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第54話


「お前は高みから人間の動向を眺め、その結果でしか物事を判断しない。だから、見誤る。レジスタンスグループを率いたセイスの青年・セイは……かつての俺は、決して野望を捨ててはいなかった。ただし、劣勢のまま極限に追い込まれたことで、その場は一旦引くことを選んだだけ。事実、彼の志は次代に繋がっているんだからな」


『なんだと!?』


 俺はある一節を諳んじた。これは、両親の日記に記されていた一節と同じ。ただし俺は、日記の文面を思い出して口にしたわけではなかった。


――数多の源を統べし者、新たなる源を得るであろう。


 例えるなら、数多の源泉より湧き出でた小さき主流同士が合流し、ひとつの大きな主流へと変わるがごとく。しかしそれは同時に、世界に混乱をもたらす火種にもなろう。初めは小さき火なれども、くすぶりながら燃え続け、終にはこの世を焼き尽くすほどの業火とならん。肝に銘じよ。そして考えよ。新たな源を欲するわけを。何かを得れば何かを失う。それがこの世の理なのだから――


「今のは、母が書き残した古文書の一節だ。これを書いたのは、レジスタンスグループを率いて発起したセイ。そして、何代も転生を繰り返し、今に生き繋いだ俺でもある」


『馬鹿な……!』


「『何かを得れば何かを失う』転生を繰り返したことで、俺は当時の熱量を失っているのだろう。だが、ウノ至上の階級社会を打破したいという志は今にきちんと繋がっている。幾度もの転生を繰り返し、色々な世を見てきたからこそ俺は思うんだ。全ては長い年月の中で繰り返される事象に過ぎない。人間の増減も、愚かな争いすらも長い歴史の中のほんの一部分だ。『それがこの世の理』なんだ。人間の世界に、……デラ、お前の介入は不要だ」


『戯言だ! 人は道を誤る。ゆえに、我が調律を保たねばならんのだ!』


 わなわなとデラの体が戦慄き、彼の周囲に薄っすらと黒い霧が立ち昇る。


「ならばデラ、お前もまた過ちを犯した。当時、俺が巧妙に隠していたのもあるが、お前は俺が次元操作の使い手だと知ろうともせず、次元の狭間に葬って幕引きとした。それによって俺は次元を介して命を繋ぎ、こうして今、またこの地へと降り立っている。お前の言葉を借りれば『あの時の大戦を再現するような事態』、こんな今の状況を作り出したのはお前でもあるんだ。それと知らぬままお前も片棒を担いでいる。悪いことは言わん、人間の世界のことは今生きている人間の手に委ねるんだ!」


『ふざけるな! あらゆる種族を見守りながら生き続けた我があって、世界は成り立っている!! そなたになにが分かる!? 次元を操る同胞と思えばこそ、対話に応じてやったというに……!!』 


 デラが美貌を歪めて叫ぶのと同時に、ブワーッとあふれ出た真っ黒い霧が俺たちを襲う。


「チナ、セリシア、アルテミア! 伏せろ!!」


「きゃあああっ!」


 ――ブワァアアアアアアアアッッ!!


 襲い来る圧倒的な瘴気の波動。三人に覆い被さるようにしながら次元魔力を発動させ、目を固く閉じ、歯を食いしばってなんとか凌ぎきる。


 一旦衝撃が去り、薄く目を開けば、そこに美貌の青年はいなかった。


 代わりにいたのは、これまで相対してきたどんな次元獣よりも大きく、過去のそれらとは比較にならぬほど禍々しい瘴気を放つ次元獣の王――。


 奴がバサリと翼をはたいた時、先端がほんの僅かに床を掠める。すると、奴の触れた部分の床がジュウゥッッと不快な音を立てて溶けた。


 ……なんという邪悪な翼だ!!


 その姿はティラノサウルスに似ていた。ただし、手足は丸太のように太く、全身には黒水晶を纏いゴツゴツしている。また、顔面にギョロリと光る三つの目も、触れた物を瘴気で抹消してしまう翼も、ティラノサウルスは持ち得ない。他を圧倒する猛烈な邪気もまた然りだ。


 人の姿は仮初。あれが次元獣の王、本来の姿か……! 未知の敵――それも、強大すぎる敵を前にして、武者震いした。


 その時、俺の下で三人が身じろぎするのを感じる。


「ヒィッ!!」


 次元獣の王を目にしたセリシアとアルテミアが咄嗟に悲鳴を噛み殺す。


「お兄ちゃん……っ!」


 怯えて縋りついてきたチナを抱き締め、安心させるようにトントンと背中を撫でてやる。


「大丈夫だ、チナ。お前たちに手出しはさせん。……三人とも、よく聞け。奴との決戦は避けられん。俺がこのまま奴に向かっていったらお前たちは走って戦艦に戻り、すぐにここを飛び立て。戦艦の動力や砲撃には、組み込んである黒水晶から魔力が供給されるから、お前たちでも扱える」


「え!? 私たちが戦艦に乗って逃げちゃったら、お兄ちゃんが逃げられなくなっちゃうよ!?」


「逆だ。俺と奴の戦闘で城はもとより、この浮遊空間もそう間を空けずに崩壊する。崩落により、戦艦を失うわけにはいかない。それが、俺の退路の足を確保することにもなる」


 俺の説得に、チナは納得がいかない様子だった。チナは聡く、もっとも長い時間俺と旅をして過ごしてきた。


 もしかすると彼女は、俺が戦艦で退避する気などないことに勘づいているのかもしれない。ただし、攻撃力に劣る自分たちがこの場に留まれば、足手まといになることもまた十分に理解している。


「……セリシア、アルテミア。チナのことを頼んだ」


 俺はポンッとチナの頭を撫でて、年長のふたりに目線を向ける。


「チナツちゃんのことは任せてちょうだい!」


 即座に、アルテミアがチナを背中に負ぶった。


「セイさんがそうおっしゃるのなら従います。セイさん、どうかご無事で……!」


 セリシアも頷いて答え、ギュッと俺の手を握る。


 触れ合った手のひらを通して、ぽかぽかとした温もりが伝わってくる。血の流れにのるように、柔らかな熱は全身の細部にまで巡っていった。


「ありがとう、セリシア」


 身体強化を施してくれたセリシアに感謝を伝える。


 直後、デラが放つ瘴気がぐわんと撓むのを肌で感じ取る。


「行け!!」


 ――グワァアアアアアッッ!!


 俺が三人に向かって叫ぶのと同時、デラが咆哮をあげて口から瘴気を吐き出した。


 三人の退路を守るため、躱すことを選ばなかった。両手を前に突き出して次元操作で瘴気の波動を、真正面から全て受け止めて吸収していく。


 三人が無事に廊下に出て、パタパタと駆けていく足音が、俺の心を奮起させる。


 クッ! 圧倒的な瘴気を受け、全身がビリビリと痺れる。かつてない量を吸収しきった時、ガクリと膝が頽れそうになるのを歯を食いしばり、すんでのところで堪えた。


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