105 そっと触れるだけ
「姫。あの者たちがこの階層に入りましたぞ。あと1刻ほどでこちらに来るであろうが、まだお休みが必要ならブチのめしてまいろうぞ」
シンセイの物騒な言葉で目が覚めた。
「まいらなくていいです」
「なんじゃ。つまらぬのぅ」
そんな残念そうな声と共にシンセイの足音が去っていった。私は外に出る準備をするために体を起こそうとするが、ジュウロウザに抱きしめられていて動けない。
あれからテントに入り、待っていたが、どれほど待っていてもリアンたちが来ることはなかった。3日後って言ったのはそっちだろうが!
リアンたちがこの50階層に来たらシンセイが教えてくれるというので、仕方がなく寝ることにした。
このダンジョンってフィールドかなり広いのだけど、シンセイ程になるとそんなこともわかるのだろうか。
シンセイが起こしにきたということは、起きなければならない。ならないのだけど···。
「キトウさ「モナ。おはよう」····」
かぶせてきた!ジュウロウザ呼び以外は認めてくれないのだろうか。
「おはようございます。ジュウロウザ」
しかし、ジュウロウザが私を放してくれる様子がない。うっ··そんなに見つめられても困るんだけど。
「あのー、起きたいのですが、放してもらえません?」
「ああ」
返事だけ!
いや、だからね。シンセイが言っていたじゃないか。一時間後ぐらいにリアンたちがここに来るって。
しかし、ジュウロウザはベッドの中で私を抱きしめた。
「はぁ、嫌だ。本当に嫌だ。本当に必要なのか?あのリアンという者に会わなければならないのか?」
この一ヶ月、ジュウロウザは口癖のように言っていた。行く必要があるのかと。
でも、ここ最近はリアンがいる事に対して嫌だと言っていることが多い。リアンがいる事が駄目なのか。
「リアンがいることが駄目?」
「ああ。いや、嫉妬だ。腹立たしいほどに嫉妬を覚える」
嫉妬?!リアンのどこに嫉妬する要素が?
あれか!ハーレムモードのことか!
「モナ、何を考えているか知らないが、恐らく違う」
え?ハーレムモードに嫉妬してるわけじゃない?っているか、なんで私の考えていることがジュウロウザにわかるんだ!
「はぁ、モナは自分の評価が低すぎるな」
なぜ、そこに私の評価が入ってくるのかわからないのだけど?
ジュウロウザはため息を吐きながら、私を抱えたまま起き上がる。
「モナ。守護のスキルを」
「····」
「モナ」
「今までどおりでいいですよね」
私が視線を横に向けながら言うと、ジュウロウザは私の頬を手に添え、強制的に顔を正面に向かせた。
「家族と言ってくれたのに?」
言ったよ確かにそんなことを言った。だけど、それは守護者とその対象者を上下に分けるということに対しての言葉だ。
「言いましたけど、言いましたけど!それとこれとは違います!」
何で守護スキルを発動させるのに、なんでキスをしなければならないことになるんだ!
「キョウヤと間違えてしたのに?」
「ぐふっ!」
したよ!したけど、一度だけだ!もう、クソムカつくキョウヤの名を出さないで欲しい。何度か寝言で暴言を吐いていたことでも、文句を言われたけれど、あれは、心の奥底に押し込めていた怒りが未だに消化されていないだけだ。
三十路前の女の恨みは相当に深いからな!
「モナ?」
くっ。3日前からこの攻防を毎朝しているのだ。本当にジュウロウザの心境に何が起こったのだ。
すればいいってことだよね。すれば!
私はそっと触れるだけの口付けをした。
くっそー。すっごく心臓がバクバク言っている。直ぐに収まってくれないと困るよ!
そして、私はジュウロウザに結界を施され、テントの外に出てリアンたちを待っていた。その足元にはシンセイが武器を片手に跪いている。
「吾が戟は姫の意を介し敵を討ち滅ぼさんことを誓おう」
物騒なことを口にしているが、これがシンセイの守護スキル発動の誓いの儀というものらしい。
守護者によって守護の発動条件が違うようだ。なんか釈然としない。
ジュウロウザはと言うと、ご機嫌でテントを畳んでくれている。ここ3日程の朝の攻防を失くしてくれないだろうか。私の心臓が保たない。
「おお、やっと来たようであるぞ」
シンセイが私達が来た方を見ながら言ったが、私も目にはさっぱりわからない。
目を細めて見ていると、ジュウロウザに鞄を肩に掛けられ、外套を深々と被らされた。
そのジュウロウザはというと厳しい視線をシンセイが言った方向に向けていた。
その方向から足音と息遣いが聞こえてきた。話し声ではなく、ただの息遣いだ。
私の目にも見えてきたが、その姿はボロボロと言ってよかった。え?いったい何があったのか。
「な、なんであんた達の方が早く着いているのよ!」
ルナが一番はじめにそんなことを言ってきた。そこは遅れてきて申し訳ないって謝るところじゃないの?