49 幻覚じゃないですから!
私達が近づいてきたことに気がついたようで、金髪に紫の目を持った美人が血まみれになって叫んできた。
手にしている槍は短くなっており、間合いが取れなくなっているようだ。
ベルーイはそのままスノーウルフの群れに突っ込んでいき·····突っ込むの!!私は置いて行って!
『キュキュ』
と鳴いたと思ったら、口を大きく開き、青い炎を吐き出した。
え゛?馬竜って火を吐くの?!
青い火に包まれ、のたうち回る白い獣。向かってくる白い獣はベルーイの前脚で潰され、後脚で蹴飛ばされ白い身体が捻れながら飛んでいく。
確かにジュウロウザが馬竜ぐらいでないと魔物に対応できないと言っていたけど、ここまでとは。
火を吐くなんて怖ろしい騎獣の上に私は鎮座していると思うと、ぶるりと震えた。それは宿泊を拒否られるよ。火なんて吐かれてしまったのなら、火事になって目も当てられない。
「モナ殿。大丈夫か?」
「え?ええ、大丈夫です」
私にその脅威的な力をぶつけないでいただけるのであれば、大丈夫ですよ。
白い獣たちがベルーイに蹂躙され、半数が動かなくなった頃、白い獣たちは一斉に尻尾を巻いて、逃げていく姿が目に映った。
すると、金髪の美しい女性は、血を流しながら崩れていく。
「アネーレさん!」
女性の側に寄りたいけど、ベルーイから自力で降りることができない。だから、なんで自分の騎獣から自力で降りれないの!
私はジュウロウザに抱えられ、雪の上に降り立ち倒れた女性の元に駆けつけようと、はしr·····『バフッ!』
····なぜ、私の方が雪に顔面から突っ込んでいるんだ!雪に足を取られるなんて子供か!
いや、ステータスは幼児並だ。しかし、ここまで幼児化することはないだろう!
むくりと起き上がり、よたりと雪の上に立った。白い外套が雪まみれになっている。隣でジュウロウザが『クククッ』と笑いながら雪を払ってくれている。
わ、笑いたければ笑えばいい!
羞恥心を抑えながら一歩踏み出すと、ズボッと片足が太ももまで雪に埋まってしまった。
えー!なんでこんな雪の上をみんな普通に歩けているの?ぬ、抜けないし!
私はまともに雪の上も歩けないのか!
「クククッ。モナ殿はかわいいな」
そう言いながらジュウロウザは私を雪から引っこ抜いて、抱えて歩き出した。絶対に馬鹿にしているよね!
金髪の美人の女性は膝を雪つけているものの、折れた槍を支えに立ち上がろうとしていた。
「アネーレさん。動かないでください。今、治療しますから」
ジュウロウザは私をアネーレさんの側に降ろしてくれた。その私を驚いた顔でアネーレさんは見る。
「モ、モナちゃんが見えるわ。とうとう幻覚まで見えてしまうなんて、私もう、これまでなんだわ」
そう言ってアネーレさんの紫色の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。いや、幻覚じゃないから。なんで夫婦揃って同じ様な事を言ってくるんだ。
「幻覚じゃないですから!取り敢えず体力回復薬を飲んでください」
私はばぁちゃんから渡された。一般の人用の体力回復薬をアネーレさんに差し出す。目の前に差し出された小瓶を目にしたアネーレさんは大きく目を見開き、口をポカンと開けて固まってしまった。
今もアネーレさんから血が滴り、雪を赤く染め続けているので、小瓶を開けて口の中に突っ込む。
一瞬、ビクッとされたが、中身をゴクリと飲んでくれた。あとは、別の小瓶を数本取り出し、血が流れている傷口にかけていく。
これはソフィーが作ってくれた傷薬だ。この傷薬は傷口に掛けると浅い傷なら、またたく間に治ってしまう薬なのだ。あまりにも効きすぎるので、村の冒険者にしか渡していない特別製だ。
ソフィーはこんなものまで作れるようになったなんて、おねぇちゃんは嬉しいよ。
見た目でわかる傷には掛けて、アネーレさんの様子を伺う。な、なぜかまだ泣いていた。え?まだ何処か傷が残っているのだろうか。
「アネーレさん、まだ、どこか痛みますか?」
「モナちゃんがいる。本物。え?なんでこんな国境に?それも雪まみれ。大変!熱が出ちゃうわ!」
慌てて立ち上がろうとして、頭を押さえてうずくまってしまった。血を流しすぎて、立ちくらみが起こったのだろう。
増血剤を差し出す。
「アネーレさん。私は大丈夫なので、これを飲んで下山しましょう。騎獣はどうされました?」
「ありがとう。『グビグビ、ゴックン』騎獣は峠越のときに気の立った氷竜に襲われて、逃げるのに囮にしたのよ」
美人が栄養ドリンクをグビグビ飲む姿、CMに使える?いや、美人はどんな姿でも絵になるということだ。
峠越で氷竜に襲われてしまったのか。それは逃げる一択でしょ!しかし、そこで騎獣を囮にしたのか。生きるには仕方がないことだけど、ベルーイを囮にする····絶対に私より逃げ足が速そうだ。と、なると私が囮!有り得そう!