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ハルの唄  作者: こぼん
9/9

ハルの唄9

 どんよりした気持ちのままバイクを走らせて、道中、道が込んでいる所もあったけれど、確か昼過ぎの3、4時位には自宅に戻っていたと思う。


 部屋に入って荷物を降ろし絵里に電話してみた。でも留守電だったので「帰ってきたよ」とだけメッセージを残し、ミニコンポのFMラジオをつけ、それから寝不足と疲れで少し横になった。ラジオから流れる洋楽を聞きながら目をつぶると、また昨日の千春の叫びと俺をにらみつける鋭い視線が頭に浮かぶ。


 それが何度も頭でループして心がざわついた。本当にこれでよかったんだろうか?そして精神的にも疲れていたのだろうな、睡魔を感じて気が付かない間に眠っていた。



 週明けの月曜日、普通に仕事。会社で絵里と目が合うとほほ笑んでくれたんだ。考えたら何時ぶりだろうか?久々の優しい笑顔を見た気がする。そして廊下ですれ違いに


 「今日ゆうじの家、先に帰ってるね?ご飯作って待ってるから。」

 「ん」

 小さくうなずく。久しく感じていなかった安心感。心に余裕があるってこんなにも楽なんだ。


 あぁ絵里が待っててくれている!俺は絵里が待つ家に早く帰れるよう、いつも以上に仕事に取り組んだ。そして帰ったらすぐに絵里を抱きたい。素直な気持ちだと思う。ただ、ただ絵里を感じたくって仕方なかったんだ。




 …小さな明かりだけの暗い部屋。


 …見上げると絵里が上から覆いかぶさってきて、両手で俺の頬をなで抱え込んできた。そうしたらとても心地いい体温と重さを感じ、少しだけ口を開いてキスをする。いつもならきれいにそろえられている前髪が、すこしだけ乱れていているのがなんだか気になった。


 時間を忘れて絵里に落ちていく。溶けていく。おぼれそうになる。いつかのように手を探して強く握りしめ、絵里も確かめるように握り返してくれたとき


 「…好きよ」

 ふいに思い出したように吐息をつくように、とても、とても小さな声でつぶやいた。



 汗を流しに2人でシャワーを浴びて、布団の中でひと時、お互い天井を見上げながら何でもない事を喋っていたのだけど、ふと言葉が途切れた時、絵里は俺の方に身体を向けて改まった物言いで


 「ねぇ、ゆうじ?少しだけお話ししても…良い?」

 「……良いよ」

 俺を見つめる真剣な顔。


 「ゆうじは田舎に帰って、その…奥さんと会ったんだよね?きっと奥さんから聞いて分かっていると思うけど、奥さんと会った事ずっと黙っていてごめんね。何度もね、言おうと思ったのだけど…、言えばゆうじはいろんなこと考えて離れて行く気がして…」

 「いや、もういいよ。もう全部済んだんだ……」


 俺はそれから、久しぶりに仲間と会い飲み明かしたこと。俊夫が居なかった事。千春と会いその時の千春の様子。正直に全部を話した。


 「……俊夫には改めて会いに行くよ、それから…」

 黙って話を聞いていた絵里だったけれども、ポツリと


 「…ちがうよ」 


 「え?」

 「全然ちがう…」

 布団から上半身を起こすと、絵里はうつむきながら、


 「それって奥さんの気持ち…何も聞けてない。聞けてないよ」

 「いや、だから…」


 「ねえ?ゆうじは奥さんが言った事に何にも思わなかったの?」 

 言われてもピンと来ない。落ち度はないはずなのに、自分が悪くてなにか責められているような、その言い方にカチンときてしまい俺も起き上がる。絵里を睨む感じになって。


 「そりゃあ、あいつの言葉にショックを受けたし、でもどうしようもないだろう?」


 「ゆうじ…。何でわかんないの?」 

 「あ?何がだよ!!!」


 …沈黙


 「ステッカーの電話番号を控えたって、ゆうじの様によそのお店でバイクを買った人もいるんだよ?あれだけの台数のバイク、何種類の電話番号を控えたの?それに車で何時間も私達の街まで掛かるのに、知らない土地に女性が1人で暇だからって直ぐこれるの?」


 「ましてバイクショップ探して、それも私に悪態つくためだけに?普通に考えてよ…。どんな方法使ったかは分からないけど、ゆうじに会いたかった。会う理由があったんだよ。何かを伝えたくって悩んで、私との様子も知りたかった。だから」

 「…あ」


 「傷つくことを言われてショックだったかもしれないけど、あなたの奥さんは昔からそんな性悪の人だったの?」

 涙を浮かべ俺の顔を見つめる。哀しそうな顔。


 「どうして…どうして奥さんの気持ち聞かなかったの?聞いて話さないと分からないよ…。他の男性の所に行ったのだって、何か他に理由があったかもしれないでしょ…」


 「わたしの事で腹がたったの分かるけど、お話しが何も…。ついていないって思わない?」


 絵里に言われてはじめて気がついた。俺、何しに行ったんだ?絵里の方がよっぽど千春のことを分かっているように感じた。そしてさっきまでの甘い雰囲気はもう微塵もなく…俺は言葉をなくす。


 「絵里…俺…だって」

 「ごめん、もうこのお話はよそう…」


 帰ったりはしなかったけれど背中を向け、その小さな肩が明らかに落胆した雰囲気をだしていて。 

 

 絵里は千春と会ったときに何か引っかかること?分かったことが有ったんだと思う。でもそれを今は聞き出せる雰囲気でもないし、その場を取り繕うだけで彼女はきっと答えないだろう。   


 最悪だ。俺…ほんとうに最悪。結局何も変わっていない。

 

 行動を起こしたのはよかったのだと思う。でも一つひとつの選択を誤ってしまった。怒りは悲しみの裏返しって聞いたことがある。千春が伝えたかった気持ちを考えたら、言いようはいくらでもあったはずで、あいつもきっと俺に失望したのだろう…。


 どんな理由だったかポツンと小さくしゃがみ込み、手で顔を覆って泣いていた幼き頃の千春を思い出す。


 そして合わさりかけた気持ちがずれていく。傍にいるのに気持ちが噛み合わないのはなぜなんだろう。何でこんなにさまよっているんだ。暗がりの中、静まり返った部屋に時計の音だけが聞こえる。でもコチコチと聞こえるその音が、その時は酷く耳障りに感じた。


 絵里の…絵里の気持ちもこのまま遠くに行ってしまうのだろうか。


 もうどうしたらいいんだ?誰か、だれか教えてくれ。俺は好きな人と楽しく過ごしていたい。愛していたい。ただそれだけなのに何がいったいどうなっているんだよ…。

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