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ハルの唄  作者: こぼん
5/9

ハルの唄5

 引っ越し当初。自分の事を誰も知らない新しい街。


 「独り」となった俺。誰からも必要とされていない孤独、焦燥感。


 それでも朝が来てまた夜が来る。腹も減るし喉も乾く。なんだ俺こんな状況なのに生きなきゃいけないんだな。このまま朽ちたって消えたって良いのに。


 そう思いつつも、最後までは腐りきれない中途半端な気持ちの俺。結局近くのコンビニで食料品と就職情報誌を買い、めぼしい求人に赤ペンでマル印をつけ、毎日職安にも通った。そして職を探しながらアパートと面接先との往復の日々。途中、消えたって良いとか言いつつ、欲しかったバイクが買えて喜んだものの、やはりそれだけでは時間はあり余るほど残っていて。まだ半年くらいは働かないで食える貯金はあったけど、就活を始めて2カ月も無職だとさすがに少しだけ焦りだしてきていた。



 そんな何もない日々も災いしてテレビを見ていても、飯を食っていても、気が付くと千春と敏夫の事を考えていて、しばらくはフラッシュバックにめちゃめちゃ苦しんだ。夜、寝床に入ってもなかなか寝付けず、やっと寝付けても千春が俊夫に抱かれる夢を見る。その悪夢にうなされて深夜に明け方に、何度もなんども目が覚めた。


 見る夢はいつも、いつも同じ。


 俺しか知らない千春の暗がりの顔、今俊夫が見ている。彼女の身体がやつの身体の下に組み敷かれ見えなくなった。そして2人は絡み合い千春の呼吸が乱れだす。薄い笑みを浮かべ勝ち誇ったような顔の俊夫。両足を大きく開き、時々つま先が内に曲がって堪えきれない表情で喘ぐ千春。


 やがてその両足を俊夫の腰に絡め廻し、その背中に手を回して自分の腰をぐいぐいすり寄せていた。千春の身体は、おもちゃの様にガクガク揺らされ、最後は決まって俊夫が離れても開いた両足を閉じる事も無く息も絶えだえ。目を潤ませ口を半開きにしたままとろけきった顔の千春…。


 目の前に広がる光景に愕然としながらも手を伸ばし、千春!って叫ぶ処で良く目が覚めた。



 夢ながらリアル過ぎるんだよ。生々しくって気分が悪い、本当に悪い、悪すぎる。千春の傍に居たのは俺だ。俺なんだよ!!…でも夢の中では俊夫に取って代わっていた。そして現実もそうなんだよな。今もあいつに抱かれているのか。


 暗い部屋の中、襲い来る強烈な孤独感。もうとにかく悔しくって嫉妬に狂い押し潰されそう。いても立ってもおられず、布団をガバっとかぶって


 「くそっ!くそがっ!!あぁああああ!!」


 って叫んで泣いた。そして恥ずかしい話だが、その夢を見ると異常に興奮し、結局眠れずに付け根が痛くなるまで何度も自分で慰め、そして果てた…。


・・・・・・・・・・・


 それは絵里と付き合いだして半年ほどした頃だったろうか、彼女に部屋の鍵を渡し何度か家に泊まる様になった数度目の深夜だった。その時も苦しそうな声を出してひどくうなされていたらしく


 「……ん、…さん」


 「ゆうじさん?」

 って…気がつくと心配そうな顔で、システムコンポの薄明かりの中、絵里が俺の顔を覗きこんでいた。部屋が少しだけ蒸し暑かったせいか、身体は汗でびっしょり。


 「大丈夫?うなされてたよ、嫌な夢を見たの?」

 俺は何とも言えない気持ちと、ふいに絵里の穏やかな顔を見て、全身が汗まみれなのにも関わらず、黙って強く抱きしめた。そしたら知らぬ間に涙があふれ流れてきて


 「大丈夫、大丈夫だよ」

 察してくれていたんだろう、絵里も抱きしめ返してくれて、優しく何度も背中をさすってくれている。そして大丈夫って言う以外は何も聞いてこない。


 そんな絵里の優しさにすっかり甘え切った俺は、絵里に自分の気持ちを理解してほしいと、それまで多くは語らなかった離婚理由や千春の事。俊夫の事。自分の生い立ち。心にこびりついて離れないつらかった気持ちを、全部吐露して絵里に感情をぶつけた。


 そして全てを聞き終える最後の方で絵里は


 「千春さんはゆうじさんのもう一部だね…。夫婦だったし付き合いも長いから…仕方ないか。でも私も頑張るからね」


そう言うと、なぜだか寂しそうにほほ笑んだ。



 そう。千春が、千春がと繰り返す俺は、絵里の事を傷つけていることに気づかないでいた。自分は傷ついたと言い押し付けてすがってばかりで。なのに俺は絵里と心から分かり合えたと勝手に思い込んでいたんだ。そしてこのことが後に影を落とすことになる。


・・・・・・・・・・・


 話はギクシャクしていた時分に戻ります。


 相変わらず絵里に対して疑心暗鬼の俺。うまく気持ちが噛み合わず、不安な気持ちを抑えるように、会社では仕事を詰め込んでこなし、忙しくして何とかその日そのひを過ごす。2人がお昼の駐輪場でだべる事はなくなり、夕方仕事を終えた絵里が退社時刻になり、俺の方をチラッと見たのを感じたが俺は何食わぬ顔で仕事を続ける。実は俺の正面に鏡があって絵里の顔を見る事ができるんだが、寂しげな表情を浮かべると、そのあとは黙って帰って行った。


 …なんかこのままじゃ彼女が遠くに行ってしまう。


 そうだ。今夜の仕事が終わったら絵里の家に行ってちゃんと話しをして見よう。もう独りはいやなんだ。


 だけどそんな時に限って仕事にトラブルが発生し、思いがけない残業になってしまう。結局すべてを終えたのが夜の10時過ぎ。急いでバイクに乗ると絵里の家に向かった。



 処がバイクを走らせていたその途中、ある繁華街を通り抜けていた時、偶然、絵里と背の高いスーツ姿の男性が歩道を並んで歩いているのが目に入った。誰だ!?そのまま少しだけやり過ごして路肩にバイクを止め、ヘルメットを脱ぐとあわてて見失わないよう走った。


 幸い見失うことはなく直ぐ追いつくことができて、少しだけ離れて絵里とその男性の後ろをつけた。あの男?どことなく見覚えのある…でも思い出せない。誰だったっけ???しばらく考え込みながら後ろを歩いていたんだが、その男の横顔を見てやっと思い出した。


 秀さんだった。秀さんは絵里がバイクを買ったバイクショップの常連さんで、ツーリングクラブのまとめ役みたいな人。クラブでも面倒見が良く、俺もそんな彼の姿を見て信用していた。


 秀さんなら俺もすぐ分かるはずなんだが、何時もは頭に黄色いバンダナを巻き、ライダースーツやライディングジャンパーとジーンズ姿のしか見た事がなく、その時のイメージが強い。スーツ姿とバイクファッション時の雰囲気が違いすぎていて、それがすぐに分からない原因だった。



 歩きながら楽しそうに談笑している様子を見ながら、どうしようか。声を掛けてみる?いや逆になんでここに居るのかと変に思われるかもしれない。だけどやっぱり秀さんと…。そんな事を巡らしていると2人はタクシーをひらい、声をかけるタイミングを無くしたまま、夜の街に消えて行った。もうバイクに戻っても間に合わない。あぁ…しまったぁ。


 2人はどこに行くんだ?ホテルでも向かったのか、ひょっとして絵里の家に?心臓をぎゅっと掴まれたような、失望を伴ったどす黒い感情と怒り。


 絵里…あれ程、あれほど俺の気持ちを伝えたのに。分かっているはずなのに。千春の時のように嫉妬と哀しさと苦しさが渦巻いて、思わず唇をかんだ。


  野郎…このままじゃ済まさない。


いくつものネオンがきらめいて車が行きかう街。その喧騒の中、しばらく立ち尽くしていたが、バイクに戻りヘルメットをかぶると、繁華街を後にとりあえず絵里の家に向かった。

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