45 貴族のお忍び?
夕刻。日が落ちてしまったのか、厚い雲の中に隠れているのか、辺りが暗くなり、雪が深々と降っている中、辺境都市メルトにたどり着い。
建物からは温かな光が漏れている。その光景にホッとため息が出た。
馬竜が泊まれる宿屋を門番に聞いたあと、その宿屋に向かっているのだが、私の前を歩くジュウロウザはこの雪が降る中、外套は羽織っているものの、着物と袴姿のままで平然と歩いている。
全ての雪山装備を着ていないとは言え、温かな外套を着込んだ私はガタガタ震えているというのにだ。
「モナ殿。もうすぐ着くから頑張ってくれ」
「わ、わかっていますけど、HPが半分の15になっているので、早めにお願いします」
そう、なんと私は寒さにも体力を奪われてしまっているのだ。
「なっ!それならそうと早く言ってくれ」
ジュウロウザは立ち止まり、左手を掴んでいる私を振り返って見て、抱きかかえて足早に目的に向かっていく。
私、軟弱過ぎる。マジでゲームのモナはどうやってリアンの仲間としてついていけたのだろう。
宿屋に着いて、ベルーイを預け、温かな部屋に通された。暖炉が部屋の奥にあり、部屋を温めている。その暖炉の前にジュウロウザから降ろされた。
「ありがとう」
ジュウロウザにお礼を言う。外套を脱いで、まとわりついている雪を落とし、壁にある外套掛けに·····届かない。ちょっともう少し低くてもいいんじゃない?
すると、私の外套をジュウロウザが壁掛けに掛けてくれた。
部屋をぐるりと見渡す。暖を取るためか一部屋しかなく、それなりに広いが、ベッドとテーブルが置いてあるだけの部屋だった。
トイレは部屋に常設してあったが、風呂はサウナのような蒸風呂が共同である言われた。
食事も付いていないらしく。外に食べにいかないと駄目らしい。昨日泊まったところのように簡易キッチンでも付いていれば、作って食べれたのに、また、寒空の下を歩く必要があるのだ。
私のHPを見る。HP12だ。食事を食べに行って瀕死になるか、拡張収納鞄の中にあるパンだけ食べて生きるか。
それはもう、生きること一択しかない。
「キトウさん。私は今日はこのままここにいますので、一人で食事に行ってもらえますか?ついでにこの店に行ってキトウさんが着れそうな装備があれば買って来てください」
そう言って、簡単な地図を書いて手渡す。ゲームの知識だけど、今まで記憶通りに店が存在したので、大丈夫だと思う。
「モナ殿が行かないのであれば、外に行かないでおく」
いや、じゃないと食べれるのパンしかないよ。
「私は体力が保たないだけなので、キトウさんは行ってきていいですよ」
「いや、モナ殿が気がついていないので言わなかったのだが、この街に入ってから何者かに付けられているんだ」
「は?」
つけられている?何故に?
「恐らくだが、貴族のお忍びと勘違いされているのではないのだろうか」
「え?私、貴族じゃないよ?高級な馬車に乗っていないし」
否定する私にジュウロウザは私が着ていた外套を指す。
「あの毛皮はカーバンクルの毛皮だ。それにボタンが額の宝石を加工したものだ」
カーバンクル!もふもふ!私にはとてもかわいらしいイメージしかない。そんな毛皮を使っているなんて知らなかった。
「幸運の護りが施された外套を着ているなんて、貴族か一部の高位冒険者ぐらいだろうな」
マリエッタさん!そんな幸運の護りが付いた外套を私に!でも、私の運無限大に幸運の護りって効力追加できるのだろうか。
でも、私が貴族だからって何の意味があるのだろう。
「でも、私が貴族であったなら、どうだっていうの?」
「一般的なのが、攫って隣国に売り飛ばすことが多いだろうな。ここは国境に近いし、貴族という付加価値が付いていれば高く売れるからな」
なんだって!また、攫われる要因が増えてしまった。こんなところで、攫われたら生きていけない。物理的にだ。
私はジュウロウザの腕を取って懇願する。
「居てください!ただでさえ瀕死なのに、攫われたら確実に死ねる」
「だから、外に出ないと言っているのだろう?」
ジュウロウザは笑って、私の頭を撫ぜる。
なんだか心臓がドキドキとうるさい。どうなっているんだ?私の心臓は病気か?
あ、あれか。危機的状況のドキドキを恋心と勘違いする、一種の精神病。
納得だ。しかし、ドキドキが収まらないので、目線を逸らす。
····ん?暖炉の周りが石の床になっているな。もしかして、ここで調理可能?
「キトウさん。簡単な物でよければ、何か作りましょう」
「じゃ、いつもの温かいスープがいい」
おや、珍しい。ジュウロウザから何かを食べたいと初めて言われた。
私はここ最近使い慣れてきた、野外用のコンロを出して、料理の準備に取り掛かった。