41 箱庭
「キトウさん。私、ずっとキトウさんに付きっ切りって無理ですよ」
「うっ」
「今は私の護衛をお願いしているだけですから」
そう、護衛。カスステータスの私の護衛をお願いしているだけなのだ。
「はぁ。わかっている」
そう言って、ジュウロウザは私から離れた。そして、寂しそうな、それでいて苦しそうな顔を私に向けてきた。
「護衛の依頼を受けている間は俺を人にしてくれるだろうか」
そ、その表情でそのような事を言ってくるなんて、まるで私が悪いような気がしてくるじゃない。
人にしてくれるか···。不運の根源といっていいステータスの所為で国を追われ、ゲームのフィールドに出れば、ボスクラス級が襲ってくる。村に立ち寄れば、そこが次の日には魔物の大群に襲われる。それはもう普通の人として生きることができない。
「キトウさんは人ですよ。村の人達となにも変わらないですよ」
ただ、運が酷く悪い。どうしようもないぐらいに酷い。
「まぁ。村に魔王が降臨されても困るので、護衛をお願いしている間は、不運の相殺ぐらいはしますよ。私は運ぐらいしか良いところがないので」
逆に私には運ぐらいしか良いところがない。本当なら村の外に出ることなんて適わないってことぐらい理解をしている。隣町に行きたいと言ったことは私のわがままだ。
この村は箱庭だと私は思っている。人である英雄がエルフの姫君を残して逝くことに対して、姫君の為に全ての愁いを排除した箱庭。
その箱庭の外はどんな感じなのだろうと興味が湧いたことが始まりだった。箱庭の外に出てみてわかった。わかってしまったのだ。私は外の世界では生きてはいけないと。
魔物がという話ではない。
人がだ。
普通の人でも断然的に私より高いステータス。ただ単に肩を叩かれただけでも、私には暴力的な攻撃力になるだろう。私は人の方が怖かった。
カウンターや商品を挟んでいる分には距離があるので、まだ安心ができるのだけど、そうで無い場合はリアンを盾にして外の人と対話をしていた。そして、今はジュウロウザを盾にしている。
結局、私は運はあるが、ただそれだけ。私自身は誰かに頼らないと生きていけない矮小な人だってこと。
だから、私はジュウロウザに人にしてくれるかという問いに答えることはできない。ただ、今まで通り運の相殺をする。それだけなら約束をすることができた。
「モナ殿。その様なことを言われるな。モナ殿の知識は感服することがある。今回の事もだが、誰も知らないその知識に助けられた人も多いだろう」
知識?その言葉に私は苦笑いを浮かべる。
「そうですね。私は知識ぐらいでしか村の役に立てませんから。体力がないので、麦の収穫にしても他の人の3分の1ぐらいしか働けないですし、武器を扱うこともできません。口ばっかりの役立たずです」
武器も使えない、薬を調合もできない私には幸運がもたらす何かしらと、ゲームの知識ぐらいでしか、この村に貢献できなかっただけだ。
「モナ殿は自分の評価が低すぎるのではないのだろうか?困ったものだな」
そう言ってジュウロウザは私の頭を撫ぜた。何が困るのだろうか?私は自分自身の評価は正当たと思っているのだけど?
翌朝、ソフィーとばぁちゃんとルードに見送られ、村を出ることになった。はぁ、帰って来たばかりだと言うのに私はまた馬竜に乗っている。
そして、ルードが見送りに来ているのは、別にソフィーと一緒に居たいという理由ではなく、朝早くに私の雪山装備を持って来てくれたのだ。どうやら、あれからマリエッタさんが義理の妹にあたるトゥーリさんに自分の雪山装備の仕立て直しをお願いしたようで、私が着ることができるように徹夜で調節してくれたのだ。トゥーリさんも村の人の看病で疲れているだろうに、感謝しかない。······しかし、調節してくれたにも関わらず、試しに着てみると胸のところが異様にブカブカ。む、虚しくなんてないからね!
だけど、これで私の雪山の装備の心配をしなくて良くなった。後は、他の必要備品を買えばいい。
「おねぇちゃん!怪我には気をつけてね!ばぁちゃんの薬箱の中に私の薬も入れているからね!」
「ありがとう」
ソフィーが心配そうに声を掛けてくれた。でも、私が雪山で怪我をする事態に陥ったら、多分それは瀕死状態だと思うから、怪我はしたくはないな。
「モナねぇちゃん!ジューローザさんの言うことを聞いて、あまりうろうろしちゃ駄目だよ」
これは幼子に言い聞かせる言葉ではないのだろうか。
「ルード。私、ステータスは幼児並だけど16歳だからね!迷子にはならないよ!」
「そういうことじゃないけど、気をつけてね」
「どういうことよ。まぁ、いいけど。トゥーリさんにありがとうって言っておいてね」
トゥーリさんは徹夜明けで、ルードに仕立て直しの装備を渡したあと、休んでいるそうで、直接お礼が言えなかったのだ。
「わかったよ」
「モナ。モナには神の加護が付いておるからといって、油断をしてはならぬよ」
「それ、いつも言われているからわかっているよ。ありがと、ばぁちゃん!いってきます!」
ばぁちゃんはいつも私が村の外に出る時はその言葉を掛けてくれる。わかっているよ。私の運はサイコロのゾロ目を出す確率を上げるようなものだってくらい。