を抑え、さらに二撃目の光波を放った!
KRA-TOOOOOOOOOOOM! 更なる閃光! 響き渡る轟音!
黒い死のうねりは激しい熱と光に内側から灼かれ、悲鳴じみた甲高い音とともに無数の飛沫となって四散! 有害なタールの塊と化し、黒い火山弾のごとく阿鼻叫喚のビル内に降り注ぐ!
チャールズは再び49階に着地した。
そのまま魔導兵器を通じてヒュドラ・ピラーのエネルギー経路を操作し、消費した分の魔力を吸い上げ始める。飛んできた巨大なタールの塊が背後に着弾し、ビチャビチャと散らばって床を汚した。
「生き残った者は手分けして階段と吹き抜けを見張れ! 奴がここに上がってくる瞬間を叩く!」
チャールズは生き残りを統制しようと試みた。
しかし、誰も応じる者はいなかった。ただでさえ士気が揺らいでいたところに、今の大殺戮が最後の一打となったか。
(今の攻撃の狙いは俺ではない。この大混乱を引き起こすことか)
チャールズは苛立ちを露わに舌打ちした。
周囲は粥をひっくり返したような騒ぎ。さらに床や壁にへばりついたタールの飛沫が魔力を打ち消し、〈接触〉の索敵網に無数の虫食い穴を生んでいる。
奇襲を仕掛けるにはこれ以上ない好機だ。敵の刃が自身に届くよりも早く、その位置を突き止めなければならない。
「何処だ。奴は……」
チャールズは生き残った手勢に〈接触〉を行使し、視界をザッピングして敵の姿を探した。
我先にと逃げ出す者。それらを押し留めて戦おうとする者。どちらも選べず、汚染地帯に隠れたまま衰弱死を待つ者。
しかし、敵の姿を捉える者は誰もいない。階下に広がる暗闇は、先程までの狂乱が嘘のように静寂を保っている。
(どうした、何故来ない。ここで接近を躊躇う理由がどこにある……)
チャールズは吹き抜けの下を一瞥し、左右を確認して、最後に振り向いた。
『ヒュドラの牙』を構えた暗殺者が、そこにいた。
「――ッ!?」
BLAMN! 眼前、至近距離で銃火が弾ける。
回避する暇はない。チャールズは反射的に首から上を動かし、眉間に命中した銃弾を兜の表面で滑らせた。
轟音。強力な8ゲージのスラッグ弾が装甲を抉り取り、ハンマーで殴られたような衝撃が脳を揺らす。しかし、それでも垂直に受けて頭を吹き飛ばされるよりは遥かにマシな被害だった。
「ぐ……がっ……」
チャールズは踏みとどまり、防御姿勢をとった。
BLAMNBLAMNBLAMN! 烈火の如きスラムファイアが襲い来る。チャールズは666マグナムを握った両腕で円を描き、襲い来る銃弾を斜めに弾いて防ぐ。
「何でもお見通しの東のワンクォーターも、手品のタネを取り上げられたらこのザマか。あんまり気付かねえから笑いを堪えるのに苦労したぜ」
暗殺者――バックスタブがぞっとするほど冷たい声で言った。
その全身はドス黒いタールと、そこから生じる死の瘴気に覆われ、生身の肌はまったく見えなくなっていた。人型に固まった汚泥が動いているかのようですらあった。
床に残った足跡は、先程チャールズの背後に落ちたタール塊の着弾痕から伸びている。敵は接近を躊躇っていたのではなく、既に接近を終えていたのだ。
「爆発に紛れて飛んできていたか……!」
「見ての通りだ。お前がここで悠長にしてる間に、色々と練習させてもらったよ」
バックスタブは左手を散弾銃のフォアグリップから離し、ダガーを抜いた。
その折れた先端からタールが滴り落ちた。それが瞬く間に凝固し、歪なロング・ドスを生んだ。老将ヘヴィストーンを殺した死の刃を。
「覚悟しろ」
死神は吐き捨て、低く踏み込んだ。
腰だめに刃物を構え、体重を乗せて相手の腹を刺すギャング・ドス・アタック。
ただしセオリーとは異なり、刃物を保持するのは左手ひとつである。右手には『ヒュドラの牙』が握られているからだ。
BBLAMN! チャールズは左右の666マグナムを同時発射し、その反動を使って後ろに跳んだ。死神は走りながら身をかがめて銃弾を避け、斜め下からチャールズの喉元に突きかかる。
(魔力の武器とは、不似合いな技を使う)
チャールズはマギバー・グラス越しにロング・ドスの切っ先を凝視した。
西区の魔法騎士が扱う魔力剣の魔法に似ているが、黒い刀身は石を打ち欠いたようで、洗練とは程遠い様相をしている。しかし何より異常な点は、魔力を感知する魔導兵器のセンサーが何の反応も示さないことだ。
(あの黒い汚泥が材料なら、猛毒を塗っているのと同じことだ)
鈍化した主観時間の中、チャールズは警戒を強めた。触れただけで人を殺す負のエネルギーの結晶体だ。傷を受ければどうなるかなど、想像したくもない。
「ふっ!」
チャールズは左の拳銃を構え、黒檀銃把のグリップエンドで切っ先をパリイした。返す刀で右の拳銃を敵の顔面に向け、躊躇なく引き金を弾く。
BLAMN! 銃口で火球が爆ぜ、巨大な666マグナム弾が発射された。
死神は地に足をつけたまま身を低め、銃弾を躱してさらに肉薄する。
「はあッ!」
チャールズは射撃反動と脚部ブースター推力を合わせ、恐るべき速度の水面蹴りを打つ。死神は低く跳ねて避ける。蹴り脚が床の化粧板に円い焦げ痕を作る。チャールズは既に次弾の射撃姿勢!
BLAMN! 棍棒めいた666マグナムの銃身が大口径弾を送り出した。死神は意に介さずロング・ドスを振り下ろした。
ドス黒い刀身が銃弾を真っ二つに割り、そのままチャールズを襲う。チャールズは反動回転肘打ちのモーションからマギトロン・ブレードを展開、真っ向からこれと切り結ぶ。
BAAAAAAAAAASH! 噴き出す魔力光の刃と黒い刀身が噛み合った。
たちまち死神の黒い刃からネガティブの力が滲み出し、マギトロン・ブレードを侵食し始めた。マギバー・グラス上に魔力残量低下のアラート。チャールズは即座にビルのエネルギー・ラインから魔力を引き込んで補う。
二者は殺意を剥き出しに睨み合った。
鍔迫り合いでは互角。だが、互いに片手が自由だ!
死神が鍔迫り合いを続けながら右手だけで『ヒュドラの牙』を構えた。チャールズも同様に左の666マグナムを向けた。
BBLAMN! 両者が同時に発砲。大口径弾同士が衝突して火花を散らし、それぞれ明後日の方向に弾け飛ぶ!
(――勝った!)
チャールズは勝利を確信した。
敵の力は得体が知れないが、『ヒュドラの牙』はそうではない。総弾数14+1発、口径8ゲージのポンプアクション式散弾銃である。
ポンプアクションは単純故に堅牢だが、排莢のために片手でフォアエンドを前後させる手間が生じる。すなわちロング・ドスで左手が塞がっている以上、次弾発射はダブルアクションのリボルバーより確実に遅くなるのだ。
「終わりだ……!」
チャールズは死神の胴に照準を移し、決着の銃弾を――。
ガ シ ャ ン 。
死神の右肩から捻じれたタールの腕が伸び、散弾銃のフォアグリップを掴んだ。
「な」
BLAMNBLAMNBLAMNBLAMN! 思わず唖然としたチャールズの眼前で、『ヒュドラの牙』が激しい銃火を吐いた。本来あり得ぬ片腕でのスラムファイアだ!
チャールズが飛び退って回避を試みる。鹿撃ち散弾の雨がそれを狩る。大粒のペレットが装甲に食い込み、姿勢制御を乱す。
そこに死神がロング・ドスで突きかかる。チャールズは腕で首筋を庇う。黒い刃は強化魔法の守りもろとも腕甲を貫き、肉を傷つけ、劇毒じみたネガティブの力を流し込んだ。
「念動魔法、だと!?」
チャールズは周囲からさらに多くの魔力を流入させ、傷を焼灼して死の力の侵蝕を食い止めた。
見た目は奇怪だが、死神が使ったのは念動魔法だった。それも銃のパーツをほんの十数センチ動かすだけの、ごく初歩的なものに過ぎない。
しかしチャールズにとってそれ以上に衝撃だったのは、敵が今の今までこの手札を秘匿し続けており、その上で自分がそれを見抜けなかった事実だった。理屈の上では理解していたが――。
(――この俺が、心理戦で後手に回っている!)
BBBBBBBLAMN! チャールズは左右のリボルバーを一息に撃ち尽くした。
空間を埋め尽くす666マグナム弾。死神は弾幕密度の薄い位置に身を滑り込ませ、避け切れぬ銃弾をロング・ドスで弾き逸らす。
「があああああああッ!」
チャールズは7発分の射撃反動を使って激しく回転し、その中から竜の尾撃じみた連続回し蹴りを繰り出した。
銃僧兵闘法奥義、ドラゴン・ヴォルテックス! 回避もパリングも許さぬ速度域に達した蹴り脚が、竜巻めいた魔力光の螺旋を描く!
死神はロング・ドスを立ててガードを固めた。そこに蹴撃の嵐が叩き込まれた。
KKKKRAAAASH! ひと繋がりの打撃音! 砕け散るロング・ドス! ガードを破られた死神が後方に吹き飛ばされる!
「おおおおおッ!」
チャールズは激昂とともに踏み込み、床を砕きながら前方へ跳んだ。
そこから両脚と背のブースターを噴射してさらに加速し、型稽古の手本じみた完璧なフォームで飛び蹴りを放った。
銃僧兵闘法、ドラゴン・インペイルメント。尾の打擲から続く角突撃の象形。直線的破壊力においては並ぶものなき処刑必殺技である!
「……ちっ」
死神が小さく舌打ちした。タールで構成された捻じれた黒腕を床に貼り付け、落下軌道を変え、四つん這いで床に着地する。
DDDOOOOSH! 次の瞬間、階下の汚染地帯から大量のドス黒い魔力が氾濫し、大波のごとく床をさらった。
死神は匍匐姿勢でその波に乗り、ズルズルと床を滑って飛び蹴りを間一髪で回避。周囲の魔法照明を機能停止させながら一目散に離れていく。
「この期に及んで見苦しい真似を!」
チャールズは床のタールを爆ぜ飛ばしながら着地し、左右の拳銃を構えた。
――KA-BOOOOOOOOOM!
「グワーッ!?」
次の瞬間、その足元に仕掛けられていた魔導プラスチック爆薬が起爆し、チャールズを蹴られた空き缶のように吹き飛ばした。
◇
KA-BOOOOOOOOOM!
「グワーッ!?」
脇の部屋に逃げ込んで爆風を凌ぎながら、俺はチャールズの悲鳴を聞いた。
要領はフェロウホイールとグレイゴーストの挟撃を捌いたときと同じだ。着地と同時に爆薬を仕掛け、即離脱して相手だけを爆発に巻き込んだ。
そうそう決まる手ではない。だが、少なくともあのままド突き合いを続けるよりは勝ち目があった。性質を変えた〈必殺〉にチャールズの意識が向いている今なら、逆にチープな爆薬攻撃への警戒は緩むだろうという打算もあった。
その結果が今だ。奴はまんまと罠にかかった。
俺は『ヒュドラの牙』を構え、カッティングパイで廊下に出た。
チャールズは爆心地から10メートルほど吹き飛ばされ、そこでヨロヨロと立ち上がりかけていた。
BLAMN! BLAMN! セレクターを切り替え、容赦なくスラッグ弾を打ち込む。チャールズはよろめきながら防御姿勢を取り、腕で銃弾を防ぐ。大粒の銃弾は装甲を陥没させたが、貫通はしなかった。
遠すぎる。至近距離からの直撃でなければ有効打にならない。
走って距離を詰める。もう他のギャングを警戒する必要はなかった。初手のタールの嵐を生き延びた奴もそれなりにいたはずだが、チャールズの劣勢を悟って逃げ出したようだった。さっき撒いた裏切りの毒がようやく効いてきたようだ。
チャールズは呻きながら手をかざし、ピラーから魔力を吸収しようとする。
しかし、何も起こらない。このフロアは既に〈必殺〉の影響下に収めた。壁も床もドス黒いタールに汚し尽くされ、奴に魔力を供給することはない。
「……まだだ……」
チャールズが呟き、残った魔力を右腕のマギトロン・ブレードに集中させた。
俺は散弾銃の引き金を引く。マズルファイアが爆ぜる。チャールズは左腕で銃弾を弾く。着弾箇所の装甲に亀裂が入る。まだ遠い。
「まだだ!」
WHOOOOOOM! チャールズは右腕を振り上げ、地走りの光波を放った。
まるで水平の落雷。廊下を隙間なく埋め尽くすエネルギーの壁が迫る。
吹き抜けから飛び降りてでも避けるしかなかった攻撃だ。ついさっきまでは。
「――来い!」
俺は走りながら周囲に、今まで殺してきた死者どもの残滓に呼びかけた。
たちまち床からドス黒いタールが噴き出し、全身にまといついて厚い被膜を作る。恐怖はなかった。死をもって更なる死を呼ぶ〈必殺〉の力は、今や完全に俺の一部だ。誰が死神を殺せるものか!
俺は『ヒュドラの牙』を顔の前にかざし、真正面から光波に突っ込んだ。
全身から蒸発音。ドス黒いネガティブの力がマギトロン・ブレードの光波を打ち消し、おぞましいほどの熱量から俺を守る。
しかし、チャールズの狙いは俺を焼き殺すことではなかった。
こちらの必殺の間合いまであと一歩というところで、奴は横っ飛びに跳躍し、吹き抜けに身を投げていた。
「追ってこい、ヒュドラ・クランの死神! この俺の首が望みなら!」
チャールズは俺を挑発すると、空中でブースターを噴射して垂直上昇した。そのまま吹き抜けの天蓋を破壊し、雷と吹雪が入り乱れる屋外へと飛び出していく。
「野晒しで死にたいならそう言えよ、クソ野郎が!」
俺は階段へと走り、チャールズを追った。
50階へ。廊下の奥へ。そしてさらに上へ。
追い詰める。そして殺す。逃がすものか。
読んでくれてありがとうございます。
今日は以上です。リムベルドで調律の魔物にしばかれていて遅れました。
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