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ハルの唄  作者: こぼん
8/9

ハルの唄8

千春は俺には気づかずに、背を向けたままで歩いていく。


「千春!」 

その声に千春は振り向き、びっくりした顔をして


 「ゆうちゃん…」

 会ったらあれを言おう、これを聞こうって思い考えていたはずなのに、顔を見た瞬間にいろいろな感情があふれ過ぎてしまう。そのせいで全部ぶっ飛んでしまった。結局なんか変な雰囲気になるのが嫌で、普通に笑顔で声を掛けてしまっていた。


 「よっ、元気だったか?」

 「…うん」

 どんな顔をして良いのか分からないって表情で、うつむき気味に視線をそらせる千春。そんな千春の様子に気づかない振りをして笑顔で話しを続けた。


 「まぁなんだ、千春ちょっと不健康そうだなぁ?いや冗談だけど、ちゃんと飯は食ってるよな?雰囲気も…なんか変わった気がするけど」

 「ちゃんと食べてるよ、ゆうちゃんは変わらないね。あっ眼鏡が違うか」

 少しほほ笑んでくれた、なぜだか安堵する俺。


 「千春、家に帰るんだろ?それからでいいから時間ないか?おまえと話したい事があるんだ」

 「…私は…わたしは何も話しする事なんてないよ」

 そう言うととたんに顔が暗くなった。


 「千春になくても俺にはあるんだ。のぼるの居酒屋で待ってるからさ、きっと来いよ。俺もう後悔したくないんだ」

 「…そんなの知らないよ…。それに他のお客もいるじゃん。なにを話すの…いまさら…」

 千春が言いたいことは分かるけど、少し押し問答が続いて相変わらずの頑固さに、ついイラっとしてしまい、


 「なんか、ほんとに変わんないよな!とにかく!まってっからな!店にずっといるから!」なかばやけになり、俺はヘルメットを被るとそのままバイクにまたがり、


 「きっとだぞ!!!」

 ヘルメット越しに叫ぶ。このまま居酒屋に向かおう。まだ何か言いたげな千春を無視して走り出す。そして何げなくサイドミラーを見た。もう表情は見えないが、こちらを向いたまま千春はその場にポツンと立ち尽くしていた…。



 居酒屋に着くとのぼるに事情を話し、千春が来たら三畳程の奥座敷に移らせてくれって頼み込んだ。のぼるは「しゃあねぇなぁ。一つ貸しだぞ?」って、でも笑って許してくれ、それから俺はカウンター席に座り、小鉢のおかずをつつきながら、でも酒は飲まずに千春が来るのを待った。


 …しかしというか、やはり千春は来ない、店の時計を見ると時間はもう夜の11時を回っている。店は12時まで。客も俺を入れて3人程になってしまっていた。もう何度店の入り口に視線を送っただろうか、そんな俺の様子にのぼるは気を使ってくれて、今朝にとれたって言う魚を俺の前に見せながら


 「おい、ゆうじ。また今日も二人で飲むか?こいつを肴にしてどうだ?」

 「…お、おぉ」

 そんなやりとりをして俺も諦めかけた頃だった。カラカラって店の引戸が開いて千春が店に入って現れた。


 「ごめんね。おそくなっちゃった」

 誰に言うとなく俺の左横に座ると、さらに左のカウンター席にバッグを置いて


 「のぼる何でもいいから、飲み物とおつまみ作って」

 おぅ!と、のぼるの威勢のいい返事。ただそれから千春の料理がそろっても、何となく気まずくって無言のままで。その内に最後のお客も帰り、店には俺と千春だけになってしまう。のぼるは気を利かせてのれんを下げると、明日の仕込みがあるからと店の奥に入ってしまった。いよいよ2人だけに…。


 店内は有線の音楽が流れるだけ。あ、この曲何だっけか?いやいや今はそんな事どうでもいい、はぁ。きまずい…。千春は出てきた料理を時折食べながら、前を向いたままずっと無表情で何もしゃべらない。


 そして…もう俺から話しかけていかないとって思った矢先


 「…ゆうちゃんさぁ、前に俊夫とここで喧嘩した時、俊夫からいろいろ聞いたんでしょう?あいつ酔った勢いでさぁ、そんなエッチな話ししなくてもいいじゃんねぇ。他に友達もいたのに、あたしが恥ずかしいじゃん。だから暫くここにこれなかったんだ。今日だって本当に久しぶりなんだよ?」


 「まぁ、ほんとの事だから仕方ないけれどね、あは、バカだなぁあいつ。そんで今はゆうちゃんの時以上にあたしの事ほったらかしなんだよ?人をバカにしてると思わない?ねぇ」

そう言うとケラケラ笑い出した。


 ………俺は頭をハンマーで殴られたような衝撃を受け言葉が出ない。こわばった顔がきっと表に出ていたと思う。


 「あれ?傷つけた?ごめんごめん、あははは、でもさ。あいつそっち方面が強いんだぁ。こっちの身体が持たないよ、イヤだって言っても無理に下着を降ろしてきてさ、こないだも……」


 「やめろ!!!」


 「俺はそんな話しを聞きにここに来たんじゃない!千春、おまえ絵里の事を知っているだろう?どうしてあいつのこと知っているんだ、絵里に何をした?何で絵里と会った!どうやって連絡が取れたんだ!!言ってみろ!!言い方しだいじゃ許さないぞ!!」


 「はぁ?何熱くなってんの?ちょっと遊んだだけじゃない。そうだ、その何ちゃんだっけ?連絡取れたか教えてあげようか?前にね、遠出したとき○○の高速道パーキングエリアで、ゆうちゃんたちを見かけたんだよ。バイクがいっぱいだったね。あの娘はずっとゆうちゃんのそばにいたから、すぐにゆうちゃんの彼女って分かったよ」


 「そんでさ、バイクにバイク屋のステッカー貼ってあるじゃん。電話番号ものっていたからね。電話帳調べたらすぐ住所が分かったよ。俊夫はいないし暇だったから、そのバイク屋に行ってみたの。そしたら彼女が偶然いたのよ」


 「ゆうじがいつもお世話になっていますって、そしたらあの娘びっくりしてさ。奥さんですか?って、バイク屋の店員さんも他の客もキョトンとしてた。それからね2人で近くの喫茶店に移ってしゃべったの」


 「なんか、かしこまっちゃってさ、睨むみたいに。むかついたから彼の夜のお世話ちゃんとしてる?あの人ねお口でしてもらうのが好きだから、ちゃんとテクニック磨いてね。あれ?あなた胸無いねぇ。彼は胸のある子が…」


 パアァン!!


 ヘラヘラ笑みを浮かべながら得意げにしゃべる千春。終始絵里を小ばかにして腹が立ち、怒りを抑えきれなかった。そして気が付くと手が出ていた。おまえが人のことを言える立場か!千春は叩かれた頬を押さえながら、目を細めてキッと俺を睨みつけると反対側の頬を向けて


 「いったぁ!何すんのよ!そんなに殴りたいなら、ほらっ叩いてみなさいよ!反対側!!何?叩けないの?本当に意気地なしだねぇ。そんなだから家出たんだよ。俊夫の方がよっぽど男らしいわ。えぇ!どうなのよ!!何とか言ってみなさいよ!…もう…最…悪!……死んだら…良いのに…」


 最後は涙声になって、千春は自分のバッグをひったくると店を出て行ってしまった。実は女性を殴ったのはこの日が初めてで、そのせいか「千春!!」と声は掛けたものの、手が震えて追いかけるタイミングを外してしまった…。


 あいつはあんな女だったか?頑固だったけれど少なくとも困っている人が居たら、真っ先に手を差し伸べる優しいやつだったのに。なんで?なんで??何なんだ…。俊夫と付き合ったからか?千春の豹変ぶりに打ちのめされて、呆然としてしまい言葉もなかった。


 「…ゆうじ、まぁこれで踏ん切りついたんじゃないか?おまえなりの答え出たろ。悪いな。奥にいても全部聞こえちゃったよ」

 心配してのぼるが声をかけてくる、ただ踏ん切りがついたかどうかは正直言えば分からない。でもこれ以上は、千春と話すこともないんだろうなとは思えた。


 「そうだな…悪かったなのぼる…」



 その後、俺も店を出て実家に戻りタバコを吸いながら、これでよかったんだろうか?と考えた。しかしそうは思っても明確な答えが出るわけでもなく。まだ手に残る千春を殴った手の感触と、やりきれない思いにその晩は余り眠れず、いつの間にか朝を迎えた。


 寝床を出ると母と祖母に帰る事を告げたが、母は俺の様子から千春と会ったことをなんとなく分かってたようだ。でも何も聞いては来なかった。


 早く自宅に帰りたい、そう絵里が待っている。とにかく早く絵里に会いたい。そう考えるともう少しゆっくりしていけばと言う母と祖母だったが、俺は出された朝食もそこそこに、必ずここには帰ってくるからと告げ、潮の香りのする故郷を後にした。

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