51 私のお願いを
「モナちゃんはどうしてこんな国境にいるの?」
アネーレさんがシチューを食べながら聞いてきた。その横でエクスさんは『美味しい美味しい』とシチューを口に掻き込んでいる。
「『雪華藤』を取りに来たのです」
「セッカトー?聞いたことないわね」
アネーレさんが首を傾げなら、聞いたことがないと言う。あれ?おかしいな『雪華藤』は商品としてあったはず。そう思い、アネーレさんの隣にいるエクスさんを見る。
「『雪華藤』ね。あれは貴族に良く好まれるんだよね」
エクスさんは『うんうん』と頷きながら、木の器を差し出してきた。
「なんです?」
「おかわり!ひめの料理は相変わらず美味しいね!」
私はその木の器を受け取らずに手のひらを上にして手を差し出す。
「金貨1枚」
「シチュー、一杯が金貨1枚!ボッタクリ過ぎる!」
「大丈夫です。エクスさん価格です」
「え?何が大丈夫?それは安いってこと?そうじゃないよね?」
別に熊からエクスさんを助け無くても良かったのだ。こんなところで時間を潰してしまったら、今日の行く予定であった廃墟の教会までたどり着けなくなってしまった。だから、エクスさんに助けた料金と予定を変更させられた迷惑料を払ってもらってもいいはずだ。
「代わりにテントでもいいですよ。『外見はテントだけど、中はロッジ風だよ』というネーミングセンスが残念な程にないテントでも」
エクスさんは持っているはずだ。ゲームでは彼からしか購入できなかった拡張機能付きテント。どこでも泊まれて回復できる宿泊アイテムだ。
そう、エクスさんもゲームに出てくる勇者の仲間だ。ゲームではアネーレという奥さんは出てこなかったけど、彼も仲間に出来る。こんな、回避能力しかない商人が何の役に立つかといえば、とあるダンジョンの罠の回避に役に立つのだ。本当ならレンジャーを仲間にすれば問題ないのだけど、そのレンジャーにも回避不可能な罠すら回避するのだ。流石、絶対回避スキルを持っているだけはある。
「あら?」
「それ、1ヶ月前に手に入れたばっかりの珍しいテントだよ。金貨1枚じゃなくて星貨1枚は欲しいよ」
やはり持っていた。星貨1枚だってことぐらい知っている。それが、欲しくて課金したり、ダンジョンに潜ったりしたからね。
「エクスさん」
私は神妙に話しかける。
「え?なに?」
そして、エクスさんの目の前に指を1本立てた手を出す。
「エクスさんを助けるためにスノーベアーを倒した料金」
2本目の指を立てる。
「アネーレさんを助けて欲しいとお願いされた料金」
3本目の指を立てる。
「本当は今日2つ先の山の廃墟の教会に行く予定だったのに行けなくなってしまった迷惑料。これが200万Gって良心的な値段だと思いません?人の命はお金で買えませんよ」
指が増えるたびにエクスさんの震えが酷くなっていく。そして、恍惚にほほえみ出した。何故だ。気味が悪い。
「流石ひめ様。その商人魂!見習わないといけない!」
私に商人魂なんてない!
反論しようと口を開こうと思えば、エクスさんがズズッと前に寄ってきて、私の差し出している手を掴もうと右手が出てきた。
「ひっ!」
手を引っ込めるが、間に合わない。
「エクス!」
「うぐっ!」
「モナ殿大事ないか?」
私が悲鳴を漏らした瞬間、隣にいるアネーレさんが前に体を傾けていたエクスさんの頭を雪の地面に押し付け、私はジュウロウザに後ろに引っ張られていた。そして、私はジュウロウザの膝の上に乗せられていた。
あ、うん。ありがたいけど、恥ずかしい。
「アネーレ。酷いよ」
絶対回避スキルがあるエクスさんをアネーレさんは難なく押さえ込んだ。
アネーレさん!かっこいい!
まぁ、村に迷い込んできたエクスさんを面白がって母さんは弓の的にしてみたり、フェリオさんは剣で斬りつけて、どれぐらい回避能力があるのか確認してみたりしていた中に、アネーレさんも混じって槍を突きつけていた。村のみんなは強くなるために向上心旺盛だった。
「モナちゃんに触るのは駄目って言っていたの忘れたの!」
「え?アネーレ嫉妬?大丈夫だよ。僕はアネーレ一筋だy····イダダダダ」
顔を真赤にしたアネーレさんはゴリゴリと拳でエクスさんの頭を雪の地面に押し付けている。顔を真赤にした天使も美しい!
「エクス、もう口を開かずに大人しくモナちゃんが欲しがっているテントを出して」
そして、大人しくなったエクスさんは背負っていた大きな荷物から、どう見ても荷物より長さがあるテントを出してきた。この事からわかると思うが、エクスさんの背負っている荷物も拡張収納機能付きだ。
だから、私はもう一つ交渉材料を差し出す。
「アネーレさん。エクスさん。私のお願い聞いてもらえます?」
そう言って、良質な大きめの魔石を鞄から取り出す。私の収納鞄に付いけている魔石よりも倍ほど大きな魔石。見た目は拳大ほどある物だ。