70 全て恨み言
「は?」
ジュウロウザから言われた言葉に耳を疑ってしまった。そして、頭を抱える。私は寝言で何を言っているんだ。
窓の外は曇天に空は覆われ、白い雪が深々と降ってきて、白い世界を作り上げているが、部屋の中は煌々と明るく、温もりを満たしている。しかし、私の心の中は木枯らしが吹いていた。
「キトウさん、すみませんでした」
そう言って私は頭を下げる。
部屋で朝食を取って、お茶を飲みながら鉱山都市ヒュルケまで進むか、その先のトワレの町まで行くか決めている時だった。
「モナ殿。寝言で俺をキョウヤと呼ばないでもらいたいのだが」
と言われてしまった。
キョウヤ。
確かに心残りではあった。でも、今の私には関係のないことと心の奥にしまい込んだはずだった。それが漏れ出ていたなんて。
そして、私が言った言葉をジュウロウザは口にしたのだ。
「『キョウヤノバカ。シネ。ワタシヨリ、シゴトヲトルナンテ。ユルセナイ。コンドアッタラブンナグッテヤル。アノトキ、イッパツナグッテオクンダッタ。』といわれたんだが?」
·····その言葉は覚えがある。確かに私が言った言葉だろう。よく覚えていたなジュウロウザ。
「それ、全て恨み言です」
「恨み言?」
それはそうだろう。学生時代から付き合っていて、社会人になってもその関係が変わらず続いていて、30歳手前で別れようと言われたのだ。それは、文句の一つや二つや百個ぐらい出てくるだろう。
「はぁ、恨み言よ。私より仕事を取った彼に対する恨み言。まぁ、仕事が大切なのは理解していたから、誰かに言うことはなかったけど、一人でいる時は愚痴ぐらい出てくわよ」
よく、一人でゲームをしながら当たり散らしたものだった。
そんな過去の事を思い出していると、両頬を触られ、下を向いていた顔を上に向かされた。
いったい何?私の目には不安そうな顔をしたジュウロウザが映る。
「なんですか?」
そんなジュウロウザに怪訝な目を向ける。すると、ジュウロウザはホッとため息をはいた。
「いや、なんでもない」
そう言って、私の頬から手を離して、頭を撫ぜられた。本当に意味がわからない。
「モナ殿そろそろ街を出ようか」
朝から不機嫌だったジュウロウザの機嫌は何故か元に戻って、立ち上がって出発の準備を始めていた。私の頭の中はハテナでいっぱいだ。
ジュウロウザが機嫌が治った理由がわからない。てっきり、私の罵声の寝言がうるさいとの文句だと思ったのだけど、そうじゃないってこと?
私も立ち上がって、拡張収納の鞄を手に取り、近くに置いていた氷竜の卵を鞄の中にしまう。人目があるところでは、こんなに大きな卵は目立つので、しまうことにしているのだ。
鞄を肩に掛け、その上から外套を羽織る。
「結局、今日は何処まで行きますか?」
「ヒュルケは空気が悪いと聞くから、トワレまで行こうか。モナ殿」
そう言って、ジュウロウザは自分の頬を指差す。
「キトウさん。雪山を降りたので、守護のスキルはもういいのでは?キトウさんのステータスでは過剰防衛になると思うのですけど?」
「じゃ、俺のLUKを上げる方でもいいのだが?」
は?LUKを上げる?LUK 1より上がることはないのに?いや、あの方法でってこと?ないわー。それはないわー。
「はぁ。キトウさん、屈んでください」
私はジュウロウザの頬に口づけをする。今日は街道沿いに進むだけなので、守護のスキルを発動させるなんて、絶対にこれは過剰防衛だと思う。
そして、宿を出ようとロビーに行くと、母さんと父さんとフェリオさんが、待っていた。私は直ぐにジュウロウザを盾にする。
「モナちゃん、おはよう。顔色は良いわね。でも、外は雪が降っているからコレを持っていきなさい」
そう言って近づいてはきた母さんはジュウロウザ越しに手のひらサイズの平らな四角いカード入れの様な物を渡してきた。受け取ってみると温かい。これはカイロかな?
「それからお小遣い。どこかでお土産でも買って帰るといいわ」
母さんはパンパンに膨れた革袋を差し出してきた。
「前の分も使い切っていないけど?」
そうなのだ。泊まる宿代も食事代もジュウロウザが出してくれているので、以前母さんからもらったお金はほとんど減っていない。
「あら?いいのよ。お小遣いだもの。モナちゃんの好きなように使えばいいのよ」
あ、うん。そうなんだけど、もらい過ぎよね。
なんだか駄目なような気がしつつもオズオズと差し出した手に革袋を置かれた。
「母さんたちはイルマレーラ国の指名依頼を受けたから、またこの国を離れることになったけど、困ったことがあったら、ばぁちゃんとキトーさんを頼るのよ」
「わかった」
そうか、母さんたちはイルマレーラ国に行くのか····ん?ゲームで聞いたことのない名前。
「イルマレーラ国には何を頼まれたの?」
なんだか不安が過ぎった。