98 星貨一枚
「まぁまぁ、3名様ね。何泊希望かしら?お食事は?お部屋はどこがいいかしら?」
恰幅のいい女性が詰め寄るように聞いてきた。だけど、こちらの予定は未定だ。
ベルーイを騎獣舎にあずけてきた、シンセイは『はて?どのようにすれば一番いいのか?』と首を傾げている。その頭の上にいるノワールが落ちそうになって、まだ飛べない翼をバタバタさせていた。
「おい!それって幼竜か?」
「まぁ、ドラゴンだなんて初めて見たわ」
宿屋の夫婦がノアールに興味を示しだしたからか、ジュウロウザが私にここから一歩も動かないようにいい。夫婦とシンセイの間に割って入って行った。
「まだ、予定が決まってない。数日分の宿泊と馬竜の世話代を前払いで星貨一枚出す。キッチンが付いているならこちらで食事は賄う」
そう言って星貨一枚を差し出す。その星貨を見て宿屋の旦那さんは驚き固まってしまった。
「せ、星貨!!200万Gだと!!いやいや、流石にそこまでは受け取れない!」
「まぁ。それなら奥の離れを使ってもらえばいいわ。あそこは一ヶ月で200万Gよ。少し高めなのは備品を壊しても請求しない事にしているからなのよ。どうかしら?」
どうやらこの宿の主人は女性の方のようだ。せっかちな感じだけど、商売の話となると、ちゃっかり高い金額を提示してきた。
この一ヶ月で大体の相場というものがわかるようになってきた。女性は通常の倍の価格を提示している。しかし、壊した備品の金額は請求しないとも提示した。
普通ならこの金額を言われれば手を引く金額だ。
「それでいい」
ジュウロウザはそれに対し二つ返事を返す。ぶっちゃけお金には困ってはいない。換金はされていないが、大量の宝石や魔石を持っているからね。
「まじかよ」
旦那さん。商売上手の奥さんを見習うべきだね。金払いのいい客の金はさっさと受け取っておくべきだ。
そして、奥の離れという所に案内された。普通に平屋の一軒家だ。外見は風通しがいいようにか、広めの窓が一番に目に入った。日差しよけか、雨よけのためかはわからないが、屋根のひさしが長く、その広い窓の上を覆っていた。中に入ると、玄関を入ってすぐに広いリビングダイニングがあり、少し狭いがキッチンと水回りが隣にある。
それに5つの個室あることから、かなり広い一軒家だ。
「裏庭も好きに使ってくれていいわ。だけど、『バーベキューだ』と言ってこの辺りに悪臭を放つ煙を充満させないでね。通報されちゃうから」
いや、バーベキューで一帯に悪臭って何を焼いたんだ!
「それから、出入りは裏口からしてくれて構わまいわよ」
そう言って宿の女主人は戻って行った。
「これはよいところではなかろうか。入り口の建物を見て、ちと心配はしておったがのぅ」
シンセイはそう言いながら室内を見渡している。
あの斜めに傾いた建物を見て何か思ったのなら少しぐらい躊躇する素振りでも見せてくれていいと思う。普通に堂々と入って行ったよね。
「さて、これからどうするか」
ジュウロウザは私にカウチソファに座るように促し、そう切り出してきた。ジュウロウザは未だに私がこの事に関わることが嫌なようだ。
「そうであるな。まだ、あちらがここに来ておるかもわからぬ。どこであったか?様子でも見てくればよいか」
シンセイはノワールを私に差し出し、私がむっちりとした幼竜を受け取ったのを確認すると、踵を返して宿を出ていった。えっと集合場所の名前しか私は言っていないのだけど大丈夫?
「モナ殿。何度も言うが、本当にダンジョンに潜ることをやめないか?」
ジュウロウザが一ヶ月言い続けて来たことを口癖のように聞いてきた。だから、私も同じ返答をする。
「断っても彼女は諦めることはないでしょうね。彼女は私の幸運の力で得られる物が欲しいのですから」
ロズワードで得られるレアアイテムは人魚の鱗だけではない。人魚の鱗はパーティーメンバー全員を人魚化して深海にある水の神殿に、そして水竜の洞窟に行くアイテムだ。
それ以外に50階層の無骨なガーディアンを倒すと【金の針】がドロップする。それが転移装置を起動するアイテムなのだ。
ルナの目的はガーディアンを倒して金の針をドロップさせること。そして、ガーディアンはその一回しか現れない。一発勝負で金の針をドロップさせないといけないのだ。そこを逃すと、空中都市ネルファーキルで起動させるしかない。
いや、他にも古代遺跡は存在するけど、入口が破壊されているとか、ガーディアンが強すぎるとかで、かなり後半にならないといけないところだったりする。
他の大陸にも古代の転移装置はあるけど、4つの大陸の転移装置を全て起動させないかぎり、大陸間の転移はできない。
だから、ロズワードで転移装置の起動をしたいのだろう。
「もし、次の目的地のためにロズワードに行くと言うなら手段は他にあります。しかし、現時点で彼女の望みを叶えるとするなら、幸運の力が必要なのですよ」