ハルの唄3
俺の家庭環境だけど確か小学校1年生で、まだ入学してひと月もしていなかった頃、両親が父親のDVで離婚した。
幼き日に覚えているのは、酒に酔ってテーブルをたたきながらの父親の怒鳴り声と、食器の割れる音。その様子がとても怖くて泣き叫ぶ俺の声。しかし泣き声が父親をさらにイライラさせたのだろう。俺に手を掛けようとして、母親が身を挺してかばってくれる。それが当時の日常だった。
離婚が成立してからは母方の祖父母宅に移り、母は俺を祖父母に預ける形で働き始めた。母の仕事は忙しかったため、その頃は母との思い出があまりない。でも幸い小さな魚師町で人のつながりも強く、みんなが親切で近所の大人たちからもよく声を掛けられてかわいがられていた。当時、都会から小さな田舎町に転入し、とても不安だったがなんとか友達もできたし、元嫁ともその頃に知り合いずっと一緒だったから、あまり寂しい思いは感じていなかった。
しかしなぜか子供心に早く結婚して家庭を持ちたい。そして俺はおやじと違ってDVなんか絶対しない、好きな人を守ってこそ家族なんだ、なんて事も考えていて。そんな考えを持っている時点で、やっぱりどこかで家族にあこがれ寂しかったのだろうと今は思ってしまう。
元嫁はそんな同級生の女の子の1人だった。小、中学校と一緒で生徒の数も少なかったらクラスは1つ、顔ぶれはいつも同じ。気が付くといつも俺の隣にいた。高校は別になったが、待ち合わせて自宅から駅まで毎日一緒に登校していたし、帰りも最寄の駅でやっぱり待ち合わせて、会うようにしていた。
2人で居るのが普通だったから、特別どちらかが告白していたわけじゃなかったけれど、廻り公認でいつの間にか付き合って居るような状態だった。そして高2の夏休み、彼女の家ではじめてを卒業。いわゆる2人大人になった。…そこからは、一時期俺の家や元嫁の家で、時間を作っては親や祖父母の目を盗んでって感じになっていた。
ぶっちゃけ良く子供が出来なかったもんだって思う。ほんと後先を考えず行き当たりばったり…。勢いがあまってもあったし、若気の至りとは言えいい加減なもんで。あの頃は子供が出来たらできたで、学校は辞めてこいつと結婚してちゃんと家庭を守るために働く!責任は取るし男とはこう在るべき!とかなんとか考えてて、狭い考えの範囲で完全に舞い上がり、勘違いしていた…。赤ちゃんができたらただで済むわけないだろうに。まったく世間知らずで、あの当時の俺って本当バカ。
でも赤ちゃんが生まれていたら、元嫁との未来も違っていたんだろうか…?あ~、うん。わかっている。戻れない過去に今さら「もしも」のことなんて考えても意味がないよな。
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俺は大学に進学するつもりはなく早く働きたかったので、高校卒業前に当時の普通車と中型自動2輪バイクの免許を取り、地元の運送会社に就職。元嫁も同じく地元の小さな水産会社の事務員として働く事となった。
元嫁の名は千春、見た目ややぽっちゃり、いつもショートボブで天然の少し茶髪。背もそんなに高くない、あぁでも胸はあったな。性格はのんびりで明るい方。ん~朗らかだった。でも頑固なところもある。
結婚は年齢的には速かったかもしれないが、2人21歳の時に婚姻届けを出した。その時は地元の仲間や友人たちから、ちゃかしまくられながら、おまえらってまだ籍を入れてなかったっけ?とか、新鮮味がねぇ~今さらだなぁとか、なんか言われ放題だったけど、それだけいつも一緒だったし、お互いの親からも結婚の反対は特になかった。ご近所の人や仲間達は、結局悪態をつきつつも笑って祝福してくれ、小さいけれど式も挙げた。まぁ何て言うか、あの頃は幸せの絶頂だった。
俺自身は家庭が持てた事は素直に嬉しかった。千春とも話し将来に産まれて来るであろう子供のためにって仕事は頑張った。うん、頑張れたんだ。当時は貯金と給料も上げたかったから、頑張ってトラックの大型免許も取得した、自分の金がたまれば自家用トラックも買いたかったし、手当も良かったから社長に話して、進んで長距離トラック運転手としても働いた。
…けれど結果的にこれが裏目に出てしまう。
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長距離トラックで出張して数日家を空ける時は、千春1人だったが、地元の親しい子供の頃からの仲間が何人もいたし、寂しい思いにさせることもない。またその内の1人が小さな居酒屋を経営していて、仲間内のたまり場にもなっていた。俺も千春もそこの常連で、千春1人で店に行って晩飯込みで飲んでいた事もあったんだけど、まぁ信頼できる仲間達がほとんどだったから、事後報告で飲んで来たと聞いても、あぁそうなの?何て感じだった。
処が何時からか、千春の態度が妙にそっけなくなっている事に気が付いたんだ。会話も減り、夜誘っても疲れているから。今はそんな気分じゃないとか、あしらわれてしまう。まぁでも子供の頃からずっと一緒だったし、マンネリ化してても仕方ないよな。なんて悠長に考えていた。
そんなある日、友人の1人からおまえらはうまく行ってるのか?って聞かれて、言ってる意味が分からず問い正すと、千春が例の居酒屋で仲間の1人、俊夫と2人でよく飲んでいて、いつも一緒に帰って行く。あいつらできてんじゃないかって、うわさになってるぞって言われ、は??そんな話し、いま初めて知った。俊夫は仲間内でも気性が荒く背も高くて体格もガッチリしている。そして中学生の頃はいわゆる不良少年と言われていた。
ただ、俺とは小学校から仲の良かったつれで、転入して最初の男友達が俊夫だった。中学生になってから調子に乗ってタバコや酒を一緒になって覚え、2人でバカもしたけど、やつとは妙にうまが合った。…まさか。逆に俊夫なら大丈夫だろ?俺の性格を一番良く知っているし、あんなに千春との事も祝福してくれたじゃないか。千春と俊夫だぜ?きっと調子に乗って飲みすぎた千春の介抱や、夜道が危ないとかで送ってくれただけなんじゃないか?とか思ってしまって、変なうわさもにわかに信じられなかった。
注意してくれた仲間には、気にかけておくよって言ってから、俊夫に迷惑をかけているのなら、千春にちょっとハメを外しすぎるなよって、言っとくか…。そんな事を思いながら、その日もいつもの様にトラックを走らせた。