36 夢の話(十郎左 side)
十郎左 side
そう、モナ殿は和国の独特の名を正確に発音していた。こちらの方に来てからジューローザと呼ばれる事が多かった。
だが、モナ殿はキトウと呼んだのだ。家名の鬼頭を正確に聞き取って、呼んだのだ。
その時は珍しいこともあるものだ思ったが、『キョウヤ』その名からどう聞いても和国の名だ。
俺がモナ殿と会う前に和国の者が彼女に会ってたということになる。それもかなり親しい間柄のようだ。
先程から、なぜだかイライラが収まらない。
俺の腕の中で眠ってしまったモナ殿を見る。
いや、その和国の名を持つ者に話しかけている言葉が、問題だ。和国では使われていない言葉なのだ。なら、彼女の話している言葉はなんだ?
翌朝、腕の中のモナ殿が身じろぎしたことで、彼女が起きたことがわかった。
目を開けると困惑した彼女の顔が目の前にあった。
「あ、あの····私、何かしました?」
起きて早々にその様な言葉を口にした。この状況でモナ殿が何かしたと口にするのはおかしなことだ。
「なぜ、そう思った?」
「えーっと」
彼女は目を漂わせているが、ため気を吐いて話した。
「ステータスが100になっているので。今まで1より上がることが無かったので、きっと私が何かをしてのだろうと···」
ステータスが100?彼女に指摘され、ステータスを開くとLUKが100まで上がっていた。今まで、生きて来た中でこのようなことは一度もなかった。
となると、原因はアレか。
「教えてもいいが、その前に俺の質問に答えてくれるか?」
「はぁ?いいですよ」
「キョウヤとは誰だ?」
「ふぇ!」
モナ殿は変な声を上げて固まってしまった。そして、おどおどと目を漂わせている。
「ね、寝言ですか?ワタシオボエテナイデス」
何故か、片言で話している。キョウヤという者を知っているのだろう。問い詰めるように近づく。
「誰だ?和国の者か?」
「にょあ!違います!あっ」
そう言って、モナ殿は口を手で覆った。そして、ため息を吐いて、観念したかのように話しだした。
「はぁ。夢の話ですよ。幻のような二度と地に足をつけることのない夢の話」
夢。確かに彼女は昨晩、うなされていた。
「そこで私は今よりも大人の女性で働いていてね。朝から晩まで仕事に没頭していたのよ」
なんだか、モナ殿がモナ殿でないような感じがする。変わった雰囲気をまとわりつかせている。そう、昨晩のモナ殿のような愁いに満ちた雰囲気だ。
「そこの私には恋人がいてね。それが響也。でも、かいが·······外国に仕事に行くことになったから別れたの。でも、納得したにも関わらず一年後に来た手紙に動揺してしまってね。後ろから人が背中に当たって来たのを踏ん張れなくて、飛び出してしまったの。そうね。路線馬車みたいなものに轢かれて死んでしまったのよ。最後に見た光景が手から離れてしまった手紙。ふふふ、未練がましいったらありゃしない」
そう言ってモナ殿だがモナ殿ではない彼女は、はにかみながら笑った。そして、数度瞬きを繰り返して
「そんなつまらない話の中の登場人物の名前」
つまらないと話すモナ殿はいつもの雰囲気に戻っていた。
だから、昨日、人がぶつかっただけで、あんなに動揺をしていたのか。
しかし、なんだか夢というより実体験をしたと言ったほうがいいような動揺のしかただったな。
「それで、夢の中のモナ殿はキョウヤという者を好きだったと」
「はぁ。好きでしたよ。でも、私には関係のないことなので、今は私が生き抜くことの方が大切です」
好きでしたか。ふと、己の胸に手をやってみる。イライラが収まっている?
「ああ、モナ殿が何をしたか、だったか」
そう言って、昨日モナ殿がしたことをやり返した。
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閑話
響也 side
萌が死んだ。俺の元にそんな国際電話が母からかかってきた。
慌てて、帰国してみれば、小さな箱に収まった萌がいた。
あの日、別れようと口にはした。しかし、あんなにあっさりと萌が去って行くとは考えもしなかった。
自分に甘えが出ないように、一年の間、新天地で頑張るから待っていて欲しいと言うつもりだった。なのに、気がつけば萌は了承して俺に背中を向けていた。
待って欲しいと萌に声を掛けても足を止めることもなかった。
明日には日本を立たなければならない。追いかけて店の外に出たが、萌の後ろ姿は多くの人に紛れてわからない。探すが全く見当たらない。
電話を掛けても電源が切られているのか繋がらない。
だから、萌の荷物の中に自分の決意と待っていて欲しいとの言葉を手紙に託して送ったのに、その荷物は開けられた形跡がなかったのだ。
そして、先日送った手紙も開けられていなかった。
『約束どおり一年経ったから結婚をしよう』
その言葉を萌に届けることはできなかった。
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モエちゃーん、荷物の中身は確認して!