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第48話


 屋敷に続く坂道をよたりよたりと上ってくる襤褸雑巾のような男に、全員が口をポカンと開け、目を真ん丸にして見入った。


 ちなみに、俺たちが食い入るようにヤツを見つめるのには理由がある。なぜかヤツは……アレックは、生きているのが不思議なくらいボロボロの有様だった。


「あれ、リーダーじゃん。なんでいんのよ……ってか、あたしたちちゃんと粗大ゴミ置き場に捨ててきたよね?」


 ポツリと零されたこの言葉を皮切りに、他の面々も思い思いに口にする。


「……もしかして、回収日じゃなかった?」


「もしかすると、有料の回収券を貼る必要があったんじゃ?」


「いや、違うよ! 生ゴミに出さなきゃダメだったんだ!」


「「「おぉおおおお!! それだ!!」」」


 ……今すぐに、こいつら全員をゴミにしてやりたい。


 そうこうしている内に、這いつくばるようにしてアレックが坂道を上りきる。


「お、お前たちなにをブツブツ言っている? それより、よくも俺を置いて行きやがったな」


 アレックはよたり、よたりと、俺たちに歩み寄ると、些か覇気のない目でパーティの面々を睨みつけた。


「別に、置いていったわけじゃ……」


 ゴニョゴニョと語られた「捨てようとした」の一語は、俺の耳には届いたが、這う這うの体のアレックの耳は拾えなかったようだった。


「そうなのか? そんじゃ、俺だけはぐれちまったのか。なんでか知らねえが、ギルドに行った後からの記憶が曖昧なんだ。目が覚めた時には、壊れかかったタンスや本棚だのと一緒に処分場で高火力焼却にかけられてた。風魔力を発動して間一髪なんとか脱してきたが……」


 この段になっても、アレックは自分が捨てられたとは思っていないようだった。


 それにしても、さすが火の筆頭侯爵アルバーニ様が治めるブラスト領だ。他の領や町村では、いまだ野焼きでゴミ処理しているところも多い中、高火力焼却の仕組みがきちんと整えられている。


「途中で領民に、お前らに似た風貌のやつらがアルバーニ様の屋敷に向かってったと聞いて後を追って……って、テメェ、セイじゃねえか! セイスのくせになんでここにいやがる!?」


 アレックが語るここまでの経緯を、妙に納得しながら聞いていたら、突然奴が叫んだ。どうやら、アレックはここにきて初めて俺の存在を認識したようだった。


 俺を前にしていつもの勢いが戻ってきたのか、これまでの覇気のなさから一変し、その声は空気の澄んだ朝に不釣り合いに高い。


「アレック、声を低くしろ。眠っている皆が起きてしまうだろうが」


「ここは火の筆頭侯爵アルバーニ様の屋敷だぞ! セイスのテメェがおいそれと訪ねていい場所じゃねえ!」


 アレックは俺の忠告に聞く耳を持たず、姦しく喚き立てた。


 ――カツカツ。


 その時、屋敷の奥から玄関にやって来る新たな人影があった。


 これは……! 誰なのかは、気配ですぐに分かった。


 ――カツン。


「お主、アレックと言ったか。いかにも、ここは火の筆頭侯爵である私の屋敷。そしてセイは、この私が招いた客人だ。私の客に無礼な発言は許さんぞ」


「こ、これは火の筆頭侯爵・アルバーニ様! 恐れながら、アルバーニ様はなにか勘違いをしています。セイは、……セイは最下層のセイスです!」


 長い溜めの後で、自信満々に告げるアレックに、アルバーニ様は呆れ眼でヤレヤレと肩を聳やかした。


「かようなこと、とうに知っておるわ。二度言わせるな、セイは私の大切な客だ。そして私はお主らを屋敷に上げる気はない。いつまでも敷地内をうろちょろされるのは不愉快だ。早々に去らんと不法侵入と見なし、焼き切ってくれる!」


「ひぃいいいっ!!」


 素っ頓狂な雄叫びをあげながらアレックは腰を抜かし、他の面々は脱兎のごとく逃げだした。


「待て、其方ら! 我が屋敷に不法投棄はまかりならん。この者も連れて行け!」


「ヒッ!!」


 我先にと駆け出した四人は、アルバーニ様の鋭いひと声で一斉に舞い戻ってくると、床にへたり込むアレックの首根っこをむんずと掴む。そのままズルズルと引っ張りながら、五人で坂道を下っていった。


「……やれやれ、セイ。とんだ『仲間』もあったものだな?」


「お人が悪い。聞いておられたのですね?」


 面々が俺の『仲間』と主張して喚いていたのを知っているなら、アルバーニ様は俺とそう変わらぬ頃から玄関先で繰り広げられるやり取りを聞いていたのだ。おそらく、クツクツと肩を揺らし、忍び笑いを漏らしながら。


「はははっ! まぁ、少々お粗末だが滑稽ではあった。朝の余興としては悪くなかったぞ」


「……仲間だったつもりはありませんが、それでも俺を訪ねてきた奴らが朝から騒々しくして、すみませんでした。ベルゼルンも、面倒をかけてしまい、すまなかった」


「なに、お前に謝ってもらう筋合いはない。それに、私はもともと朝は早い。とうに起きておったわ」


「ええ。実を言うと私も面倒どころか、内心、彼らとのやり取りがおかしくて、笑いを堪えるのに必死でございました」


 アルバーニ様は軽い調子で答え、ベルゼルンも鉄面皮の口もとをヒクヒクとひきつらせながら口にした。……十中八九、ベルゼルンは思い出し笑いを堪えている。親しい者しか知らないが、彼はかなり笑い上戸なのだ。


「それよりセイ、せっかくだ。庭でも歩きながら少し話さんか」


「はい」


 ベルゼルンに見送られ、アルバーニ様と並んで屋敷を背に歩きだす。


 広い庭の整えられた石畳の歩行路を行けば、左右の花壇には季節の花々が咲き誇る。


 陽光を受けて花弁についた朝露がキラキラと光る様は生命力に溢れ、樹木の枝から聴こえてくる小鳥の囀りは、清廉な朝の訪れを報せる。


「セイ、今後の具体的な流れだが――」


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