94 サイザールへ(地図あり)
3日で準備を終えて、4日目の朝には村を出立できることになった。
家の前には母さんとばぁちゃんとソフィーとルードが見送りに出てきてくれた。父さんがここにいないのは、フェリオさんと一緒にリアンの監視兼指導員として張り付いてダンジョンに潜っているのだ。
「モナちゃん。体には気をつけるのよ」
母さんわかっているよ。
「モナ。神はいつもモナの事を見ておる。忘れるでない」
あれ?ばぁちゃんの言っていることがいつもと違う。神が見ている?
「おねぇちゃん、薬は沢山作ったけど、使わないことが一番いいんだからね」
ソフィーそうだね。使わないことが一番いいよね。
「モナねぇちゃん。リアン兄さんのことは存分にしばいていいからね」
ルード。任せておきなさい。しばくのは私じゃなく、ジュウロウザかシンセイに任せるけど。
「それじゃ、行ってきます」
ベルーイは私のその言葉と共に歩き出した。勿論私は一人でベルーイ乗れず、後ろ側にはジュウロウザがベルーイの手綱を握っている。
ベルーイの横には杖をついたご老人が···。シンセイには、もう一度騎獣に騎乗するように言ってみたものの、『不甲斐ない老兵は徒歩でよい』と言われてしまった。未だに私の吐血事件を根に持っているようだ。
ベルーイはカポカポと南の出口に向かっている。日差しを遮る為に深めに被っていた外套のフードを少し上げる。
私は馬竜のベルーイの上から、村を見渡す。本当にここはいい村だ。世界から隔離された英雄がエルフの姫君の為に作った村。もし、桃源郷というものがあるとしたら、こういうところのことを言うのかもしれない。
麦を収穫し終えた畑の多くは大豆が植わっている。その奥には青々した稲が植わった田んぼが少しだけある。大豆畑と田んぼの間では作業をしている人たちの姿が見え、手を振って来たので、それに答えるように手を振り返す。
水路はもう少しで水を通せる状態にできるらしい。来年は稲を植えることができる区画が増やすことができそうだ。
「モナ殿本当にいいのか」
ジュウロウザが聞いてきた。ここ3日程同じこと聞かれている。
本当にあのリアンのダンジョン攻略を手伝うのかと。
「キトウさん。断っても恐らく諦めてくれないでしょう。それに、ルルドに行きたいという言葉を聞いてしまったら、私は····」
恐らくルルドは壊滅状態だろう。彼女もそのことはわかっているはずだ。だけど、一縷の望みをかけて行きたいのだろう。
私はきっと選択肢を間違ってしまったに違いない。あのとき両親に行かないで欲しいと言うだけでなく、ルルドには手出しをするなとギルド経由でイルマレーラに言ってもらったらよかったのだ。
「姫。姫が気にされることはない」
ベルーイの横を歩いている。シンセイが言ってきた。そのシンセイに視線を向けると、白髪の頭の上には黒い物体が乗っている。長時間、私の膝の上に幼竜が乗っていると、足がしびれて動けない事件が勃発したので、それからは膝の上にいるのは雪華藤を食べるときだけと決められてしまった。
「父君と母君に聞いたであるが、姫は何も悪くはなかろう?父君と母君を守った、それは褒められることであるぞ」
自分の周りだけ幸せならそれでいいのか、いや、私にできることは限られている。できないことの方が多い。
「でも、決めたのです。キトウさんとシンセイさんにはご迷惑おかけすることと思いますが、道中とダンジョン攻略宜しくお願いしますね」
「御意」
「了解した」
まぁ、二人は内心納得はしていないのだろう。しかし、道中はこの二人がいれば問題ないと思う。この二人は攻撃特化型だ。それも凶悪過ぎるジュウロウザの攻撃力。全てを一撃で伏していく一騎当千のシンセイ。
····今、思ったら恐ろし過ぎない?この二人の側にいて私大丈夫?いや、リアンの気遣いのなさに比べたら、彼らは私の弱さをよく理解してくれている。
大丈夫のはず···。
そして、一ヶ月と10日後。地底湖ダンジョン【ロズワード】に一番近い街サイザールに到着した。
道中は本当に何も無かった。魔物に襲われている人に遭遇することはあっても、魔物に襲われることはなかった。盗賊や人攫いに遭うこともなかった。それで、なぜ10日余分にかかったかと言えば、夏の神殿に寄っていたのだ。
別に寄るつもりは無かったのだけど、ふと大きな泉が目に映ったのだ。確かこの泉の中央に夏の神殿があったなと思い出し、思わず声に出てしまった。
「ああ、ここ夏の神様がいるところだ。確か、世界の書があるんだよね」
「ここに?泉の中か?」
「将よ。対岸に何か見えるぞ。建物のようだ」
「対岸?回ってみるか」
え?いや、私は行くとは言っていないし、それにあれは対岸じゃない。
「あの···私のただの独り言なので行かなくていいです。それにあれは対岸ではなく。浮島です」
そう浮島の上に神殿が立っているのだ。浮島だというのに、木々が生え、草も生えている不思議な浮島。そして、浮島ということは島自体が移動するということだ。