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労働者Kの日々

作者: 内藤伸夫

    



 俺は、今、愛知県にある某自動車工場で季節労働者として働いている。田舎には、女房と娘二人を残している。親父の経営していたうどん屋を引き継いだのだが、客足が遠のくばかりで店じまいしてしまった。亡くなった両親には申し分けないが、時節柄仕方のないことだと思っている。季節労働者といってもこの仕事を始めて一年が経とうとしている。仕事を延長させてもらって細々と生きているのだ。月給は手取りで三十万で、半分の十五万を仕送りしている。酒もタバコもやめた自分にとって十五万で生活することは、案外、気楽にやって行ける。その最大の理由は、会社の社員寮を使わせてもらっている事と、工場内と社員寮で食事を済まさせてもらっていることにある。社員寮の部屋は四畳半一間で少し狭いが、何、ひとり暮らしの身にとってたいしたことではない。と言っても月一回のソープ通いには、少々自分の生活には堪える。別に行かなければそれはそれでかまわないのだが、やはり、女の肌が恋しくてつい通ってしまうのだ。適当にパートの女の子とねんごろになれば一番いいのだが、女房に顔向け出来ない事はしたくはないし、よき父親でありたいという思いが強いのだ。携帯電話の待受画面には家族一緒の写真が映っている。今年で、七歳と五歳になる娘たちの声を聞くのが何にも増して喜びであり励みにもなる。だからきつい肉体労働にも愚痴をなるだけこぼさずに頑張っている。

 娘から電話が入る。喜んで電話に出るが、上の娘・里子がいきなり泣き出した。「お父ちゃん、早く帰ってきてよ。淋しいの。私も恵理も。ねぇ、おねがいだから」受話器を取り上げた女房が代わりに電話に出た。「あなた、もういいんじゃない。こっちに戻ってきてよ。里子、どうも学校でいじめられているみたいなの。父親がいないということで。この子人見知りするでしょう。家庭の事情をうまく説明できないでいるみたいなの。それじゃ、長くなるとあれだから」といって電話が切れた。

 こたえるよなー。淋しくてせつないのは俺のほうだ。俺はそう思った。四十を過ぎると体力低下は避けられないことだし、友達が一人もいないのもとても堪える。月、十七・八万ぐらいでいいじゃないか。女房がパートで七・八万ぐらい稼いでくれば、二人で二十五万にはなる。家は持ち家だから、アパート代はかからない。こんな思いをして家族が離れ離れになるのはいい加減うんざりだ。よし、明日辞職願を出そう。もう今日は寝るぞ。

 次の日朝一番に寮長に事の次第を告げて、会社の上司に辞職願を出した。引継ぎがあるからとのことで二・三日待ってくれとのことだった。そのくらいの融通は俺にはつける。

 田舎に帰って、ハローワークに顔を出しパソコンで検索してみるとやはり好条件の採用口はなかった。十三万から十八万という給料の会社がほとんどだった。何件か当たってみたが、不採用になった。俺は少し荒れて、酒とタバコを買って、昼間から酒盛りを始めた。三時には里子が小学校から帰ってきた。父親が家にいるというだけこころの平静が保たれたのか、以前の里子にもどった。それに父親が帰ってきたのだと学校で胸を晴れる。

「お父ちゃん、酒臭いよー。でも、お父ちゃん大好き」

 娘を抱き寄せ、嫌がる里子の頬にチュウをした。女房は帰ってきて缶ビールの缶と焼酎の瓶を見ると二言三言小言をいったみたいだったが、その後は何も言わずに台所の方へといった。就職口が直ぐに決まるとは女房の美智子も思っていない。とりあえずは戻ってきたという事だけで満足しているのだろう。

「三件ばっかり会社訪問したけどどうもだめらしいな。あの様子じゃ。また明日もハローワークに行ってみるよ」

「そう。あせらなくていいわよ。一年ぐらい、あなたの就職が決まらなくたって食べていけるだけの金はあるから」

「すごいなお前。あれだけの金で、それにたった一年しか仕送っていないのに・・・・・・」

「まあね。主婦をバカにするもんじゃないわよ」

「そうだな。おまえのいうとりだ。たいしたもんだ」

 妻美智子は堅実な妻であり、優しい母親である。結婚前の付き合っていた頃とはだいぶ変わっていた。貯蓄に精を出すような風には見えなかったのだが。でも一年もかけて再就職するわけには行かない。まあ一・二ヶ月っていうところだな、俺はそう思った。その間に酒びたりの生活をするわけにはいかない。適度に飲んで気を紛らわす程度にしなければ。

「恵理を保育園まで迎えに言ってくるわね。食事のしたくはその後にするから。それとそこのごみ、片付けておいてね。いいわね」美智子はそう言うと自転車に乗ってベルをちりんちりんと鳴らしながら颯爽と駆けていった。

「里子、こっちへ来い。一緒にごみを片付けて、掃除をするぞ。掃除機と透明のビニール袋を持って来い」

「はーい」

 二人はアンパンマンの主題歌を歌いながら、ビール缶とお菓子の袋を片付け炊事場でコップを洗い部屋の畳に掃除機をかけた。あとはコーヒーを飲みながら里子の好きな『アルプススの少女ハイジ』のビデオを観た。宮崎駿はやはり天才だな。この年になっても見入ってしまう。

 美智子が恵理を自転車に載せて帰ってきた。自転車のベルをちりんちりんの鳴らしながら。

「ただいま」

俺は恵理を抱き上げ、頬にチュウをした。恵理は里子と違ってチュウを嫌がらない。 

「今日の晩御飯はチャーハンに餃子とやきそばにするからね」

「なにか汁物はないのか?」

「朝ごはんのときに残った味噌汁でいいんじゃない」

「よし、決まった、ふたりともいいな!」

「はーい」

 子どもたちの声がこだまする。家庭って本当にいいもんだ。愛知の会社の寮とは大違いだ。よし、明日からまた仕事探しだ。がんばるぞ!

 次の朝十時にハローワークに行ってみた。人混みで一杯だった。タッチパネルのパソコンに触れるまで三十分もかかった。三件ほどプリントアウトしてはハローワークの係りのところへそれを持っていった。係りの今井という五十代の男性がそれぞれの会社に電話をしてくれた。運送会社だけが昼の一時半から面接をしても良いということだった。俺は、その今井という人物にお礼を言って、ハローワークを後にした。することがないので、近くの本屋に寄った。江国香織と小川洋子の単行本を手にとって、結局DVDで観た小川洋子の『博士の愛した数式』という本を買った。途中弁当をコンビニで買って近くの公園で読んだ。DVDの印象が強く残っていて深津絵理の顔が何度も脳裏をよぎった。俺にもし博士と同じような病気になったらどうなるんだろう?あんなふうに飄々とそして誠実に生きることが出来るだろうか?美智子と里子と恵理は俺との時間をどんな風に過ごしてくれるだろうか。いや、離婚されるかもしれないな。ううん、分からない。

 弁当はあまりおいしくなかった。本を読んで変なことを考えてしまった為だろう。ウーロン茶をぐいっと一気に飲んで面接の会社に向かった。車で十五分にあるその運送会社はあまりぱっとしなかった。建物が古い上に、いろんな所の塗装が剥がれ落ちている。ここはやめようと思った。実際に面接をしてみてもぱっとしなかった。ありがとうございますとだけ言い残してその会社を後にした。

 車を運転している途中で立ち寄りの温泉に行きたくなった。下着の着替えとタオルはいつも車に乗せてある。家族に悪いと思ったが、昼真っ赤ら焼酎をあおるよりも良いだろうと思い、車を山間にある温泉地へと向かわせた。

 その立ち寄り湯は、こじんまりとした露天風呂がついていた。まず内湯で体を洗い、すぐさま露天風呂のほうへと向かった。他には客は一人もいなかった。遠くに見える山々と近くを流れる小川が温泉宿の風情をいっそうその雰囲気を情緒あるものに醸し出していた。ああ、気持ちがいい。何て贅沢なんだ。よし。今度は家族四人で温泉に来よう。あっそうか、混浴というのもあるけれど、他の客がいたらやばいしなぁ?そうだ!家族風呂のある露天風呂を見つければいいんだな。あとで携帯のWEBサイトで調べてみよう。

 俺はその露天風呂を出るとロビーの喫煙エリアでタバコを吸った。うまい。生ビールを一杯と言いたいところだが、あいにく車を運転しなくてはならないので我慢するしかなかった。よし、家に帰って、キリンの500缶でも飲もう。

家に帰ると、美智子も、里子も恵理もいなかった。たぶん夕食の食材でも買いに行っているんだろう、俺はそう思った。500缶を一本と350缶を一本ぐいーと飲み干した。美味しかった。夕方のテレビニュースを見ていると美智子が里子と恵理を連れて帰ってきた。

「もう飲んでるの?」

「あっ、うん・・・・・・ちょっと温泉に行ってきたもんだから・・・・・・」

「温泉、いいわねー。今度はわたしたちも一緒に連れて行ってね!」

「もちろん」

「お父ちゃん、温泉のにおいだー。いいなー」里子が詰め寄る。

「分かった、分かった。次は一緒に温泉だ。家族風呂だぞ。それも露天風呂だ」

「わーい、わーい」二人の娘が大声を出す。

 今晩の晩御飯はキムチの鍋料理だ。久しぶりに家族と鍋を囲む。こんな楽しいことはない。俺は一人鍋がどうも苦手である。鍋はやはりわいわい言い合って箸をつつくのがいい。二人の娘はキムチ味が嫌いではない。しかしそんなに量をたくさん食べられるわけではない。結局俺と美智子でその大半を平らげた。美智子も久しぶりにビールを飲んだ。なんだか気が晴れたようだ。美智子も口には出さないが、この貧困とでも言っていい生活に疲れているのだろう、と俺は思った。

「貧乏生活に疲れているだろう?」

「そんなことないわよ。生活できるだけでいいじゃない。他人は他人、私たちは私たち。それでいいんじゃない」

 美智子は俺ほど心配性でも苦労性でもなさそうだ。でも、だからこそ、美智子と娘たちには楽を、贅沢をさせてやりたい。今のところそんなことは夢のまた夢ではあるが。

 俺は晩御飯を済ませるととっとと眠ってしまった。起きたのは夜中の三時。急にトイレに行きたくなったのだ。当たり前のことだが、美智子と娘はぐうぐう眠っていた。仕方なくタバコに火をつけ、棚にしまいこんであるDVDを出してデッキに入れた。昔なつかしの映画『卒業』だった。サイモン アンド ガーファンクルのサウンドが響き渡る。ミセス・ロビンソンにスカボローフェアとサウンド・オブ・サイレンス。名曲だ。今聞いても。映画を観ているうちにタバコが切れたので、DVDを消してまた眠った。ロビンソン婦人に追いかけられる夢を見た。肩を揺らしているのはロビンソン婦人ではなくて妻の美智子だった。ほっとした。

「あなた、起きてよ。もう朝の六時半よ、あなたったら」

 眠い目を指でこすりながら俺はようやく起きた.。

「起きたよ。起きた」そう言いながら俺は洗面所へといって、歯を磨き顔を洗い髭を剃った。それでもやはり眠い。夜中にあのダスティン・ホフマン主演の『卒業』を観たのがたたったみたいだ。前に観たときベンジャミンが彼女と教会を抜け出しバスに乗って一息つくシーンがよみがえった。サウンドオブサイレンスの曲とともに。あのあと二人はどうなったのだろう。二人でしあわせな結末を迎えられたのだろうか、それとも・・・・・・やはり疑問に思える。まぁいいか。それより今日もハローワークへ偵察だ。

朝ごはんを終え、美智子が恵理を自転車に乗せて保育園へと向かった。当然、里子は小学校だ。しばらく新聞を拡げ社会面と文化面を拾い読みしてテレビをつけた。テレビでは芸能ニュースをやっていた。また芸能人のゴシップかよ。俺はチャンネルをいじってみたがこれという見るものはなかったのでテレビを消すことにした。ドリップ式のコーヒーを淹れてラジオをつけた。昔懐かしのフォークソング特集がラジオから聞こえてきた。陽水に拓郎にかぐや姫のオンパレードだ。行かなくちゃ、君に会いにいかなくちゃ、君のために行かなくちゃ、雨の中を・・・・・・。昔はよかったな。高度経済成長だったし、雇用も今よりずっと確保されていた。まあ、俺はうどん屋の兄ちゃんだったけど。昔のことばかり懐かしんでもしょうがない。ハローワークへ行くか。俺は軽のワンボックスカーに乗りハローワークへと向かった。タッチパネルを操作して、フルタイムだけじゃなくパートの分も検索したが、これといった会社はなかった。三十分ばかり検索するとプリントアウトもせずにハローワークを後にした。近くの図書館へと向かった。館内で村上春樹のコーナに行って、『ノルウェイの森』と『スプートニクの恋人』を棚から取り出していすに座ってわって読み始めたが、『ノルウェイの森』は草原を歩く二人の恋人らしき人物の描写のところで読むのをやめた。その面白さが分からない。いいや、そのときは分からなかったといったほうが正しいだろう。その先からが村上春樹たるゆえんが出てくるところだったのだ。そのときは、『スプートニックの恋人』のほうを読み終えた。友達以上恋人以下の関係にある男女の関係に惹かれたし、ドッペルゲンガー現象の描写も面白かった。俺が、もう一人の自分を見かけたらどうなるんだろうか。ドッペルゲンガー現象にあった人間は死んでしまうという話しは訊いたことがあるが、実際の話しとしてそんな目にあった奴のことは訊いたことはない。ただし、俺によく似た男がこの町にいるらしいという噂を聞いたことはあるが。まあ。それは風貌が似ているとかそんなことで、ドッペルゲンガーとは関係ないだろう。他人のそら似はよくあることだ。ただし心理学の本で解離現象にあう人は結構いるというのを読んだことはある。まあそれもドッペルゲンガ―とは少し意味合いが違うだろう。でもこの本の中で、ミュウという女性は死にはしなかったが、一夜にして髪が白髪に変わってしまった。どちらにしても恐ろしいことだ。自分に似た人物に出くわしたら、眼を逸らせてその場から立ち去ることにしよう。ああこわっ!さてこれから何をするかな。ラーメンでも食べに行くか。博多長浜とんこつのチェーン店に行ってみよう。店に着いて大盛ラーメンと焼き餃子を頼んだ。まあ、それなりに美味しかった。少し脂濃かった気がした。昼食を終えると何もすることがなかった。というより何もすることが浮かばなかったといった方がいい。仕方ないので、久しぶりにパチンコ屋に行く事にした。スロットの台を横目にして、海物語をすることにした。確変がくればこっちのものだ。しかし三千円、四千円と入れてもかからない。仕方なくもう千円だけ打ってみると単発のサメの絵柄で揃った。その後もち球を打ち終わるか終わらないうちに。いきなりサムが現れた。これで確変決定だ。結局六連チャン来て確変は終わった。一箱突っ込んでみたがうんともすんとも言わない。五箱を交換し現金に買えた。一箱大体五千円だから五箱で二万五千円。突っ込んだ五千円を差し引いて約二万円手元に残った。俺は気分がよくなって、娘たちのためにケーキとジュースを買い、自分と美智子のためにカリフォルニアワインを買った。しかし美智子は渋い表情だった。あまりパチンコには行かないでとのことだった。まあ確かに。それでも俺たち家族は楽しい夕食会を開く事になった。パチンコ六連チャン祝いである。楽しい一日であった。そして寝た。

 そのとき俺は夢の中にいた。ぶらぶらと繁華街方向に歩いているとコンビニの店先にそいつはいた。視線を注いでいるととっさにそいつが自分であることに気づいた。その瞬間そいつは振り返ろうとした。俺は一目散に反対方向へと走り出した。そいつも駆け出してくる。逃げて逃げて逃げまくった。五階建てのビルが目の前に現れた。非常階段を使って五階へ達し、屋上へと辿り着いた。しかしそいつも屋上へと辿り着いた。どうしようもなくなった俺は思い切ってその屋上から飛び降りた。自分の体が真っ暗な闇の中を彷徨った。地上に衝突したと思った瞬間、眼が覚めた。汗だくだった。俺はドッペルゲンガーに遭い、

ドッペルゲンガーに追いかけられ、そして地上に衝突して死にそしてその瞬間に生き返った。つまりは悪夢から覚めたのだ。俺は生きている。この感覚は何にもまして俺を俺という存在にしてくれる。あぁ、よかった。村上春樹にも参ったな。あんな小説読んだためにこんな思いをするなんて。でもまあ、夢で本当によかった。何より何より。

 夢から覚めて、とりあえずトイレに行き小便をした。いつもより長かった。まだ夜明けまえで、外は静かだった。家族の誰も起きてはいなかった。俺は冷蔵庫のポカリスウェットを飲み干した。喉がからからだったからだ。戸外にでて、ひとりでタバコを吸った。続けて三本吸った。吸殻入れを左手に持って家の中に入った。美智子が起きてきた。

「どうかしたの?」

「いや、別に・・・・・・」

「やっぱりどうかしたんでしょう?」

「嫌な夢を見ただけだよ」

「嫌な夢って?」

「ドッペルゲンガー現象」

「何それ?」

「別に分からなければそれでいいよ。どうせ、ただの夢だから」

「変なの」美智子はそういうと洗面所に向かい歯磨きをし始めた。



一週間たっても、二週間たっても就職口は決まらなかった。その間、パチンコ屋と図書館の往復である。パチンコ屋も図書館も仕事にあぶれた人でいっぱいだった。ただ、パチンコ屋は金がかかる上にタバコの煙で朦朦としている。勝ったと思ったら負けで、結局少しずついつの間にか金が減っている。美智子の言うとおりパチンコのほうはやめたほうがよさそうだ。よし、やめよう!パチンコよ、さらば!

それからしばらくは、村上春樹の本に凝った。すっかり彼に魅せられたのだ。図書館のほんだけでは数量が少ないので、自分で買って読んだ。紀行文以外の本は面白く読めた。もう夢には羊も出てこなかったし、象も出てこなかったしカンガルーも出てこなかった。羊男とはちょっと喋ってみたかったし、象を跨いでもみたかったしカンガルーのお腹の袋に入ってもみたかった。そんな夢なら見てもいいとは思ったのだけれども。やれやれ。しかし、『1Q84』は読み応えのある本だったが、何せ文庫本がなくて痛い出費となった。まあ、パチンコに負けたと思えば安い出費だが。

 村上春樹の本を一通り読み終えると、図書館では新聞や雑誌ばかりを読むようになった。やはりこの静けさがいい。パチンコ屋とは正反対だ。図書館にいる人は、パチンコ屋に集まってくる人とは違って、静謐で、おとなしげな感じのする人々に思えた。空気も人も澄み切っている。静かで、整っていて、美しい。なんと図書館の心地よいことか。んー、いいな。

 一ヶ月経つか経たないうちに、就職口が決まった。うどん屋である。この町に新たに出来たうどんチェーン店で経験者優遇とあった。朝9時から夜9時までの仕事である。そのかわり週休二日で、家族と過ごす時間も確保できる。月給は二十万程度。悪くない。これで無職生活から脱出だ。これでやっと、気兼ねも気後れもなしに生活を送ることができる。やれやれ。

 


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