最終章4 ファイナル・アサシネイション(1)
「――こいつらで何度目だったか、覚えてやすか?」
雪混じりの風の中、デーモンナイフが螺鈿細工の鞘に刀を納めると、十数メートル先で両断された魔道車が爆発炎上した。
「11波目ですわ。そろそろ東区のギャングが絶滅する頃かしら」
傍らのホワイトリリィが冗談めかした。その両腕からせり出したマギトロン・ブレードが光刃の発振をやめ、ガシャンと音を立てて腕の中に戻る。
彼女は撃ち切ったガトリングとミサイルランチャー付きのブースター・ユニットを切り離し、全身に内蔵したマギトロン兵装のみで戦っていた。黒のゴシックドレスは所々が破れ、セラミック質の義体外装が露出している。
彼らが陣取るヒュドラ・ピラー前の道路には破壊されたギャングカーが山となり、美しく整備された高治安地域をオイルと黒煙で汚していた。
「やれ、あっしはここしばらく大仕事続きでくたびれやしたよ。この街に流れ着いてそれなりに経ちやしたが、一度にここまで相手取ったことはありやせん」
デーモンナイフが焼け焦げた残骸のひとつに腰掛け、息をついた。
「今度の金子が出たらフグチリにヒレ酒と洒落込んで、そのまま寝正月といきたいとこです。リリィ嬢もいかがで?」
「お誘いは嬉しいですが、私の身体は栄養溶液しか受け付けませんの」
「それで何が楽しくて生きてんです?」
「磁器人形集めですわ。このボディにも大変満足して……あれを」
ホワイトリリィが訝しげに声を低め、ヒュドラ・ピラーを指した。
「……黒い多頭蛇?」
無数の首を伸ばした黒い巨影、あるいは流体の塊のような何かが、氷に覆われたビルの中を緩慢に這い上っていた。
生き残ったギャングたちが抵抗しているのか、怪物より上の階では激しい発砲炎が瞬いているが、黒い怪物の動きが鈍る様子はない。
一方で怪物より下の階は魔法照明がすべて消え、死んだように静まり返っている。不気味としか言いようがなかった。
「何でしょう、あれ」
「十中八九、死神の旦那でしょうなあ。アレと東のワンクォーターを従えてたブルータル・ヒュドラってえのは、いったいどういう神経してたんだか」
デーモンナイフが対岸の火事を眺めるような調子で答えた。その脇でホワイトリリィがこめかみに手を当て、ヘッドドレスから小型マギバー・グラスを展開して左目を覆った。センサー越しの画面に魔力反応はない。
「不思議です。あれほど大規模な現象なのに、魔力がさっぱり感知できません。あの暗殺者、一体何を隠し持っていたのやら」
「さぁてね。何にせよ、持ち場があそこじゃなくて幸運でございやした」
「ま、そうですね。触らぬ神に祟りなしです」
ホワイトリリィが同意し、マギバー・グラスを解除した。
KA-DOOOOOM……南西の空に浮かぶ人工太陽から巨大な炎が噴き出し、夜の街をひととき真昼めいて照らす。
南区行政府代表にして冒険者ギルドの会頭、エルフェンリア・S・ワンクォーターの熱核魔法。クイントピアを百度焼いて余りある熱量。
一瞬にして数百もの魔法弾が生まれ、ヒュドラ・ピラー屋上のビッグ・バレル砲撃システムが放った同時弾着砲撃とぶつかり合い、轟音とともに爆発を起こした。
「東には黒い化け物、南には夜中の太陽かい」
「つくづくロクでもない街ですね、ここは。うふふっ!」
ふたりの殺し屋はどちらからともなく休憩を切り上げ、武器を構えた。その直後、12波目のヘッドライトが彼らを照らし出した。
◇
最終章 デス・オブ・ヒュドラ・クラン
4 ファイナル・アサシネイション
◇
「――YEAAAAAAAART!」
髑髏兜の剣士、A級冒険者のガラティーンが凄絶なバトルクライを上げ、必殺の2連回転斬りを繰り出した。
魔剣ソード・オブ・フェアウェルが反物質の刀身を伸ばし、禍々しい蒸発音とともに関所前の大通りを薙ぎ払う。逃げ遅れたレッサーギャングが十数人まとめて半身を消し飛ばされ、血飛沫を上げて床に散らかった。
関所前は既に屍山血河。死体の数は東区側の方が10倍は多いが、死んだそばから増援がトレーラーで押し寄せてくるため、一向に人数差が縮まらない。
南区の切り札であるエルフェンリアは、未だ巨大兵器と砲撃の阻止に掛かり切り。今は最高戦力であるガラティーンとナイツテイルが獅子奮迅の活躍を見せ、崩壊の一歩手前で均衡を保っている状態だった。だが、それもいつまで続くものか。
「蜂の巣にして殺せ!」「目を抉り出して殺せ!」「腹を突いて殺せ!」「喉を斬って殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せーッ!」
BRATATATATATATA! 9ミリ弾の弾幕がガラティーンを襲う。ガラティーンは瞬時に刀身を縮め、掌から障壁魔法を展開して銃弾を防ぐ。最前線でひとり戦う彼は、今やすべての銃口に狙われる立場だ。
(タワーシールド姉弟が残っていれば……いや、敵方に出てこなかっただけマシか)
南区を去ったかつての冒険者仲間のことを思いながら、ガラティーンは障壁を盾に突進した。
ソード・オブ・フェアウェルは防御不能である。敵の戦列に斬り込んで2、3度振るえば、蝋燭の火を吹き消すように数十人を消し去るだろう。一時的にでも敵陣に切り込めば状況は変わる。
「――させるかァッ! フォックス、援護しろ!」
「おうさ!」
そこにヒュドラ・クラン旗頭であるバンブータイガーが飛び掛かり、仕込み爪付きの重格闘マギバネ腕で殴り掛かった。
強化魔法の乗った重い一撃。ガラティーンは避けずに障壁で受け、その裏から逆袈裟に斬り上げる。
バンブータイガーは巨体に見合わぬ俊敏さでダッキング回避し、虎の爪撃じみたフックを繰り出す。同時にその背後に控えたシルバーフォックスが舞い、無数の人魂じみた暗黒火球を放つ。
ガラティーンは飛び退りながら斬撃を置き、バンブータイガーの突撃を阻止。続いて殺到する火球の群れを斬り払う。その間に敵陣のレッサーギャング部隊がリロードを完了し、再び一斉砲火を開始した。
「――らあああッ!」
「ギャアアーッ!?」
ガラティーンの十数メートル横、半人半馬の重騎兵ナイツテイルが、巨大なハルバードを軽々と振るって敵の首を刎ねた。
〈不抜〉のスキル持ちである彼女はレッサーギャングの銃弾を受け付けない。ヒュドラ・クランはそれに対抗し、非物理攻撃が可能な魔法使い戦力の多くを彼女の方へ差し向けていた。
その筆頭は威力部門の影術師シャドウプールと、〈不抜〉でも防げぬメーザー兵装を装備したオーバーヒートだ。ともに優れた魔法使いであり、対人戦闘に恐ろしく慣れている。
「ええい、雲霞のごとく湧いてきおる! 術師どもはまだ動けんのかッ!」
彼女とガラティーンを先頭とした前列には、B級のアイシングデスやデザートライダーを始めとする前衛部隊。
後列ではローブ姿の術師たちが土魔法で即席の土壁を築き、遥か彼方から狙撃してくるヒュドラ・クランのキルショットと遠間で撃ち合っている。それらをペインキラーを核とする遊撃部隊が護衛し、斬り込んでくる敵に対処している格好だ。
「なんたる悪戦だ、後手後手ではないか……!」
ナイツテイルが兜の下で舌打ちした。
とにかく手が足りない。特に火力を発揮すべき腕利きの術師が狙撃手への対応を強いられ、前線への支援が薄くなっているのが問題だ。後方を荒らし回る斬り込み役の女ギャングも無視できぬ。
「さあ、死ね……悶え苦しんで死ね……!」
「ロートルの魔法使いってのは、ひとつ覚えの力押しばかり! その硬い頭をマイクロウェーブで蒸かしてやるよ!」
シャドウプールが足元から影の魚群を放ち、オーバーヒートが前腕のマギバネティクス・メーザーガンをパラボラ状に展開した。
陰影魔法で生み出された影の魚はその実、限りなく平面に近い魔法弾の一種だ。音もなく壁や地面を泳ぎ、触れた相手に電撃じみた激痛と麻痺を与える。それを恐れて大袈裟な回避機動を取れば、オーバーヒートのメーザーに狙撃される二段構えである。
「あの黒マントを仕留める! 合わせろ!」
「応!」「心得た!」
ナイツテイルは低く跳んで影のイタチザメを躱し、そのまま敵の頭上からハルバードを振り下ろした。
その脇からアイシングデスが氷の双剣を手に肉薄をかけ、さらに反対側からデザートライダーの騎乗する陸生飛竜が回り込む。
「浅はかな。雑魚は群れたところで雑魚のままよ」
シャドウプールが黒マントの前を開き、拳を握って無構えに構えた。
そのままハルバードの一撃を躱しながら踏み込み、予想外の接近に虚を突かれたアイシングデスの顔面を正拳突きで砕く。美形の氷剣士が折れた歯を吐きながら数メートル吹き飛んだ。
「やれ、ジンニーヤ! ここで仕留めねば南区が危ない!」
「ARRRRRRGH!」
その背後から砂色の陸生飛竜が突進し、ナイフのような牙で噛みつきにかかった。
「魔物を出せば怯むと思ったか? 俺の空手は闘技会仕込みだ!」
「物理法則は全てに平等よ! デカいだけのトカゲなぞ物の数じゃないぜェーッ!」
シャドウプールは鋭く振り向き、飛竜の鼻面に踵落としを叩き込んだ。炸薬ハンマーのごとき轟音が鳴り響き、砂色の甲殻に亀裂が走る。そこにオーバーヒートのメーザー照射が直撃し、陸生飛竜が苦悶の咆哮とともに跳び退った。
「影絵芝居の三文役者が格闘家気取りなど! 笑わせるでないわ!」
「俺はギャングだ。その減らず口を命乞いに変えてやる……!」
ナイツテイルが頭上でハルバードを回転させ、勢いをつけて下段を薙いだ。シャドウプールは跳躍してそれを回避し、ナイツテイルの側頭に上段蹴りを浴びせた。
KRAAASH! 大鐘を衝いたような衝撃音が響き、半人半馬の巨体が揺らぐ。
打撃のダメージそのものは〈不抜〉のスキルが無効化するが、それでも衝撃を受ければ姿勢は崩れる。衝撃自体を周囲に受け流す〈風柳〉とは違うのだ。
「んん……ッ!」
ナイツテイルは歯を食いしばって衝撃に耐え、棹立ちから前脚で蹴りかかった。
シャドウプールは両腕で立て続けに蹴りをパリングし、スウェーバックして距離を取った。その足元から影のマンタが泳ぎ出し、ナイツテイルの蹄に触れた。そこから黒い稲妻じみたエフェクトが生じ、重騎兵が激痛でバランスを崩す。
「ナイツテイル殿! 今援護を!」
それを見た後衛の術師が杖を向け、火炎魔法を放とうとした。
「――させるかよバァーカ! アハハハハッ!」
「ギャアアーッ!?」
次の瞬間、その背後からヒュドラ・クランのステイシスが飛びかかり、カランビット・ナイフの湾曲刃で頸椎を切断した。
「ハ、ハ、ハ、ハ! キィアーハハハハハハッ!」
血飛沫。ステイシスが高笑いとともに黒紫の長髪を振り乱し、カーボンの刃に置き換えられた四肢で異形の剣舞を踊る。その姿が〈疾駆〉のスキルで掻き消えるように加速し、四方から殺到する魔法攻撃が空を切った。
「外れた! もっとよく狙え!」「狙えったってどうすんだよ!?」
「私が当たります。皆さんは包囲を……!」
そこにペインキラーが追い付き、うろたえる周囲を下がらせた。
医療鞄を他に預けて無手となった彼女は、この場の冒険者ではもっとも身軽だった。強化魔法の出力を全開にした今、その動きはステイシスに迫る速度だ。
ペインキラーは通り抜けざま半死半生の術師に触れ、解剖魔法で傷を修復した。その勢いのまま紅い残像を伴う高速タックルを仕掛ける。
「先輩、あのクソ女どうしましょう。……解りました。やってみせます!」
ステイシスは不可解な独り言とともに構えを取った。
スタンスは狭く、ガードは顔の位置。ムエタイとシラットを下地とした徒手空拳が彼女の戦闘スタイルだ。素早いナイフ攻撃を布石とし、致命的な足技を叩き込む。
――逃げても捕まる。切り札はまだ温存、真っ向から迎え撃て。
彼女の脳に焼き付いた先輩の虚像はそう命じた。であれば疑問を挟む余地などない。彼女にとっては彼こそが神であり、その言葉はすなわち神託なのだ!
「殺アアアアアッ!」
ステイシスがその姿を霞ませ、敵との距離を一瞬でゼロにした。
前蹴りでタックルの出がかりを潰し、間髪入れずに斜め上からの膝蹴り。斧刃めいた右膝がペインキラーの側頭に食い込み、頭蓋を割って脳に達する。
疑いようのない致命傷。しかしペインキラーは解剖魔法を自身に発動し、傷を再生しながらステイシスの脚をトラップした。さらにその周りを冒険者たちが取り囲み、人垣を作ってステイシスの逃げ道を塞ぐ。
「捉えました。もう逃がしません……」
「これで囲んだつもりかよ、クソ女が! 全員切り刻んで合い挽き肉にしてやる!」
「あなたにそんなことはできません。このペインキラーがいる限り……!」
ペインキラーは敵の右脚を抱き込んだまま、その軸足に関節蹴りを打った。
ダメージより足止めを狙った一撃。そこから大きく踏み込んで距離を詰め、右手でステイシスの胴体に触れようとする。生身の胴体に解剖魔法を行使し、肉と骨を捻じ曲げて無力化しようというのだ!
「遅い!」
ステイシスは左脚で地面を蹴り、掴まれた右脚を支点に逆袈裟の蹴りを放った。
剥き出しの骨のような異形のマギバネティクスがしなやかに駆動し、ひと振りの刀と化してペインキラーを襲う。
直撃すれば首を落とされる。ペインキラーは腕を戻してガードを固めた。一瞬後、義足のフレームが肉を裂いて尺骨に食い込み、熱い鮮血が噴き出した。ステイシスが回転の勢いで拘束を振り払い、再び構えを取り直す。
「SHHHH……!」
ペインキラーは両目を爛々と輝かせ、血生臭い息を吐いて傷を再生した。
夜に深紅の残像を残し、神速のタックルで再接近。多少の被弾を覚悟でステイシスに組み付こうとする。
「ち、い、いっ!」
ステイシスは肘と膝とカランビット斬撃を矢継ぎ早に繰り出し、接触寸前でその手を斬り払い続ける。そうしている間にも周りの冒険者がじりじりと包囲を狭め、機械四肢の女ギャングを追い詰めていく……。
「ビル上で発砲炎! また砲撃が来るぞォーッ!」
そのとき、後衛をまとめていたサンシェードが悲鳴じみた声を上げた。
「砲撃!? またか!?」「どうする!?」
「包囲を解かないで! ギルドマスターが守ってくれます……!」
ペインキラーが即座に周囲を制し、ステイシスへの攻勢をさらに強める。
しかし、ステイシスは見逃していなかった。ーーペインキラーの背後、砲撃の恐怖に狼狽えたひとりの若い冒険者が、思わず大盾の防御を解いた瞬間を。
「――あそこですね、先輩ッ!」
ステイシスは義足の太腿から毒投げ矢を抜き、電撃めいて投げ放った。
矢は盾の隙間を抜けて若い冒険者の腿に突き刺さり、致死量0.1ミリグラムの化学神経毒をその体内に送り込んだ。盾持ちの冒険者がたちまち瞳孔を収縮させ、全身から脂汗を流して崩れ落ちる。
「やったーっ! ありがとうございます先輩! 愛してますッ!」
ステイシスはすぐさま〈疾駆〉を発動し、20連続側転を打って包囲を突破。黒紫の風めいて冒険者たちの間を縫い、手当たり次第に斬りつけながら東区側に離脱した。それを追うようにヒュドラ・クランの軍勢が後退していく。
ペインキラーは追おうとした。しかし次の瞬間にキルショットの対魔物ライフル弾がその片脚を吹き飛ばし、バランスを崩して倒れ込んだ。
――その頭上に、ヒュドラ・ピラーから発射された榴弾雨が迫る!
「逃げられたっ……ギルドマスター!」
ペインキラーが上体を起こし、人工太陽が浮かぶ空へと叫んだ。
◇
「――解ってるわ、ペインキラー」
上空のエルフェンリアが答え、手にしたオリハルコンの八角棍をキリキリと回した。その周囲では莫大な熱が球状のバリアとなって対流し、地上からの銃弾をすべて蒸発させている。
「東区の増上慢ども! こんな爆竹風情で私に抗おうなんて百年早いわ!」
KA-BOOOOOM! 彼女が身に纏う熱光のバリアが幾百もの火炎弾となって爆ぜ、飛来した砲弾を一発残らず焼き払った。
戦術級熱核魔法、『日天矢』。大地を焼き焦がす天の火。
熱核エネルギー爆発とともに放出される魔法弾の嵐は、触れるものすべてを焼き尽くす。150年前にあらゆる魔族から恐れられた大規模破壊魔法は今、冒険者たちを砲撃の猛威から守る防空網として機能している。
(すぐに次の砲撃があるはず。……窮屈だわ、この私が守勢に回るなんて。ここが私の街でさえなければ、何もかも消し炭に変えてやるっていうのに!)
エルフェンリアは内心で吐き捨てた。
彼女本来の戦闘スタイルは火力に物を言わせた絨毯爆撃である。
超長射程を誇る弾道魔法弾の先制攻撃で敵の本陣を黙らせ、そこから全縦深を火の雨と放射熱線で焼き払うのが本当なのだ。
しかしこの場で見境なく対地攻撃を行えば、それだけで1000や2000ではきかぬ死者が出る。勝ったとしても、戦後処理において負けたも同然の不利を背負う羽目になるだろう。為政者としては到底許容できないことだ。
『ンフフフフ……無視は困りますね、ギルドマスター殿! あなたのお相手をしに参上したのですから、もっとこちらを気にして頂かなくては!』
そして、こいつだ。エルフェンリアは眼下を見た。
分厚い魔力の壁をまとった、ヒュドラ・クランの機械の大蛇――スチームローラーが駆る魔導兵器『グラウンドイーター』が、耳障りな騒音を立てて鎌首をもたげた。
幾度となく熱線を浴びた装甲は融けかけ、4門あった頭部ガトリングのひとつは発射口を破壊されていたが、鋼鉄の大蛇は未だ健在。
その焼け爛れた顎門が開き、喉奥からメガ・マギトロン・ビームキャノンの砲口がせり出す。エルフェンリアを撃ち落とし、味方の砲撃を着弾させようというのだ!
『日は夜になれば沈むもの! この私が不自然を糺して差し上げましょう!』
DDDDOOOOOM! グラウンドイーターが極太の魔力光を吐く。エルフェンリアは背と両足先に生成した光輪から熱核ジェットを吹き、急加速してそれを躱す。
『ンフフフフ! さながら神話のようですな! 蛇から逃げ回る太陽など!』
「虫ケラ風情が思い上がるな!」
空中投影されたスクリーンの中でスチームローラーが嘲笑う。大蛇がマギトロン・ビームを照射しながら首を振り回し、エルフェンリアを追い続ける。
問題ない。迎撃を強行する。
左右へのブースト回避で光線を振り切りながら、エルフェンリアはそう判断した。
敵は魔力量こそそれなりに高いが、動きが大味にすぎる。機械であれ死肉の怪物であれ、これほどの巨体は人の脳で御しきれるものではない。魔族の合成獣を幾度となく滅ぼしてきた彼女は、それを経験則的に知っていた。
DDDOOOOOM……ヒュドラ・ピラーの屋上で榴弾砲が火を噴いたのと同時に、エルフェンリアは迎撃ポイントに到達した。
背後に浮かぶ人工太陽が一層強く輝き、蓄えられた熱核エネルギーが紅炎となって彼女に流れ込んだ。球状に張り巡らされた熱のバリアが、超新星爆発の予兆めいて急激に収縮していく。
『油断しましたね! 我がグラウンドイーターの奥の手、切るべき時は今!』
機械仕掛けの蛇が大きく伸びあがり、塔のごとき巨体をエルフェンリアの目の前に割り込ませた。
各体節に直列配置された大型魔導エンジンが全力駆動を始め、巨体を覆う魔力防壁が出力を増していく。
(魔力砲の接射? ……違う!)
エルフェンリアは敵の狙いを悟った。しかし一度始動させた熱核エネルギーの拡散が止まることはなかった。
『――マギトロン・エキスパンション! 出ませェいッ!』
KA-BOOOOOOOOOOOOOM! エルフェンリアの『日天矢』の発動と同時に、大蛇が魔力防壁を全方位に拡散させた。
ふたつの魔力爆発が互いに相殺し合い、光と轟音が空間を埋め尽くす。
爆発の出力はエルフェンリアの方が大きく上回っていたが、それでも鋼鉄の大蛇の対熱核装甲を破壊するには至らず――一方で敵の魔力爆発は、ピラーからの砲弾を迎撃すべき魔法弾の形成を大きく妨げた。
「クソッ……撃ち漏らした! 各々で防ぎなさい!」
エルフェンリアが地上に叫ぶ。生き残った魔力弾が前方空域に向かい、飛来する砲弾を次々と焼き払っていく。
しかし迎撃を免れた残りの砲弾は空中で一斉に信管を作動させ、超音速の金属片をバラ撒いた。破片の雨が塵埃を巻き上げ、大通りをひととき覆い隠した。
◇
「……被害は!?」
頭上に障壁魔法を張って砲撃を凌いだガラティーンが声を上げた。
「後衛はまだマシだが、前衛がまずい! ペインキラー、動けるかッ!」
〈不抜〉で破片を受けきったナイツテイルが怒鳴り返す。彼女の周りには砲撃を受けた冒険者たちがバタバタと倒れ伏していた。
「治せはしますが、手が足りません! このままでは……!」
ペインキラーが血の海の中から起き上がり、ズタズタにされた全身を修復しながら前線へと走り出す。
「一番乗りはこのステイシスがもらう! 私についてきな!」
「全員殺す。ひとりたりとも逃すな……!」
「効力射だ! ビッグ・バレルに腕木を送れ! トレーラーは突っ込んで道を開け! ――ボサッとしてんじゃねぇぞ、お前らッ! カチ殺せェェェッ!」
その機に乗じ、ヒュドラ・クランが一斉に反転攻勢をかけた。
誰よりも速く斬り込んだステイシスがペインキラーに踊りかかり、同時にキルショットが対魔物ライフルの集中砲火を浴びせる。
シャドウプールとオーバーヒートが他の魔法使いを引き連れ、直掩を失ったナイツテイルに包囲攻撃をかける。
血と功名に飢えたレッサーギャングたちがサブマシンガンを構え、バンブータイガーを旗頭に雄叫びを上げて押し寄せる。さらにその後ろから敵増援を積んだ装甲魔導トレーラーが5台、機械仕掛けの戦象部隊めいて近付いてくる……。
「――間に合った!」
KRAAAAASH! 重い衝撃音と共に金色の魔力が爆ぜ、先頭のトレーラーが派手に横転しながら宙を舞った。
吹き飛ばされたトレーラーは火花を散らしながら路上を滑り、道路を塞ぐ形で停止した。そこに止まり切れなかった後続車が次々と追突していく。
「何だ!? トレーラーが……!」
後衛のシルバーフォックスが思わず振り返った。
次の瞬間、黒鉄の手裏剣がぞっとするような風切り音を立てて飛来した。銀髪の獣人は咄嗟に鉄扇を掲げ、眉間を狙ったそれを辛うじて防いだ。
「ッ……! 東区側から? どこのどいつだい!」
シルバーフォックスが鉄扇に食い込んだ手裏剣を振り捨てながら誰何した。
「――あはぁはぁはぁっ! 首級がいっぱぁーい! こっち来て正解だったかも!」
「騒ぐな、フラッフィー。……こんな人数が集まってるなんて……!」
それに応えるように、闇の中からふたりの女が進み出た。
ひとりは周囲に機械眼球を浮遊させた金髪の小柄な只人。身にまとった探偵服はそこかしこが血で汚れ、ひときわ大きな脇腹の傷を片手で押さえていたが、見開かれた瞳の中では金色の魔力が煌々と燃えていた。
もうひとりは毛皮の上着を羽織った栗髪の獣人だった。頑強な骨格に筋肉をみっちりと搭載し、脂肪で覆った堂々たる体格。耳のあたりまで裂けた大口が獰猛な笑みの形に歪み、厚いエナメル質に覆われた牙が覗いた。
◇
「…………」
誰よりも早く対処に動いたのは、後方の古代建築から戦況を俯瞰していたキルショットだった。
長大な対魔物ライフルを保持するその両腕は、狙撃用に特注した左右非対称のマギバネティクス。銃を支える左腕は指すらないライフルレストのような固定具で、引き金とボルトを操作する右腕は華奢な精密マニュピレータだ。
ライフルを構える以外の機能はないに等しく、素早い動きもまったくできないが、対魔物ライフルの反動すら抑え込む保持性能と0.01ミリ単位の精密動作を併せ持つ。
ガスマスクから細く息を吐きながら、彼は金髪の少女へと照準を移した。
キルショットはレインフォールに次ぐ古兵であり、職人気質の狙撃手だ。
巣を作り、機を待ち、銃弾を放って標的を仕留める。そこには感傷も昂揚もない。陽を浴びる植物のような静かな充足があるだけだ。
せめて痛みを知らずに死ね、若い娘よ。
キルショットは無感情に祈ると、静かにライフルの引き金を絞り込んだ。
――その瞬間、1発のグレネード弾が、横から窓を破って部屋に飛び込んだ。
◇
KA-DOOOOOOON! 重榴弾と見紛う規模の爆発が、ビルの1フロアをまとめて吹き飛ばした。砕けた窓ガラスのシャワーが光を反射しながら道路に降り注ぐ。
「いいかな? ミュールちゃん。狙撃手を倒す一番の方法はね、こうして根城ごと吹っ飛ばすことだよ。相手の得意なことに付き合う必要なんてないの」
およそ1000メートル離れた別の古代建築の中、暗黒麻薬カルテルのセムテクスが酷薄な薄笑いを浮かべて言った。
その手にはたった今キルショットの根城を爆破した手持ち大砲、魔導火器管制装置付きの狙撃型グレネードランチャーが握られていた。その横ではドラッグミュールが窓の外と入口のドアとを交互に見回している。
ドラッグミュールの〈隠倉〉から関所付近へと出現した彼女らは、同行者のパノプティコンとフラッフィーベアを送り出した後、そのまま留まって援護を務める手筈だった。
戦えぬドラッグミュールを匿いつつ、単身でヒュドラ・クランを攻撃する。危険な命令だが、セムテクスはこれをふたつ返事で受けた。可能だからだ。
「や、やっつけたんでしょうか……?」
「さあ、無傷じゃないとは思うけどね。名のある魔法使いはだいたいしぶといから」
セムテクスは狙撃型グレネードランチャーを構え直した。
その手から緋色の魔力が走り、薬室の中の40ミリグレネード弾へと流れ込んでいく。火炎魔法の力を注ぎ込み、弾頭の破壊力を底上げしているのだ。緻密な魔力制御を要する技だが、セムテクスはこの種の魔法を何より得意としていた。
「ま、今回私らはサポートだから。あの子たちの邪魔さえさせなきゃいいよ」
セムテクスは事も無げに言うと、ビルの窓から関所前に視線をやった。
「――冒険者ギルド、A級のフラッフィーベアでーす! あっははははぁ!」
「パノプティコン。……お前たち、生きて帰れると思うな!」
名乗りを上げると同時に、パノプティコンが念動魔法を発動した。擱座した5台のトレーラーが次々と金色の火に包まれて浮き上がり、ヒュドラ・クランの戦線へと投げつけられた!
読んでくれてありがとうございます。
今日は以上です。
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